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ヴィースバーデンから(3/31)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 4月 1日(日)10時05分42秒
編集済
  今日も短めの移動。マインツ乗り換えで、1時間余りでの移動でした。今日は、連休の谷間の土曜日だということもあり、ヴィースバーデンの街は、大変な賑わい。昨日に懲りて、ヴィースバーデンのホテルに入ったあと、一番最初にしたことは買い物。それも、お酒の買い置き。それから、ゆっくりと街に出たのですが、具体的に探そうとしたのは、第2次大戦の犠牲者の名を記した記念碑だけ。買い物に時間を取られすぎて、結局は、街の中心部のいたりきらりで、時間が潰れてしまいました。そして、夜は、ヘッセン州立劇場であった「さまよえるオランダ人」(ミキエル・ジケマ演出)でした。スケジュールを組むとき、今日の行き先をどこにするか、迷いに迷った挙げ句、選んだ町、そしてオペラ。実は、今日、ボンで、アンドレアス・ホモキのプロダクションで「椿姫」が出る日だったもので、迷ったというわけです。ミキエル・ジケマは、ライプチヒで観た「トスカ」と「ルサルカ」が、とってもおもしろくて観たいし、スター演出家の一角をなすアンドレアス・ホモキものは、まだ観てないというジレンマに陥っていたのですが、最後は、移動距離の短い方ということで、ヴィースバーデンのミキエル・ジケマを選択したというわけでしたが、少なくともヴィースバーデンに来たことは大正解だったことは、間違いありません。とにかくミキエル・ジケマのプロダクションは、スペクタクルでおもしろいのです。今日は、1、2幕は控えめでしたが、3幕で爆発的な仕掛けを、相次いで見せてくれました。実は、その仕掛けの用意は、冒頭から出されていたというのに気づくのは、3幕になってから判るというのも、なかなか憎たらしいところ。基本的には、何もない舞台ですが、まず冒頭に鉄骨で組み上げた、高さ5m以上にもなる壁状のものが、水夫たちにより運び込まれます。最上部には行き来できるスペースがあり、そこへ上がる階段も、鉄骨で組まれています。その鉄骨の壁の部分には、海のうねりが映し出されるスクリーンにもなっているのですが、その鉄骨自体は、舵手が上がったり下ったりしますから、船の一部と、我々はみなしてしまいます。その鉄骨が、舞台右側に斜めに置かれ、背後には海の書き割りが吊るされ、その前には、大きな船の姿も吊るされ、その右には,大きな赤い帆も吊るされていました。嫌が応にも海の情景、その船の中を連想するようになっています。2幕は、鉄骨が背後に回り、その前で、オケのコンサート風に「紡ぎ歌」が歌われるのですが、ゼンタだけは、鉄骨の最上部でオランダ人の描かれた額を持ち、うろうろ。鉄骨のスクリーンには、何が映っていたのでしょうか、オランダ人の顔の度アップが映っていたのは判ったのですが、黄紺はサイド席だったもので、はっきりと判らない場合もありました。画像、映像は、幾つかのものがあったはずです。ダーラント、エリック、オランダ人、もちろんゼンタ、いずれがいても、装置の位置は変わることはありませんでした。ここまでは、大きな鉄骨だけが目につく程度、ミキエル・ジケマにしては、おとなしいな、でも、ラストはどうするんだろうと懸念していたのですが、それはとんでもないこと。まず、3幕冒頭の水夫らの合唱は、客席に、コーラスの人たちのもの。長い合唱が終わると、サポライズ①、巨大な海賊船が、舞台奥から出てきたのです。オケピットは軽く越え、舳先部分は、客席の前5列目までは達したくらいでした。その規模の大きさは、ライプチヒの「ルサルカ」を想起させるもの。あれも、でかい妖怪を出しましたからね。その幽霊船が引き込むと、ラストに向かっていきます。エリックとゼンタの掛け合いが終わると、鉄骨の壁の部分がスクリーンとなり、そのスクリーンに、別れを告げに来たオランダ人と掛け合いになったゼンタの表情が、アップで映し出されます。カメラの位置を、咄嗟に探したのですが、黄紺には判りませんた。舞台に、生映像を映すプロジェクターは、誰にも判ったでしょうが、カメラの位置は、黄紺の位置からは確認できませんでした。このあと起こるカメラの追いかけも、判らずじまい。うーん、何という仕掛けの巧妙さ。オランダ人が去ります。すると、鉄骨が回転しだし、階段部分が、ゼンタの立ち位置に合わさろうとしているのを観た黄紺の頭には、ライプチヒの「トスカ」が浮かびました。「あのときと同じ」と思ったのですが、考え方は同じです。「身を投げる」、その行為を見せようとしている、、、その通りでしたが、今回は、更に巧妙になっていました。階段を駆け上がるゼンタをカメラが追いかけます。最上部に昇ったゼンタは、その端まで走り、それもカメラが追い、鉄骨の壁のスクリーンに、そのまま映し出されます。一瞬、端で立ち止まったあと、カメラは、真正面下から、ゼンタを捉え、しかも、鉄骨から飛び下りる、正に、その瞬間を、スクリーンに映し出したのでした。そして、鉄骨は回ります。鉄骨の下には、オランダ人とゼンタが倒れていました。もちろん、オランダ人は飛び下りてはいませんから、ゼンタの自死により、ようやく「死ねた」、即ち「救われた」のです。こんなの観せられると、異様に高ぶらないと言ったら嘘になります。「トスカ」のときの飛び下りは、一瞬、客席からの死角ができたため、仕掛けは読めたのです(一緒にいた人は読めていなかったのですが)が、今回は、カメラが追いかけながらのことです。しかも、黄紺のいた位置からは、舞台の左端が死角になっていたこともあるのかもしれないのですが、仕掛けが判らないのです。映像として映し出されたのが、ライブでないとしたら、ゼンタが消える死角が、客席からはあったことになります。全てがライブとして考えると、飛び下りたのが、但し、5m以上からですよ、そこから飛び下りた場合、倒れていたのは人形となります。ただ、飛び下りるにしては高すぎると思ってしまうのです。では逆に、飛び下りたのが人形だとすると、人形に入れ替わる死角が必要となってくるのですが、そんな時間も場所もあったとは思えないのです。この場合でも、倒れていたゼンタは人形でしかないはずです。そんなに早く、上から降りて死体にはなれないはずですから。とまあ、考えてはみましたが、仕掛けについては結論は判らないというのが、正しい言い方となってしまいます。いずれにせよ、おもしろいものを見せてもらえました。一方、歌手陣は、舞台に近い位置にいたもので、誰しもがいい出来栄えのように思えてしまいました。客席の歓呼を一番受けていたのは、ゼンタのヴィダ・ミクネチューテ。でも、黄紺的には、強くてパワー抜群でしたが、常に入る横隔膜の震えのような、不要なバイブレーションが嫌だったなぁ。オランダ人のオリヴァ・ツヴァルクには、イマイチの声の凄み、ダーラントのヴィルフレート・スタバーには声の表情の変化が欲しいとこしたが、レベルの高い歌唱に、敢えて付け加えればということで、メモっておきます。エリックのリヒァルト・フルマンも、敢えて書くならば、僅かなパワーアップということになるのでしょうか。なお、オケピットには、パトリック・ランゲ指揮の同歌劇場管弦楽団が入りましたが、音の厚みとかに物足りなさを感じてしまいました。

