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コラート(ナコーンラーチャシーマー)から(6/14)2

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月15日(木)08時20分59秒
編集済
  タイでは、唯一の連泊です。連泊のわけは、コラートの近郊の町ピマーイへ行くためでした。今回、黄紺が旅するタイ東北部は、歴史的には、クメールの影響の強かったこともあり、各地にクメール遺跡が残っているようですが、その中でも、最も規模の大きなものと言われるのが、ピマーイ遺跡だということのうえ、調べてみると、とっても行きやすいということで、も、これだけ行けば、クメール遺跡に行った気分になれるだろうということで、行ってまいりました。ガイドブックの指示通りに行動すると、あっさりと目的地に到着。確かに、見ごたえのあるスケールに圧倒されました。あまりにも、立派な形で保存されているので、驚いていたのですが、あとで行った国立博物館の展示で、修復前の写真を観ることができ、その修復、再建の実態がよく判りました。やはり、熱帯の自然の前には、いかな巨石遺跡とは言え、太刀打ちできなかったのでしょうが、発想を逆転されれば、それだけの規模があったればこそ、修復をすることが可能であったかが解ります。今日の予定は、ピマーイに行くことだけでしたから、ゆっくりと、でも、ゆっくり過ぎると、暑さに負け、腰も危なくなってくるということで、自分の体力と相談しながらの見学。コラートに戻ろうと、バス停に向かっていると、一早く、バス停を出てしまったバスが、角を曲がり、こちらに向かってきたので、大きく手を振り、乗せてくれのジェスチャーが功を奏し、呆気なくコラートに帰還。そのタイミングで、雨が降り始めました。ピマーイの方は、天気は良かったのですが、コラートの方は、朝から気になる天気だったために、予想された雨。ただ、今日は、昨日行ってなかったナイト・マーケットに行こうかと思っていたところに、この雨ではいけません。結局、スコールになった雨が止みかけたときに、ナイト・マーケットの場所に行ってみたのですが、出店の用意をしていた屋台は、ほんの僅か。あっさりと、諦めることにしました。コラートは、これでおしまいですが、中心と呼べる場所は、黄紺にでも簡単に判ります。ターオ・スラナーリ像という判りやすいものがありますからね。でも、これぞという繁華街がないですね。ですから、雑然と、同じよくな街並みが、ずーっと続いていると言えばいいでしょうか。昨日書いていた旧市街ですが、はっきりしています。現在の姿ではなく、旧市街の周囲は、きれいに堀で囲まれていますからね。余談を1つ、街歩きをしていて、日本料理店を2軒見つけたのですが、そのネーミングがおもしろくて、というかくさいので書いておきます。「陽だまり」「みちづれ」なんてのでした。

本日の食事。朝は、ホテルの近くの食堂で。タイのスープ味の特徴かなと思う、うっすら甘味のあるスープのラーメンでした。そして、夕食は、ナイト・マーケットの場所に、僅かに出ていた屋台で「ピリ辛挽き肉丼」です。昨年のタイ旅行で、初めて食べたもの。どうやら、屋台では定番のもの。今回も、見つけたら最初に食べようとしていました。でも、辛かったぁ。

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コラート(ナコーンラーチャシーマー)から(6/13)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月14日(水)11時25分49秒
  タイに入りました。ハノーファーからフランクフルト空港に戻り、今朝の6時少し前に、バンコクに到着。直ちに、北バスターミナルに移動して、コラートに移動。前回、切符が買えなくて慌てた北バスターミナルでは、あっさりと切符も買え、もう、その15分後には、北バスターミナルを出発していました。北バスターミナルへの移動も、前回来たときに、とっても判りやすい方法を見つけていましたから、順調満帆とは、正にこういった状態です。バンコクからコラートまでは4時間半かかりました。コラートに入る直前に、昼食休憩を取ったのと、ついでに、バスがちょっとした修理に時間を当てたからで、正味は4時間というところでしょう。コラートのバスターミナルから市内への移動も、親切な警備員さんが世話をやいてくれて、これも、あっさりと移動。これだけ思いのままに行くと、気持ちが悪いですね。タイは、やはり暑いです。でも、気をつけて日影を歩いていると、今日は、いい風があったこともあり、気持ちがめげるほどまでの暑さではないので、助かっています。移動疲れもあるからと、このコラートでは2泊の予定にしており、今日は、街中を歩き、自分の旅行モードを、タイに切り換えるように努めました。幾つか、ポイントを決め、街中を歩くことにしたのですが、博物館や寺院は、カパルか工事中ばかり。ホントの街中ウォーキングになってしまいました。でも、ソンテオやトゥクトゥク、モータサイの行き交う姿、道端の屋台、街中の臭い、、、こんなのを味わうには、コラートは全くのタイの普通の町ってところでしょうか。ガイドブックには、旧市街、新市街の区別が記されているのてすが、目に入ってくる光景は、黄紺には、その違いが解らない。もう少し、足を拡げてみなければならないのかもしれませんね。タイに来ると、セブン・イレブンがたくさんありますから、ものを買うと言えば、日本より密度が高いくらいあるセブン・イレブンの看板を探せばいいのですが、ここで売っているアイスキャンディで、黄紺のお気に入りのものがありますから、早速、今日も買い求めて、かじりながらの街歩き。ターオ・スラナーリ像辺りは、街中公園って風情がありますから、夕闇のなかのそそろ歩きも、なかなかいいものがあります。陽も落ちていくにつれ、気温も少しであっても下がりますから、街歩きには助かりますし、つい2日前までいたドイツでしたら、オペラが終わっても、まだ真っ暗でないなんてこともありましたが、コラートでは、夜7時で、十分に夜ですから、頃合いの時間に、夜のぶらぶら歩きができるというわけです。あえなく、タイ1日目は過ぎていきました。

