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ベルリンから5(5/28)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 5月30日(水)01時28分12秒
  ベルリン5連泊目です。ベルリン連続滞在新記録じゃないかな。そして、暑いです。5日間の中で、一番暑い日です。こんなのが、いつまでも続くわけがないと思いつついたのですが、黄紺スマホには32度と出ていました。その暑いなか、昼間のお出かけは、月曜日なもので、月曜日に開けているところとして、今日まで留保してあったブリュッケ美術館に行ってきました。ちょっと外れたところにあるので、行きにくいと言えば行きにくいところにありますが、いい環境のなか、この美術館はありました。横に、ダーレム芸術館もあったので、2つとも行ってみることにしました。ブリュッケ美術館の方は、100点余りが展示できるスペースということで、テーマを決めて、展示品の入れ替えをやっているようです。この間は、カール・シュミット・ロットルフの作品が大半を占める展示となっていました。カール・シュミット・ロットルフと言えば、この3月に、ハンブルクの「ブツェリウス芸術フォーラム」が取り上げていたので観たところ。ハンブルクでは、まだ、その特別展が続いていますから、そちらの方にも、ブリュッケ美術館から、幾つもの作品が行っているようです。ダーレム芸術館の方では、ブリュッケの第2世代に当たる作家さんの作品が展示されていたようです。今日の昼間の予定は、これだけ。ドイツでは、基本的に、1日に博物館は1つにしています。そして、夜は、今日も、ベルリン・ドイツ・オペラであった演奏会形式での公演「マリア・ステュアルダ」に行ってまいりました。ぜひとも、1度は聴きたいと思っていたディアナ・タムラウに加えて、その相手役として、ハヴィエル・カマレナも出るということで、大変なご馳走という感じの公演だったのです。有名歌手を喚ぶ際、この演奏会形式という手法が用いられます。短期の拘束で公演を持てるということからなんでしょうね。演奏会形式と言っても、この公演、全て楽譜を持たず、芝居気分満載で続けられました。ディアナ・タムラウなんかは、チューリヒで歌ってきたところのはずですものね。そのディアナ・タムラウは、当然タイトルロールを歌ったわけですが、予想通り、細い声で、非常に繊細な音を出せますから、ピアニッシモの素敵な声をしている一方、パワーもありますから、表現力が豊かになるという素晴らしさを持っています。ただ、声質からして、マックスのパワーを出されたときには、絶叫調になるのは致し方ないところかもしれません。一方の期待であったハヴィエル・カマレナは、ちょっと想像していたとは違った声質の持ち主でした。高音の持ち主として知られ、実際、映像で観ても、かなり軽い声の持ち主と思っていたのですが、そういったタイプの歌手ではありませんでした。非常に張りのあるしっかりした部類の声を持ったテノールでした。パワーもあり、これは、世界でもてはやされること、納得できました。客席から大きな歓呼で迎えられたのは、もう1人の主役エリザベッタを歌ったヤナ・クルコーヴァ。確かに、パワーという点では一番だったかもしれないのですが、黄紺的にはイマイチだったなぁ。気になる不要なバイブレーション、それと、仮にもイングランド女王なんですから、傲慢であっても、庶民の傲慢さであってはならないものを見せてくれなきゃと思ってしまいました。その他、テバルド卿のニコラス・テステはそつなく、セシル卿のイ・ドンファンの場合はまとも過ぎましたね。終わってみて、この顔ぶれで、オペラにして欲しかったということ。でも、短期間招集だったから、この顔ぶれが揃ったということにもなりますから、やはり、たらの話は止めておきましょう。なお、指揮はフランチェスコ・イヴァン・キアンパでした。歌手が背後に立って歌うものですから、指揮がやりにくそうで、、、ご苦労様というところでした。

本日の食事。朝は、前日と同じく、パンにハム、トマト、デザートはライスプディングでした。夕食は、暑いので、とりあえずは、買ってきたチーズを肴に一人酒盛。だけど、冷えたビールを買えなくて、イマイチ物足りないものでしたが。そして、買ってきておいた調理パン2個で、お腹が満たされました。最近、このパターンが増えています。暑いので、あらためて夕食を食べに出かけるのが、億劫になってしまうのです。