本日の食事。朝食は、スーパーが閉まっていたので、いつもと違い、トルコ人のパン屋さんで買っておいた「ポアチャ」。意外と、ふわふわしてました。ドイツ化したのかな。夕食は、ベトナム・インビスのお店で、タイ料理の定番となっている「タッパイ」を食べました。具材は豆腐にしました。ドイツの街角で、お箸を使いながらいただくタッパイ系の食事は、格別なものがありました。

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マンハイムから(3/30)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月31日(土)19時04分25秒
編集済
  今日も短い、いや短すぎる移動で、マンハイムに入っています。移動手段は20分もない距離です。ちらっとだけど、ホテルの予約をするとき、どちらかの町での連泊も視野に入れたほど。でも、手頃なホテルや歌劇場が、いずれの町でも、中央駅から遠いので、あっさり却下。朝、ハイデルベルクのホテルを出ると、人影が少ない、それで気づくのですから、うつけた話。今日は聖金曜日で、ドイツは祝日でした。それで気づいたのは、酒切れになっていたってこと。昨夜、眠れないため、夜中に、仕方なく酒盛り。ちょっとは眠れたのですが、眠れたというほど眠れなかったのに、手持ちのお酒はなくなってしまっていたのでした。余裕を持ち買い物してない証拠。ま、体にはない方がいいので、簡単に合理化。でも、飲んだのに、その見返りとなる睡眠を得られなかったことが、今日の悲劇を生んでしまった話は後回しで、まず、昼間の行動から。祝日でも、クリスマスではないので、博物館は開いていますから、ライス・エンゲルホム博物館へ。マンハイムに入るたびに、特別展のおもしろいものを求めて、行くことにしています。2つの博物館が向かい合ってあるので、その内、気に入った方をチョイスすればいいわけです。今回は、「エジプト」展と「宗教改革」展。迷わず「宗教改革」展を選びました。副題に「南西ドイツでの」と付いており、このマンハイムやハイデルベルクでのことにシフトさせようとの試みでしたが、あまりいいものとは言えませんでした。ちょっとした宗教改革史のおさらいをしたって感じじゃないかな、ドイツ人にとっては。展示品も少なく、パネルでのお勉強といった感じでした。1520年頃には、ルターはハイデルベルク入りしてるんですね、やはりハイデルベルクの学生をターゲットとすることの効果を考えてのことのようです。なかなか、ルターは戦略家です。少し時間もあったので、この博物館に行く前に、懸案のトルコ系のヤウズ・スルタン・ジャーミー(実際に「ジャーミー」表示あり)に行ってみました。環状道路沿いにあり、隣には、立派な教会があり、2つ並べて写真を撮ると、なかなかおもしろい写真が出来上がりました。結局、そちらを外から眺めてから、博物館に回りました。博物館は、マルクト広場にも近いですから、博物館を出ると、買い物がてら、その近くを散策。もちろん、街は死んでるのですが、マルクト広場周辺に広がるトルコ人街は生きています。鼻をつく臭いからして、トルコを感じさせてくれます。そして、夜は、マンハイム国民劇場であった「パルジファル」(ハンス・シュラー演出)。聖金曜日に合わせた公演ですが、こちらのプロダクションは、かなり古いものとは知っていたのですが、プログラムを見て、びっくり。初演が1957年。今日が140回目の公演とのことでした。でも、使われている技術は、最新ものでしたから、初演時のプロダクションのコンセプトに基づくということでしょう。それが可能なプロダクションで、舞台の広さや床の装飾の調節はあるのですが、基本的に、背景、場の情景は、全て画像を投影するというものだったのです。このコンセプト、そして使用した画像を使う、ないしは画像のコンセプトを活用するということで、初演時のプロダクションを維持しているということだと思います。ただ、その画像の投影の手法には、最新の技術が活用されており、背景としての画像をスクロールさせたり、これなどは、歌手が移動しながら、場面転換を可能にしていました(1幕の1場から2場への転換)し、最近流行りの前面にスクリーンを下ろしておき、舞台上の歌手陣と重ね、必要な場面、また、その転換に使うことを可能にしていました。2幕などは、正に、この技術の活用しどころだったでしょう。2幕は、場面が場面ですから、抽象的な画像も使われましたが、1幕と3幕の教会内部の場面以外は、森をモチーフとした画像。全体的にぼかしの入った画像というのが特徴だったと言えると思います。そんなで推移したなか、やはり注目は、クリングゾールが投じる槍、でも、とってもあっさりしたもの。クリングゾールは投げるのではなく、振り向き様、槍を下手で放り投げると、パルジファルがキャッチするというもの。うまくキャッチして、成功というものでした。画像を多用ということですから、画像を使うのかと思っていたのですが、あっさりと外されてしまいました。そないなプロダクションだったのですが、朝から気にしていたことが、全くその通りになってしまいました。極端に少ない睡眠時間、それも、飛び飛びの睡眠。劇場に行く前に、仮眠もできないなか、居眠り頻発でした。ですから、ここまで書いてきたメモも、正確かどうか、自信がありません。ホント、最悪の体調で、この「パルジファル」に臨んでしまいました。ですから、これから書く歌手陣のメモも同様のものとなります。会場一の歓呼を受けたのは、クリングゾールのヨアヒム・ゴルツ。意思の強さを感じさせる声に、黄紺も異論はありません。それ以外のパルジファルのフランク・ファン・アケン、グルネマンツのハ・ブン、クンドリーのアンジェラ・デノケという主役級も、声の力に圧倒され、いい歌手陣を揃えたという印象。ただ、クンドリーの歌唱が、高揚してくると、高音が不安定になっていたのが惜しまれました。なお、アンフォルタスはトマス・ベラウが歌い、オケピットには、アレキサンダー・バディ指揮の同劇場管弦楽団が入りました。ここで聴いた「神々の黄昏」の演奏が素晴らしかったので期待していたのですが、あのときの大きな音楽のうねりには、残念ながら及ばなかったと看ました。

本日の食事。朝は定番の前日買い置きもの。デザートは、やはりライスプディング。早めの夕食は、トルコ人のパン屋さんで買った「クイマル・ボレッキ」。大きなものだったので、黄紺には、これ1つで十分でした。ドイツ人のパン屋さんが、軒並みお休みですから、この店、大はやり。ついでに、明日の朝食用のパンも買い込んでおきました。