本日の食事。朝は、当然、機内食。機内食にオムレツが出ると、カロリーが高いせいか、黄紺のような者には、十分に夕方まで、お腹はもちました。夕食は、ぶらりと入った食堂。なんと、きれいな日本語を喋る方がいて、あっさりと食べるものも決定。お顔立ちといい、日本人かもと思ったほど、きれいなというか、日本で覚えられた日本語でしたので、その旨、伺ってみると、やはりそうでした。タイに着いてから、何かにつけスムーズ過ぎます。この方との出会いもそうでした。で、食べたのは「肉入り野菜のたいたん」。きっちりと、食べものの名前を尋ねておけば良かったのに、失念してました。名前より、うまければいいのかもしれません。この野菜の煮付け、ほんのりと甘味のある薄味の食べもの、これを食べたくて、今回のタイ旅行を考案したのでした。初っぱなから、大正解。

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フランクフルトから(6/4)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月12日(月)20時24分38秒
  ★投稿したはずなのに消えていますので、再投稿しておきます。

ハーゲンから逆戻りをして、フランクフルト入りです。フランクフルト空港駅で列車の乗り換えが必要でしたから、全くの振り出しに戻ったということでした。このハーゲンからの移動は、ラインの右岸を通ったものですから、とっても速く移動できたのはいいのですが、トンネルが多く、ラインの欠片も見えませんから、窓からの景色は、左岸とはかなり落ちてしまいます。フランクフルトの午後は、チェックインが、午後3時までできず、しかも、荷物預かりも有料という最悪なホテルだったこともあり、比較的時間をゆっくり使えるフランクフルト植物園に行ってきました。この季節には、ドイツに来たことがなかったもので、候補には入れてあったのですが、ホテルのせいで行くことにするとは思ってもいませんでした。午前中は肌寒い気候だったのですが、植物園に入る頃には、太陽も出て、却って温もりが得られて、快適な気候になりました。日曜日ということもあり、園内には多くの人。ただ、春の花には遅いというので、思ったほど、園内は花盛りというわけではなかったのですが、バラ園だけは違い、まだ大丈夫でした。そして、夜は、フランクフルト歌劇場での「アラベラ」(クリストフ・ロイ演出)でした。今回のオペラ紀行の目玉の1つです。ロイもので、しかも、初の「アラベラ」、更に、目玉として、ブレンダ・ラエが、声質的には、歌ったことがないのではというズデンカを歌うというように、目玉に相応しいプロダクションだったのです。このロイのプロダクションでは、舞台の構造に特徴を持たせていました。舞台全体に入る白い巨大なボックスを、前後に仕切り、その境目に仕切り板4枚を並べ、その板をスライドさせて、舞台転換を図ったり、人の出入りをスムーズにしたりする工夫が成されていました。時たま、遭遇することのあるものですが、板をスライドさせながら、その背後で装置の変更などをするため、現場の人の苦労を感じてしまうあれです。その仕切り板の後部にだけ、装置が配備されており、前部は白く塗りつぶされた空間でしたが、それらの前部、後部の区分け、どのようなときに前部を使うのかを、類型的に、黄紺の力では把握できませんでした。そのような配置で終始した舞台作りでしたが、黄紺の目からしては、使いこなしたのは1幕だけじゃないかなと思ってしまいました。他の幕が不調だったわけではなく、こういった装置が、有効に活用できていたのは1幕だけだと思ってしまったのです。2幕では、人の出入りに活用されていただけで、1幕のような仕切り板を動かしての場面転換は見られなくなってしまってました。3幕では、ほぼ仕切り板は閉められ、前の舞台のみと言っていいでしょう、板を動かしたのは、人の出入りのために使ったのと、1幕のラストもそうでしたが、仕切り板を3/4ほど開け、後部の装置を取っ払い、真っ暗な中に、1幕だと、アラベラとズデンカ、3幕だと、アラベラとマンドゥリカが出かけて行くというもので、人物にだけうっすらと照明を当てるというもので、いずれも未知なる世界に足を踏み出すことを表していました。このように書いてきて、前後部に分けてきたわけについて、ひょっとしたらと思うものを思いつきました。人間関係の心理的な葛藤になると、前部を使ってたのかなという考えが、頭に浮かんできました。それも、アラベラの男性関係に係わることについて、そのようにしたなかなと思えてきています。歌手陣は、アラベラを歌ったマリア・ベングソンと、やはりズデンカを歌ったブレンダ・ラエに対する拍手歓声が圧倒的なものがありました。マンドゥリカを歌ったジェームズ・ラザフォードも、それに匹敵する歓呼を受けていたのですが、アラベラが一目惚れする体躯でなかったので、黄紺的にはマイナス点。もう一つ黄紺的には、マテオを歌ったペーター・マルシュを上回ったのが意外だったのですが、、、。声は通るは、一途さのよく出た歌唱に、このプロダクション随一と、黄紺は看たのでしたが。確かに、マリア・ベングソンはアラベラ歌手だなと思わせる素敵な歌唱だったことは認めますし、ピアニッシモの美しさは、なかなか聴けないものを見せてくれていた一方で、わりかし頻繁に音程が不安定なところを見せていたのと、あと僅かのパワーがあればと思ってしまいました。ブレンダ・ラエに対して、4階席から声がかかるかと思うほどの歓声。そんなはずはなかろうというのが黄紺的判断。この人、上手いのだけど、あと僅かのパワーが欲しいと思ってしまうのは、いつものことでした。ですから、1幕のアラベラとズデンカの極上のデュエットが、微妙にいい感じだったのが、ちょっと複雑な気持ちになりました。終演後、ブレンダ・ラエに花束が送られ、何やらセレモニーがあったのですが、内容は聞き取れず、残念な気分。多少は不満も残りはしたのですが、貴重な「アラベラ」体験は、間違いなく記憶に残ることでしょう。

