teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助 youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]


ハノーファーから(6/11)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月12日(月)12時15分13秒
  ベルリンから、今回のドイツ最後の町ハノーファーに入っています。カッセルからベルリンに入ったときも、ハノーファー乗り換えでしたから、単に引き返しただけです。今日は日曜日ということで、ハノーファーの町は閑散としています。この春も、最後がハノーファーで日曜日でしたから、全く同じ風景を見たことになります。おまけに、オペラが午後4時開演ということですので、端からハノーファーで、どこかに行こうというのは無理と考え、ゆっくりとベルリンを出てきました。今回のハノーファーでは、感じのいいトルコ人経営のホテルに投宿。ハノーファーに泊まるなら、年に1度は泊まろうと決めているホテルです。ただ、ちょっと歌劇場からは距離があるのが残念なところです。黄紺も、いきなり「メルハバ」で入っていきます。すると、トルコ語を喋る黄紺に「サイグ」と言ってくれた方が、「覚えてますよ」と一言。それだけで嬉しくなっちゃいます。ハノーファーの街は、念のために、歌劇場へのルート確認のついでに、アルト・シュタットに行っただけ。時間がないときは、どうしても、こちらに足が向きます。頭の中には、クリスマス・マーケットの賑わいが映し出されています。そして、夕方からは、ハノーファー州立歌劇場での「愛の妙薬」(トビアス・リビツキ演出)でした。黄紺は、「愛の妙薬」という有名なオペラを観る機会は少なく、ドイツで観るのは初めてとなりました。一言で言えば、着想は凝ったものなのですが、それを、舞台上で表現可能なのか、そこに引っ掛かってしまったままの状態です。最初から緞帳前に「LIEBESTRANK」の文字が。ところが、序曲が始まり、ほんの僅かの間隙をねい、「T」の字が崩れ落ちます。そこへ、ドゥルカマーレ役の歌手が現れ、修復をするのかと思いきや、「T」ではなく「K」を付けていくという洒落たことから始まったこのプロダクション、何かあるなの予感、それが、ベルコーレが出てきたあとの村の賑わいで、一旦、幕が下がり、カーテンコールまであります。そして、再び、幕が上がると、それまで使われていた装置が片付けつつある光景が現れ、そこでオペラは進んでいきます。やがて、舞台からは、装置が一切消えるのですが、オペラは続きます。アディーナは、衣装を半分脱いだ格好で歌っているのに対し、ネモリーノは衣装のまま、着替える暇もなく、アディーナに話しかけているといった風情です。更に、念を入れるかのように、新たに運び込まれた装置は、裏返しに配置され、中幕が閉められ、ほんの僅か開いている奥には、に「LIEBESKRANK」の文字の掛けものが見えますから、そうそう、練習用と思えるピアノも出されていましたので、舞台で起では、「愛の妙薬」というオペラを演じる歌手たちの恋物語の行方を見守るということになります。ですから、それ以後の歌手陣は、普段着で出てきます。途中、オペラの中のオペラで表すときは、衣装を着けてとなる趣向です。ドゥルカマーラは、舞台裏では、オペラの小道具類を扱う人って感じで現れますから、ワゴンにものを乗せて、うろうろしている人というところです。そのドゥルカマーラが文字いじりを、あと2回やってくれます。「LIEBE?」→「LIEBE」と変わると、フィナーレが近づくという趣向です。「?」は「S」をひっくり返し、下に「、」を付けていました。しかし、ハノーファーのプロダクションは、何かやってくれます。こういった遊び心溢れるプロダクションに出会えるのは、ハノーファーとブレーメンですね。歌手陣は、ネモリーノを歌ったキム・ロビンがもの足りなかったですね。この手のテノールって、やっぱ人材不足なんですね。ドゥルカマーレのトビアス・シャーベルと、ベルコーレのマティアス・ヴィンクラーという男性低声部の2人は安定。とってもいい印象。そして、アディーナのアタナシア・ゼーラーは、歌唱が、ちょっと粗削りだけど、華がありました。それだけで、オペラ自体が楽しくなる要素になりますね。

本日の食事。朝は、ホテルの食事3日目、今日もトマトを買っておきました。夕食は、オペラが終わってから。店が閉まっていますから、シュタイントーレのトルコ人の店に行くか、中央駅に行くしか思いつかなかったため、まだ、今回食べてなかった焼きそばを求めて、中央駅の雑踏に向かいました。

>HP「黄紺のお部屋」の引っ越し先です↓
http://slacivert.html.xdomain.jp/index.html
 
 