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ベルリンから4(5/27)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 5月28日(月)16時52分36秒
  ベルリン、4連泊目です。気温は相変わらず、でも、午後には予想外の展開が起こりました。昼間のお出かけは、迷いに迷った挙げ句、エフライム博物館に行くことにしました。小ぶりながら、そそられる特別展が魅力の博物館です。今回の特別展は「大都市の美」。「大都市」とは、もちろんベルリンのことを指しています。博物館の規模が判っていますから、ゆっくりと鑑賞できます。各コーナーは、全て「都市と○○」という題が付いており、それが、興味を掻き立てますが「○○」には、「人」「労働」「静寂」「屋根」という風に、様々な工夫が入り、その題を見るだけでも楽しい。「幻想」などといった題が付いたコーナーでは、キルヒナーやベックマンという、黄紺も知る名前も出ていましたが、あとの作家さんは知らない人ばかり。それが、悔しい現実。ただ、ベルリンの旧い風景を期待していくと、必ずしも満たされないものがある展示ではありました。そして、今日は、もう1つ狙いの場所がありました。トレップタワー公園内にある「ソ連戦勝記念公園」。昨日行くつもりをしていたところ、欲張って、更に遠いところまで行ってしまったため、残ってしまっていたのでした。想像していた以上の規模でした。環境がいいので、また、涼やかな風も吹いていたので、腰をかけて本を読んでいると、どこやらで遠雷。まだいいやと思っていると、あっという間に近づいてきたので、慌てて退散しだすと、はや雨が降りだし、駅の20m手前で本降りに。辛うじて、濡れ鼠になることなく帰ることができたのですが、雨は、この地域だけだったようですね。そして、夜は、再び、ベルリン・ドイツ・オペラで、今夜は「ドン・カルロス」(マルコ・アルトゥーロ・マレッリ演出)を観てまいりました。ダルカンジェロにアニヤ・ハルステロスという素敵な歌手を揃えたもの。まず、このプロダクション、イタリア語版を採用。のっけから修道院の場面です。それでも、休憩までに、1時間50分を要しました。でも、フォンテンプローの森の場面がないと、物語が中途から始まる感じがして、好きになれないのと、エリザベッタ(アニヤ・ハルステロス)の出番が、前半、減ってしまうので、気に入らない部分があります。その一方、ドン・カルロスを歌ったカン・ヨセプが、前半の終盤、ちょっとスタミナ切れの声(後半にはほぼ回復)を出していましたから、難しいところですね。装置は、一貫して、高くて分厚い、そして幅広の直方体(可動式)の組み合わせで、場面転換をしていくというもの。その他装置らしきは、あまり出してはいないのですが、目だったものは、修道院の場で祈りの狭い台、異端審問の場で、正中に火、正面ホリゾントに架刑されている3人、フィリッポ2世(ダルカンジェロ)の居室にベッド、囚われのドン・カルロスの座る椅子、最後の修道院の場での大きな十字架くらいで、あとは、照明、人の配置で、場面の雰囲気を出すというもの。異端審問の場では、群衆を、高い直方体の上に乗せ、その直方体を「コ」の字形に置き、その中を広場に、主は宗教裁判所長という配置にしてありました。この装置、最初は安っぽい印象がしていたのですが、慣れてくると、また、納得ができる直方体の配置転換などを観ていると、徐々に緊張感が出てきていましたから、成功と言っていいのじゃないでしょうか。演出面で特筆すべきは、ラストです。カール5世の声がして、背後から修道僧の姿が現れるのですが、その修道僧は、正中より少し背後に置かれている祈りの台の後ろに入ってしまいますから、出てきたはずの修道僧が、視覚的に消える位置に入ったわけですから、「あれ?」と思ったところに、左脇からネーデルランドの使者たちが現れます。そして、ドン・カルロスの脇を固めたとき、右側の直方体が作る壁の前にいたフィリッポ配下の兵士が一斉射撃をして、ドン・カルロスと使者たちが倒れたところで幕となりました。またしても、最後にやられました。修道院のクリプタにでも、ドン・カルロスが引き込まれるというのは、確かに判りにくい結末ですから、明確な主張をして見せたということなのでしょうが、衝撃が走ったことは確かで、でも、そうなんだろうな、けどなぁ、、、という複雑な気持ちにさせられた結末となりました。歌手陣は、見事なキャスティング。主役級に穴がないとは、正に、このことだと思います。まだ、記してない歌手陣の名を、以下に書いておきます。(ロドリーゴ)エティエンヌ・ドュプュイ、(エボリ公妃)エレナ・ズィトコーヴァ、(宗教裁判所長)マシュー・ローズ。なお、指揮はイド・アラドでした。

本日の食事。朝は、パンにハム、トマト。デザートには、久しぶりにライス・プディングにしました。夕食は、歌劇場へ行く道で買った「ピザパン」。マルガリータにしましたが、お手軽で、腹持ちもいいので、ごくたまに食べることがありますが、大体、フランクフルトで食べるのですが、ま、ベルリンでもいいでしょう。