本日の食事。朝は、定番のもの。今日は、ヨーグルトに替えてライス・プディングにしたのが、ちょっとした変化でした。夜は、歌劇場に行く道すがら、ミニピザで軽く済ませました。ホテルの位置を考え、フランクフルトで定番のタイ料理屋さんはパス。郊外に宿を取ったときの夕食パターンを採用しました。

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フランクフルト空港から(6/12 昼)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月12日(月)20時12分41秒
編集済
  ハノーファーから、ゆっくりとICでフランクフルトに移動。あっさりと、今回のドイツは終わりました。10日前の早朝にフランクフルトに着き、時間つぶしをしていたのから、もう10日も経っていたのですね。ゲート前に落ち着いてから、この10日を振り替えってみてたのですが、ハーゲンの田舎道やリューデスハイムなんてのも行ってたんだと思うと、わりかし盛りだくさんですし、マンハイムでは「教皇」展なんて行ってました。ベルリンでは、ナチス絡みの展示、監獄跡まで行ってました。主目的のオペラは、やはり、この時期のメニューは、変化があります。それも、10日間で、フランクフルトから出てフランクフルトに戻る、6/8と6/9にはベルリンに居るという条件で組んだスケジュールのわりには、なかなか重量感があり、ブッフォも散らばりとなっていました。おもしろかったのは、ベルリンの最初の2つ、「ナブッコ」と「ファウストの劫罰」、それに、マンハイムの「エレクトラ」に惹かれました。何かエスプリの効いたプロダクションに、いい歌手陣、指揮者が加わると、最強です。期待の歌手陣が、その期待を裏切らなかったのは、嬉しい限りです。モナストゥルスカヤを聴きたくて組んだ旅行でした。モナストゥルスカヤだけではなく、アンドレアス・シャーガーやキャサリン・フォスターを、ヴィースバーデンやマンハイムで聴けたのですから、これも記憶に留まることでしょう。

さ、これからほ、頭を切り替えて、もう1つの楽しみ、タイに向かいます。おいしいものを食べたくて、タイに行ってきます。暑さに負けないようにします。旅行半ばで、暑いところへ行くプランは、ひょっとしたらまずかったかなと、ちょっと気弱になりながらのタイになります。