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ハイデルベルクから(3/29)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月31日(土)07時01分43秒
  短い移動が続きます。今日は、Sバーンに乗っての移動。カールスルーエからマンハイム行に乗り、ハイデルベルク中央駅で下車、所要40分ほどでした。でも、このあとが大変。見事に、駅からホテルまでの道を間違い、もうへとへと。ハイデルベルクは、オペラ紀行では、初めて入るのですが、以前に1度だけ来たことのある懐かしい町。歌劇場が、観光客が行き交うところにあるので、ついでに、城塞を下から見上げたり、聖霊教会に入ったり、タシュ・キョプリュを眺めたりしてきました。今日は、やたら韓国人のツアー客が目立ちました。ま、たまたまでしょうが。そして、プファルツ選帝侯博物館へ。選帝侯の肖像画から、主として18世紀のドイツ絵画、選帝侯の持ち物、なかでも陶器類のコレクションが素晴らしいですね。更に、マックス・ベックマンやカール・シュミット=ロットルフの作品に遭遇できたりもしました。2人の作品は目立っちゃうので、容易く目が行っちゃいました。自分的には目玉と考えていた考古学、歴史分野を後回しにしてしまい、もう腰が限界と思っていた矢先、我が目を疑う展示に動転。まさかハイデルベルクで観るとはってやつです。やっぱ、ローマ帝国ってのは、すごいですね。そのびっくりの遺物は、ミトラ教の神殿の一部。黄紺的には、ミトラ教の遺物は、ローマでしか観たことはありませんでした。そないなものを、まさかハイデルベルクで観るとは、ホント、びっくりでした。そんなで、肝心な分野を駆け足で回ったものですから、もしハイデルベルクに、また入ることがあれば、真っ先に再訪することにしましょう。そして、夜は、ハイデルベルク劇場で「ファウスト」(マルティン・バーガー演出)を観る日でした。ハイデルベルクへ来たのは、マルティン・バーガーの追っかけをしているからなのです。2年前だったかな、ハノーファーで観た「こうもり」に驚かされ、去年観た、同じくハノーファーの「売られた花嫁」には呆気にとらされてから、今季のスケジュール作りの軸にしたほどの入れ込みようなのです。暮れには、ワイマールで「キャンディード」を観たのに次いで、今回のハイデルベルクとなったのですが、今日のプロダクションは、黄紺には無理でした。「売られた花嫁」で、既に、彼は見せていたのですが、楽曲の組み替えから、省略へと進み、更に、新たなテキストの挿入へと、完全に舵を切ったため、ジングシュピーゲル状態になり、台詞が聞き取れないと、再編成された楽曲の構成だけの情報だと、黄紺のイマジネーションの臨界点を、遥かに飛び越えてしまったのです。最後は、マルガリーテの救済の音楽で終わったので、そういった方向で流れていたのかなというくらいです、判ったかもしれないということは。シーベルは、1度だけ出てきただけですし、ヴァランティンは出てきませんでしたから、その関係の挿話はカットされたとなります。あと、大きな特徴は、2人マルガリーテ、2人ファウストだったこと。いずれも、1人は役者、もう1人は歌手という取り合わせでしたが、これとて、テキストが解りませんから、単にそうだったとしか書けません。そんなで、苦痛の2時間半、完全に外してしまいました。なお、歌手では、マルガリーテを歌った韓国人歌手ナ・フェスンが素晴らしい歌声。もっと、聴きたい気にさせるものがありました。

本日の食事。カールスルーエのホテルは朝食付き。今回の旅行で、朝食付きのホテルは、これが最後。名残惜しくて、またまた多めに食べてしまい、お腹がもたれてしまいました。メニューは、ごく普通のものでした。夕食は焼きそば。表に、中華系、東南アジア系、トルコ系、いろんなメニューが出ているので入ってみると、華人のお店でした。さすが、儲かりそうなものは何でもありにする強さを持っています、華人の皆さんは。

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カールスルーエから(3/28)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月30日(金)00時12分42秒
  シュトゥットガルトから、パリ行のICEで移動。僅か35分の旅でした。最近の注目株に、黄紺が、勝手に入れているカールスルーエの歌劇場が、聖週間に入り、ワーグナーのツィクルスをするというので、その一部だけでも観ておこうとの魂胆を持ってやってきました。昼間は、ちょっとだけ、植物園をぶらついたあと、自然博物館へ。自然博物館を見つけると、わりかし、どの町でも行ってしまってます。そして、夜は、バーデン州立劇場であった「ラインの黄金」(ダヴィド・ヘルマン演出)を観に行ってまいりました。これが、なかなか斬新なアイデアを盛り込んだもので、結論から言うと、続きを観たくなるものでした。最大の特徴は、「ラインの黄金」の進行とともに、「ワルキューレ」以降の「指環」の進行を見せようというもの、それだけだったら、単純に「重ねた」となるのですが、「ラインの黄金」だけが神々の世界の物語です。その神々の世界で起こったことが、その後の地上界で起こることに「リンクしている」、 だから、「黄昏」るのは、「神々自らが導いた」ものとのメッセージがあるように思えたのです。装置は、またしても、廻り舞台のうまい活用。「二面+α(側面)」の廻り舞台。一方は壁、その前に敷き舞台、もう1つは3つに分かれたスペース、それらが部屋になったり、単に分かたれたスペースになったりする変化はありました。例えば、ラインの乙女たちは、壁の前の敷き舞台の上が基本、その敷き舞台が上下して、アルベリヒとの距離を作ったり近づいたりしており、ヴォータン一家が、ファフナー、ファゾルト兄弟と交渉する場は、一家団欒の調度品が設えられており、金塊を前にして、その兄弟と交渉する場面では、調度品は撤去され、単に3つに区分されたスペースで、交渉は、主として右の2つのスペース、左端のスペースは、「指環」ダイジェストに使われており、そのダイジェストが、真ん中のスペースを使うことがありました。地下世界の場面では、3つに分かれたスペースの内、中ほどから左側に、何やしらのプラントが置かれ、隠れ蓑を使うときに活用され、変身の姿は、右端のスペースを使うとなっていました。3つに分かれたスペースの方は、屋根の上が野道風になっており、ここも、「指環」ダイジェストの舞台になったり、最後、ワルハラ城に向かう道筋になっていましたが、ラスト、その野道を歩く神々は、ヴォータンを除き、行き倒れて幕となりましたが、ま、「黄昏」への序ということなのでしょう。金塊を積むところが、ちょっとした工夫がありました。金塊は、小道具としては出さず、替わりに黄金の杯を出し、金塊を積むところでは、兄弟の神々が、フレアの前に立ち、積み上がったタイミングで、兄弟たちが移動すると、衣装も肌も黄金色のフレアがいるというものでした。「ラインの黄金」自体の進行に関しては、このように、そんなにも驚くほどではなかったのですが、やはり同時進行の「指環」ダイジェストとの並行が斬新であったことは事実で、これが、「ワルキューレ」以降、どのようになるのかの興味を引っ張ったプロダクションでした。歌手陣は、ファフナー(アヴタンディル・カスペリ)、ファゾルト(クス・ヤン)が、ちょっと寂しかった以外は、とっても充実。名を記して、健闘を讃えたいと思います。(ヴォータン)ナトゥハン・ベルク、(ローゲ)マティアス・ヴォールブレヒト、(フリッカ)カタリーヌ・ティエル、(フレア)アグニスカ・トマスツェウスカ、(アルベリヒ)ヤコ・フェンター、(ミーメ)クラウス・シュナイダー。なお、オケピットには、同劇場音楽監督のジャスティン・ブラウン指揮のバーデン州立管弦楽団が入ったのですが、もう少し厚みのある音が欲しかったですね。

