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フランクフルトから(12/9)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年12月10日(日)17時54分2秒
編集済
  シュトゥットガルトからフランクフルトに戻ってきました。こないだ、カールスルーエに行くのに、回りくどい行き方で、結局、フランクフルトから出たICEで行ったものですから、どうしても、戻ってきたとなります。今日は、かなり気温が下がり、午後には雪がちらついていました。幸い、オペラに行こうかという時間には、雪は止んでいたので、ちょっと安心です。ドイツの雪には懲らしめられた苦い思い出があるので、雪がちらつくだけで、嫌な気分になってしまいます。昼間は、歌劇場から言うと、マイン川の対岸にあるザクセンハウゼンという地域の探索に行ってきました。昔ながらのビアレストランが並ぶという情報を得て、ならば街の雰囲気もいいのではと行ってみました。歌劇場裏の橋を渡ると、川沿いにフリマが開かれているなかを抜け、結局は、以前に行ったことのあるイコン博物館の裏手辺りが、目指す場所だったようですが、さほど広い地域ではないように思えましたが、行ったのが土曜日の昼間では、いつもの姿を見たとは言えないかも。おもしろいことに、各国料理店が並んでいました。「バルカン」「タイ」「カスピ海」「レバノン」「トルコ」といった店です。そして、帰り道にローマ広場をかすめたら、もう、そこは、クリスマスマーケットの世界。クリスマスマーケットで、最も賑わう地域から入ったものですから、ハウプトヴァッヘに続く、クリスマスマーケットを追いかける気にはなりませんでした。ですから、グリューヴァインを呑んだだけで、早々に退散。そして、夜は、フランクフルト歌劇場で「シチリアの夕べの祈り」(ジャン・ダニエル・ヘルツォーク演出)を観てまいりました。このヴェルディ中期の名作群の一角をなす作品を観るのは初めて。なかなか出ない作品を、ようやくゲット。今回のオペラ紀行で、ジャン・ダニエル・ヘルツォークものを観ることができるのは、ここだけというメリットのみならず、今回のツアーで、最も著名な歌手に出会えるという日でした。それは、モンフォール公を歌ったクルストファー・マルトマン。ベルリンで、十八番のドン・ジョバンニを聴いて以来の再会です。さほど大きくない体躯から、凄みのある声、正に、それを期待して行き、期待以上のものを聴かせてくれました。エレーヌ公女を歌ったバルバラ・ハヴェマンも狙いの一人。冒頭では、突発的に高音にだけ迫力を感じていたのですが、中盤以降は、逆に、ソプラノにも拘わらず、やたら中低音域に魅力を感じるようになっていきました。知られただけのことがあるものを聴かせてくれたと、満足できました。それに加えて、アンリを歌ったレオナルド・カイミが、容姿端麗、素敵な声、あとは、高音を、うまく抜くテクニックを掴めば、ブレークしそうな雰囲気すら感じさせました。尻上がりにいい感じになっていったのが、プロチーダを歌ったシム・キワン。またしても、優秀な韓国人歌手との出会いです。この暗さが共感されたのでしょう、大きな歓呼に迎えられていました。とまあ、歌手陣が、とっても魅力的だったものですから、プロダクションそのものより、先に書いてしまいましたが、ジャン・ダニエル・ヘルツォークのプロダクションの方は、そつなくというところかなというものがあったもので、後先が逆になってしまいました。「預言者」「ボエーム」に続く、着想が同じ装置。今回のオペラ紀行でトレンドとまで言える装置。廻り舞台上に置かれた装置の一部に高い壁が設えられており、その外側の壁と、壁の内側で、全く異なる空間を作り出すというあれが使われました。但し、このプロダクションで、廻り舞台の上に置かれたのは巨大な長方体。外側から見ると、大きなビルに見えます。長方体の三面に壁があり、内側は屋敷内の広間になっているというもの。時代設定は、衣装、装置から判断すると現代でしょう。モンフォール公とアンリが、出自について話し合うところ、即ち第3幕だけが、この内側を使い、第4幕の牢獄の場面は、内側半分、外側半分を見せ、この場合には、外側が牢獄となっていました。あとは、全て外壁を動かすことで、場面に変化を見せるという仕掛け。第5幕も外側正面の前に、宴席用長机を出し対処、モンフォールが内側から出てきて、結婚式をせかすというものでした。そして、鐘が鳴ります。パレルモ市民がなだれ込み、背後のモンフォール公の屋敷から煙が出てきて、モンフォール、アンリ、エレーヌが銃を突きつけられ、その銃が撃たれた瞬間、暗転となり終演となりました。特に、アンリとエレーヌを撃つのが、かつてのエレーヌの臣下というのが衝撃的です。終わった瞬間、客席の空気が凍てつくのが感じられました。この雰囲気に関わり、第5幕が始まったあたりから、おかしな空気が流れていました。というのは、開演直後に、あとから考えると、伏線が張られていたように思えます。序曲が始まる前に、1人の男が射殺されます。それが、エレーヌの兄と考えると、なかなかの伏線となります。序曲の間、パレルモ市民が、その射殺現場に来て、祈りと献花をしていきます。第5幕の結婚式の場面は、その花、写真が残る前で行われ、祝福にやって来た人たちは、死者に手向けられた花を取り、花嫁に渡すということをしていました。非常にありえない気持ちの悪い光景だと観ていたのですが、あとから考えると、ラストの伏線だったように思えてきています。ジャン・ダニエル・ヘルツォークのプロダクションは、概ね平易で、エンターテイメントに徹するというイメージがありますが、まぁ、このプロダクションも、その範疇かなという感じです。今回特有のラストでびっくりにはならない、でも、衝撃が残る、そないなところに、記憶に、確実に残るというものを観たかなの印象です。久しぶりに、この公演を観るにあたり、黄紺的に言って、フランクフルト歌劇場の特等席と思っている席が取れ、たっぷりと、この上演頻度の少ないヴェルディ作品を楽しむことができました。「リゴレット」「シモン・ボッカネグラ」「ドン・カルロス」といったヴェルディの名作群を想起させる音楽が散りばめられており、もっと上演頻度があってもと思う作品であることを確認した次第ですが、やはりフランス語というのがネックになるのでしょうか。

本日の食事。シュトゥットガルトのホテルは朝食付き。今回、朝食付きのホテルは、ベルリン以来となりました。でも、残念ながら、野菜がない。スライスしたトマトくらい置いておいて欲しいものです。そのため、夕食で野菜を補おうと思うと、どうしても、トルコ人の店に足が向いてしまいます。チーキョフテの店に、気を取られてしまいましたが、やはり生ものは避けることにしているので、諦めるしかありません。ならば、いつも行くトルコ・インビスの店で、ファラフェルにしようかと歩いていると、「チー」の付いてない「キョフテ」の看板。そこで、キョフテ・サンドにしました。手頃な価格、美味しくて、お腹がふくれて、生野菜も取れる、やはり、頼りにしてます、トルコ人。