ベルリンから3(6/10)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月11日(日)18時18分46秒
編集済
  ベルリン3連泊の3日目です。やはり連泊は楽です。しかも、朝食付きですから、とってものんびりできます。今日の昼間は、迷った挙げ句、シュパンダウ城塞の再訪にしました。新しいところを開発する前に、懸案のところにケリをつけておこうとの判断を優先しました。昨年の暮、一度行ったことがあるのですが、時間切れで、行き残したところ、不十分にしか観ることができなかった博物館ができてしまったのです。城塞内には、幾つもの博物館があり、それらの位置が、初めて行った者には、とても判りにくく、館員の方に、「どこそこに行ったか」と尋ねられ、初めて知った博物館も出てくる始末でした。黄紺は、城塞だから城塞を観ればおしまいの気分で行ってたもので、教えられた時間帯が悪く、引き揚げの時間が迫っていたため、もう、その段階で再訪を決心したという記憶があるところだったのです。今日、再訪してみて、城塞の成り立ちなどを紹介する、最も基本となる博物館を抜かしていましたし、そこから連なる搭も、初めて行くことになりました。搭の最上部に上がり、自身の目で、ようやく、この城塞の立地条件の良さを確認できました。考古学博物館は、前回は走り抜けたところ。ゆっくりと見学をして、ようやく城塞の変遷を知ることができたというわけでした。あとは、城塞の細かな道歩きは、前回済ましていましたので、残りの博物館を、流しながら回れば、そないに時間を要するポイントではないことが判明。前回は、真冬のなか、屋外を歩き回るという、なかなか頑張ったことをしたものだと、我ながら感心してしまいました。シュパンダウの街歩きを残していたということもあり、最後は、ドイツ鉄道のシュパンダウ駅まで歩いて、2度目のシュパンダウを打ち上げました。そして、夜は、ベルリン・ドイツ・オペラで「さまよえるオランダ人」を観る日でした。このクリスティアン・シュプックのプロダクションは、今シーズンにプレミアを迎えたもの。そないなことを考えると、今回のベルリン3連続は、重量感たっぷりということになりました。今どきのプレミアだからということで、かなり斬新なものを求めていたのですが、結果をみると、どうやら、そないなことは言えないようだということが、黄紺にも判ってきました。春にハノーファーで「オランダ人」を観たときは、テキストから「海」「船」を省いても成り立つということを示したプロダクションでしたが、このベルリンのプロダクションもそうかと、一瞬思ったのは事実ですが、このプロダクションには、「海」に繋がる「水」は出てきます。 三方大黒と思える状態で、前奏曲から舞台は動きます。しがなそうな男が、サイドの壁にへたりこんでいます。これがエリックだと、なかなか気づかないままだったのですが、このあとも、舞台の壁に沿って彷徨する姿を、全編、このオペラでは見せるのが、このプロダクションのポイントかと思います。照明が暗く、視力の落ちている黄紺には判りにくかったのですが、やがて明確になります。正面背後に2つ、大きな扉があり、そこからの出入りがあること、その前の床が、横一面に水であるということで、「船」は出てきませんが、ここで、常に「水」を意識させる仕組みになっています。舞台の右側に、シートに包まれた大きな包みが、最初から置かれています。ものは、何か判らないのですが、糸紡ぎの場に入る短い間奏曲の間に、その物体は中央に動かされ、シートも剥がされるだけではなく、上から降りてきた鉤に引っかけられ吊るし上げられると、広間を作る空間ができるという仕掛けで、シートの中にあったのは、紡ぐ姿を見せるための道具に腰掛けでした。屋内の場面が終わり、水夫の合唱となると、それらは、2分割され、舞台左右奥隅に片付けられ、また上からシートが被せられました。あとは、照明を駆使して、その奥の物体を意識させないようにするというもの。上から吊るされていたシートは取り替えられ、今度は、左上にだけ、シートが吊るし上げられたのですが、その意味するところは、最後まで判らずじまいでした。人の動き的に気になるところをピックアップしておくと、エリックの動きは終始気になるということは、既に書いた通りですが、そのエリックが、最後、ゼンタを刺し殺します。しかし、そのゼンタの亡骸は、群衆が囲み、群衆が去ると、ゼンタの姿は消え、ラストはエリックだけが、舞台に残るというものでした。この姿が消える、また、その逆について、似た箇所、しかも、とっても気になるところで使われています。要するに、オランダ人の登場は、水夫の中から、突如現れたというものですし、消えるのも、ゼンタ同様、群衆の中にでした。群衆が群がる中に入り、群衆が散らばると、もう姿は消えているというものです。ですから、オランダ人も、更に、それだけではなく、ゼンタも可視的な存在だったのだろうかと思わせられてしまうところです。となると、このプロダクションのキーパーソンと考えられるエリックの妄想、、、なんてことなんでしょうか。歌手的には、このプロダクションの問題の人エリックを歌ったトマス・ブロンデルが、悩める男を好演。この日一番の歌唱と看ました。オランダ人を歌ったサミュエル・ユンは、最後のゲッツ・フリードリヒの「指環」で、ヴォータンを歌った人だったので期待したのですが、声にごっつさが物足りなく、この手の役柄に向いていると言えるのか、疑問に思ってしまいました。ダーラントのトビアス・ケーラーは、特に高音が不安定で聴きづらくなることが再三再四。大きな拍手を受けていましたが、黄紺には疑問。ゼンタのインゲラ・ブリンベルクは、なかなかいい声の持ち主でしたが、ゼンタの憑かれたようなキャラ出しには、明らかにもの足りものを感じてしまいました。しかし、エリックが、一番目立つようでは、「オランダ人」のキャスティングとして、どうなんでしょうか。でも、このプロダクションでは、エリックが目立っていいと言えばいいのですが、、、。オケは、ドナルド・ラニクルズが率いました。この人の指揮する公演になかなか当たらなかったのですが、さすが、今季のプレミアということで、彼の指揮に当たることができました。

本日の食事。ホテルの朝食には、野菜系が用意されていないということで、今日からは、自分でトマトを買っておくことにしました。これで、気分的に楽に。お肉の多いドイツでは、野菜の確保に気を使います。夜は、ホテルの近くにベトナム料理店を見つけてあったので、こちらで、「ガ・カリ・ド」と名の付いた「チキン入りココナッツカレー、生野菜たっぷり乗せ」てなものを食べました。チキンカレーに、生野菜のサラダが、思いっきりたっぷり乗っかっている図を想像してもらえばいいかと思います。生野菜とココナッツカレーを混ぜると、野菜のしゃきしゃき感もあり、とっても美味でした。盛りだくさんな野菜を食べたものですから、朝のトマトは余計だったと思っでも、後の祭でした。

>HP「黄紺のお部屋」の引っ越し先です↓
http://slacivert.html.xdomain.jp/index.html

http://

 