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ベルリンから3(5/26)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 5月27日(日)23時05分22秒
  ベルリン連泊3日目です。相変わらず、夏の陽気が続いています。去年のことを考えると、こんなわけはないはずなのですが。でも、暑い。そんななか、今日は、2つの博物館を渡り歩きました。1つ目の博物館、メルキシュ博物館の特別展狙いで行ったのですが、常設展を観ても、時間にゆとりができたため、思いきって、かなり外めにある博物館に行ってみたというわけです。1つ目のメルキシュ博物館は、既に行っているのですが、特別展として「我々のベルリン89/90」と題され、エルギュン・チャーアタイというカメラマンが撮った写真を展示するというわけですが、エルギュン・チャーアタイという名前、トルコ人ですよね、ということで気になってしまったのでした。89年~90年という、正にドイツが変わろうとしている時期の、トルコ人移民2世に焦点を絞って撮った写真展でしたが、展示数が少なく、目指すものを捉えるには至りませんでした。常設展も、何か縮小気味で、ちょっと頼りなくなってしまった博物館でした。そんなで、さほど時間がかかるものではなかったということで、考えていた予定を止め、念のために用意しておいた、シュピンドラーフェルトというSバーン47番の終点駅近くにある装飾博物館に向かうことにしました。ケーペニク宮殿の中にあるこの博物館、主として、ルネサンス期からロココ期までの家具調度品の展示をしているところです。ものが大きなもの、また、その装飾の腕の見事さは、黄紺の目にも解る逸品ばかり。木彫ものが多かったですね。他には、皮革装飾、陶磁器、ガラス器などを観ることができました。場所柄か、週の後半4日間だけ入館ができるところです。お薦めの博物館と言えます。かなり遠くなものですから、移動に時間を要しましたが、却ってベルリンの地理を覚えるので、黄紺には苦にならないものでした。そして、夜は、コミッシュオーパーでの「セメレ」(バリー・コスキー演出)に行ってまいりました。今回唯一のコミッシュオーパーですが、この歌劇場の主バリー・コスキーのプロダクションに当たり、大満足。また、このプロダクションが素晴らしい、歌手陣の歌唱はもとより、正に「歌う役者たち」の共演で、プロダクションが一層に引き立ちました。装置は、一貫して同じもの。石壁という色合いに囲まれた大広間。調度品は、ほぼなし。その空間への照明の駆使で、場面に応じた雰囲気を出そうという腕前が、何よりも素晴らしい。次に、歌いながらステップを踏ませたりするのを避ける傾向にあるオペラで、それを躊躇うことなく歌手にさせている点、もちろん、過度の動きは、それこそ歌唱に障りますから避けていますが、かなりキワキワまでの要求が出ているなの印象。また、それに応える歌手陣。なかでも、セメレを歌ったニコレ・シェヴァリエが素晴らしすぎました、それが引き立ったのも、相手役ユピテルを歌ったアラン・クライトンの芸達者ぶりがあったからこそです。2人のじゃれあいぶりは、ホント、見ものでしたし、その裏に、バリー・コスキーの深い楽譜の読み込みがあったからだと考えられます。その他、演出面で、幾つか記憶に残しておきたいことをメモっておきます。セメレの結婚相手アタマスにはカウンターテノール(エリック・ジュリナス)を起用。これが、笑福亭生喬似だったため、密かにニンマリしていました。その結婚式の場面で、3度ほど、雷鳴が鳴り、ユピテルの意思なんてものを表し、セメレのそわそわぶりをも表していました。ユピテルとセメレの陶酔の音楽は、かなり濃厚なものに、これは、指揮のコンラート・ユングヘネルの腕の見せどころでした。一方のユノは、かなり強烈なジェラシーを発揮。またユノを歌ったエズギ・クトゥルがうまい。ユノが目覚めさせるソムヌス(エヴァン・ヒューズ)も好演。歌える役者は、この役にまでいたっていうところでした。僅かしか出てきませんが、印象に残りましたからね。ユノがセメレの妹イリス(ノラ・フリードリックス)になりすますところは、実際イリスを出し、口パクをさせてるというもの。後ろで、ユノが歌うというものでした。音楽的には、ヘンデルは、セメレが亡くなる場面は用意していません。それに則って、このプロダクションでもセメレの長大な、技巧の詰まったアリア(これが凄かった!)に次ぎ、永久の別れになることを知るユピテルの哀しいアリアのあと、幕が下りただけでしたが、そのあと、焼けた衣装、髪をしたセメレがアリアを歌いました。このアリアが把握できない黄紺ですので、帰ってからDVDで勉強の要ありと考えています。そのアリアが終わると、幕が上がり、壁は爆風の影響を受けた姿に変わり、舞台前方には灰の山が置かれ、セメレは、壁に埋め込みのマントルピースの上に、最後まで座ったままで、ひとしきりアタマスとイリスの結婚の儀が終わると、舞台には、セメレだけが残り、舞台裏から、コーラスの皆さんの「Happy happy」の歌声のなか、幕が下りました。照明が落ちるや、大変な歓声に包まれました。お見事なプロダクションに、素晴らしい歌手が揃うと、これほどまでの素敵な舞台に出逢えるのですね。このプロダクションを選んで、大正解でした。

本日の食事。ドイツに入ってから、ほぼ毎日、似たものが朝食。パンにハム、トマトにヨーグルトです。夕食は、ツォー駅にあるアジア・インビスの店に「タッパイ」を見つけたので、チキン入りを求めました。甘さの程よいところなど、本場タイのまんまでした。