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シュトゥットガルトから(12/8)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年12月 9日(土)19時06分47秒
編集済
  今日は、昨日と違い、1時間もかからない移動で、あっさりと完了。今回のシュトゥットガルトは、歌劇場まで歩いて行ける宿は、高くて手が出ず、中央駅からUバーンで移動しなければなりません。これも経験済みなことですが、実際に来てみると、前には通り過ぎたことのあるところということで、距離感が掴め、急に親近感がわいてきました。一応、ルート確認で市中へ。歌劇場のチケット売り場で、春に来る際のチケットを買おうとしたら、ネット上での販売開始と同じ時期でないとダメと言われてしまいました。ま、それが普通ですね。早々に引き上げ、シュトゥットガルトで定番化しているリンデン博物館へ。特別展「ハワイ」なんてのをやってるということを、ここだけは、ネットで予め調べてあったので、行ったのはいいのですが、いつもは、多くの人が詰めかけているのですが、人影がない。でも、やってないことはないので行ってみると、どうも、今回の「ハワイ」は不人気なようで、集客力が格段に落ちていたのです。実際、展示を観て、納得。観るべき展示品が少なく、変化に乏しい。内容が平板。どうも、ヨーロッパ目線で、ヨーロッパ人が書き残したハワイの記録なんてのに、スペースが使われているかと思うと、ハワイ人の由来、地形的特徴は、何もなしはあかんでしょと突っ込みたくなりました。伝統の再生ということがテーマと思うのなら、関係の資料、丁寧に集めて欲しいと思ってしまいました。次回の特別展は「チベット」だそうですが、また行くことになるのかな。そして、夜は、シュトゥットガルト州立歌劇場での「メデア」(ペーター・コンヴィチュニー演出)。マリア・カラスがレパートリーとしていたことから、その名は知られている作品ですが、現在、その上演に接するのは、かなり難しいという代物。そういった作品を、何とペーター・コンヴィチュニーのプロダクションで観ることができるということで、今回のスケジュールを組むのに、1つの柱にしたのでした。先日のハンブルクでの「ヴォツェック」もそうでしたが、必ず何かをやってくれるペーター・コンヴィチュニーですが、「メデア」では、ジングシュピーゲルに仕上げてしまいました。異変に気づいたのは、始まって早々。歌われている歌詞がドイツ語だと気づいたときでした。今どき、ドイツ語上演って、珍しいことをするなと、不思議がっていると、歌唱の合間が、台詞劇になっていたのです。そのため、このプロダクション用に、入念なテキストが付け加えられ、また、指揮者との細かな打ち合わせの内での上演となりました。ただ、黄紺的には、台詞劇の部分が増えると、ドイツ語が聞き取れないものですから、視覚的に起こっていることからイマジネーションを働かさざるをえません。その範囲で言うと、下世話な男女関係のもつれから、メデアが、元夫憎しで、その男との間になした子どもを殺めるという、猟奇的な物語になっていたのではないかなと思いました。最近観てきたペーター・コンヴィチュニーものは、アプリオリに、思想的な把握があり、むしろ思想性から来る作品選びをしているのではとも思っていたのですが、この「メデア」では、普遍的な痴情のもつれ、それを、解りやすく、エンターテイメントとして見せるというのが、コンセプトだったのではと、黄紺は把握しました。会場に入ると、既に緞帳は上がっており、前幕と、そこからはみ出した装置から、明らかに海岸風景となっています。ジャゾーネの帰還を連想したのですが、実際に、その幕が上がると、醜態が繰り広げられる家の装置でした。舞台に、その装置が斜めに配置されていることから、その一部がはみ出し、海岸の風景の一部をなしていたという、ちょっとしたフェイントになっていました。家の装置で、下世話なやり取りが繰り広げられるなか、3幕では、家の装置が崩壊していました。壁は除かれ、家財はぐちゃぐちゃ。完全に家の崩壊、それが、メデアの狂乱というわけです。これでも判るように、作品を解りやすく、若干のデフォレメを加え提供するというのが、ペーター・コンヴィチュニーの方針だったのかなぁというところです。全ての作品で、同様の方針でやられちゃうと、引くものが出てくるのでしょうが、この作品限定のようにしてやられちゃうと、やっぱ、ペーター・コンヴィチュニーはすごいやとなってしまいます。とにかく、総体としてすごい才能と思ってしまいます。作品による使い分け、おもしろい演出家なら替えが効きますが、ペーター・コンヴィチュニーの場合には、思想的なバックボーンがあるため、見る目に、常に要注意なのです。歌手陣は、概ね良好。かなりハードなメデア役のカルネリア・プタセクは、まことに芝居上手なところへ、更に完璧な歌唱を求めるなら中低音域でしょう。ジャゾーネのセバスティアン・コーレップは、目立った存在ではありませんでしたが、平均的なもの。クレオンテの石野ショウゾウは、かつて「フィガロ」の伯爵でお目にかかったシュトゥットガルトのアンサンブルのメンバー。今日も堅実でした。グラウチェのジョゼフィン・フェーラーとネリスのフレーヌ・シユマナイダーマン、いずれも、よく通る声。フレーヌ・シユマナイダーマンが、客席からは、大きな拍手を受けていました。なお、ピットには、アレヨ・ペレス指揮の同劇場管弦楽団が入りました。

本日の食事。朝は買い置きのいつものメニュー。今日は、黄紺の好きなチョコチップ入りのヨーグルトがデザートでした。夕食は、ホテルの周りには、らしき店がなさそうなので困っていたところ、Uバーンの駅で2つ離れたところに、ベトナム・インビスとトルコ・インビスが軒を並べているのを発見。昨日はドネルだったということで、ベトナム・インビスをチョイス。野菜のローテカレーにしました。ドレスデンで食べたココナツカレーに比べると、ココナツのお味は、ほとんどしなくて、辛さの先行した野菜カレーでした。具だくさんの野菜で満足、満足でした。