本日の食事。朝は、いつもの前日買い置きのもの。デザートは、なんかライスプディングが、マイブームです。夜は、あまり手頃な店が見つからず、実は、あとからインド屋さんに気づいたのですが、それは、あとからだったので、トルコ屋さんがあったので、今回回目となる「Ekmek arasi doner」にしました。でも、前回、これを食べたのはオランダでだったのですから、ドイツ入りしてからは初めてとなりますが、そう考えると、オランダにいたのは、遥か前のように思えてしまってます。但し、今回はタウクでしたが、、、。

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シュトゥットガルトから(3/27)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月28日(水)16時50分23秒
  ニュルンベルクからシュトゥットガルトに戻ってきました。今度は、アウグスブルク経由でした。アウグスブルクでの乗り換え時間が8分しかなかったのですが、今日は、不思議とまともに動いたドイツ鉄道。何らトラブルなく、移動することができました。こういう日もあるってことです。ましてや、事前に不安だったシュトゥットガルトとニュルンベルクの移動は、いずれもが大過なく過ぎた(小過はありましたが)ことに感謝です。今回は、シュトゥットガルトの中心部に投宿。歌劇場にも歩いて行けるところです。昼間は、まだ行ってなかったヴァイセンホーフ博物館に行ってまいりました。世界遺産に指定されているル・コルビュジェの作品群を観ることができ、その内部には、簡単な現代建築の歴史も判るような展示もあります。これは値打ちものです。現代建築の基、いや、そのものを観ることができました。あとは、市内中心部を、ほんの僅かにぶらついただけ。夜は、シュトゥットガルト州立歌劇場で「フィデリオ」(ヨッシ・ヴィーラー、セルジオ・モラビト演出)を観てまいりました。ベートーベンが残した唯一のオペラ作品。今まで、演奏会形式では聴いたことはあったのですが、生のオペラは初めて。さほど好きではない作品ですが、観てないのでは、やはりダメだろうと、この機会を捉えたというわけです。それに、そんなに頻繁に出る作品でもないという点も考えたつもりでした。1幕と2幕は、違う場面なはずなのに、照明とちょっとした装置の出し入れだけで、場面転換を図るというユニークの舞台。共通しているのは、三方が、カーテン状のもので囲まれているのと、正中に、カーバ神殿状の形をした建物が設えられており、その上に字幕スーパーが垂れ下がっていること。そういった装置を、1幕では、目にも痛いほどの白色照明を当てているのに対し、2幕は、照明を落とし、カーテン状の三方も正中の物体も黒く見えるようにしてあり、黒いということが判るように、サイドや背後などから、敢えて照明を入れるという技を使っていました。ニュルンベルクの「イドメネオ」に見せてやりたい照明の技です。正に「明」と「闇」の世界を出そうという解りやすい装置になっており、見事に成功していました。2つの幕で違いのあったのは、1幕に、右サイドに、段ボール箱が出てくるローラーがあったこと。ここから出てくる段ボールの中味確認、運搬という仕事を、ヤッキーノ、マルツェリーネ、レオノーレはやってました。監獄の作業とは思えぬもの。それを種明かししたのが、ラストに、正中にあるカーバ神殿状の建物が開いたときだったはず。「はず」と書いたのは、黄紺には、その意味が、よく解らなかったのです。中には、文書が山積みされていて、裁断機が設えられていたのですが、、、。また、1幕で流れてきた段ボールの中味は、裁断された紙の屑でした。ドン・ピッツァロが、収監していた囚人資料を葬り去るための場ということなのかなぁとは思ったのですが、、、。2幕には、穴を掘る場を、正先近くに作っていました。実際に土を出し、最後には、フロレスタンをではなく、ドン・ピッツァロを、ロッコが、その穴に蹴落としました。こんなのは解りやすくしてあるのに、あの建物に関しては何なのだと、突っ込んでしまいました。歌手陣は、主要4役では、ロッコのロランド・ブラハトが、ちょっと物足りなかったな。その他の3人は粒揃いと言えるでしょう。客席より一番の拍手を受けたのが、レオノーレのレベッカ・フォン・リピンスキ。ただ、黄紺的には、この人の乾いた声質は、あまり好きにはなれませんでした。フロレスタンのミカエル・ケーニヒは、いかにもというヘルデン・テノール。イマイチ、パワーの欲しいところです。ドン・ピッツァロはミカエル・エベッケ、後半の声を、端から出して欲しかった。あと、ヤッキーノはダニエル・クルーゲ、マルツェリーネはジョゼフィン・フェーラーという布陣でしたが、アンサンブルの人たちによる編成だったようです。そして、何が良かったかというと、シルヴァン・カンブルラン指揮の同歌劇場管弦楽団の演奏。シルヴァン・カンブルランは、こちらの音楽監督を務めているため、シュトゥットガルトで、よくお目にかかります。2幕のクライマックスにかけての緊迫感を生み出したのは、照明の技、歌手陣の歌唱もありましょうが、一の殊勲は、このオケの演奏だったと思います。ただ、1つ残念だったことがあります。「レオノーレ3番」が挿入されなかったこと。緊張の山となったところで、この指揮者、オケで聴きたかったなぁ。そして、このオペラのハイライトは合唱ですが、その期待に応えてくれた同劇歌場の合唱団にも拍手です。ということで、1幕は、正直言って退屈だったのですが、2幕がなかなかだったもので、「フィデリオ」を疎かにしてはいけないと、ちょっと自戒の黄紺でもあります。

本日の食事。ニュルンベルクの朝は、ホテルの朝食。昨日と同じですが、今日は、パンにクロワッサンが入ってたのが嬉しいところ。でも、その1個は、黄紺的には食べすぎです。あとから、お腹がもたれてしまいました。夕食は、シュターテミッテには、以前なかったアジア・インビスの店を発見。ボックスに入れてもらい、ホテルで食べたのは「中華丼風」。野菜のあんかけが、ライスの上に乗っていたのですが、お味は南方系のもの。東南アジアの華人系のお店のようでした。