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ベルリンから2(5/25)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 5月26日(土)16時42分1秒
  ベルリン2日目です。ベルリンは、随分と多く来ているのですが、オペラに行く夜はともかく、昼間も、行くところに事欠きません。今日は、ベルリン植物園に行ってまいりました。フランクフルトでは、幾度か、植物園に行ったことがあり、結構楽しめることに味をしめているため、ベルリンにも植物園があることを知ったからには、行ってみないわけにはいきません。以前行ったことのあるダーレムの近くにあります。ベルリンは、夏の陽気ですが、乾燥しているため、植物園を散策するには、絶好の季節というわけです。温室や岩場の植物、イタリア庭園などというものも見ることができるのもいいのですが、この植物園、森の中を歩いている雰囲気を味わえるのがいいですね。相変わらず、方向音痴が出て、迷子になりかけたのですが、この植物園、そういった人間を想定して、レイアウトができているようで、うまく脱出。それさえなければ、もっと時間を有効的に使えたのにと言っても、あとの祭りです。帰りに、ズィード・クロイツ駅近くにあるナチス時代の監獄跡に向かったのですが、残念ながら内部には入ることできず、退散。夜は、ベルリン・ドイツ・オペラであった特別コンサート「ヴェルディ・ガラ」。ところが、会場に行って、唖然。やっぱ、やってくれたか、でした。予定されていたアンジェラ・ゲオルギューがキャンセルをしていたのです。日本を出る1週間前は、まだアンジェラ・ゲオルギューになっていたのですが、それからあとは、会場に行ってのお楽しみで、チェックをしていなかったら、この様でした。アブナイのを承知で、チケットを買ったにしても、実際に、このようなことが起こると、腹が立ちますね。会場前に、チケットを手に持ち売ろうとしていた人を複数見かけたときは、だふ屋かなとも思ったのですが、このメンバーなら、まだキャンセルを知らない人に売り飛ばそうとしていたのでしょうね。いずれにせよ、アンジェラ・ゲオルギューを当て込んでか、昨日の「ナブッコ」に比べると、場内の熱気は、かなり高いものがあったのですがね。出演した歌手は、次の4人です。ソプラノが3人出ましたが、当初は、テノールとの2人のコンサートでしたから、アンジェラ・ゲオルギューが歌う予定の曲を、3人で分け持ったというところでしょうか。自身のレパートリーの関係もあるでしょうし、また、それぞれのキャリアを見ると、見るべきものは見当たらないものでしたから、1人に任せてしまうには、無謀だとの判断が働いたからでしょうね。という風に考えると、かなり際になってからのキャンセルだと想像しています。その3人を含めて4人の歌手は、次の通りでした。ニコレ・カー(a)、イリナ・クリローヴァ(b)、パク・セヨン(c)、サイミル・ピルグ(d)。なお、プログラムは、次のようなものでした。①歌劇「運命の力」序曲②歌劇「オテロ」より「アヴェ・マリア」(a)③歌劇「シモン・ボッカネグラ」より「わが心に炎が燃える」(d)④歌劇「シモン・ボッカネグラ」より二重唱?Vieni a mirar la cerula“ (bd)⑤歌劇「ナブッコ」序曲⑥歌劇「マクベス」より?Ah la paterna mano“ (d)⑦歌劇「運命の力」より?Pace, pace mio Dio“ (b)⑧歌劇「ドン・カルロス」より?Tu che le vanità“ (c)⑨歌劇「ルイザミラー」より?Quando le sere al placido “ (d)⑩歌劇「ルイザミラー」序曲⑪歌劇「イル・トロヴァトーレ」より?Tacea la notte placida“ (a)⑫歌劇「仮面舞踏会」より?Morrò, ma prima in grazia“ (b)⑬歌劇「仮面舞踏会」より?Ma se m’è forza perderti“ (d)⑭歌劇「仮面舞踏会」より?Teco io sto“ (bd)。なお、指揮はパオロ・アリヴァベニでした。サイミル・ピルグは、黄紺自身知らなかったのですが、アンジェラ・ゲオルギューの相手役に指名されたわけですから、それなりの人だろうとは思っており、また、それに応える歌唱を披露してくれていました。もう少し、高音で突き抜けるような張りがあれば、言うことなしなんでしょうが。代役の人たちには、チャンスを掴むには格好の場所だったろうと思うのですが、確かに、キャリアでは考えられない優れた歌唱を披露してくれたと思いますが、中でも出番の最も多かったイリナ・クリローヴァは優れもの。これで、ベルリンで出番をもらうでしょうね。豊かな声は、なんとしても魅力的でした。そして、アンコールは「乾杯の歌」、、、冒頭で、「な~んだ」というどよめき。思わず、指揮者が、客席を振り替えってしまいました。それに、客席も笑いで応えるという和やかなフィナーレとなりました。

本日の食事。めちゃくちゃ平凡なもの。朝は、おいしいドイツのハムとトマトで、パンを食べ、ヨーグルトをデザートに。夕食は、その前に、ちょっとだけ、ホテルで一人酒盛をしたかったため、調理パンを2個買っておき、それで済ますことにしました。ところが、冷たいビールを買ったつもりが、何を間違ったのか、瓶入りコーラを買ってしまい、結局、買いだめしてあったワインでの一人酒盛になってしまいました。植物園散策のあとは、冷たいビールが呑みたかったんだけどなぁ。