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カールスルーエから(12/7)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年12月 8日(金)14時00分45秒
編集済
  ヴィースバーデンからカールスルーエまでの移動が大変でした。買ってあった切符は、ヴィースバーデンからダルムシュタットまで快速列車で移動、そこで、ICに乗り換えて、カールスルーエ入りというものでした。まず、ヴィースバーデンからの快速列車が遅れ、ダルムシュタット発のICの発車2分前に着いたところ、ICらしき列車が停まってないので大丈夫と思い、プラットホームに行くと、列車表示に「キャンセル」と出てました。せっかく間に合ったのにと思っても、来ないのだからどうしようもない。そこで、ドイツ鉄道のインフォメーションに行き、どうしたらいいのか尋ねると、ちゃんとプリントアウトもしてくれたのですが、それを見てびっくり。だって、「まず、ダルムシュタットからフランクフルト行きのICに乗り、フランクフルトからバーゼル行きのICEに乗れ」となってたので、思わず尋ねました。「この切符で乗れるの?」、あっさりと「大丈夫」の答え。しかも、ダルムシュタット発の列車一覧の出てる電光掲示板を見ると、ダルムシュタットから乗れと言われたICが「数分遅れ」と出てるので、もう一度、インフォメーションに行き、「このIC、遅れてる」と言うと、「数分だけ、大丈夫」と強きの返答。フランクフルトでの乗り換え時間が、僅か10分なのに、、、。電光掲示板を見ると、ダルムシュタットから出る列車で、他に手頃な電車がなかったので、ダメなら、またフランクフルトのインフォメーションへ行こうと腹を決めたところ、実際に、そのICが来たときには、遅れを取り戻していて、定刻に到着して、ようやくホッとできました。でも、最後にICEに乗ったため、当初の予定よりは、ちょうど1時間遅れで済んだというのも、また、すごい。ダルムシュタットのインフォメーションの強きのおばさんに、感謝です。無風の移動と思ってたら、とんでもないことになりました。どうも、シュトゥットガルト界隈の列車に変調を来しているようで、明後日乗る予定にしていた列車に関しては、ドイツ鉄道から連絡が入っており、今日、カールスルーエ中央駅で、振り替え列車の相談ができたので、こちらは事なきを得るとは思いますが、これも、シュトゥットガルト絡みなもので、そう思ってしまうのです。ま、ちょっとしたマジェラにはなりましたが、あまり気分のいいものではありません。カールスルーエは、ちょっと間が開きましたが、これで、3度目になります。今回は、最初に来たときに泊まったホテルに泊まれることになりました。歌劇場に近いのが、何よりも嬉しいホテルです。ただ、この街はコンパクトでないので、どこに行くにつけても、多少は歩かねばならないのが、徐々に体に響いてくる街ですね。今回は、昼間は、懸案の現代美術&メディア・テクノロジー・センターに行ってまいりました。ちょっと遠いので、気合いを入れて行ってきたのですが、メディア・テクノロジーの方は、何を楽しんでいいのやら、さっぱりとは解らずじまい。現代美術関係では、1970年代を切り口に、その時代のものを集めてくれたのが楽しめました。今から考えてみると、「頑張ってる」「ちょっと肩肘張ってる」、そんな作品が多く目に止まり、思わず微笑んでしまいました。昨日のヴィースバーデン博物館の見学で、かなり足腰に来てしまっていた関係で、往復と見学で、かなり体力を消耗してしまいました。端から、ここだけと決めていましたので、帰り道に、念のために歌劇場へのルート確認と買い物をしたら、昼間のマジェラはおしまいにしました。そして、夜は、お待ちかねのヘッセン州立劇場での「皇帝ティトの慈悲」(パトリック・キンマンス演出)。モーツァルト最後のオペラセリアにしては、遭遇機会の低いもの。黄紺も、ドイツ、日本関係なく、初めて観ることになったのですが、とっても気品のある、但し、1つを除いてという注釈入りでですが、本格的なプロダクションに出会えたと、スケジュールに今日のカールスルーエを組み込めたのを喜んでいます。オケ(ジャンルカ・カプアノ指揮ヘッセン州立管弦楽団)のメリハリの効いた演奏ばかりか、歌手陣の好演もあり~で、壮重な雰囲気が冴え渡りました。これも廻り舞台を活用、でも廻り舞台に乗り動くのは、ローマを象徴するかのような凱旋門(片方の柱に階段あり)と、長方形の石塊が数個。また、装置として舞台上に配置されているのも、それだけ。カールスルーエの舞台は広いですから、かなり空間があります。それを埋めるかのように多用されたのが、廻り舞台を回し、凱旋門のアングルを変える、合唱の人たちやエキストラをタイミング良く出し、その空間に変化をもたらすという常套手段だったのですが、そのタイミングや、配置がいいのでしょうね、緊張感が途切れない空気を、見事に作っていました。この格調高いプロダクションを提供した演出家の腕の冴えを看た思いでいます。それに加えて、歌手陣の充実が、このプロダクション盛り上げていました。中でも良かったのは女性陣。(セスト)ディララ・バシュター、(ヴィッテリア)ブリギッテ・クリステンセン、(アンニオ)ラヘル・ケリーといった歌手陣でした。そういった女性陣には一歩及ばないまでも、ジェスス・ガルシアのタイトルロールがまずかったというわけではありません。ここまで誉めました。偽りのない好プロダクションですが、一つだけ解せないことがありました。またしても、ラストです。ティトを讃える合唱が流れるなか、1人が自害をして倒れ幕となったのです。咄嗟のことで、誰なのかもはっきりしたかった程です。身のこなしからするとセスト、衣装の裾模様からすると女性、となるとヴィッテリアしかないはずですが、ヴィッテリアは違う位置にいたように思えるので、やっぱセストかなぁ、というところです。でも、セストなら、自害する機会はいくらでもあったのだからと思ってしまいます。まさかの幕切れだったもので、そんな煮えきらない気分にさせられたのが、唯一の欠点ですが、今回のオペラ紀行、油断も隙もありません。幕切れの思わぬ展開に戸惑うばかりです。こんなの流行ってるのと言いたくなります。

本日の食事。朝は、前日に買い置きしてあった定番のもの。夜は、カールスルーエに来て、今回のホテルに泊まったら、前回と同じことがしたかったのです。ホテルの近くにあるトルコ人の店に行きたかったのですが、黄紺の記憶にある位置には、その店はなくなっていました。替わりに、すぐ近くに、違うトルコ人の店ができていました。最初は、黄紺の記憶違いで、その店が前に来た店かとも思ったのですが、位置だけではなく、店の中の造りも記憶とは相容れなかったため、違う店だと思っています。とっても穏やかなトルコ人に応対していただき、また、新たな思い出ができたのですが、結局、食べたのドネルでした。ソースがヨーグルト系しかなかったのですが、黄紺が「アジュ、アジュ」というものですから、黄紺の求めたケチャップいっぱいだけではなく、チリの粉を、たっぷりとかけてくれました。美味かったぁ。