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ハノーファーから(6/11)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月12日(月)12時15分13秒
  ベルリンから、今回のドイツ最後の町ハノーファーに入っています。カッセルからベルリンに入ったときも、ハノーファー乗り換えでしたから、単に引き返しただけです。今日は日曜日ということで、ハノーファーの町は閑散としています。この春も、最後がハノーファーで日曜日でしたから、全く同じ風景を見たことになります。おまけに、オペラが午後4時開演ということですので、端からハノーファーで、どこかに行こうというのは無理と考え、ゆっくりとベルリンを出てきました。今回のハノーファーでは、感じのいいトルコ人経営のホテルに投宿。ハノーファーに泊まるなら、年に1度は泊まろうと決めているホテルです。ただ、ちょっと歌劇場からは距離があるのが残念なところです。黄紺も、いきなり「メルハバ」で入っていきます。すると、トルコ語を喋る黄紺に「サイグ」と言ってくれた方が、「覚えてますよ」と一言。それだけで嬉しくなっちゃいます。ハノーファーの街は、念のために、歌劇場へのルート確認のついでに、アルト・シュタットに行っただけ。時間がないときは、どうしても、こちらに足が向きます。頭の中には、クリスマス・マーケットの賑わいが映し出されています。そして、夕方からは、ハノーファー州立歌劇場での「愛の妙薬」(トビアス・リビツキ演出)でした。黄紺は、「愛の妙薬」という有名なオペラを観る機会は少なく、ドイツで観るのは初めてとなりました。一言で言えば、着想は凝ったものなのですが、それを、舞台上で表現可能なのか、そこに引っ掛かってしまったままの状態です。最初から緞帳前に「LIEBESTRANK」の文字が。ところが、序曲が始まり、ほんの僅かの間隙をねい、「T」の字が崩れ落ちます。そこへ、ドゥルカマーレ役の歌手が現れ、修復をするのかと思いきや、「T」ではなく「K」を付けていくという洒落たことから始まったこのプロダクション、何かあるなの予感、それが、ベルコーレが出てきたあとの村の賑わいで、一旦、幕が下がり、カーテンコールまであります。そして、再び、幕が上がると、それまで使われていた装置が片付けつつある光景が現れ、そこでオペラは進んでいきます。やがて、舞台からは、装置が一切消えるのですが、オペラは続きます。アディーナは、衣装を半分脱いだ格好で歌っているのに対し、ネモリーノは衣装のまま、着替える暇もなく、アディーナに話しかけているといった風情です。更に、念を入れるかのように、新たに運び込まれた装置は、裏返しに配置され、中幕が閉められ、ほんの僅か開いている奥には、に「LIEBESKRANK」の文字の掛けものが見えますから、そうそう、練習用と思えるピアノも出されていましたので、舞台で起では、「愛の妙薬」というオペラを演じる歌手たちの恋物語の行方を見守るということになります。ですから、それ以後の歌手陣は、普段着で出てきます。途中、オペラの中のオペラで表すときは、衣装を着けてとなる趣向です。ドゥルカマーラは、舞台裏では、オペラの小道具類を扱う人って感じで現れますから、ワゴンにものを乗せて、うろうろしている人というところです。そのドゥルカマーラが文字いじりを、あと2回やってくれます。「LIEBE?」→「LIEBE」と変わると、フィナーレが近づくという趣向です。「?」は「S」をひっくり返し、下に「、」を付けていました。しかし、ハノーファーのプロダクションは、何かやってくれます。こういった遊び心溢れるプロダクションに出会えるのは、ハノーファーとブレーメンですね。歌手陣は、ネモリーノを歌ったキム・ロビンがもの足りなかったですね。この手のテノールって、やっぱ人材不足なんですね。ドゥルカマーレのトビアス・シャーベルと、ベルコーレのマティアス・ヴィンクラーという男性低声部の2人は安定。とってもいい印象。そして、アディーナのアタナシア・ゼーラーは、歌唱が、ちょっと粗削りだけど、華がありました。それだけで、オペラ自体が楽しくなる要素になりますね。

本日の食事。朝は、ホテルの食事3日目、今日もトマトを買っておきました。夕食は、オペラが終わってから。店が閉まっていますから、シュタイントーレのトルコ人の店に行くか、中央駅に行くしか思いつかなかったため、まだ、今回食べてなかった焼きそばを求めて、中央駅の雑踏に向かいました。