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ベルリンから(5/24)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 5月26日(土)16時37分39秒
  ポーランドから、陸路ベルリン入りしました。ポズナンを、ほぼ定刻に出て、2時間45分ほどで、ベルリン中央駅に到着です。中央駅には、地下駅ではなく、Sバーンと並びになっているホームに入りました。国境となっているオーデル川越えも、気をつけていなければ、あえなくスルーしてしまうところでした。ベルリンまで、残すところ、約1時間というところで、オーデル川越えがありました。ポーランドからドイツに入っての変化は、ドイツの方が過密だなという印象。ドイツで、そのように感じたわけですから、ポーランド鉄道に乗っていると、なかなか都市というものに出会わなかったということになります。今回の旅行、若干、ドイツ滞在の方が長いのですが、気分的には、はや半分が終わった感になっています。何ら困ったことはなかったのですが、初めてというだけで、緊張をしていたのだなと、ドイツに入ってから、ポーランドでの8泊の日々を振り替えっているところです。そして、今日から、再び、オペラの復活です。今回の日程は、今日からのベルリンの滞在に合わせて、その前後の日程を考えるなか、ポーランド行きも浮上してきたというものでした。昼間は、さほど時間があるわけではなかったものですから、フリードリヒシュトラーセ駅前にある「トゥレーネンパラスト(涙の宮殿)」という名を持つ博物館に、まず行ってまいりました。東西分断のとき、このフリードリヒシュトラーセ駅に、東西ベルリンを越える検問所があったことで、その検問所の復元とともに、分断の歴史を記憶に留めようとする博物館です。こうした博物館は、教育目的ということもあるのでしょう、無料で入れるのも、ドイツのすごいところです。そして、もう1つ、以前からピックアップしながら、まだ行けてなかったシオン教会が近いということで行ってまいりました。帰りはそうしたのですが、シオン教会の前をトランバイが通っているという情報を持ちながら、アレクサンダー・プラッツ回りで行ってしまった、うつけた黄紺でした。ライプチヒの聖ニコライ教会もそうですが、入口に「いつでもフリー」の看板が置かれているのが、らしさを感じさせてくれました。戻りは、うまい具合に、ハッケーシャーマルクトに出ることができ、嬉しい限り。そう、今日は木曜日なのです。ハッケーシャーマルクト駅前に屋台が並ぶ日でした。韓国屋台と、新たなトルコ屋台が、黄紺の気がついたニューカマー。替わりに、ファラーフェルを売るアラブ屋台や、南インドを掲げた屋台が消えていました。サーレップチはいませんでしたが、これは、季節労働かもしれません。そして、夜は、ベルリン・ドイツ・オペラで「ナブッコ」を観てまいりました。ジェリコ・ルキッチがタイトル・ロールを歌うということで、ここの「ナブッコ」のプロダクション(ケイト・ヴァルナー演出)は、2度目だったのですが、躊躇うことなく選んでしまいました。舞台は、廻り舞台に沿い、城壁が開閉するようになっており、それが開くと、オペラが始まるという趣向。舞台背後には、城壁の書き割りがあり、城壁内部での物語の進行になっていました。前半(ナブッコが雷に打たれるまで)は、それに、鉄骨2階立ての神殿らしきものが、舞台右半分中ほどに。後半は、左に直方体の大きな建物(何だったのでしょうか?)と、右に、螺旋階段が透けて見える円筒形の細長い作り物。これも、具体的には、何を指すのか、黄紺には判りませんでした。そういったなか、記憶に残る場面というか、2度目ですから、そう言えばあったと記憶が蘇る場面をピックアップすると、まず、ナブッコが雷に打たれるところ、右奥から左前に、伸縮の効く壁が引き出され、右前部分にナブッコが取り残されるというもの。臣下など合唱の人たちは、左奥に固められます。1人取り残され、苦しみにうちひしがれるナブッコという姿でした。アビガレージに、かなり傲慢で権力的な振るまいをさせるという特徴が2つ目です。男の臣下を性的に、また暴力的に弄ぶというシーンが用意されています。ラスト、アビガレージの死を指すような動きはなく、城壁が閉まり、アビガレージ一人が壁の外に取り残され、アビガレージが、その閉まった壁に体を打ち付け悲しみ、終演となりました。だけど、「ナブッコ」だけは、筋立て、場面展開に、元々から無理がありますから、いずれを観ても、しっくりと来ないのは致し方ないところです。歌手陣は、やはりルキッチが抜群の上手さを発揮。憂いや悲しみを含んだ歌唱の、何と表情が豊かなことでしょう。権力を握っているときの力強い歌唱と、いずれをとっても大満足。フランクフルトで聴いたときよりも、声が出ていたんじゃないかな。客席の支持を強く受けていたのが、アビガレージのエカテリーナ・メトロヴァでしたが、黄紺は、モナストゥルスカヤの歌唱を、ほぼ1年前に、同じ舞台で聴いているものですから、どうしても比較してしまいます。まず、低音の違いが大き過ぎます。高音は威力を持つのですが、あくどさすら感じさせようとする演出の要求に合ってるとは思わないのですが。むしろ、黄紺は、ザッカリアを歌ったイ・リアンを、高く評価したいと思います。バスらしい声に、慈愛あまねくという言葉に合う、いい声。ここでも、韓国人歌手、奮闘です。フェネーナのジュディット・クタシは、健気で、しとやかな雰囲気、なかなか気に入りました。イスマイーレのガストン・リヴェロは、ちょっと声が安っぽいかな。王の娘に恋をするのですからね。パオロ・アリヴァベニ指揮の同歌劇の管弦楽団がオケピットに入ったのですが、これが、なかなかイタリアの地方のオケっぽい感じが出ていて、お得な感じを持ってしまいました。音の色彩を豊かにする工夫が駆使されておりというか、ちょっとくさめにという感じで、へぇ~って、声にはならない声を出すことが数度ありました。

本日の食事。ポズナン最後の食事は、定番もの。パンにチーズ、トマトにヨーグルトを添えました。夕食は、ハッケーシャーマルクトのトルコ食屋台で、「プラサ」「ムサカ」「ブルグル・ピラフ」を、1つのお皿に入れてもらいました。パンの替わりに、ユフカをちぎってくれたのが、嬉しいところでした。

