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拍手

 投稿者:旋毛曲がり  投稿日:2011年12月18日(日)01時55分20秒
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  最近、能を見に行くのが、億劫になってきた。年に何回かは、素晴らしい舞台に感激する、しかし、素晴らしければ素晴らしいほど、虚しい気分になる。家で、DVDでも見ていればこんな気分にならずにすむが、さりとて、映像でこのような感激を味わえるのかというと、それは難しいであろう。ある時、能が始まる前、放送で、今からの能の性格上終演後の拍手は自制してくれという旨の放送があった。にもかかわらず、いつものように、まるで、ベートーベンの交響曲が終わったかのような拍手があった。非常に不愉快で、演者のむなしさは計り知れないのではと余計なことまで心に浮かんだ。能も拍手が似合うような演目もあるかも知れないが、能の本質は人間存在の無常がそこはかとなく舞台上に漂う空間を出現させることであるはずで、それが、うまく行けば、拍手など忘れるほどの非日常空間が舞台上に現れているはずである。拍手が聞こえれば、ああ、失敗だったかと勘違いするのではないでしょうか?シテは自分が舞っている姿を見ることができない以上、舞が終わったときの評価で最上は、絶対の静寂であるはずでしょう。能の拍手は、演者の失敗を告げているのではないでしょうか。その時の能は、素晴らしかった、序の舞の素晴らしさが伝わったものでした。それを演者に伝えるのは、静寂の世界であるはずでないでしょうか。皆さんどう思いますか?アドレスは、以前不愉快な事があったので、無記入にします。悪しからず。  
 
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