ベルリンから2(6/9)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月10日(土)16時33分19秒
  ベルリン3連泊の2日目です。ベルリンに入ってから、じりじりと気温が上昇。今日の午後は、正に6月の気温に戻ってしまいました。昼間は、メルキッシュ博物館へ。初めて行くことになったのですが、今、こちらで、「ベルリン1937」という特別展が開かれているということで、予め目を着けていたのでした。1937年という微妙な時を選び、ドイツ社会の様々な局面が、ナチスの独裁政治に組み込まれていく姿を伝えてくれてました。通常展にも入ってみたのですが、腰に不安を抱える黄紺は、残念ながら流しただけ。またの機会に回すことにしました。帰り道、寄ってみたアレクサンダー・プラッツでは「アフリカ・フェア」のブースが立ち並んでいました。ただ、今日の午後は、気温が急上昇。振り出しに戻る暑さだったため、ざーっと流しただけ。惜しいことをしました。そして、夜は、ベルリン国立歌劇場の「ファウストの劫罰」(テリー・ギリアム演出)でした。サイモン・ラトルが振るということで、今回のオペラ紀行の1つの目玉としていた公演です。テリー・ギリアム(モンティ・パイソンの1人)のプロダクションは、今季プレミアを迎えたばかりのもの。毎度のことながら、「ファウストの劫罰」はオペラ化するのが難しい作品。特に、メフィストフェレス(  フロリアン・ベシュ)が出てくる前の序盤の部分の捉え方、更に、それを踏まえた全体のイメージが難物だと思っている作品ですが、テリー・ギリアムのプロダクションでは、その辺りを意識してか、これ以上ない明確さをもって示してくれたかと思いました。メフィストフェレス前は、やはり人間の営みの振り返りだったと言えると思います。バレエを使い、村の賑わい、男女の戯れ、暴力(前方にスクリーンを降ろしアニメーションと重ねていました)。装置も、今どき珍しいヴァナキュラーな風景を使い、人の営みの振り返りを強調しているようでしたが、そこに、異質な、傾いた、内部の模様が幾何学的な線で作られているボックスが登場します。ヴァナキュラーの世界を彷徨するファウスト(シャルル・カストゥロノーヴォ)は、それまで出してきた世界の人物ではない、そこまでの世界は、ファウストの想念のなかだったことを思わせられます。アニメーションで、暴力を表す最後の方で、ハーゲンクロイツが出てきます。暴力の1つとして出したのだろうと思っていたところ、メフィストフェレスがファウストを連れ出した世界、なかでもマルガリータ(マグダレーナ・コゼナ)の出てくる世界は、ナチス統治下の世界となっていました。ファウストをマルガリータから引き離すのも、メフィストフェレスの仕業、則ち、マルガリータの家にユダヤ人マークを貼り付け、2人を引き離すようにしむけ、ファウストを追い込んで行く、これら全て、メフィストフェレスの計画になっているとしていたのですが、、、となると、序盤の人間の営み、それを、ファウストが体現していると考えるのが自然な流れと思いますから、となるとです、人の営みが、ナチス的な暴力を導きだし、悪魔に魂を売ったことになります。そして、そこからの救いは、ファウストが、最後に示したマルガリータへの愛と考えるのが自然でしょう。このファウストとマルガリータの逸話というものを、人間の営みと置き換えて読めばいいのかな、いや、そうでないと、序盤のヴァナキュラーな世界での彷徨が生きてこなくなってしまいます。ただ、そうすると、人間の営みを、暴力という側面にだけ閉じ込めてしまったのような感じになってしまい、黄紺的には戸惑いを感じてしまいました。ファウストは、魂を売ります。すると、用意された車に、メフィストフェレスとともに乗ると、前幕(半透明)が降り、幕に映すアニメーションと舞台の歌手&役者(車を引くメフィストフェレスの手の者)とのコラボが始まり、ついには、何やらに激突し、大きく火の手が上がります。これが、悪魔に魂を売った結末だったということになります。幕前に現れたメフィストフェレスは、仕事着から正装に着替え去って行きました。一件完了という風情でした。すると、舞台裏から、聖なるコーラスの響きが現れ、マルガリータの昇天の舞台(花に囲まれ横たわるマルガリータ)に変わり、オペラは静かに終わりました。主役3人の歌手は粒揃い。凸凹がないいいキャスティング。サイモン・ラトルの指揮は、決して過剰にならず、適所にアクセントの入った聴き良いものだったと思いました。しかし、圧倒的に記憶に残りそうなのは、テリー・ギリアムの演出でした。

本日の食事。ベルリンのホテルだけ、朝食付きということで、ホテルの食堂での定番のもの。リーズナブルなホテルなので、品数は豊富とは言い難いのですが、付いているだけで助かります。ただ、野菜系が一切ないというものだったため、夕食は、野菜補充を最重点に考え、ホテルの真ん前にあるトルコ人の店で、ドネル・サンドイッチにしました。今回2回目となります。ファラーフェル・サンドとともに、野菜分の不足を感じると、お世話になっております。そんなで、今日の買い物で、トマトを買っておきました。

>HP「黄紺のお部屋」の引っ越し先です↓
http://slacivert.html.xdomain.jp/index.html
 

ベルリンから(6/8)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月 9日(金)17時12分6秒
編集済
  カッセルからハノーファー経由で、ベルリン入りです。冬や春と違い、どの列車も混みあい、辛うじて座席を確保しての移動が続いています。今回は、ベルリンの宿代が、何かあるのか高騰気味、環状線の駅が最寄となる場所での投宿となりました。幸い、歌劇場に行くには、さしたる支障がないのが助かっています。今日の午後は、ホテルから行きやすいということもあり、プレッツェンゼー記念館に行ってまいりました。多くの人が処刑されたナチス時代の監獄跡が、「独裁政治を記憶する記念」として、その一部が公開され、展示も行われています。そこから中央駅のバスに乗り、ハッケーシャーマルクト界隈を散策。ハッケーシャーマルクトの駅前には、木曜日だと青空マーケットが出るのです。ここで、いつものように出ているトルコ人の料理が美味しくて、また食べてしまいました。6月だからでしょうか、サーレップチは姿を見なかった替わりに、その辺りには、南インドを掲げた屋台、ファラーフェルを売るアラブ人の屋台という、今まで見たことのなかった店を見ることができました。そして、夜は、この公演を観たいがために、今回の旅行を計画し出した、ベルリン・ドイツ・オペラで「ナブッコ」(ケース・ワーナー演出)を観てまいりました。リュドミラ・モナストゥルスカヤがアビガイーレを歌うということが狙いだったのです。ちょうど、彼女がメトロポリタンを登場して、世界的に存在をアピールした、その同じシーズン、フランクフルトでトスカを聴いて、とにかく驚きました。パワー、強い声、とにかく桁違いだったのです。ロンドンで歌うことが多いようだと知ったときには、ロンドン経由でドイツに入ろうかなんて考えたこともあったほど、驚かされてしまっていたのですが、その彼女がベルリンで歌うということで、今回、ベルリンにやって来ました。正に圧倒的な歌唱でした。中低音域に磨きがかかっていますし、高音から低音へ飛ぶときの正確さ、そういったときに響かせる低音のすごさは、何度ものけぞってしまいました。逆に、序盤、高音に不安定なところを、チラッ見せたのが、ご愛敬って感じを与えていました。そんなで、モナストゥルスカヤ中心で追いかけた「ナブッコ」でしたが、ケース・ワーナーのプロダクションって、以前、フランクフルトで「ヘンゼルとグレーテル」を観て、頭を抱えたことがあるのですが、わりかし考えさせられるというか、難解なんですよね。このプロダクションは、基本的に廻り舞台の活用で進行するのですが、固定した装置は、大きな円筒形の造りもので、内側は螺旋階段が設えてあるというもので、それ以外は、カーバ神殿型をした大きな巨大な造りものは、上下左右に動かし、建物に見えるかと思うと、吊り上げられて、内側から群衆が出てきたりと、位置を変え足り、消えたり現れたりして、変化を持たせていました。両サイドには、終始、城壁を思わせる壁が設えられていたことは間違いないのですが、背後は、壁にしたり大黒にしたりしてたのじゃないかな。照明で見えたり見えなかったりしていましたから、はっきりとは判りません。振り返ってみて、このプロダクションは、内と外の目まぐるしい変化を表してたのかなぁというのが、終わってしばらくしてから思い浮かぶようになってきました。このオペラの台本って、あまりにも唐突に、人を現したり、王座の変遷が起こります。今まで、友人らと「ナブッコ」を話題にすると、台本はハチャメチャ、でも、音楽は素敵、これを前提に話は進んでいっていました。が、今日、このプロダクションを観て、初めて、台本を肯定的に捉える目を知った思いがしたのです。内なる者が内あれば力を持ち、外なるものを、どんどんと内へと取り込み力を拡大していく。内なる者が、内なる外に排除されるのが、アビガイーレによる力の掌握だとすれば、外だったものが内になり、内なるものを取り込み、新たな内を形成したときに、このオペラは終わる。外なるものが内になる、これは、ありえないことであるはずなのがありえた、それを成しうるのは神だけだ、そないなことと考えると、この台本が生きるとしたのが、このプロダクションでしょう。ナブッコが、神の怒りをかい、地に倒れると同時に、舞台では、ナブッコと他の人たちの間に、仕切りが引かれてしまいます。一挙に、ナブッコが外になった瞬間です。ラスト、アビガイーレは倒れるのてわはなく、一人、城壁の外に出て、城壁を叩いて終わるというものでしま。内と外の瞬時での交替、これは、価値の相対性を表しています。そうだからでしょうね、衣装に時代性は見られません。冒頭、ヘブライ人の女性は、どこかの宮廷の官女のようなものを着ているのに対し、アビガイーレはキャリア女性のようなスーツで出てきますし、権力を握ると、ヴィオレッタかと思う艶やかなドレスで出てきます。という具合で、どことかいつ、そないな特定ができなくしてあることでも判るかと思います。モナストゥルスカヤ以外の歌手では、ザッカリアを歌ったエヴゲン・オルロフが良かったですね。ちょっと高音がきつい人でしたが。ナブッコを歌ったダリボル・エニスは、終盤こそ持ち直しましたが、権力溢れる支配者というには弱いでした。モナストゥルスカヤに対抗するには、ちょっと厳しい。フェネーナのジュディト・クトゥシはコントラルアルトっぽい声で、この役柄に合うとは言いがたいですし、イスマエレのアッティリエ・グラサーは、ま、平均点ってところかな。パオロ・アリヴァベニの指揮は、振幅を大きくして、解りやすい音楽を作ろうとしているようでしたが、ちょっと粗っぽく感じてしまいました。いずれにせよ、モナストゥルスカヤを聴けて大正解、このプロダクションに遭遇して、またもや、フランクフルトのあとと同様、考え込まされてしまいました。