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ポズナンから2(5/23)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 5月24日(木)08時27分35秒
  ポーランド最後の宿泊地ポズナンに入りました。3日前には、オペラを観に来ましたから、今回2回目となります。その3日前と、全く同じ経路、同じ列車でのポズナン入りです。前回は、歌劇場探しで迷子になったため、その原因追究をしておかないと、また繰り返すと思い、しっかりと頭に入っている歌劇場とホテルのルートを押さえながら歩いた結果、間違いの元が判りました。トランバイが、何の工事か知りませんが、そのために、線路がはがされてしまい、それを目印にしていたために狂ってしまったのでした。それが判れば、あとは、主だった中心街の道筋が、頭の中で繋がり、今日は、安心して街歩きをしました。「歩き方」を見ると、こちらの主だった博物館は、午後4時までと、少し早めなため、とりあえずは、いずれか1つを押さえようとしたのですが、「ポズナン歴史博物館」「ヴィエルコポルスカ蜂起博物館」「ポズナン国立美術館」と覗いてみたのですが、いずれもが、午後3時まで(水曜日は)となっていて、愕然。ですから、せっかく旧市街に行くことはできたのですが、その地域にある博物館は諦めることにしました。替わりに、それらの博物館は、午前9時から開館。この分だと、夕方移動にしないと、ゆっくりと、ポズナンの博物館巡りは難しいですね。但し、週末は、ゆとりのある開館時間にはなっていますが、、、。そこで、旧市街の中心から離れたところにある「ポズナン大聖堂」に行くことにしました。ホテルでもらった地図のおかげで、ルート確認をすることができましたが、この大聖堂のあった位置こそが、旧市街よりは古い市街地のあったところのようです。このポズナンが、ポーランドでは、最古(968年)の司教座が置かれたところだそうで、その教会がポズナン大聖堂となるそうですが、幾多の建て替えが行われているようで、最も新しい破壊は、ご多聞に漏れず、第2次大戦によるもので、従って、現大聖堂は、戦後、修復が行われたものとなります。トルンでも観た煉瓦造りの教会でした。地下室に入れるという情報があったので、教会の方に聞いたところ、間違いありませんでした。でも、その旨の表示って、あったのかなぁ。何か料金表示があったので、教会の方に、入るのにお金がいると思い尋ねたときは、地下室のことだとも、何とも言われず、念のために地下室を特定して尋ねると、「ある」という回答。逆に驚きました。その地下には、ロマネスク時代の遺構とか、墓跡とか判るようになっていました。ちょっとした博物館です。で、このポズナンで、今回のポーランド旅行はおしまいです。明日の朝、ドイツに向かいます。新たなオペラ紀行のスタートにもなります。ポーランドは初めてでしたが、動きやすいところだったなぁの印象。観光地に行くと、人が多いのは致し方ないのですが、それ以外では、控えめで、ゆる~い感じが気に入っちゃいました。ワルシャワですら、そのように感じました。合理化が進んでないのがいいなと思います。これから行くドイツのホテルの場合、ホテルに人がいるのかどうかが気になりますし、街の人の多さが、ポーランドを回ると気になります。アジアは、それからすると異様です。アジアの異様さは、がっつりと金儲けに貪欲過ぎると、ポーランドを歩いて思ってしまいました。どぎつい看板、イルミネーション、けばいです。そんなのを見慣れている者からは、何かゆる~い感じがしてしまうのです。ワルシャワのオペラも良かったしと、これじゃ、このあと、また来てしまいそうだなと思ってしまってます。

本日の食事。2つ目のグダンスクのホテルは食事付き。結局、このホテルだけが、今回のポーランドでは朝食付きでした。朝食は、ドイツと、さほど変わったわけではないのですが、パンは食パン系。2種類用意されていましたが、その内の1つは、ライ麦がブレンドされてたんじゃないかなと思わせられた食感でした。食材は、目新しいものがあったわけではないのですが、ソーセージと玉ねぎの炒めものが見かけないもので、ありがたくいただきました。夕食は、今回のポーランド旅行のヒット作「ザビエカンキ」。今日は、パンに乗せる具はピクルスにしました。それに、チリソースとケチャップをかけてもらいました。食べるのには、長いものですから苦労しますが、美味いのはいいことです。これを食べにも、また、ポーランドに来たいですよね。

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グダンスクから2(5/22)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 5月23日(水)13時25分1秒
  トルンから、再びグダンスクに戻ってきました。前回は、オペラと「連帯」狙いでしたし、今回は、旧市街狙いでやって来ました。それに合わせて、ホテルの位置も変えて押さえておきました。今日は、旧市街の一角に、ホテルをとっておいたのです。かつては、ダンチヒと言い、ハンザ同盟の重要都市としての繁栄を誇ったからでしょうか、ここの市庁舎にせよ、教会などの立派なこと。ただ、残念なのは、やはり、こちらも戦災被害が大きく、復元ものが多くを占めているようです。市庁舎の内部が博物館となっているため入ってみたのですが、大広間の装飾は、並大抵のものではありませんでした。あと、もう1つ、中に入ったのは囚人搭。こちらは、監獄として使用されたことがあるということで、中世の拷問や処刑などの展示があったのですが、もう1つの大きな目玉は「琥珀博物館」。そうなんですよ、バルト海地域は、この琥珀貿易が花形だったことを思い出しました。動物、植物の取り込み琥珀は、いつぞや、どこかの博物館で観たことがありましたが、いつ観ても、摩訶不思議な姿です。時間的にも、黄紺の腰にも、博物館は、これらの2つで限界。あとは、運河べりや街並みでの、ぶらぶら歩きを堪能した半日でした。

本日の食事。朝は定番のもの。パンにトマト、チーズに、久しぶりに、デザートとしてヨーグルトを加えました。夕食は、街歩きをしていて、セルフサービスのレストランを見つけました。今回のポーランドで初めてのお店です。トレーに、順次、希望の品を入れてもらえるというところ。黄紺が選んだのは、「ミートボールのホワイトソース煮込み」「細切りキャベツと
豚コマの煮込み」「豆入りピラフ」でした。「細切りキャベツ、、、」が美味で、キャベツは、ちょうど「ザウアークラウト」状、豚コマは、豚の角煮ほどに煮込んであり、それを、細かくほぐしてありました。お味が、醤油を使わないと出ないんじゃないかという、ちょっと甘辛いもので、とにかく美味しいものでした。