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ニュルンベルクから2(3/26)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月27日(火)16時56分44秒
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  ニュルンベルク連泊です。ホテルが、歌劇場より遠いことから、市内交通用の1日券を買ってありますから、最大限に、これを活用しようということで、今日は、まずニュルンベルクの隣町フュルトに行ってまいりました。前にも行ったことがあるので勝手は判っているのですが、考えたら、前回も月曜日で、ここのユダヤ博物館は、また入れませんでした。ニュルンベルク市内に戻ると、1箇所、月曜日でも開けている博物館がありました。テュッハー邸博物館です。中世の有力商人テュッハー家跡を修復して公開しているのです。城壁内東端近くにあります。あとは、市内中心部散策で、昼間のニュルンベルクはおしまい。夜は、昨日に続き、ニュルンベルク州立歌劇場で「イドメネオ」(ダヴィド・ボシュ演出)。ダヴィド・ボシュものを観る機会は、今季増えていますが、このプロダクションはおもしろくない上に、問題作です。前半(海神登場まで)は、ホリゾンドに星を散らばらしたあとは、スクリーンに。あとは、何もなしの舞台。全体的に暗く、やたらスポットライトを使う、今どき見ない進行。全体的に暗いのは、後半も同じ。今度は、重量感のある長机状のものがあり、正中に柱。生け贄にしようかというときに、イダマンテは、ここに背中をつけて立つというもの。その装置の意味合いは、最後まで判らずじまいだったのですが、黄紺は、勝手に、神殿の基壇部と決めてかかっていました。海神登場は、舞台全体の照明を落とし、照明をチカチカさせるというもので、何の変哲もないもの。効果音としての轟音入りですが。スター演出家にしては、物足りなさ過ぎと思っていたら、最後にやってくれました。暮れのカッセルで、「アンドレア・シェニエ」を観たときと同様、呆気に取られて、「え~っ」「何でまた」、これは、黄紺の生の声。イドメネオが毒をあおいで、自害をしたばかりか、それを見たイダマンテまでが、同じ毒杯をあおいで自害、2人の亡骸を見たイリアが、呆然と、亡骸に背を向け歩き出したところで、照明が落ち、幕になりました。しばし、呆然。頭の整理がつかないまま書いていますが、イドメネオが自害をするのは、無理すれば思い至ります。我が息子を生け贄にしなければならない状況を作ったわけですからね。でも、イダマンテの死が、よく解りません。イドメネオの死を見て、生きる意味がなくなった、ならばイリアとの物語は何だったのかとなってしまい、袋小路に入ってしまうからです。どうも、ダヴィド・ボシュのスタイルが解りません。ロイヤル・オペラ(フランクフルトも同じ)の「トロヴァトーレ」では、簡素な舞台に、しっかり語らせるいい演出を見せたと思っていたら、ドレスデンの「死の都」は、簡素とは正反対の装置だったし、そして、この「イドメネオ」では、簡素過ぎる装置に、結末いじり、、、こうなると、スター演出家の1人であることは事実ですので、どういった点が評価されているのか、また、どういった点が、そのらしさなのか、もうちょっと見ていかねばならないなというところが、正直なところです。主要4役の歌手陣は、若干の凸凹があったかもしれませんが、なかなかの好演。最大の歓呼で迎えられたのが、エレットラのレー・ゴールドン。気の強さを表すのに格好の声と歌唱、黄紺も、全く異論はありません。黄紺的には、イリアの吉川日奈子が気に入りました。この人、前にどこかで聴いたような気もするのですが、残念ながら思い出せません。ちょっとノンビブラート気味の技巧を入れるのが、イリアらしくっていいですね。ただ、ちょっと動き過ぎるのも、イリアらしくありません、黄紺の意見ですが。イドメネオのトルコ人歌手イルケル・アルジャユレクは、終始、陰のある歌い方。ラストを観て納得だったのですが、もうちょっとパワーが欲しかったな。イダマンテはズボン役で、イダ・アルドゥリアンが歌いましたが、終始、喉から絞り出すような発声が気になり、あまり好きにはなれない声でした。なお、オケピットには、昨日同様、マルクス・ボシュ指揮の同歌劇場管弦楽団が入りまさはた。

本日の食事。ニュルンベルクのホテルは朝食付き。定番のホテルの朝食です。暖かなコーヒーが嬉しいと、つい2杯飲み、たちまち離尿現象を起こし、街歩きで困っている黄紺です。早めの夕食は、ニュルンベルクのクリスマスマーケットでおなじみのマルクト広場に市が立っていたのでぶらついているなか、屋台で見つけた魚フライ屋さん。「バックフィシュ」を食べることになりました。でも、屋台のおばさんの顔を見て思い出したのは、前も、このおばさんから買ったことがあるってこと。バックフィシュを売る店は、さほど多くありませんから、クリスマスマーケットのときにでも、同じ店で食べたことがあるみたいでした。