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ベルリンから3(6/10)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月11日(日)18時18分46秒
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  ベルリン3連泊の3日目です。やはり連泊は楽です。しかも、朝食付きですから、とってものんびりできます。今日の昼間は、迷った挙げ句、シュパンダウ城塞の再訪にしました。新しいところを開発する前に、懸案のところにケリをつけておこうとの判断を優先しました。昨年の暮、一度行ったことがあるのですが、時間切れで、行き残したところ、不十分にしか観ることができなかった博物館ができてしまったのです。城塞内には、幾つもの博物館があり、それらの位置が、初めて行った者には、とても判りにくく、館員の方に、「どこそこに行ったか」と尋ねられ、初めて知った博物館も出てくる始末でした。黄紺は、城塞だから城塞を観ればおしまいの気分で行ってたもので、教えられた時間帯が悪く、引き揚げの時間が迫っていたため、もう、その段階で再訪を決心したという記憶があるところだったのです。今日、再訪してみて、城塞の成り立ちなどを紹介する、最も基本となる博物館を抜かしていましたし、そこから連なる搭も、初めて行くことになりました。搭の最上部に上がり、自身の目で、ようやく、この城塞の立地条件の良さを確認できました。考古学博物館は、前回は走り抜けたところ。ゆっくりと見学をして、ようやく城塞の変遷を知ることができたというわけでした。あとは、城塞の細かな道歩きは、前回済ましていましたので、残りの博物館を、流しながら回れば、そないに時間を要するポイントではないことが判明。前回は、真冬のなか、屋外を歩き回るという、なかなか頑張ったことをしたものだと、我ながら感心してしまいました。シュパンダウの街歩きを残していたということもあり、最後は、ドイツ鉄道のシュパンダウ駅まで歩いて、2度目のシュパンダウを打ち上げました。そして、夜は、ベルリン・ドイツ・オペラで「さまよえるオランダ人」を観る日でした。このクリスティアン・シュプックのプロダクションは、今シーズンにプレミアを迎えたもの。そないなことを考えると、今回のベルリン3連続は、重量感たっぷりということになりました。今どきのプレミアだからということで、かなり斬新なものを求めていたのですが、結果をみると、どうやら、そないなことは言えないようだということが、黄紺にも判ってきました。春にハノーファーで「オランダ人」を観たときは、テキストから「海」「船」を省いても成り立つということを示したプロダクションでしたが、このベルリンのプロダクションもそうかと、一瞬思ったのは事実ですが、このプロダクションには、「海」に繋がる「水」は出てきます。 三方大黒と思える状態で、前奏曲から舞台は動きます。しがなそうな男が、サイドの壁にへたりこんでいます。これがエリックだと、なかなか気づかないままだったのですが、このあとも、舞台の壁に沿って彷徨する姿を、全編、このオペラでは見せるのが、このプロダクションのポイントかと思います。照明が暗く、視力の落ちている黄紺には判りにくかったのですが、やがて明確になります。正面背後に2つ、大きな扉があり、そこからの出入りがあること、その前の床が、横一面に水であるということで、「船」は出てきませんが、ここで、常に「水」を意識させる仕組みになっています。舞台の右側に、シートに包まれた大きな包みが、最初から置かれています。ものは、何か判らないのですが、糸紡ぎの場に入る短い間奏曲の間に、その物体は中央に動かされ、シートも剥がされるだけではなく、上から降りてきた鉤に引っかけられ吊るし上げられると、広間を作る空間ができるという仕掛けで、シートの中にあったのは、紡ぐ姿を見せるための道具に腰掛けでした。屋内の場面が終わり、水夫の合唱となると、それらは、2分割され、舞台左右奥隅に片付けられ、また上からシートが被せられました。あとは、照明を駆使して、その奥の物体を意識させないようにするというもの。上から吊るされていたシートは取り替えられ、今度は、左上にだけ、シートが吊るし上げられたのですが、その意味するところは、最後まで判らずじまいでした。人の動き的に気になるところをピックアップしておくと、エリックの動きは終始気になるということは、既に書いた通りですが、そのエリックが、最後、ゼンタを刺し殺します。しかし、そのゼンタの亡骸は、群衆が囲み、群衆が去ると、ゼンタの姿は消え、ラストはエリックだけが、舞台に残るというものでした。この姿が消える、また、その逆について、似た箇所、しかも、とっても気になるところで使われています。要するに、オランダ人の登場は、水夫の中から、突如現れたというものですし、消えるのも、ゼンタ同様、群衆の中にでした。群衆が群がる中に入り、群衆が散らばると、もう姿は消えているというものです。ですから、オランダ人も、更に、それだけではなく、ゼンタも可視的な存在だったのだろうかと思わせられてしまうところです。となると、このプロダクションのキーパーソンと考えられるエリックの妄想、、、なんてことなんでしょうか。歌手的には、このプロダクションの問題の人エリックを歌ったトマス・ブロンデルが、悩める男を好演。この日一番の歌唱と看ました。オランダ人を歌ったサミュエル・ユンは、最後のゲッツ・フリードリヒの「指環」で、ヴォータンを歌った人だったので期待したのですが、声にごっつさが物足りなく、この手の役柄に向いていると言えるのか、疑問に思ってしまいました。ダーラントのトビアス・ケーラーは、特に高音が不安定で聴きづらくなることが再三再四。大きな拍手を受けていましたが、黄紺には疑問。ゼンタのインゲラ・ブリンベルクは、なかなかいい声の持ち主でしたが、ゼンタの憑かれたようなキャラ出しには、明らかにもの足りものを感じてしまいました。しかし、エリックが、一番目立つようでは、「オランダ人」のキャスティングとして、どうなんでしょうか。でも、このプロダクションでは、エリックが目立っていいと言えばいいのですが、、、。オケは、ドナルド・ラニクルズが率いました。この人の指揮する公演になかなか当たらなかったのですが、さすが、今季のプレミアということで、彼の指揮に当たることができました。