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ヴィースバーデンから(12/6)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年12月 7日(木)19時05分41秒
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  ヴュルツブルクから、フランクフルト乗り換えで、あとはSバーンで、ヴィースバーデン入りです。今年の復活祭に来たときと同じホテルに投宿。そのときを含めて、今まで2度来たことがあるのですが、いずれも月曜日だったため、入ることができなかったヴィースバーデン博物館に、ようやく入ることができました。1階で20世紀もの、2~3階では、19世紀以前の「古典」と特別展、それだけかと思ってたら、サイドでは自然博物館にもなっていました。現代絵画では、感性に基づいて、触れる楽しみを味わい、古典は、どうしても「誰の作品」というのが気にかかります。現代ものでも、ノルデ、リーバーマンといったドイツ絵画でなじみになった作家の名を目にすると、ホッとするようになってしまっています。なかでも、ノルデの「トゥーランドット」の目力は、なかなかのものを感じました。19世紀絵画では、隅っこにフランス絵画も発見。どうやら、これが特別展だったようで、クールベ、ドラクロアにシフトしたもの。そういったなかに、マネがあると、惹かれてしまう黄紺でした。ここで、チェックイン時間の待機もできたということで、ホテルに戻り、一旦、休憩。駅からホテルまでが遠いものですから、踵を傷めている黄紺にはいい休憩です。その後、ヴィースバーデンのクリスマスマーケットに。前回来たときは、復活祭のときで、完全に街は眠ってましたから、クリスマスマーケットの賑わいは、黄紺の目には、違った街のように見えました。そして、夜は、ヘッセン州立劇場で「ボエーム」(トーレフル・オルン・アルナルソン演出)を観る日でした。「ボエーム」は、ドイツでも上演頻度が高いということからでしょうか、カッセルの「アンドレア・シェニエ」同様、終盤に来て、奇策が出てしまいました。納得のできるアイデアなら、そういった言い方をしないのでしょうが、そうではない場合は、奇策としか書きようがありません。装置は、ベルリンの「預言者」と同じ趣向。廻り舞台の1/3程に、大きな壁があり、その外側を使い、最初の屋根裏部屋に、内側には、カルチェラタンの賑わいを出す空間になり、中でもメリーゴランドが、目を惹きました。その廻り舞台の端には、壁に向かい長い階段が設えられており、第3幕などは、この階段を背景に進行しており、壁も二様に使えるようにしてあり、その3幕までは、1幕のミミの出くらいが奇策で、あとは通常の進行であったと思います。まず、ミミを出ですが、1幕の幕が上がると、マルチェルロが、服飾デザイナーとして、服を着たモデルの衣装合わせをしている風情。そして、4人のじゃれあいに入っていきますが、そのモデルは、ずっと立ったまま。そのモデルがミミで、そこから動き出すというもの。4幕では、ショナールの短いアリア(外套との別れを歌う)の間に、廻り舞台が廻り、ほぼ誰もいないカルチェラタンの装置が現れます。ここで、コリーネは階段を上がり、壁の上にある部屋へ。それで、彼の出番はおしまい。ショナールやマルチェルロ、ムゼッタは外へ。ここで、2人の歌唱になるのですが、徐々に、ロドルフォが正先で佇むと、ミミは、メリーゴランドへ。それまで、メリーゴランドの馬にまたがっていたビジネススーツ姿の女性が4人だったかな、馬から降り、ミミを馬に乗せます。そして、ミミが最後の歌唱を終え、即ち亡くなると、女性たちが手でメリーゴランドを回し、ミミの姿は消えてしまったなかで、人が帰って来たところで、舞台奥から、ショナールの声で、「ミミが亡くなっている」と言うものでした。ですから、1幕のミミの扱いからしても、果たしてミミという女性は存在したのだろうかとも思います。でも、そこまでにするなら、もう少しの情報が欲しいですね。先日のカッセルでの「アンドレア・シェニエ」同様で、ラストで拍子抜けってやつで、苦笑するしかありませんでした。歌手陣では、ロドルフォを歌ったアーロン・コーリーが抜けていました。イタリア・オペラのテイストを、しっかり感じさせる歌唱に拍手です。パワーでは、ミミのプメツァ・マチキザも良かったのですが、ミミの繊細さには、かなり及ばずでした。ショナールのアレキサンダー・ナイトを加えた3人以外は、明らかなパワー不足。席によっては腹立たしかったかもしれません。なお、ピットには、アルベルト・ホルン指揮のヘッセン州立管弦楽団が入りましたが、こちらも、あまり元気がなかったですね。

本日の食事。今日も、いつもと同じ買い込んだ食材での朝食。デザートは、ブドウ味ヨーグルト。そして、夜は、クリスマスマーケットで。まだ食べてなかったライベクッヘン。要するに、ジャガイモの唐揚げ。見た目は薩摩揚げにそっくり。リンゴのすりつぶしたソースをかけるのが、ドイツ人の定番ですが、どうも甘い味がミスマッチと思う黄紺は、何にもなしで食べます。そのあとに飲んだグリューヴァインが、事の外うまく感じたのは、塩味と甘いグリューヴァインが、口の中で混ざったからですね。これも、ドイツ的口触りってやつですね。

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ヴュルツブルクから(12/5)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年12月 7日(木)14時53分42秒
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  ワイマールから、エアフルト、フルダと、2回乗り換えてのヴュルツブルク入りです。ちょっと間が開いてのヴュルツブルク入りで、これで4回目となるのですが、ちょっと久しぶり感があります。今まで使ったことのないホテルの予約サイトを使ったのですが、平常通りに、駅近くのホテルに投宿。確認のために、歌劇場へのルートを経由して、近くにある有名なレジデンツもやり過ごし、マイン川へ。今回の狙いは、有名な石橋の1つ南の橋から見上げると見える教会へ。単に「礼拝堂」と名の付く教会へ行くには、踵を傷めている黄紺には厳しかったのですが、近道に気づかず、往きは迂回コース。でも、登ったかいがありました。ヴュルツブルクの街が一望できますし、目の前に、この町を統治した司教の館でもあった堅固な城塞を、今まで見たことのないアングルで見ることができます。戻りは、やはり石橋を渡り旧市街へ。マルクト広場のクリスマスマーケットで、グリューヴァインを1杯飲んだだけで、夕食を買ってホテルへ戻り、夜のオペラに備えることに。そして、夜は、マインフランケン劇場であった「チャルダーシュの女王」(マルセル・ケラー演出)を観てまいりました。なぜか、こちらの歌劇場では、オペレッタ、ブッフォ系のオペラばかりが当たります。小ぶりな舞台のこの劇場ですが、廻り舞台を巧みに使い、うまい場面転換をしていました。第1幕は、ブダペストの劇場でのお別れ公演ですが、舞台だけでは用をなさないということで、劇場外からロビー、そして舞台のあるスペースを、廻り舞台の200度程を使い、設えられていました。180度を超える舞台を回転させるというか、揺らしながらといった感じで、場面転換を図っていました。第2幕は、廻り舞台の裏側なんでしょうね。エドウィンの自宅のエントランスホール。背面に扉があり、その裏が舞踏会場となるようでした。休憩が、ボニーが妻として連れてきたのは、シルバであることを確認したあと、2人が愛を確認したところで切り、その間に、1幕の装置に替わり、3幕のウィーンのホテルのエントランスホールに作り変えられたようで、またぞろ200度程のスペースを使ってました。この劇場の演出は、演目を問わず、オーソドックスなという基本スタンスを持っているのではと思わせるものがあります。で、このプロダクションも、正に、その範疇にしまい込んでいいものと思えました。でも、このちょっとした大人の童話のような物語、それを掻き立てるむせぶようなカールマンの音楽に相応しいように思えて。初演当時の客席では、こういったテイストのプロダクションを観て、心を熱くしていたかもと思ってしまうのです。そんな思いに捕らわれてしまった黄紺は、やたら胸を熱くしてしまってました。特に休憩前のノリが良かったなぁ。さすが、オペレッタだけに、動ける歌手陣を揃えていましたが、気になったのは、マイクを使ってたのかなと思いながら聴いていました。さほど広い会場ではないのですが、演出上、歌手陣はダンスも求められるからだとは思うのですが、、、。そないななか、シルバを歌ったバルバラ・シェラーは、いかにもという美声で、のっけからというか、のっけに大きなアリアがあるのですが、しっかりと歌ってくれました。エドウィンのロベルト・オルティッツは、いい声だなと思う一方、貴族のぼんぼんなんだから、もう少し横着に、大きく出ても良かったなと思いました。おいしい役のボニー(マシュー・ハビブ)とシュージ(辻アキ子)は、やはり大きな拍手。それに相応しい活躍でした。フェリ・バチ(ダニエル・フィオルカ)は、話の治め役なのですから、3幕に入るまでと言えば、1幕で、もう少し大きな動き、役割を与えても良いのにとは、これは、演出への注文になりますね。解りやすく、変な仕掛けはなしというプロダクションに、今日は喜んでいる黄紺でした。