本日の食事。朝は、定番の買い置きメニュー。いい台所があったので、調理をしたかったのですが、時間がなく止めました。夕食は、ハッケーシャーマルクトの屋台でトルコ食。プラサと挽き肉料理を2つ、皿に盛ってもらったつもりが、見てみると、ビベルの煮込みにピラフの炊き込みが入っていて、目をパチクリ。でも、美味しかったぁ。

>HP「黄紺のお部屋」の引っ越し先です↓
http://slacivert.html.xdomain.jp/index.html
 

カッセルから(6/7)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月 8日(木)15時58分21秒
編集済
  マンハイムからICE1本で2時間、カッセルに到着です。ドイツに来た当初は、日本と変わらない気候だったのですが、それから、どんどんと気温が下がり、なんか、今日なんかは寒くて、重ね着をしています。今回は、1日乗車券を買い、世界遺産のベルクパルク・ヴィルヘルムスヘーエに行くつもりだったのですが、その1日乗車券が、法外な高さ(他の都市の3倍)に驚き、急遽取り止め、前回に行かずに残しておいたヘッセン州博物館に行ってまいりました。主にヘッセンの成立から始まり、支配者の地方伯歴代を追いながら、やがてドイツ統一、そして、現代に至るまでの略史を、各時代の遺物を展示しながら紹介するというもの。膨大な数の展示物に恐れをなし、ここは腰を大事にということを先決に、駆け足で回ることにしました。変な天気で、その間も、雨が降ったり止んだりという不安定なお天気。前回は、わりかし街中を歩いたので、今回は、あっさりと引き上げ、夜に備えました。今回は、宿泊がプライベートルームということになり、これが大当たりなものですから、ついつい足が宿に向いてしまいます。去年のセルビアといい、ドイツでも、黄紺に当たるプライベートルームは、大当たり続きです。そして、夜は、カッセル州立劇場で「ロミオとジュリエット」(ジム・ルカッセン演出)。グノーのこの作品、とっても美しいメロディに溢れ、素敵なオペラなのに、実演に接する機会が稀れと言ってもいい作品なため、黄紺も、初めて観ることになりました。そういったレアものという意味で、今回の目玉に入れていたものです。カッセルは、なかなか貴重な作品を上演するということで、早くも、この冬にも、再訪の可能性が出てきているところでもあります。装置は、終始、城館の中庭を連想させる造りになっています。三方の壁が、そのように見え、廻廊替わりに、建築現場に見られる足場のようなものが組まれているのは、ちょっとしたお遊び。教会の場面は、正面の壁に、十字架を描いた大布を垂らし、祭壇などを置けば十分。一番困るのは、2人の臥し所。ここだけは、周囲の照明を落とし、正中に、その臥し所を出すというもの。更に、ラストの2人の死の場面は、正中に、円筒型の大きな台を設えるというもの。幕が上がると、仮死状態のジュリエットが、その台上に横たわっていました。動きとかでの変化、ほぼなしと言っていいかと思うのですが、ズボン役のステファノが自転車に乗り遊んでたくらいかな。そして、これは自信がないので、帰ってから調べなければと思っているのですが、ジュリエットの婚礼の場面が短縮されていたのではと、黄紺は看たのですが。上演機会が稀れな分、正攻法なというか、オーソドックスな演出が採りやすいということでしょうか。丁寧に筋立てを追うといったプロダクションだったかなと思います。歌手陣やオケは期待してなかったと書けば失礼に当たるのですが、1回でも、その歌劇場に足を運べば、そのあたりの瀬踏みはできるものですから、そのように書いたのですが、その中で、ジュリエット役のアニ・ヨレンツが抜けてたのじゃないかな。粗削りだけど、まずは声が出るというところを、それに加えて、華があると感じさせるものを持っていました。逆に、ロミオのキム・キュンホは華がなかった。ロミオは10代なわけですから、歌唱にしろ動きにしろ、その年齢を感じさせる、何かがないとおもしろくありません。そういった意味では、真逆だったと見えたものですから、ちょっと厳しい。ただ、高音をしっかりと押さえられる人で、時間はかかりましたが、終幕に向かい調子が上がっていったことは確かです。メルキューティオのユ・ハンスンは、いい声だなとは思うのですが、あまりに背丈が足りない。それ以外と括ってしまいますが、他の歌手は物足りなかったですね。オケピットには、アニヤ・ビフルマイヤー指揮のカッセル州立管弦楽団が入りましたが、残念ながら、ちょっと落ちますね。指揮に対する反応も敏感とは言えませんでした。なお、この公演には、4人もの韓国人歌手が出ていたのには驚かされました。韓国人歌手のドイツの歌劇場への進出は目立ちますが、同時に4人というのは、前代未聞でした。といったところで、公演についてのメモを記しましたが、「ロミオとジュリエット」というオペラっていいなの再確認をさせてもらえたことは嬉しい限りだったのですが、同時に、上演機会が稀れなのが、まことに惜しいとしか言いようがありません。