本日の食事。ホテルの朝食には、野菜系が用意されていないということで、今日からは、自分でトマトを買っておくことにしました。これで、気分的に楽に。お肉の多いドイツでは、野菜の確保に気を使います。夜は、ホテルの近くにベトナム料理店を見つけてあったので、こちらで、「ガ・カリ・ド」と名の付いた「チキン入りココナッツカレー、生野菜たっぷり乗せ」てなものを食べました。チキンカレーに、生野菜のサラダが、思いっきりたっぷり乗っかっている図を想像してもらえばいいかと思います。生野菜とココナッツカレーを混ぜると、野菜のしゃきしゃき感もあり、とっても美味でした。盛りだくさんな野菜を食べたものですから、朝のトマトは余計だったと思っでも、後の祭でした。

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ベルリンから2(6/9)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月10日(土)16時33分19秒
  ベルリン3連泊の2日目です。ベルリンに入ってから、じりじりと気温が上昇。今日の午後は、正に6月の気温に戻ってしまいました。昼間は、メルキッシュ博物館へ。初めて行くことになったのですが、今、こちらで、「ベルリン1937」という特別展が開かれているということで、予め目を着けていたのでした。1937年という微妙な時を選び、ドイツ社会の様々な局面が、ナチスの独裁政治に組み込まれていく姿を伝えてくれてました。通常展にも入ってみたのですが、腰に不安を抱える黄紺は、残念ながら流しただけ。またの機会に回すことにしました。帰り道、寄ってみたアレクサンダー・プラッツでは「アフリカ・フェア」のブースが立ち並んでいました。ただ、今日の午後は、気温が急上昇。振り出しに戻る暑さだったため、ざーっと流しただけ。惜しいことをしました。そして、夜は、ベルリン国立歌劇場の「ファウストの劫罰」(テリー・ギリアム演出)でした。サイモン・ラトルが振るということで、今回のオペラ紀行の1つの目玉としていた公演です。テリー・ギリアム(モンティ・パイソンの1人)のプロダクションは、今季プレミアを迎えたばかりのもの。毎度のことながら、「ファウストの劫罰」はオペラ化するのが難しい作品。特に、メフィストフェレス(  フロリアン・ベシュ)が出てくる前の序盤の部分の捉え方、更に、それを踏まえた全体のイメージが難物だと思っている作品ですが、テリー・ギリアムのプロダクションでは、その辺りを意識してか、これ以上ない明確さをもって示してくれたかと思いました。メフィストフェレス前は、やはり人間の営みの振り返りだったと言えると思います。バレエを使い、村の賑わい、男女の戯れ、暴力(前方にスクリーンを降ろしアニメーションと重ねていました)。装置も、今どき珍しいヴァナキュラーな風景を使い、人の営みの振り返りを強調しているようでしたが、そこに、異質な、傾いた、内部の模様が幾何学的な線で作られているボックスが登場します。ヴァナキュラーの世界を彷徨するファウスト(シャルル・カストゥロノーヴォ)は、それまで出してきた世界の人物ではない、そこまでの世界は、ファウストの想念のなかだったことを思わせられます。アニメーションで、暴力を表す最後の方で、ハーゲンクロイツが出てきます。暴力の1つとして出したのだろうと思っていたところ、メフィストフェレスがファウストを連れ出した世界、なかでもマルガリータ(マグダレーナ・コゼナ)の出てくる世界は、ナチス統治下の世界となっていました。ファウストをマルガリータから引き離すのも、メフィストフェレスの仕業、則ち、マルガリータの家にユダヤ人マークを貼り付け、2人を引き離すようにしむけ、ファウストを追い込んで行く、これら全て、メフィストフェレスの計画になっているとしていたのですが、、、となると、序盤の人間の営み、それを、ファウストが体現していると考えるのが自然な流れと思いますから、となるとです、人の営みが、ナチス的な暴力を導きだし、悪魔に魂を売ったことになります。そして、そこからの救いは、ファウストが、最後に示したマルガリータへの愛と考えるのが自然でしょう。このファウストとマルガリータの逸話というものを、人間の営みと置き換えて読めばいいのかな、いや、そうでないと、序盤のヴァナキュラーな世界での彷徨が生きてこなくなってしまいます。ただ、そうすると、人間の営みを、暴力という側面にだけ閉じ込めてしまったのような感じになってしまい、黄紺的には戸惑いを感じてしまいました。ファウストは、魂を売ります。すると、用意された車に、メフィストフェレスとともに乗ると、前幕(半透明)が降り、幕に映すアニメーションと舞台の歌手&役者(車を引くメフィストフェレスの手の者)とのコラボが始まり、ついには、何やらに激突し、大きく火の手が上がります。これが、悪魔に魂を売った結末だったということになります。幕前に現れたメフィストフェレスは、仕事着から正装に着替え去って行きました。一件完了という風情でした。すると、舞台裏から、聖なるコーラスの響きが現れ、マルガリータの昇天の舞台(花に囲まれ横たわるマルガリータ)に変わり、オペラは静かに終わりました。主役3人の歌手は粒揃い。凸凹がないいいキャスティング。サイモン・ラトルの指揮は、決して過剰にならず、適所にアクセントの入った聴き良いものだったと思いました。しかし、圧倒的に記憶に残りそうなのは、テリー・ギリアムの演出でした。