本日の食事。ワイマールのスーパーは、決まって国民劇場の脇にあるところのお世話になっています。この街では、世界遺産のため、なかなか見つけにくいので、一旦見つけた以上は、毎回利用させてもらっています。そして、定番の朝食メニューを揃えておきましたから、朝はそれ。夜は、駅前にあったアジア・インビスで、黄紺的ドイツの味「ボックス入り焼きそば」を買い、ホテルでいただきました。このくらいの量が、黄紺には適量ですね。

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ワイマールから(12/4)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年12月 5日(火)18時57分58秒
  昨夕からの雪は、さほど続かず、むしろ今日は、気温が、少し上がったのでしょうね。雨になりました。そんななか、ワイマールへの移動です。この移動って懐かしくて。オペラ紀行を始めた頃、のんびりとした快速列車で、何度か往き来をしたものですから。ワイマールで投宿するとすぐに、国民劇場へ。ワイマールは、今や数少なくなった、ダイレクト印刷で、チケットを手に入れられないため、劇場にチケットを引き取りに行かねばなりません。前回もそうでしたが、今回も、2回分のチケットを発行してもらいました。今回、あとで、もう1回、ワイマールに来ますからね。今日は、久しぶりに、敢えて駅近くにホテルを押さえ、昼間はイエナに行こうとの計画を立てていました。今日は月曜日ですから、ワイマールで、未だ入ってない博物館には行けないため、近郊の町に行ってみようとの考えなのです。もちろんイエナに行っても、博物館には入れるわけではないのですが、知らない町を歩くことができるというメリットがあります。ワイマールからは、ナウムブルクしか行ったことがなかったですものね。ナウムブルクより近いイエナが後回しになったのは、あまり古いものが残ってないとの印象があったからですが、一方で、文豪たちの縁の町であるという魅力も持っています。もちろん、今日は、そうした関連の博物館などは入れないのですが。やはり、実際に足を踏み入れてみると、戦災を受けたあとにできた無機質な建物、広大な広場といったものが、街の中央部を占めているなか、僅かながら、戦災を免れたのかと思えるところが、旧市街ってところでしょうか。そういったなか、ごく一部ですが、城壁が残っていました。また、それを活用しての、小じんまりとした、でも、中世風の飾り付けのクリスマスマーケットを見つけることができました。そんなに、中心街に広がりを感じなかったため、イエナのマジェラは、1時間半ほどで切り上げることとなりました。そして、夜は、ワイマール国民劇場管弦楽団の定期演奏会。月曜日は、ほぼオペラのない日。昨シーズンは、それで、このワイマールで2回、この定期演奏会に行ったのですが、今シーズンもお世話になりました。うまい具合に、おもしろいプログラムに当たるのです、このワイマールでは。それが、こういった頻度で、ワイマール入りしている理由になっています。今日のプログラムは、ディープなフランスものに、ショパンが加わるといったものでしたが、ここにきて、また重篤を極めている睡眠障害の影響が出てしまい、子守唄を聴きに行ったようなものとなりました。一応、プログラムは記して、記録としておきます。「ダンディ 交響的バラード"魔法にかけられた森" op.8」「ショパン  ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 op.21」「デュパルク 夜想詩曲"星たちへ"」「ルーセル 交響曲第1番 op.7 "森の詩"」。見事に、エコ的表題を持った曲を並べたものです。デュパルクなんて、とっても癒し系。そんなのも業をなしたのかもしれませんね。

本日の食事。ライプチヒ宿泊が日曜日だったため、いつもの朝食のための買い込みができず、辛うじて開いていたパン屋で、ドイツ定番の調理パンを買っておきました。ドイツのパンは密度が濃いものですから、黄紺には1個あれば十分でした。夜は、コンサートに行きがけに、国民劇場前のクリスマスマーケットに行き、去年食べて美味しかった「シャンピニョン」。ここの屋台の「シャンピニョン」が、一番いい臭いを発しているようで、自分的には、お気に入りの「シャンピニョン」なのです。