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トルンから(5/21)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 5月22日(火)12時12分1秒
  ポズナンから鈍行列車に乗り、2時間20分ほどかけて、トルンに到着。世界遺産の町ということでやって来ました。今日からあと3日間のポーランドは、オペラなしの純粋の観光で回ります。ですから、時間的にゆとりがあるということなのですが、今日は月曜日ということで、行きたくても入れないところばかりということで、しかも、観光エリアが、思いの外狭かったものですから、時間が余ってしまいました。この町を世界遺産に押し上げているのは、マルクト広場にある巨大な市庁舎。いろんな町で市庁舎が残る姿を見てきましたが、町の規模に、あまりにも不釣り合いな市庁舎の大きさに、びっくりです。その近くにある聖ヨハネ大聖堂や聖マリア教会の規模も大きく、この町に富が集中したことを伺わせます。また、聖ヨハネ大聖堂と同じ道筋にあるのが、この町の生んだ有名人コペルニクスの生家と、観るべきものはあるのですが、月曜日というのが現実。年中無休ということで、唯一入ることができたのが、ドイツ騎士団城跡。廃墟になっていますが、これだけ残っておれば、観るのには十分。地下というか、1階の部分を使い博物館にもなっていました。黄紺的には、ドイツ騎士団ものは初めてのはずです。やはり、このバルト海近くに来ないと観ることはできない代物ですから、もう、これだけで満足といったところでした。街は、このトルンにも、校外学習にやって来た生徒たちで、大賑わい。この季節は、ポーランドでは校外学習の季節なんでしょうか。行く先々で、団体さんに遭遇してしまいます。日本で言えば、小学生から高校生まで、年齢はバラバラですが、いずれも、皆さん、団体行動が取れているようで、ポーランドの一面を見させてもらったの気分です。

本日の食事。今日も、買い揃えておいた定番の朝食。パンにトマト、ハムで済ませました。夕食は、街を歩いていると、随分と流行っているパン屋さんを見つけたもので覗いてみると、小さなケースに、2種類だけの揚げパンだけが置かれていました。それを、取っ替え引っ替え買いに来る客。「美味しいんだろうな」と思ってしまい、衝動的に買ってしまいました。日本の揚げパンだと、噛んだとき歯ごたえがありますが、この揚げパン、柔らかいのです。最初、ワルシャワでパンを食べたとき、パンが柔らかかったので、びっくりしましたが、その柔らかさのままの揚げパンでした。1つはジャムが、1つは、パイナップルかなぁ、果物の缶詰のようなものが、具になっていて、なかなかの美味。大正解でした。

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ポズナンから(5/20)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 5月21日(月)13時48分11秒
  グダンスクからICで移動と言っても、今日は、昨日の移動と違い、旧来の列車での移動となりました。ですから、今日は、ドリンクサービスはなし。ポズナン駅は、ここまでのワルシャワやグダンスクと違い、えらく活気に溢れています。駅の構造に戸惑い、ようやく駅本体の入口を見つけると、まるでドイツの大きな駅の雰囲気。これだけで、ポズナンという町が、ドイツに近づいた位置にあることを実感。移動に結構な時間がかかり、しかも、今日のオペラも、午後6時開演ということで、今日は、あまりポズナンという町に親しむことができませんでした。そこへさして、お約束とも言える、迷子になったものですから、慌ただしいこと夥しい日となりました。またしても、歌劇場へのアクセス探しでミスり、一旦、ホテルまで戻った上でやり直すという、まことにうつけたことをしでかしました。初動操作で間違うと、こないなことになりますが、あまりにもの単純ミスに、呆れるしかありませんでした。そういったことですから、旧市街の端にすらたどり着けず、辛うじて「ポズナン暴動」の記念婢だけを見ることができました。歌劇場へのルートの途中にありましたから。黄紺は、「ポズナン暴動」のポズナンと、今いるポズナンが、昨日まで結びついていませんでした、お恥ずかしい話ですが。昨日、グダンスクで「連帯」の博物館で、東欧の民主化の先駆けのような展示に、「ポズナン暴動」を見つけ、そこで、初めて2つが結びつきました。ですから、今回の旅程にポズナンが入ったのは、単にオペラを観る、ベルリンに近い、この2点で選んでいたのでした。言い訳をするようですが、「ハンガリー動乱」のインパクトが強く、どうしても、同時期に起こった「ポズナン暴動」が抜け落ちてしまってました。そして、夜は、ポズナン劇場での「魔笛」(スジャロン・ミナイロ演出)を観てまいりました。ところが、このプロダクションが、えらく変なもの。台詞は、一切なしというもの、しかも、装置は、舞台中央に、横並びに設えられた大きなカム状のものだけで、あとは歌手陣の動きだけで表現しようというもの。後者に関しては、芝居だったら台詞劇に、しばしば採用される手法ですが、その動かし方が伝わればいいのですが、さっぱり伝わってこず、黄紺は戸惑うばかりと言えばいいのでしょうが、匙を投げたのか、体が反応して居眠りばかりでした。舞台の3方の端に人を配置したままですので、歌唱場面に来ると、そこから歌手が出てきて、出番が終われば、そこに戻るというわけでなし、歌手の配置に、わざとしてるのかなと思うほど、考えられないものを採用したりと、黄紺に、こなすのは無理と思えるプロダクションでした。歌手陣は、パミーナ(モニカ・ミック・ノヴィカ)が良かったかな。オケ(ガブリエル・クムラ指揮)などは、明らかにグダンスクのそれとは違う力量を見せてくれていたのですが、パミーナ以外の歌手陣には、あまり拍手をする気になれませんでした。客席からは、夜の女王(アレクサンドラ・オルクツィク)やザラストロ(パファル・コルピク)、パパゲーノ(ジャロミル・トゥラファンコウスキ)、タミーノ(ビョートル・フリーベ)にも、熱い拍手が送られていましたが、黄紺的にはイエローカードものでした。