本日の食事。ベルリンのホテルだけ、朝食付きということで、ホテルの食堂での定番のもの。リーズナブルなホテルなので、品数は豊富とは言い難いのですが、付いているだけで助かります。ただ、野菜系が一切ないというものだったため、夕食は、野菜補充を最重点に考え、ホテルの真ん前にあるトルコ人の店で、ドネル・サンドイッチにしました。今回2回目となります。ファラーフェル・サンドとともに、野菜分の不足を感じると、お世話になっております。そんなで、今日の買い物で、トマトを買っておきました。

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ベルリンから(6/8)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月 9日(金)17時12分6秒
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  カッセルからハノーファー経由で、ベルリン入りです。冬や春と違い、どの列車も混みあい、辛うじて座席を確保しての移動が続いています。今回は、ベルリンの宿代が、何かあるのか高騰気味、環状線の駅が最寄となる場所での投宿となりました。幸い、歌劇場に行くには、さしたる支障がないのが助かっています。今日の午後は、ホテルから行きやすいということもあり、プレッツェンゼー記念館に行ってまいりました。多くの人が処刑されたナチス時代の監獄跡が、「独裁政治を記憶する記念」として、その一部が公開され、展示も行われています。そこから中央駅のバスに乗り、ハッケーシャーマルクト界隈を散策。ハッケーシャーマルクトの駅前には、木曜日だと青空マーケットが出るのです。ここで、いつものように出ているトルコ人の料理が美味しくて、また食べてしまいました。6月だからでしょうか、サーレップチは姿を見なかった替わりに、その辺りには、南インドを掲げた屋台、ファラーフェルを売るアラブ人の屋台という、今まで見たことのなかった店を見ることができました。そして、夜は、この公演を観たいがために、今回の旅行を計画し出した、ベルリン・ドイツ・オペラで「ナブッコ」(ケース・ワーナー演出)を観てまいりました。リュドミラ・モナストゥルスカヤがアビガイーレを歌うということが狙いだったのです。ちょうど、彼女がメトロポリタンを登場して、世界的に存在をアピールした、その同じシーズン、フランクフルトでトスカを聴いて、とにかく驚きました。パワー、強い声、とにかく桁違いだったのです。ロンドンで歌うことが多いようだと知ったときには、ロンドン経由でドイツに入ろうかなんて考えたこともあったほど、驚かされてしまっていたのですが、その彼女がベルリンで歌うということで、今回、ベルリンにやって来ました。正に圧倒的な歌唱でした。中低音域に磨きがかかっていますし、高音から低音へ飛ぶときの正確さ、そういったときに響かせる低音のすごさは、何度ものけぞってしまいました。逆に、序盤、高音に不安定なところを、チラッ見せたのが、ご愛敬って感じを与えていました。そんなで、モナストゥルスカヤ中心で追いかけた「ナブッコ」でしたが、ケース・ワーナーのプロダクションって、以前、フランクフルトで「ヘンゼルとグレーテル」を観て、頭を抱えたことがあるのですが、わりかし考えさせられるというか、難解なんですよね。このプロダクションは、基本的に廻り舞台の活用で進行するのですが、固定した装置は、大きな円筒形の造りもので、内側は螺旋階段が設えてあるというもので、それ以外は、カーバ神殿型をした大きな巨大な造りものは、上下左右に動かし、建物に見えるかと思うと、吊り上げられて、内側から群衆が出てきたりと、位置を変え足り、消えたり現れたりして、変化を持たせていました。両サイドには、終始、城壁を思わせる壁が設えられていたことは間違いないのですが、背後は、壁にしたり大黒にしたりしてたのじゃないかな。照明で見えたり見えなかったりしていましたから、はっきりとは判りません。振り返ってみて、このプロダクションは、内と外の目まぐるしい変化を表してたのかなぁというのが、終わってしばらくしてから思い浮かぶようになってきました。このオペラの台本って、あまりにも唐突に、人を現したり、王座の変遷が起こります。今まで、友人らと「ナブッコ」を話題にすると、台本はハチャメチャ、でも、音楽は素敵、これを前提に話は進んでいっていました。が、今日、このプロダクションを観て、初めて、台本を肯定的に捉える目を知った思いがしたのです。内なる者が内あれば力を持ち、外なるものを、どんどんと内へと取り込み力を拡大していく。内なる者が、内なる外に排除されるのが、アビガイーレによる力の掌握だとすれば、外だったものが内になり、内なるものを取り込み、新たな内を形成したときに、このオペラは終わる。外なるものが内になる、これは、ありえないことであるはずなのがありえた、それを成しうるのは神だけだ、そないなことと考えると、この台本が生きるとしたのが、このプロダクションでしょう。ナブッコが、神の怒りをかい、地に倒れると同時に、舞台では、ナブッコと他の人たちの間に、仕切りが引かれてしまいます。一挙に、ナブッコが外になった瞬間です。ラスト、アビガイーレは倒れるのてわはなく、一人、城壁の外に出て、城壁を叩いて終わるというものでしま。内と外の瞬時での交替、これは、価値の相対性を表しています。そうだからでしょうね、衣装に時代性は見られません。冒頭、ヘブライ人の女性は、どこかの宮廷の官女のようなものを着ているのに対し、アビガイーレはキャリア女性のようなスーツで出てきますし、権力を握ると、ヴィオレッタかと思う艶やかなドレスで出てきます。という具合で、どことかいつ、そないな特定ができなくしてあることでも判るかと思います。モナストゥルスカヤ以外の歌手では、ザッカリアを歌ったエヴゲン・オルロフが良かったですね。ちょっと高音がきつい人でしたが。ナブッコを歌ったダリボル・エニスは、終盤こそ持ち直しましたが、権力溢れる支配者というには弱いでした。モナストゥルスカヤに対抗するには、ちょっと厳しい。フェネーナのジュディト・クトゥシはコントラルアルトっぽい声で、この役柄に合うとは言いがたいですし、イスマエレのアッティリエ・グラサーは、ま、平均点ってところかな。パオロ・アリヴァベニの指揮は、振幅を大きくして、解りやすい音楽を作ろうとしているようでしたが、ちょっと粗っぽく感じてしまいました。いずれにせよ、モナストゥルスカヤを聴けて大正解、このプロダクションに遭遇して、またもや、フランクフルトのあとと同様、考え込まされてしまいました。