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ライプチヒから(12/3)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年12月 5日(火)07時15分13秒
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  カッセルの朝が暗いので、窓の外を見ると、一面の銀世界にびっくり。ここしばらくドイツで見てなかった雪に遭遇です。かつて、大雪に遭ったことを思い出し、心安らかではありません。でも、幸いなことに、カッセルから快速列車に乗り、ハレまでは変わらない風景だったのですが、ハレを出ると、周りは緑の風景。僅かに線路沿いに、雪が残っている程度。これは嬉しかった。もちろん、今日のライプチヒも、その状態。でも、ライプチヒでも、夕方から雪が降りだしました。さぁ、今回のオペラ紀行、終わったときに、雪で頭を抱えどおしだったと思っているのか、あのときだけだったと思えているのか、彼我の違いは大きいものがあります。さて、どちらになっているのでしょうね。ところで、今日は宿でギヴアップしかけとなるところでした。日本で問題となっている「民泊」ですが、黄紺は、ドイツやセルビアで、利用したことがあるのですが、今日ばかりはダメかと思いました。場所は、あっさりと確認できたのですが、中に入るキーを持つ人が現れない。「14時~14時30分の間に行く」と連絡しておいたら、部屋のオーナーからキーを渡す役の人には、「14時30分」とだけ連絡が行ってたため、ほぼ30分近く、どうしたものか待つハメになりました。通りかかった人に、送られてきていた電話番号に電話までしてもらったのですが、連絡はつかず、今回だけはダメかと思いました。でも、「~14:30」と送ったのだから、とにかく、14時30分まで待とう、動くのはそれからと、辛抱が助けとなりました。こういったスリルに、神経を使うのが嫌なため、プライベートルームへの宿泊は避けようとしているのですが、予約の段階で判らないときがあるため、こういった事態を招いてしまいました。宿に入るのが、元々遅いところへ、こないなことに時間を要し、しかも、夜のオペラが、午後6時開演ということで、ライプチヒを歩く時間はあまりなし。所用があり向かった中央駅との間に広がるクリスマスマーケットを覗いたくらいかな。そして、夜は、ライプチヒ歌劇場で「ルサルカ」(ミケル・ジケマ演出)を観てまいりました。実は、このオペラのチョイスは、「ルサルカ」もさることながら、ミケル・ジケマのプロダクションにありました。以前、このライプチヒで観たミケル・ジケマの「トスカ」がおもしろく、次なるプロダクションを観たかったのですが、なかなか遭遇できなかったのが、ようやく、ここに来て遭遇できたのですが、また、この「ルサルカ」も良かった。幻想的で、お伽噺的な要素も持ち込み、やはり優れた演出家であることを再確認できた次第です。冒頭、照明だけで、湖を感じさせ、水の中から、奈落を使い、水の精が現れるようにしたり、木の精の出番になると、湖だったところが、野に変わり、穴ぼこから現れた木の精は、おでブーの裸の女性(被りものが可笑しい)、それが、重い体ながら走り回ります。ルサルカの出は、水の精と同じですが、イエジババの出はすごかった。巨大な脚の付いた家の窓からイエジババの顔が見えるといったもの。家の上は天井にすれようかという高さでした。そして、火薬が炸裂したかと思うと、イエジババは舞台袖へワープして登場するという仕掛けは、子どもが喜ぶこと請け合いです。3幕でイエジババを、ルサルカを訪ねると家は普通にあり、イエジババも歩いて家の中から出てきますが、実は、その家は、巨大な脚を折り畳んでいたのだということが、あとで判ります。次に、ルサルカと水の精は、半人半魚の姿をしていますから、陸に上がると、常に脚を横に出さねばならず、奈落を使った水の中に戻ると、立って歌えるというのも、お伽噺風。2幕の王子の館も、野の光景そのままが使われます。そして、結婚式の舞踏の場面に入るところで、その野に、電柱状の長い杭が3本打たれ、それらに通された縄に電球が、幾つも点されたのですが、これが、素晴らしい幻想的雰囲気を作っていました。ただ、その用意をされているときに使われるのが、舞踏会の音楽なのですが、舞台正先では、王子と外国の王女は抱き合ったままでした。その王女は、王子がルサルカに愛想尽かしをすると、人の群れに姿を消したかと思うと、火薬が炸裂して、再び現れたときには、魔女風の出で立ちとなっていました。これら全てを被い尽くすように、常に水色の照明が被っています。どこまでも、幻想的に、お伽噺として描かれた見事なプロダクションでした。歌手陣では、ルサルカ(オレナ・トカル)もさることながら、水の精(トゥオマス・プルシオ)が、黄紺的には気に入りました。パワーだけではなく、優しさも感じさせるもの。ルサルカは、高音はステキだったのですが、中低音になると、横隔膜の震えのような細かなバイブレーションが気になってしまいました。王子(ペーター・ヴェット)、イエジババ(カリン・ロヴェティウス)、外国の王女(カトリン・ギョリンク)は、パワー不足が気になりました。1階席後方で聴いたからか、やはりパワーが気になったというところでした。なお、オケピットには、クリストフ・ゲッショルト指揮のライプチヒ・ゲバントハウス管弦楽団が入りました。

本日の食事。朝は、毎度の買い置きで。デザートは、リンゴ味のヨーグルトにしました。夜は、市庁舎前の一番広いクリスマスマーケットで、「ザウアークラウト添えブラトヴルスト」。ブラトヴルストは、最も定番過ぎるファーストフードなため、いつでも食べれる感があるので、あまり食べないのですが、今日は、ザウアークラウト添えということでの注文。めっちゃドイツっぽいものになってしまいました。でも、わりかしお腹が脹れるものですね。結構なことです。

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カッセルから(12/2)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年12月 4日(月)00時21分54秒
  ハンブルクからカッセルへ移動しました。カッセルは、今年の6月に来ていますから、半年ぶりとなります。カッセルは、定宿とできる手頃なホテルが見つからず、毎回変えています。ロケーションのいいホテルは、カッセルの場合、いいお値段なものばかりですから、困ってしまうのです。ホテルが変わると、歌劇場までのアクセスが変わるため、その確認に時間を取られてしまいます。そんなで、カッセルの持つ世界遺産には、まだ行けていません。今回も断念です。それだけではなく、狙っていた博物館が2つ、見つけることができず、こちらも断念。今回、ドレスデンで同じことがありました。結果的に、街中ウォーキングをしたことになります。今日は土曜日で、しかも、クリスマスマーケットが始まっていますから、中心街はホコテン、但しトランバイは通るのですが、そないなところの人出は半端なものではありませんでした。歌劇場も、その一角にありますから、その賑わいをくぐり抜けての到着となりました。カッセル州立劇場、今夜の演目は、ヴェリスモの名作「アントレア・シェニエ」(ミカエル・シュッツ演出)。ドイツでは、この名作が、なかなか出なくて、ようやく今夜、初めての遭遇となりました。初めてだったのですが、歌手陣には不満はなかったのですが、プロダクションとして成功なのかというと、決してそうではありませんでした。それは、ひとえに演出家に問題があったと言える部分があったからです。おもしろいと思ったところは評価しえても、それを帳消しにするのも大きかったと思うからです。おもしろいと思ったのは、1幕の宮廷で使った装置をそのまま裏返して、2幕の革命最中の装置として使ったことです。アンシャン・レジームが壊れて、新しい価値観というより、旧来の価値観を否定するということが一目瞭然となりました。装置の転換も、幕を下ろさず、客の目の前で、掛の人たちがいじるという徹底したもの。この着想は素晴らしい。2つ目の目を惹いたことは、3幕で、アントレア・シェニエに死刑判決がくだされ、アントレア・シェニエが連行され出すと、すぐに緞帳が下ろされ、マッダレーナだけが、緞帳の外に取り残されるという、これは、解りやすく、ヴィジュアル的には衝撃的でした。逆に気に入らない点も幾つかありました。まず、多人数の人の動かし方がまずいという点。1幕の舞踏会が、らしい空気が感じられず、3幕の革命法廷が、リンチの場のようで、やはり理性の時代を標榜した法廷なわけですから、それに相応しい装置、サンキュロットの動きがあっても良かったのかと思います。ですから、2幕で、サンキュロットががやつくだけではない空気を作る必要があるのでしょうね。最大のびっくりは、ラストでした。激しい二重唱のあと、2人が手を取り合い、刑場に向かうものと思っていると、アントレア・シェニエがさっさと連行されているのに、マッダレーナは、若干もたつきます。「あれっ?」と、歌手のミスかと思う「演技」だったようで、マッダレーナが、先にアントレア・シェニエが出て行った出口に出かけると、刑吏により止められ、あとへ引き戻されると同時に、紙切れを掲げたジェラードが入って来るのですが、更に、ジェラードがマッダレーナに近づいた瞬間、刑吏がジェラードを狙い撃ちをし、撃たれたジェラードが倒れて幕となりました。ジェラードが掲げた紙切れは、ロベスピエールからの書状と思われます。その前に、ジェラードは、ロベスピエールに掛け合うと言って出て行きますからね。ということは、ロベスピエールからは、もう1つの指令が出ていたということになります。「ジェラードを消せ」という。そのとき、マッダレーナは、どうしとか、記憶にありません。こないな事態が、一瞬にして起こったので、目は、完全にマッダレーナから外れていました。瞬間、アントレア・シェニエの処刑に間に合わないタイミングで、ジェラードが戻ってきたのかと思った瞬間に、ジェラードは撃たれてしまってました。このあとに、マッダレーナも処刑ということになるのでしょうから、マッダレーナは、アントレア・シェニエとともに刑場に行けず、しかも、ジェラードの死も知って、処刑されるとなると、あまりにも無惨な結末ですし、最後の二重唱は何だったとなってしまいますね。緞帳が下りた途端、会場には、おかしな空気が流れました。拍手をしていいものか、戸惑っているようでもありました。黄紺も、思わず苦笑いが出てしまい、拍手どころではありませんでした。主役3役は、このプロダクションのために、ジェラードを除いてゲストが喚ばれていました。タイトルロールは、ラファエル・ロヤス。こってりとしたイタリアン・テイストの歌いっぷりは、ドイツで聴くと心地よいものがあります。もう1人のゲストは、マッダレーナを歌ったヴィダ・ミクネヴィクルーテ。パワーを感じさせる声でしたが、細かなバイブレーションは、黄紺好みではありません。その2人より、更にステージの高い歌手と思わせられたのが、ジェラードのユ・ハンスン。小柄な体躯なのがもったいないと思わせられるいい声。韓国人歌手の男声低声部の歌手って、優秀な人に、よく遭遇してきましたが、今回も、また、そうでした。正直言って、ようやく「アントレア・シェニエ」に遭遇できたのに、余計なことをやられちゃったというところでした。