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ニュルンベルクから(3/25)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月26日(月)17時20分3秒
  昨日、シュトゥットガルト駅で知った今日のニュルンベルクへの移動について、まず書いておきます。その前に書いておかねばならない情報は、シュトゥットガルトとニュルンベルクの間を動く電車が、現在運行してないようだということです。1本で行ける簡単な移動ができないために、迂回経路を取らなければならないということです。ドイツ鉄道の列車検索で、シュトゥットガルトとニュルンベルクの直行列車がひっかかってこないための結論です。で、黄紺が持っていた切符は、シュトゥットガルトからヴュルツブルク経由の切符、その運行状況を確認すると、問題発生が判ったのです。まず、黄紺の持っている切符の電車自体が、検索にひっかかって来なかったのです。代替で、最もいいかなと思うのが、何と、ミュンヘン経由。でなければ、アンスバッハ経由なんてのもひっかかってきてはいたのですが、途中、バスを利用しなければならない、そのバスが、どういったバスなのかが判らないので、ちょっと尻込み気味。あと、アウグスブルク経由なんてのがあるけど、接続時間が短すぎるので、こちらは対象外。そんななか、ふっと思いついたのは、シュトゥットガルトからヴュルツブルクに行く列車ってのは、どうなったのかということ。早速、検索すると、ラウダまで運行、ラウダからヴュルツブルクは、バスでの代行、らしいということ。ヴュルツブルクに至る最後の45分が代行となっている。これなら、マグデマルク間近で経験済み。バスは、間違いなくラウダ駅前で待っているはずと読み、この列車に乗ることに決断。ヴュルツブルクからニュルンベルクは、列車が頻発しているはずだから、ヴュルツブルクまで大丈夫そうだから、これだとの判断したのでした。でも、ラウダなんて聞いたこともない町で、大丈夫かなの不安に包まれてしまってました。実際は、黄紺のイメージした通り、いや、それ以上に運びました。ラウダに向かう列車の中では、乗務員さんに確認をとることも忘れずに行い、ラウダ駅に着くと、バスに向かっていそうな人の列を外さずと、こういったときのノウハウだけは持っています。2台のバスが、ラウダ駅近くに停まってましたが、前に「特別運行」と出ているバスに乗り、運転手氏に確認すると、ばっちり。バスは、日曜日だったので、実際は40分もかからないで、ヴュルツブルク駅に到着。黄紺が想定していたよりは早い時間に、ヴュルツブルクに着いたものですから、発車一覧を見ると、快速列車が出ようかという時間。慌てて移動すると、前を走っている女性がいて、黄紺の考えているとは違うプラットフォームに上がった。「あの人はニュルンベルク方向じゃないんだ」と思い、何気なく、その人の上がったプラットフォームの列車情報が出ていたので目をやると、「ミュンヘン行ICE」。びっくり、黄紺は見落としていたのです。慌てて、その女性のあとから、プラットフォームに上がると、ICEは、まだ停まっておりました。飛び乗り成功。ということで、思いの外、あっさりとニュルンベルクに着けました。ニュルンベルクのホテルは、中央駅から離れたところにあるので、今日は、街歩きはダメかと諦めていたのですが、それもでき、且つ、夏時間への移行日だったので、必要だった仮眠までできました。そして、夜は、2日連続で、ペーター・コンヴィチュニーのプロダクション。演目は「兵士たち」。ツィンマーマンの現代音楽にのった一人の女性の哀れな行く末を描いたオペラ。超難解なオペラなため、上演機会の稀れなもの。観逃す手はないとの気持ちで行ってまいりました。確かに、超絶技巧の音の跳びはすごいものがあります。歌うのも大変、覚えるのも大変、演奏するオケも大変な作品です。歌手だけではなく、オケも、オケだけの練習が要る作品でしょう。まず、歌劇場に着くと、入口で、休憩時間にバックステージに向かうように指示を受けました。このこと事態が異様なことですし、この作品に、ペーター・コンヴィチュニーが休憩を入れることも、異様なこと。確認のため、掲示されているキャストなどの一覧の横に大きく、タイムスケジュールが出ている。確かに、休憩があり、休憩明けは、30分の上演予定となっていることから、休憩までに3幕まで進み、4幕だけが休憩明けとなるよう。そして、幕が上がりました。今回もまた、舞台上には何もなし、但し、舞台奥と左右の脇に、ティンパニーとかのパーカッションが常置されており、音楽に応じて奏者が出てきて、そこで演奏するというもの。何もない舞台で、場面を示すのは、上からの吊るしものと小道具。部屋なら壁が上から下りてきて、長椅子などが係の人が出すという運び。屋外だと、戯画化された木の作り物が、幾つも上から垂らされるという具合。そして、場面転換は、音楽を切って行われます。しかも、照明は完全に落とさないため、撤去&設置の様子は、客席から判るようになってます。小劇場では、当たり前のように見られる場面転換ですが、オペラでは珍しい。これが、3幕終わりまで繰り返されます。このオペラ、確かに、細かな場面転換の多いものですから、これが、今回のペーター・コンヴィチュニーの手法かと、ここまでは思っていました。でも、それは間違い。彼の真骨頂は、このあとでした。休憩時間終了の合図が鳴ると、客は、1階ロビー左右隅に集まり出します。そして、案内されたのは、正にバックステージを通り抜けた舞台上。客が集まると、照明が消え、今度つくと、舞台の遥か上通路に、歌手陣が勢揃い。しばし、台詞劇が続いたかと思うと、緞帳が上がり、舞台上3箇所のティンパニが唸り、オケの演奏が始まりました。そうなんです。客は、舞台上から、客席の2階と3階を使ったオペラを観ることになりました。シュトルツィウスはデポルト男爵を毒殺するところです。舞台上真ん中、客に囲まれたスペースでは、物乞いをするマリーが、父ヴェーゼナーに遭遇する場面が演じられました。そして、オペラは終わります。客は、舞台から拍手をし、歌手陣は客席で、それに応えました。要するに、「主客の逆転」を狙ったのでしょうが、それで、どのようなメッセージを、ペーター・コンヴィチュニーが発しようとしているのかは、只今検討中です。あっと驚く舞台、今回も、ニュルンベルクで観ることができました。歌手陣の苦労は大変なものだったでしょうが、皆さん、好演、すごいです。どなたも、驚異的な音感を発揮されていましたが、デポルト男爵の超高音と音の跳びを歌ったウーヴェ・シュティッケルトの技は、人間技とは思えないもの。また、それを書いたツィンマーマンは、もう宇宙人です。その他の歌手陣も、名を記して、活躍を讃えたいと思います。(マリー)ズザンヌ・ウルマルク、(シュトルツィウス)ヨヘン・クップファー、(ヴェーゼナー)ティルマン・レーネベック、(シャルロッテ)ソルゲルト・イサルフ、(マリ大尉)ルードヴィヒ・ミッテルハンマー。なお、オケピットには、同劇場監督のマルクス・ボシュ指揮の同劇場管弦楽団が入りました。

本日の食事。2食とも変わりばえのしないもの。朝食は、買い置きのパン、ハム、トマト、デザートにライスプディングという定番もの。夕食も、日曜日で店が閉まっていることもあり、また、開いている店を探す余裕もなく、結局、中央駅下通路で買った調理パン2個で済ませました。それを買い、ホテルに戻るトランバイの窓から、ベトナム・インビスの店とトルコ屋さんの店を見つけたのでしたが、時既に遅しでした。日曜日は、この手の店か、観光地に行かないとダメなので、さっさと見切りをつけると、こないなことになりますね。