本日の食事。3日ぶりに、いつもの朝食に戻り、野菜分の補給も叶いました。夜は、珍しくインド・インビスを見つけたものですから、適当に「豆腐入り」の表示のあったものを注文。すると、ホウレン草カレーでした。豆腐は、白チーズの塊のようなものが入ったのですが、堅さも、それに近いもので、びっくりさせられました。考えたら、日本の豆腐は水っぽ過ぎますけどね。

>HP「黄紺のお部屋」の引っ越し先です↓
http://slacivert.html.xdomain.jp/index.html
 

マンハイムから(6/6)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月 7日(水)17時16分21秒
編集済
  ヴィースバーデンから電車を2回乗り換えて、マンハイムへやって来ました。春に来たときは、マンハイムのホテルが、やたらと高く、対岸のルードヴィヒスハーフェンに宿を取ることになったのですが、今回は、ルードヴィヒスハーフェンの方が、やたらと高く、マンハイムの中心街に投宿。マンハイムの中心には広いトルコ人街がありますが、その外れ辺りに投宿です。昼間は、まだ行ってなかったライス・エンゲルホルン博物館の特別展「教皇」に行ってまいりました。教皇の地位の由来から始まり、シスマ後の建て直しの時期まで、教皇がヨーロッパ政治の基軸を成していた時期の歴史を追いかけつつ、関連遺物を展示するという試み、ありそうで見たことのなかった特別展で、久しぶりにキリスト教史のお勉強をさせていただきました。基本的な史料は網羅しようとしたようで、その努力に敬意を表したいと思いました。そして、夜は、マンハイム国民劇場で「エレクトラ」(ルート・ベルクハウス演出)を観る日でした。今回は、ブッフォ系のオペラから始まりましたが、そのあとが、なかなかヘビーです。このルート・ベルクハウスのプロダクションは、1980年にプレミアを迎えた歴史的なものとの情報をプログラムで得ていたのですが、正に、それだけ長期に渡り生き残ったわけというものが、しっかりと黄紺に刻まれた素晴らしいプロダクションでしたし、今回のこの公演も、いい歌手を揃え、上々の成果を残していました。装置は、具象的でありながら、さもなくという印象が、第一のもの。柱状節理の岩壁の下の部分だけを取り出したような装置が、馬蹄型に配備されており、正面に、ギロチン台を連想してしまった入口があるという構造なのですが、その装置が、舞台に置かれているという感じで、その装置の周囲には、何もないスペースがあります。ですから、何やら手作り感のする舞台というのが、第一印象だったのですが、その周囲のスペースについては、ラストになり意味をなしてきていました。そのラストを除いて、全て芝居は、馬蹄型の岩壁の内側と岩壁の上で行われます。その芝居をどのような空間を使い行うのかの違いだけで、黄紺の知る「エレクトラ」というオペラは演じられていましたから、その意味では、スムーズに入ってきました。となると、登場人物たちが、どのように扱われているのかが、気になってきます。このプロダクションでは、エレクトラに、「狂」の字の付く一途さを強調するだけではなく、人間味も見せる、多少、柔和な側面も見せながら、芯は「狂」で表せそうな顔があるというキャラ作りだと看ました。クリュソテミスは、エレクトラに暗殺の誘いを受けながら、それを拒否しますが、腹の底はそうじゃないとのキャラ作りにしてあったのかと思わせられますた。オレステスが殺しをやってのけたあと、再び現れたとき、クリュソテミスの背後で、クリュソテミスと背中合わせで登場させ、オレステスの歌唱になると、クリュソテミスと180度回転して表を向かわせていましたから。そんなことがあり、今度は、オレステスを考えてみたときに、オレステスに奇妙な動きを執らせていました。オレステスによる事の成就に喜ぶエレクトラが、「アガメムノン」と歓喜の声を上げると、今度は、置き舞台(馬蹄型の岩壁)の外の空間を、短刀を降り下ろしながら走らせました。それを観た黄紺には、丸でオレステスは、人格も吹っ飛んだ殺人マシーンに見えました。母親を殺すことだけに生きてきた殺人マシーンに見えたのです。オレステスを、そのようなキャラに仕上げたために、エレクトラから「狂」のキャラを減じバランスを取ったかのように見えたのですが、果たして、そないな見方でいいのでしょうか。逆にクリュテムネストラは、その殺人マシーンを怖れる下世話な婆さん、ま、婆さんというところの強調が目新しいと看ましたが、キャラ的には違和感はありませんでした。音楽的には、アレクサンダー・ソディ指揮のレジデンツの演奏は、緊迫感、彩りの豊かさを味わわせてくれましたが、オケの弱さなのか、平戸間で聴いたからでしょうか、音の大切な重量感に、ちょっと満足できないところがありました。しかし、リヒャルト・シュトラウスの音楽って、ホント、すごいものがあります。次から次へと、どないな音が飛び出してくるのか、ハラハラするかと思うと、この上もない耽美的な音楽が出てきますからね。舞台上の緊迫を表すには、もう十分だったと思います。歌手陣は、とっても充実。狙いのキャサリーン・フォスターは、バイロイトでブリュンヒルデを歌っていながら、評価が高くないとの話を、友人から聞いていたのですが、なかなかどうして、どこから、そないなことが出てくるのかを、逆に考えてしまいました。唯一考えついたのは、マンハイム規模の劇場ならともかくも、もっと大きな劇場だと、パワー不足なんてなことになるのかなぁという点でしたが、黄紺は、実際には、マンハイムでしか聴いてないため、何とも言えないものがあります。また、いい体躯なのですが、小気味の良い動きもでき、芝居も上手いのですがね。クリュソテミスのミリアム・クラークも上等、クリュテムネストラのジユリア・ファイレンボーゲンは、歌唱だけではなく、役者としても見せてくれていました。一方、オレステスのトマス・ベラウは、ちょっと声や歌唱が穏やかで、殺人マシーン的演出にはそぐわないかな。という感じで、これらは黄紺的感想ですが、会場の反応に、見事に重なっていたのじゃないかな。キャサリーン・フォスターの登場では、「ウォー」と上がる歓声は、すさまじいものがありました。