本日の食事。朝は、ホテルの朝食を頼まなかったときの定番。パンにハム、トマトにデザート(ライス・プディング)。夜は、クリスマスマーケットの屋台に、「ギロス・ヌードゥルン」と出ていたので買ってみると、「豚肉入りの焼きそば」が、ボックスに入り出てきました。ギロスは、入ってた豚肉を言いたかったみたい。完全に外れ、でした。

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ハンブルクから(12/1)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年12月 2日(土)18時32分59秒
  ベルリンからハンブルクへの移動は、再三再四行ってきたもの。今日も、辛うじて座席を確保。一番のドル箱路線ですからね。今回は、アルトナに投宿。これが、まさかの展開になるとは、チェックイン時には知らなかったこと。ドイツ鉄道の信頼は、黄紺の中では地に落ちています。そないなことも知らず、まずは歌劇場までのルート確認がてら、ハンブルク中心街へ。ブツェリウス博物館を覗くようにしている(だったらネットで調べてから行けばいいのですが、、)のですが、今回もおもしろいものやってました。そのため、ルート確認後はそちらへ。特別展で、「芸術市場の誕生」などという、とっても興味ある切り口で、17世紀のオランダ絵画を取り上げていたのです。黄紺の好きな風景画の大家ライスデールやゴエン、更に風俗画の大家ヤン・ステーンなどが、具体的な画家として、この展示には該当します。要するに、風俗画、風景画、静物画(黄紺は嫌いなので素通りします)、肖像画といった、この時期のオランダ絵画というのは、芸術家とは違う、「絵描き」を生業とする職人を生んだというのです。ですから、「芸術家」と「職人」との境界が曖昧になってきている時代でもあるという切り口が、とっても新鮮。風景画の成立に関心の高い黄紺にとり、そういった切り口で、それに関わる画家の作品を観れるのは、頗る付きでありがたいこと、今日は、その中でゴエンが見せてくれました。あまり好きではなかった画家ですが、逆にゴエンらしさを、その絵画の中に見いだしたときは嬉しくなる、その薄さが、黄紺を捉えてしまったのでした。非常にいい気分で、博物館をあとにして、アルトナからホテルに戻ったのですが、もう12月だったからなのかは知りませんが、アルトナでは、クリスマスマーケットは始まってました。が、今日は、前にもお世話になったトルコ人の店で、ドネルを買い、ホテルで仮眠を取るために戻ることにしました。そして、夜は、ハンブルク州立歌劇場でのオペラとなるのですが、ここで事件発生Sバーンが止まってしまったのです。ホテルから最寄りの駅まで行き、呆然でした。ベルリンでは、3度経験したことが、ハンブルクでも起こってしまったのでした。開演時間まで、さほどないので、タクシーが一番と探し始めて、ものの3分ほどて、ちょうど乗客を降ろしたタクシーを発見。あとから考えると、これ以上の運の強さはなかったようで、夕方どき混み合う道路を避け、うまく歌劇場まで運んでくれました。で、観ることができたのは「ヴォツェック」(ペーター・コンヴィチュニー演出)。ペーター・コンヴィチュニーの追っかけこそが、今することと考えている黄紺には、ありがたい公演なのでした。このプロダクションも、やはり刺激的なものでした。舞台はボックス型、これを観ただけで、ヴォツェックの閉塞状況が一目瞭然というもの。外部からは、3箇所のドアだけかと思うと、あとから、いろんな仕掛けが用意されてはいたのですが、基本的には、ヴォツェックの閉塞状況を表しているのには障りはないと看ました。そして、その舞台に出てくる歌手陣は、皆さん、正装ですから、一瞬、マイムの芝居、いやいや演奏会形式のオペラ上演を連想したほどでした。ということは、小道具も終始使われることがなかったことも考えると、正に、テキストそのものに集中した最大限シビアな展開だったかと思われます。そして、某かのエピソードが、舞台で繰り広がれると、上から降ってくる紙幣を想像させる紙切れ。それに満たされない貧しさ、金への執着が、ヴォツェックの、いや、このオペラに出てくる人たち、それは、我々かもしれないのですが、人格を決定しているが如き光景をさらけ出します。残念ながら、黄紺には、歌詞などのドイツ語が聞き取れないため、マイム状態で進む正確な展開を読めなかったのですが、そうした20世紀の虐げられたものたちの個人的な体験が表されているとの印象を持ちました、そのように見えたのは、やはりプロダクションの持つ力でしょう。演出家の力となるのでしょう。装置面でいじられる箇所があります。閉塞的な箱型の舞台の背面が開き、そこに小編成のオケが出ます。オーケステレーションを2つに分解したようなことになるのは、ヴォツェックが、妻の不倫を人前で暴かれ、小バカにされるところです。どんどんと、ヴォツェックの日常、感性が崩壊しだすところです。そして、ついに側面の壁が背後に崩れていくことで、ヴォツェックは狂気に走っていくという仕掛けなのかなと思えました。ヴォツェックが妻を殺す場面は凝ったもの。1列に並んだ男女それぞれの列が、向かい合って交差する瞬間、妻は倒れ、そのあと、ヴォツェックにより池に沈められるのではなく、紙幣を思わせる紙切れに埋められ、また、ヴォツェック自身も、紙切れに埋もれて亡くなります。といった感じで、その上から降ってくる紙切れが、唯一の小道具だったでしょうか。人を動かすだけで、物語を進めて行く、ニュルンベルクで観た「椿姫」、ライプチヒで観た「ボエーム」の大群衆と、ペーター・コンヴィチュニーならではのプロダクションを思い出してしまいました。歌手陣も粒揃い。音程をとるのが、半端じゃない難しさですが、物語の流れからすると、精神状態の動きなんて観点からすると、逆に妥当性のある音楽のように思えてくるのが不思議です。歌手陣も良かったが、最大の功労者は、指揮のケント・ナガノだったのではと思っていました。ポイントとなる楽器の捉え方が鋭く、時々、はっとする音が飛び出してくるのが嬉しかったですね。深い楽譜の読み込みがあって初めて可能になることでしょう。歌手陣は、名前を記して記録にかえたいと思います。(ヴォツェック)ゲオルグ・ニグル、(マリー)グン・ブリット・バークミン、(鼓笛手)サイモン・オニール、(大尉)ユルゲン・ゾッハー、(医者)ティグラン・マルティロシアン。