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シュトゥットガルトから(3/24)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月26日(月)06時38分8秒
  フランクフルトから、またしてもICは遅れましたが、シュトゥットガルトに到着。今回は、合計3回、シュトゥットガルトに入りますが、その1回目。その1回目だけが、どこもホテル代が高いため、ちょっと郊外に投宿。中央駅から、僅か15分離れただけで、素晴らしい環境のホテルに泊まることになりました。でも、シュトゥットガルト中央駅で、明日の電車の運行状況を調べて、愕然。またしても、変が起こっていたのです。ですが、ホテルには、到着時間を知らせてあったので、とりあえずは、ホテルに入ってから、再び、中央駅に戻り、検討。チケット・カウンターに行くことも考えたのですが、結局は運を天に任すことにしました。顛末は、明日書くことにします。そんなで、時間を取ってしまったので、中央駅からシュターテ・ミッテまで流して、今日はおしまい。ベルリンの寒さから考えると、大幅な気温上昇をきたしたことから、人出がすごい。シュロス前広場は、芝生でくつろぐ人たちで大混雑。シュトゥットガルトに春に来ると見かける名物風景です。シュターテ・ミッテで、いつもお世話になるスーパーに寄り、あとは、夜を待つだけ。今夜は、狙いの公演、シュトゥットガルト州立歌劇場の「魔笛」でした。狙いというのは、ペーター・コンヴィチュニー演出だからなのです。しかし、会場には、普段、この歌劇場では見かけない雰囲気を持つ人たちが多い。オペラなんてものを観てやろうか、なんて雰囲気の人たちなのです。実際、序曲の半ばで拍手が入ったり、黄紺の隣に座っていたお姉さんは、上演中も、やたらスマホで遊んでましたしね。それに加えて、日本人をわりかし目にしました。シュトゥットガルトで、これだけの日本人は、見たことがありませんでした。そういった人たちは、「魔笛」で来たので、決してペーター・コンヴィチュニーで来たのではないでしょうから、どうしてたのでしょうか。いや、だから、隣のお姉さんはスマホ遊びに懸命だったのかもしれません。このプロダクション、ペーター・コンヴィチュニーものでは、ニュルンベルクの「椿姫」を想起させました。基本的には、舞台上には装置は組まないで、僅かの小道具と人力で、オペラを進行させるというものでした。全編を通じて、舞台の外枠に、パーテーション状のもので、壁が設えられてあり、その中で、リハーサルが行われているという風情。歌手たちが、舞台上で控えているというわけではないのですが、雑然たる舞台上の光景が、そのように感じさせたというわけです。その中で、おもしろい工夫を拾うと、夜の女王は、序盤、タミーノと3人の侍女とのやり取りを、背後の椅子に腰かけて(学食のようなテーブルと椅子が出ていました)、やり取りを眺めているというもの。これは、優れものの発想です。自分の指示で動く女たちの首尾を眺めるのは、とっても自然ですものね。その夜の女王の1つ目のアリアで、舞台上に簡易スクリーンとカメラが持ち込まれ、夜の女王のドアップを映したり、ついには夜の女王のお腹の中にカメラが飛び込むなどというイタズラ映像まで見せてくれました。3つの扉の前に立つところでは、スタッフが扉を持って出てくるというやり方ですから、やはりスタジオでのリハーサル風情と錯覚します。2幕は、同じ作りの舞台に、上から荷造り用(?)テープが上から密に垂らされていました。それに照明を当てることで、豪華な宮殿にも、また、暗がりの部屋にもなります。この変化は、なかなか見せてくれました。2幕の2回目のザラストロのアリアで、その垂らしものの右2/3が開き、司祭らが腰かける階段状に並ぶ椅子が出てきました。唯一、大道具と呼ばれるもの。2幕でおもしろいと思えたのは、この垂らしものを、巧みに使った場面転換かな。「椿姫」同様、最小限のもので、芝居をさせる、これが、このプロダクションの特徴と言えるかな。ただ「椿姫」と違い、物語に、何らの意味を込めるというものではありませんでした。歌手陣では、ザラストロを歌ったリー・リアンが、抜群の声量と風格があり、ピカ一。次いで、タミーノのカイ・クルーグの澄んだ声が魅力的で、及第点はここまでかな。あとは、記して記録に留めておきたいと考えますが、期待していた夜の女王の角田裕子は、いっぱいいっぱい、でもきついなという印象を得たため、今年、日本で、同じ夜の女王を歌うのですが、行こうか行かないか、かなり微妙になってきました。(パミーナ)レネケ・ルイテン、(パパゲーノ)ロナン・コレット。なお、オケピットには、ロランド・クルティッヒ指揮の同歌劇場管弦楽団が入りました。総じて書けば、ペーター・コンヴィチュニーものを観る機会が増え、同じ方針で、既に優れものを観ていると、ちょっと感動が減退気味。暮れに、ここで観た「メデア」もそうだったもので、我ながら贅沢になってしまったと思います。

本日の食事。フランクフルトのホテルは、日系のホテルを使ったために、朝は、ふりかけのかかったご飯に味噌汁、おかずは、ソーセージにハム、野菜サラダ。デザートにヨーグルトというもの。今日も、暖かなコーヒーが嬉しいところでした。夜は、ホテルの周りには店がないため、繁華街で買ってきた調理パンで、仕方なし。その前に、チーズを肴に一人酒盛りを、ホテル横の池を眺めながらやっちゃいました。細やかな幸せというやつです。

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フランクフルトから(3/23)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月24日(土)23時53分5秒
編集済
  今回初めてのフランクフルトです。ちょうど正午くらいに着いたので、今日は、久しぶりにシュターデル美術館に行ってまいりました。今、「ルーベンス展」が行われているということで、日本を出る前から目を着けていたのです。ルーブル、エルミタージュ、メトロポリタン、ウィーン美術史美術館など、世界の有名美術館から、多くのルーベンスを集めての特別展。ギリシア神話に基づく作品が多く集められていたようで、キリスト教に取材したものは、ピエタくらいしかなかったんじゃないかな。それ以外では、ほとんどキルヒナーだったのですが、ブリュッケの作品などにも、着目。いい時間を過ごせたのですが、今日のオペラが、午後6時というので、ホテルに入ってからがせわしなくて、、、。ホテルのチェックイン時間は午後4時だったものですから、ホント、せわしなかった。おまけに、オペラに向かう前の恒例の仮眠もできなかったもので、開演前から眠い眠い。おかげで、かなり飛んでしまいましたが、今日は、フランクフルト歌劇場での「アフリカの女」(トビアス・クラッツァー演出)でした。ぽつりぽつりとはではあるのですが、フランス・グランドオペラに遭遇する機会が出てきました。これはありがたいことですが、なんせ長いものですから、結構な体力勝負。ですから、今日のように、睡眠障害が出るわ、仮眠もできないとなると、それだけで、かなりハンデを背負ったことになります。このプロダクション、装置全体が、淡いグレーをモチーフにしており、無機質感が漂います。1、2幕が連続して上演されましたが、ともに、現代的なビルの中の風情。1幕の評議会の場は、横スライドで、広間を出し変化をもたらし、2幕は、ダ・ガマが収監されている場ですから、舞台左右に小部屋が作られてはいるのですが、ともに、色彩感覚は同じで、装置の作りも同じテイスト。2幕が終わるまでは、そこまでの情報しか与えられてなかったもので、単に、時代設定を現代に持ってきたのだというくらいにしか考えず、それならば、ダ・ガマのインド航路と、どのような整合性をもたらすかは想像だにできませんでした。でも、その解答は、3幕早々に明らかになります。舞台真ん中に大きく長いデスクが設えられており、そのデスクの奥にある壁に、大きなモニターが設えられてあります。そして、そのモニターに映った映像を観て、一斉に会場がどよめきました。そこには、宇宙遊泳をする宇宙飛行士の姿が映ったからです。そうなんです、このプロダクション、地球人が宇宙征服に向かうお話にすり替えられたのです。となれば、セリカとネルスコは宇宙人となります。ですから、不思議な衣装で、彼ら宇宙人だけが有彩色(ブルー系)の全身タイツ、顔もはっきりしないものにしてあるわけも、これで氷解しました。なお、セリカは役者が演じ、歌手が右袖外で歌うとなっているのも、不思議な印象を与えていました。インド航路発見と宇宙征服という単純な置き換えで観ればいいわけですから、こうなったら、難しいことを考える必要はありません。4幕は、薄いグレーを基調に、ブルー系の植物があしらわれた装置。なんか、ホテルの斬新なインテリアのように、黄紺には見えてしまいました。5幕は、2幕に使われた監獄用小部屋に木が生えています。自害用の毒を持つ木を想像させます。残りの舞台は、ただのスペース。小部屋との出入りで進行しますが、最後に大きな意味合いを持ちます。小部屋で、自害した2人が重なるように倒れていく頃、このスペースで、宇宙人を追い詰めた地球人が、宇宙人を皆殺しにして、そこに地球人の旗を立てます。立てた男は、宇宙帽を取ります。ダ・ガマでした。それが判った瞬間、音楽は終わり、照明は落ちました。納得の、上手い終わり方です。セリカとネルスコの虚しさが滲み出ます。それは、同時に、ヨーロッパ人の自戒を生みました。単純な置き換え、でも、全編を通じた色彩の統一が素晴らしく、判りやすく、感慨の残る好プロダクションでした。今回のオペラ紀行では、ここまでで、最も印象に残るプロダクションですね。歌手陣は、若干の凸凹があったのですが、会場の歓呼も、黄紺の納得も含めて一致した最上位と思った歌手は、イネスを歌ったキルステン・マッキノン。よく通る明瞭な声で、場違いなほど抜けていたのじゃないかな。それに比べてとなっちゃいますので、ちょっとあとの歌手には気の毒なくらいでした。記して、記録に留めておきます。(ヴァスコ・ダ・ガマ)ミカエル・スピレス、(セリカ)クラウディア・マーンケ、(ネルスコ)ブライアン・マリガン、(ドン・ペドロ)アンドレアス・バウアー。なお、指揮はアントネッロ・マネコルダでした。終演後、ガルデローベでコートを受け取ったとき時計を見ると、ちょうど午後11時。結局、歌劇場の中に5時間以上以上いたことになりました。