本日の食事。昨日が祝日ということで、何も買うことができなかったもので、仕方なく、ヴィースバーデン中央駅で、乗車間際にパンを買い、電車の中で朝食にしました。夜は、マルクト広場近くで、フィッシュ&チップスにしました。ノルトゥ・ゼーで、これを売っていることを、昨年の暮だったかに見つけて食べるようになった代物です。ドイツ人は、フライドポテトが好きだから、こないなものも売れるのでしょうね。

>HP「黄紺のお部屋」の引っ越し先です↓
http://slacivert.html.xdomain.jp/index.html
 

ヴィースバーデンから(6/5)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月 6日(火)19時11分38秒
編集済
  フランクフルトからは、呆気ない移動でヴィースバーデン到着。ヴィースバーデンのホテルは、歌劇場の近くに取ったものですから、駅からは遠い。おまけに月曜日ということで、この町の、まだ行けていない美術館に行けるわけでもないので、一計を案じました。万が一、ホテルに入れなかったらということも考えて、ヴィースバーデン中央駅のコインロッカーに荷物を預け、この町からでないと、行くのに苦労が伴うリューデスハイムに行くことにしました。これは、昨夜になり思いついたこと。ヴィースバーデンからは30分で行くことができました。ライン沿いに残る旧い街並みということで、かなり以前からインプットされていたのですが、初めて行くことができました。でも、狭い街路に溢れる観光客に、また、それを当てにする店という構図にげんなり。なんで、こないな時期にと思うほど、観光客が溢れていました。聞こえてきた言葉で目立ったのはイタリア語でした。東洋系の顔も、僅かでしたが目につきました。結局、オペラの開演時間が早いということもあり、リューデスハイム滞在時間は50分に留めることになりました。そして、夜は、ヘッセン州立歌劇場での「神々の黄昏」(ウーヴェ・エリック・ラウフェンベルク演出)でした。ヘッセン州立歌劇場では初オペラ。その造りの贅沢さに驚かされました。今までに見たドイツの歌劇場の最上位に入ると言えるでしょう。「神々の黄昏」は6時間近くかかる大作。演出家ウーヴェ・エリック・ラウフェンベルクは、かなり大ものイメージもあり、楽しみにさせてくれていたのですが、黄紺的には退屈なものでした。マンハイムで観たうだるような時間の流れを意識させられたプロダクションが懐かしい気分になってしまいました。ジークフリートとブリュンヒルデの住まいは透明な素材で四方を囲まれたもの。屋上もあり、冒頭のノルンの1人は、この上で歌ってました。かなり無機質な装置だったものですから、そのコンセプトで通すのかなと思うと、ギービヒ家の館は、背後とサイドに城壁と思えるデザイン化された壁があるのですが、なんか、装置も何も置かない生の舞台という様相。ジークフリートが引き上げてくるところでは、長机が出され、そこにハーゲンが佇む図。アルベリヒは、背後の壁に映像で登場。頻繁に映像が使われるわけではないのですが、ジークフリートが旅立つときや、ジークフリートの葬送音楽が鳴るとき(緞帳に細長く幾何学模様が映る)は映像が流されていました。ですから、そないにCGによる映像に頼っているわけでもなく、無機質な装置を強調するわけでもなく、なんか場当たり的だなぁと思っていると、ジークフリートの死からラストに至るまでも、その場当たり的という言葉か、一番いい表現かと思うものでした。ジークフリートの死は、緞帳に木らしきものを映し、緞帳の下方をちょっとだけ上げておき、その前で行われ、ジークフリートが倒れると、緞帳が上がります。舞台には、ここまでの「指環」の各オペラに使われたアイテムが並ぶ中で、ジークフリートは、最後の歌唱を行い、舞台中央に倒れます。すると、ハーゲンの家来たちが、持ってきた荷物をジークフリートの周りに集めるものですから、葬送の場面、ブリュンヒルデの自己犠牲の舞台作りがなったかと思いきや、なりませんでした。緞帳が下がり、ジークフリートの葬送音楽に入り、その間は、ずっと緞帳は降りたままで、葬送音楽が終わり、緞帳が上がると、岩山を思わせる床があるだけの舞台になっていました。そこへ、ジークフリートの遺体が運び困れるのはいいのですが、ラストは、ブリュンヒルデの自己犠牲にはならず、岩山の上に、一人佇んだブリュンヒルデが、遠眼鏡を目にして遠くを眺めるというもので、ワルハラ城がどうこうなるというものでもありませんでした。神々の黄昏に、ブリュンヒルデが希望を託したということなのかなぁというのは、黄紺的観測ですが、よく解っていないというところでしょう。装置に統一性というものを感じさせてもらえなかったというのが、黄紺の一番の不満ですし、ということは、どの辺りを目指そうとしているのかも把握しずらく、ラストに来て、急にメッセージを発せられてもという戸惑いを持ちました。歌手陣は、黄紺的期待の大きかったアンドレアス・シャーガーが、正に期待を裏切らない歌唱。ベルリンで聴いた「パルジファル」を想起させるものがありました。そのアンドレアス・シャーガーと並ぶ大歓迎を受けていたのが、ブリュンヒルデを歌ったエヴェリン・ヘルリッツィウスでしたが、黄紺的基準では、きれいな声とは言えず、むしろ外れでした。声量があればいいわけではありません。ハーゲンのシャヴレグ・アルマシには、もう少しの悪役魂を、グンターのマティアス・トシは悪役になれなさ過ぎの印象が残りました。その他では、出番は短いけれど、重要な役ヴァルトラウテのベルナデット・フォドルのしっかりとした歌唱が良かったですね。オケは、アレクサンダー・ジョエル指揮のヘッセン州立管弦楽団。細かなミスが、時々現れたりもしましたが、とにかくはご苦労様です。とんでもない長丁場ですものね。