食事の記録。朝は、ベルリンのホテルが、朝食付だったので、定番のものを食べ、夜は、夕方、ホテルに戻る際に買ったドネルで、お腹がいっぱい。ドイツに来てから、これで、ずっと野菜づくしになっています。お酒の量さえ減らせば、とっても健康的です。

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ベルリンから(11/30)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年12月 2日(土)00時44分6秒
  ドレスデンから、ちょうど2時間ほどで、ベルリンです。今まで、幾度となく往き来をした道のりです。今日は、夜のオペラの開演時間が早めなため、ベルリンに着いてから、昼間は、2つの歌劇場に行くのを目的で、お出かけ。1つ目はコミッシュ・オーパー。ネット上で、チケットを買おうとして、会員登録(ほぼどの歌劇場でも必要)をしようとしたら、はじかれてしまうので、じゃ直接買いに行こうじゃないかということでした。コミッシュ・オーパーから歩いて5分程で、新装なった国立歌劇場。なぜか、あるチケットを買ったとき、自宅でプリントアウトという選択肢がなかったため、チケット売場留め置きにしておいたチケットがあったため、その引き取りでした。国立歌劇場、外観は、以前と変わってなかったように思いました。内部の様子を知りたいのですが、それは、しばらくお預けです。あっさりと、しなければならないことを終え、ハッケッシャーマルクトに向かいました。木曜日にベルリンにいると、必ず立ち寄る場所。駅前にマーケットが立つのです。そこで店を出されているトルコ人の店の煮込み料理を食べるのが、木曜日の楽しみ。今日は、野菜の煮込みと、タウクの煮込みを半分ずつと、ピラフを楽しみました。煮込みには、マンタルが入っていたのが嬉しいところ。昨日は、書き忘れましたが、タイ・インビスの店で、ココナツ・カレーと、狙いのものばかりを食べています。そして、ホテルに戻り、今日も、ワインを飲み仮眠。昨夜も睡眠障害で悩まされたため、せめて、オペラ前に睡眠を取ろうとしたのですが、あまり効果はありませんでした。夜は、ベルリン・ドイツ・オペラで「預言者」(オリビエ・ピ演出)を観た日でしょた。毎年、この時期に出るフランス・グランド・オペラから、今季は「預言者」でした。恐らく、今後2度と観ることはなさそうなオペラです。再洗礼派のミュンスター占領を取り扱いながら、それに、預言者としてかつがれた男ジャンと、その恋人ベルテと、母フィデスの数奇な人生を取り扱ったオペラ。ベルテやジャンは住む村から始まり、ジャンがミュンスターで王として戴冠されるまでの幅のある舞台、一方で牢に繋がれたフィデスやベルテ、再洗礼派のキャンプ、また、そこでのバレエと、舞台装置の転換だけでも大変。その大変なことを、このプロダクションでは、廻り舞台を使い克服しようとしました。廻り舞台の半分余りに、円形闘技場風に外壁を持った装置の内、1/3ほどには、その外壁がなく、それが正面に来るようにすると、広間や広場に使え、外壁の部分を正面に配置すると、建物に見えるというアイデアです。更に、それらに馴染まないとなると、中ほどに壁が下りて来て、廻り舞台上の装置を隠すという工夫でした。また、舞台両脇には、固定した建物のファサード風の装置が置かれ、そこにだけは、時代を感じさせるようにしてあり、衣裳などは、現代風とは言わないまでも、それに近いものでしたから、衣裳では、時代考証はスルーするというコンセプトだったと言えます。とにかく、市販されているものでは、音源のみしか、このオペラを知る手がかりはありませんから、とにかく、ストーリーと音楽を重ねながら、この公演に臨みました。幸い、音楽は、わりと耳に残るものが多いのが助かり、筋立ては追うのには、困るという代物ではありません。睡眠障害の出ている黄紺は、居眠りにも妨げられたこともあり、正確さを失しているかもしれませんが、最後のジャンの死に方だけは、おやっと思いました。ジャンは、是坪から、自ら短銃自殺をはかり、終演を迎えるというものでした。ま、火薬庫の爆発までしなくとも、自ら命を断つということにしたかったのでしょうね。歌手陣は、黄紺の知らない人ばかりでしたが、粒揃いを揃えたという印象。特に女性陣が、熱い歓呼を受けていましたが、黄紺も同感。その内でも、ベルリン・ドイツ・オペラのアンサンブルの歌手だそうですが、ベルテのエレナ・ツァラゴーヴァが一番と看ました。次いで、フィデスのクレメンティーヌ・マルゲーヌもなかなか。メゾにはきつい高音もたびたびのなか、支持を得るだけのものありでした。ジャンのグレゴリー・クンデも水準以上。他のオペラでも聴いてみたくなりました。とまあ、主役3役に不満はありません。指揮のエヲリケ・マッツォーラも、大変な拍手で支持を受けていました。長丁場を飽きさせないで、また、オーケステレーションで聴かせるというわけではないマイヤーベアの音楽を、変化に富むものにしてくれていたように思いました。

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