本日の食事。エアフルトで買い置きのために必要なスーパーの位置を覚えていなくて、ちょっと戸惑ったのですが、狙いをつけたところでレーヴェを発見。定番の朝食を摂ることができました。デザートは、今日もライスプディングにしました。夜は、フランクフルト定番のタイ料理屋さんに行くつもりが、暮れにはあったのですがなくなり、哀れ、セックスショップに変わっていました。そこで、周りはトルコ屋さんばかりなのですが、それらは外し、いつも利用する地下通路のトルコ屋さんで「ラフマジュン」にしました。おかげで、今日は、生野菜の補給が完璧でした。

>トルコ代表
トルコ 1:0 アイルランド

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エアフルトから(3/22)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月23日(金)18時58分11秒
  5年ぶりか、6年ぶりかになるエアフルトにやってきました。今回のオペラ紀行では、旧東独地域は、このエアフルトが最後になります。すぐ近くのワイマールには、よくきているのですが、エアフルトは、乗り換えばかりだったのです。テュービンゲンでは、最大の町のはずですし、いい街並みが残っているので、もっと来てもいいはずが、そうではないのです。昼間は、幾つか行こうというところをピックアップしてあったのですが、実際に行ったのは、東独秘密警察、即ちシュタージの刑務所跡にある博物館。市民の自由を束縛するための施設、その施設の公開と、東独の実態から、ドイツ統一についての展示のある施設です。同様の施設を、ベルリンやポツダムで見てきましたが、こちらでも、教育活動の一貫として、今日も、校外学習に来た生徒たちに遭遇しました。負の遺産を残し、積極的に教育活動に活かす姿勢は、どこかの国とは、大きな隔たりがあります。一昨日、ベルリンで感じたことを、このエアフルトでも感じてしまいました。あとは、階段の上の2つの大きな教会を覗き、今回もおじゃまをしたタイ・インビスの店で食事をして、古い街並みの残るメーンストリートを流したら、おしまいでした。ルター関連の施設に行くのは、今回も、お預けになっちゃいました。その他、おもしろいものがたくさんありそうなので、ワイマールに泊まったときにも、来てみようかの気分です。そして、夜は、エアフルト劇場で「メリーウイドウ」(アクセル・ケーラー演出)を観てまいりました。大きな劇場だからでしょうか、また、週半ばの夜だからでしょうか、入りが悪く、のっけから、プロダクションに不安があるのだろうかと、ちょっと心配になるほどでした。観終わってから感じたのは、歌手陣がいいとは言えないのは、今に始まったことでもなし、演出面でどうかとなると、不満を感じる人も出るかもという出来栄え。合唱団の人たちを動かすながの上手いなと思う一方、装置には、わりかし疑問が残ってしまいました。と言うのみ、2幕と3幕は、大使官邸という雰囲気にも拘わらず、1幕は、まるでちょっといい公民館のロビーって感じ。最初は、この雰囲気で行くのかと思っていました、衣装も普通のスーツだしということだったもので、、、。ところが、2幕に入ると、皆さんおめかしして出てくるわ、装置は、戯画化されたものとは言え、贅沢な雰囲気を匂わすものでした。この違いって、、、1幕は、金のない大使官邸で、2幕以後は、金持ちのハンナ邸ってことなのでしょうか。考えられるところは、そないなところかと思うのですが、いくら貧窮に喘ぐ国家とは言え、意味のあることかと、突っ込んでみたい気分です。そんないな始まり方をしたもので、観ている立場としては、ノリが悪かったですね、ホント。会場の空気も暖まり、ギャグっぽいものが決まり出すのも、2幕以後となったのは、やっぱ黄紺同様の雰囲気を、皆さん、感じてたのかもしれません。歌手陣は、ハンナを歌ったシュテファニー・ミュトゥハー以外は、残念ながら満足できませんでした。歌唱は聴かせるのですが、ちょっと大柄で、大人の童話のような恋物語になるかなぁというところでした。同じような意味で、2幕で、2人がワルツを踊るところで、ミラーボールを使ったりと、幾つか、このプロダクションの感性に着いていけないところがありました。この辺りはクチコミで広まりやすいですからね。その辺が、不入りの原因かもしれません。オケピットには、ヨアナ・マルヴィッツ指揮のエアフルト・フィルが入ったのですが、この指揮者が、スタイル抜群の女性。思わず、「あんたがハンナをやれば良かったのに」と、こっそりと突っ込んでしまってました。劇場を出て、ホテルまでの10分ほどの道のりが、まるでタイムスリップしたかのような雰囲気。こういったいい感じの街なのですが、どうも、こちらで観るオペラは、毎回似たような印象を持ってしまうのです。足が向かない重要な要素になってるのかもしれません。

本日の食事。昨日同様、ホテルの朝食をいただきました。 普段買い置く場合には買わない生ハムを食べることができるのが嬉しいですね。夕食は、エアフルトへ初めて来たときに見つけたタイ・インビスの店。古風な街並みを抜けるトランバイも走る通りにあります。「鶏肉入りココナッツカレー」にしました。黄紺は、瓜系野菜を食べられないのですが、濃厚なココナッツカレー味だと瓜系野菜も、難なく食べられています。今回2回目のココナッツカレー。本日も美味でした。

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