本日の食事。朝食は、フランクフルトでは、珍しく買い置きをしておいた調理パン。前日が日曜日で、ホテルの近くでは、いつもの朝食の食材を買い求めるのが不可能だったためです。夜も困りました。なんせ、祝日で店のほとんどは休んでるのですから。駅までは遠いしと、そういったときに頼るのは、トルコ人の店です。野菜の補給も兼ねて、ファラーフェル・サンドにしました。カリカリに揚げたファラーフェルは、今までにない代物、ちょっと感動でした。

>HP「黄紺のお部屋」の引っ越し先です↓
http://slacivert.html.xdomain.jp/index.html
 

ハーゲンから(6/3)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月 4日(日)13時21分44秒
  マインツから、ケルン乗り換えで、ほぼ3時間で、ルールの町ハーゲンです。昨年の暮れに1度入ったことのある町ですが、その半年後に、また入るとは思ってもいなかったのですが、それにはわけがあります。スケジュールを立てているとき、今日は土曜日にも拘わらず、なかなかオペラ公演が見つからず、ようやく見つけたのが、このハーゲンだったのです。もちろん、移動に無理がない範囲で探した結果なのですが。ルールのイメージと違い、小じんまりとまとまった感じのいい町だという印象があったものですから、この日はハーゲンと即断した次第でした。昼間は、ハーゲンから一駅だけ電車に乗り、先史時代博物館に行ってまいりました。麦の生い茂る田舎道を歩いて行くと、ヴァッサー城という小ぶりの城館があり、その中に、目指す博物館がありました。なぜ、このようなところに、しかも、このような内容の博物館があるのかが判らずじまいだったのですが、とにかく爽やかな田舎道が素敵で、その印象が強く残るショートトリップでした。あとは、せっかくだからと、ハーゲンの街を散策。クリスマス・マーケットのあった時期とは、さすがに街の雰囲気は異なります。夜は、ハーゲン劇場で「フィガロの結婚」。これが、なかなかおもしろいプロダクション(アンネッテ・ヴォルフ演出)。前半は、城館の部屋を思わせる、よくある装置。幕が上がると、白い布を被せた椅子、鏡、服を着たマネキンなど、白布尽くしで配置されています。結婚準備に勤しむフィガロとスザンナと、一目で判る仕掛けです。おもしろいのは、真ん中に、白布が積まれており、じゃれあったり、人を倒したり、そういったアクションに使われます。上の樋状のところからは、正に突っ込みが入るタイミングで、新たに白布が落ちてくることもあります(このアイデアにはびっくりです)。コンテッサの部屋も同じもの。但し、今度は大きなベッドが置かれています。それまでの白布に替わる役目を担います。後半は、装置が変わり、城館内の広間を連想させるスペース、サイドに列柱が並ぶことで、そのような連想が走ります。これも、特段新しいわけではありません。夜の庭園となると、サイドから上から、木立を思わせるものが出てきて、あっさりと場面転換、装置はそのままでですから、これも、ちょっとしたアイデア。とまあ、ちょっとしたアイデアというのに、目を引かれ、徐々に、このプロダクションにはまって行ってしまいましたが、幾つか、装置以外のおもしろアイデアをメモっておきます。1幕で、ケルビーノが身を隠す場面がありますが、なんと、ケルビーノは椅子になりました。上から白い布を被せて椅子の格好をしたというわけです。伯爵は、何を被ったのかが、よく見えなかったのですが、これまた、白い布を羽織り、遠目には彫刻に見えました。このアイデアには、客席がどよめきました。2幕冒頭のコンテッサのアリアは、酒瓶を持ちながらのもの。コンテッサは、床にへたり、壁に体を持たせかけた酔っぱらいになってました。4幕で出てきてもいいし、出さなくても芝居は進められる東屋として、1台の乗用車を出したのには、びっくりさせられました。とまあ、目立ったものだけをメモりましたが、細かな動きにもアイデアに溢れ、総じておもしろいと言えるものに出会えて、ハーゲンまで来たカイというものがありました。歌手陣は、伯爵が若い人が演じてたのは、小ぶりの歌劇場では致し方ないことですが、この人の声の出が、ちょっと物足りなかったのを除けば、平均点は確保ということで、こちらも、ハーゲンに来て良かったと思いました。

昨日の食事。朝は、いつものドイツでの定番、パン、ハム、トマト、ヨーグルト(チョコ片入り)で済ませ、夜は、駅近くにトルコ人の店が多く、また、土曜日の午後、そのくらいしか、程よい店も見つからず、ドネル・ケバブにしました。野菜の補給にもなりますしね。