本日の食事。朝は、今日も買い置きのもの。コンビニのような手軽に買い揃えることのできるお店があるので助かります。野菜の補給は、大きなトマトにしました。かなり水っぽいのはいいのですが、甘さには欠けるお味でした。あとは、パンとハム。夕食は、日曜日ということで、最悪は、コンビニでのサンドイッチでも仕方ないかと思っていたところ、ポズナンにもゲバブチがありました。グダンスクのゲバブチで見て気になっていた「ザビエカンキ」が、その名前と考えればいいのでしょうか、それがあったので飛び付きました。細長いフランスパンのようなパンを縦切りにしてチーズを置き、ピザのように溶かしたあとに、その上に具を乗せるというもの。それにドネルを乗せることができるので、ポーランドのゲバブチにあるようなんですが、黄紺は、ドネル続きだということで、野菜だけを乗せてもらいました。美味かったぁ。黄紺的ポーランドの味になりそうです。

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グダンスクから(5/19)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 5月20日(日)13時24分44秒
編集済
  ワルシャワから離れました。初めてポーランド鉄道での移動を経験することになりました。明るくて素敵な車体、正確な時間、そして、ドリンクサービスなんてのがありました。グダンスクまでは、ICでは、3時間かかりませんでした。今日のオペラは、午後6時開演、しかも、歌劇場(「バルチック・オペラ」と言います)が離れたところにあるということで、今日は、旧市街歩きは端から除外していました。まずは、歌劇場へのアクセスの確認。グダンスク中央駅から近郊電車で行けばいいと、調べた結果出てきたので、それに、まず乗ったのですが、ダメ人間としてのミスが出て混乱。いつも、自分に言い聞かせていることをしなかったため、ミスが出てしまったのです。交通機関の駅名は、必ず現地語でマークしておくという鉄則を外してしまっていたのです。駅名に大学名が付いているからいいやと、勝手な判断をしてしまい、それがミスに繋がりました。幸い、地図を見ながら、アクセス・マップを用意しておいたことから、距離感が記憶に残っていたのが幸いしました。他の大学名が付いた駅に向かう途中に変に気づき、慌てて電車を降り、人に尋ねて正解。また、この方が親切な人で、感謝、感謝です。歌劇場に行ってみて、前を走るトランバイの方が、安くて解りやすいと判断、実際のアクセスにはトランバイを使うことにしました。街中に戻り、今日の目玉としたのは、「連帯」の痕跡に向かうということでした。同時代を生きた者として、やはり自主管理労組「連帯」のインパクトは大きなものがあります。その後の東欧の歴史を作りましたからね。今は、グダンスク造船所はなく、敷地の前に記念のモニュメント、造船所のあったところには、その「連帯」に関わる博物館があります。そこを出てから、時間的に、まだ余裕があると看て、ちょっとだけ旧市街の外れまで行ってみました。ホントの外れだけで、残りは、もう1度来るときの楽しみにしました。そして、夜は、バルチック・オペラで「ナブッコ」(クルツィストフ・バブルキ演出)を観てまいりました。外観は、そうではなかったのですが、実際の劇場は、かなり小ぶり。2階もあるのですが、5列ほどでおしまい。しかも、中央部には座席がないという構造。従って、舞台も狭い、その上、コーラスの皆さんが多数出るとなると、、、黄紺の頭には、アンカラで観た「清教徒」が蘇ってきました。歌手を動かしにくい状態なため、衣装を着けた演奏会形式と言えば大げさですが、それに近い形になってしまってました。それが、基本構造ですから、少ない人数の歌手だけが舞台に出てくる場面でも、右に並へで、さほど動かせなくなりますものね。おまけに、狭い空間なもので、歌手の声が響き過ぎての聴き辛さが加わります。正直言って、同じポーランドで、ワルシャワと、ここまで開きがあるかと思う環境でした。装置は、一貫して同じもの。背後に壁があり、その前に階段が設えられているというもの。そこに、映像を投射して、場面の変化をつけるというもので、腕の見せどころは、この映像の操作。ヘブライ側とバビロニア側で変化をつけてるのかとも思ってはみたのですが、単純に、休憩(ナブッコが雷に撃たれる前と後)の前後での変化だったようです。歌手陣で、大きな支持を受けていたのが、アビガレージのカタリナ・コレシ。声にムラがありましたが、やはり一番の歌手でしょう。ナブッコのアダム・ヴォツニアクは、声質がハイバリトンなため、ちょっと役には向いてないと看ました。ザッカリア(ウラデミル・パンキフ)も印象に残りますが、やはり、ここでも感じたのは、なかなかホンマもののバスには出逢えないということでした。その他主要キャストは、次の歌手でした。フェネーナがカタリナ・ノウォサド、イスマイルがズビグニエフ・マラクでした。ワリクルスッウ・クンチ指揮の同歌劇場管弦楽団がオケピットに入りましたが、ちょっと地方のオケと感じてしまいました。

本日の食事。朝は、前日に買い置きした定番のもの。今日は、ポーランドのハムが、ドイツほどには美味しいとは言えないもので、替わりにチーズにしました。あとは、パンにコールスローにしました。夕食は、駅前に、ゲバブチの屋台があったのですが、そのメニューに「ロロ」とあり、写真ではものが判らなかったので注文したところ、ユフカに巻いたドネルが出てきました。但し、野菜ばかりが目立ったものでした。ま、それはそれで嬉しいのですが、ワルシャワのドネル・サンドを見ているだけに、ちょっとしくじったと思ってしまいました。あとで考えると、「ロロ」っていうなは、「ロール」じゃないかなということ。巻きものですから。

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