>HP「黄紺のお部屋」の引っ越し先です↓
http://slacivert.html.xdomain.jp/index.html
 

マインツから(6/2)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月 3日(土)19時54分38秒
  今回のドイツ第1日目はマインツです。今まで2回入ったことがあるのですが、オペラは初めて、いえいえ泊まるのが初めてという町です。フランクフルトが近いので、フランクフルトへの出入りに、乗り換えで利用することは多数です。バンコクからの夜行便で、そこそこの睡眠は取れたのですが、疲れは取れるわけではないうえに、今日は、道に迷いに迷ったために、想定外の時間を使い、新たな疲労もたまり、夜のオペラが惨憺たるものとなりました。メーンはオペラなんだからと、それに合わせた昼間の行動を執るように心がけているのですが、今日は、それができませんでした。マインツの基本的な地理は、今までの経験で解っているつもりが業をしてしまったようです。ホテルの位置が悪く、迷走に次ぐ迷走でした。初めてのところ、初めてのホテルという場合には、まず歌劇場へのルート確保に動きますが、端から間違い、目的地はドームの前だと判っていながら、なかなか着けない。グーグルの地図を用意していってもダメでした。しかも、ドームが見えているのに行けない有り様。往きだけではなく、帰りも迷走。そもそも同じ道を戻っても遠回りなのに、更に、その道すら間違ってしまう有り様。疲労困憊、汗だく、仮眠すらとれないまま、オペラへとなれば、ダメでした。そないな迷走の合間に行ったのはドーム。半ば以上、ドーム内で休憩するためでしたが、ここの廻廊は素晴らしい。初めて来たときの感動が甦ってきました。今日は宝物館などへは入らず、近くのグーテンベルク博物館へ。そこへかけてのマルクト広場には市が立っていました。初めて来たときもそうだった記憶が甦りました。グーテンベルク博物館は、マインツ3度目にして、ようやく入ることができました。15世紀ものの印刷本から始まり、印刷の歴史を追いかけたり、本に係わる装丁や装飾、印刷術のルーツとなる東洋の印刷、印刷に使われた道具とまあ、2時間近くも楽しませてもらえました。東洋の技術の展示は、ドイツ人には人気がないようで、人は入口だけ覗いて去って行く場合が多いようでしたが、黄紺的には、浮世絵を見たり、清州(韓国)の古印刷博物館で見たのと同じミニチュアの人形による印刷風景の再現などを見ることができ、ちょっと興奮気味。ただ、中国の王朝の説明文に間違いを見つけてしまったのが、残念なところでした。夜のオペラは、マインツ州立劇場小ホールであった「真夏の夜の夢」(ブリテン)を、ドイツでは初めて観ることになりました。当初、マンハイムに行く予定を立てていたところ、なかなか観る機会のない「真夏の夜の夢」を発見し、マインツに飛び付いたという代物だったのが、悲しい現実に遭遇したというわけです。ですから、メモだけ残しておくことにします。装置は、屏風状の壁を、場に応じて伸縮させて使うだけ。ただ、その壁が開閉できるようになっている部分があるというのがミソ。フェアリー(多数の少年少女合唱団)の出入りに使うのが、とっても効果的でした。また、壁で囲いを作ることができ、馬頭の男とオベロンの妻の寝間に使う工夫がされたり、最後の職人の劇は、壁を狭めて屋内ホールを作っていたりして、なかなか使い勝手の良いものになっていました。パックは、若い女性の役者が務めました。黄紺は、今まで、この「真夏の夜の夢」は、2つのプロダクションを観ていますが、いずれも男性だったものですから、とっても新鮮な印象。何度か、このオペラを観て、そして、このマインツのプロダクションに出会い、このオペラって、こうした小さめの空間に、とてもいい感じになることを発見しました。オベロン夫妻やフェアリーの出てくる幻想的な雰囲気の中に職人を取り込むというコンセプトと違い、オベロン夫妻の言動って、とっても下世話なことなわけですから、職人たちの世界をベースに、そこに忍び込む人たちっていうか神々なんてした方が、音楽で、ブリテンは幻想的な雰囲気を用意してくれていますから、わちゃわちゃした人間喜劇になるように思えました。きっちりと観ることができていれば、その辺の良し悪しを、もっとしっかりと書けていたかと思うと、余計に残念です。黄紺の客席の周りは、どうしたかげんか、若い人ばかり。ストーリーがおもしろいからかなぁとか、うまく、それにマッチした音楽がいいからかのかなぁとか、いえいえ、知り合いの子が出てるしかなぁと思ったりしていましたが、彼らの集中力が、どんどん終盤にかけて高まって行っているのを肌で感じるにつけ、黄紺が覚えた肌で感じたドイツのオペラ事情を思い出しました。ブッフォ系のオペラのおもしろいプロダクションには、若い人たちが集まる、口コミ、ソーシャル・メディアで広まってるのではと勘ぐっているのですが、若い人たちが多く来ているときのプロダクションは、確かにおもしろいのです。このマインツのプロダクションも、それだった可能性を感じてしまいました。そうならば、やっぱ、ドイツってすごいなぁと思ってしまいます。

本日の食事。朝は機内食。機内食の朝の定番オムレツは、高カロリーだから嫌なのですが、選択の余地なしでは仕方ありません。案の定、空腹感は感じないまま。夜は、マインツ中央駅に降りたとき、珍しい看板を目に止めていたために、わざわざ食べに行きました。食べものとしては、珍しいわけではないのですが、売り方を見たことなかったのでということです。焼きそばボックスならず、パスタ・ボックス。パスタは選ぶことができたので、アラビアータにしました。

>HP「黄紺のお部屋」の引っ越し先です↓
http://slacivert.html.xdomain.jp/index.html
 

フランクフルト空港から(6/2 朝)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月 2日(金)15時21分10秒
  今回の旅行は、前半をドイツでオペラを観て過ごし、後半は、タイ東北部を巡る旅をします。そのために、敢えてタイ航空で飛行機を押さえました。帰りは、バンコクで降りるからいいのですが、来るときは、バンコク経由になりますから、ドイツ入りが、丸1日仕事になりました。幸い、バンコクでの乗り継ぎ時間が8時間ほどあるので、ちょっとだけバンコクを歩こうかと思い、長蛇の入国審査の列に並び、ようやく順番が回って来ると、「入国はダメ」「4階の出発ロビーへ行け」に愕然。結構、食い下がったのですが、ダメの一点張り。諦めると、ボーッと待つだけになってしまうので、人の流れをさばいている係官に訴えると、その中の1人が、「他の人だったら行けるかも」なんて言ったものですから、また、長蛇の列に並びました。そしたら、2回目は、トランジットであることを確認したうえ、入れてくれました。これが、今まで、何度か経験しているお姿。ランディングしてから、2時間以上してから、ようやくタイに入れました。バンコクでは、時間もないということで、エアポートリンクのラーチャプラートプ駅からBTSのチットロム間という、既におなじみのところを歩いてみて、ちょっとだけ、タイの蒸し暑さと香りを味わってきました。日本の夏の蒸し暑さを早取りした気分で、途中、トイレを借りに入ったショッピングセンターのクーラーで、一息つがねばなりませんでした。去年。この蒸し暑さにまいったのに、また来てしまったのを、ちょっと後悔した瞬間でしたが、夕食に食べたパッタイの美味さで帳消しです。フランクフルトには、午前6時16分到着でした。昨年の暮れに来たときもそうですが、朝が早すぎるので、空港待機にしています。たとえ、今夜宿泊予定のホテルが荷物を預かってくれても、そのあとが困りますので、程よい時間まで、空港待機にすることにしています。快適だし、トイレはあるし、、、今日は、このあと、フランクフルトではなく、マインツに向かいます。

>トルコ・サッカー
トルコ杯の決勝で、PK戦の末に、コンヤ・スポルがバシャックシェヒル・スポルをくだしました。
マケドニア代表戦&コソヴォ代表戦のメンバーが発表されましたが、ユスフ・ヤズジュ(トラブゾン・スポル)が、ついに代表入りしました。彼の出すパスで、ジェンギズ・ウンデル(バシャックシェヒル・スポル)がゴールなんて図が出れば、トルコ中、そして、黄紺がしびれます。

>HP「黄紺のお部屋」の引っ越し先です↓
http://slacivert.html.xdomain.jp/index.html
 

レンタル掲示板
/191