本日の食事。朝は、定番の買い置きメニュー。いい台所があったので、調理をしたかったのですが、時間がなく止めました。夕食は、ハッケーシャーマルクトの屋台でトルコ食。プラサと挽き肉料理を2つ、皿に盛ってもらったつもりが、見てみると、ビベルの煮込みにピラフの炊き込みが入っていて、目をパチクリ。でも、美味しかったぁ。

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カッセルから(6/7)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月 8日(木)15時58分21秒
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  マンハイムからICE1本で2時間、カッセルに到着です。ドイツに来た当初は、日本と変わらない気候だったのですが、それから、どんどんと気温が下がり、なんか、今日なんかは寒くて、重ね着をしています。今回は、1日乗車券を買い、世界遺産のベルクパルク・ヴィルヘルムスヘーエに行くつもりだったのですが、その1日乗車券が、法外な高さ(他の都市の3倍)に驚き、急遽取り止め、前回に行かずに残しておいたヘッセン州博物館に行ってまいりました。主にヘッセンの成立から始まり、支配者の地方伯歴代を追いながら、やがてドイツ統一、そして、現代に至るまでの略史を、各時代の遺物を展示しながら紹介するというもの。膨大な数の展示物に恐れをなし、ここは腰を大事にということを先決に、駆け足で回ることにしました。変な天気で、その間も、雨が降ったり止んだりという不安定なお天気。前回は、わりかし街中を歩いたので、今回は、あっさりと引き上げ、夜に備えました。今回は、宿泊がプライベートルームということになり、これが大当たりなものですから、ついつい足が宿に向いてしまいます。去年のセルビアといい、ドイツでも、黄紺に当たるプライベートルームは、大当たり続きです。そして、夜は、カッセル州立劇場で「ロミオとジュリエット」(ジム・ルカッセン演出)。グノーのこの作品、とっても美しいメロディに溢れ、素敵なオペラなのに、実演に接する機会が稀れと言ってもいい作品なため、黄紺も、初めて観ることになりました。そういったレアものという意味で、今回の目玉に入れていたものです。カッセルは、なかなか貴重な作品を上演するということで、早くも、この冬にも、再訪の可能性が出てきているところでもあります。装置は、終始、城館の中庭を連想させる造りになっています。三方の壁が、そのように見え、廻廊替わりに、建築現場に見られる足場のようなものが組まれているのは、ちょっとしたお遊び。教会の場面は、正面の壁に、十字架を描いた大布を垂らし、祭壇などを置けば十分。一番困るのは、2人の臥し所。ここだけは、周囲の照明を落とし、正中に、その臥し所を出すというもの。更に、ラストの2人の死の場面は、正中に、円筒型の大きな台を設えるというもの。幕が上がると、仮死状態のジュリエットが、その台上に横たわっていました。動きとかでの変化、ほぼなしと言っていいかと思うのですが、ズボン役のステファノが自転車に乗り遊んでたくらいかな。そして、これは自信がないので、帰ってから調べなければと思っているのですが、ジュリエットの婚礼の場面が短縮されていたのではと、黄紺は看たのですが。上演機会が稀れな分、正攻法なというか、オーソドックスな演出が採りやすいということでしょうか。丁寧に筋立てを追うといったプロダクションだったかなと思います。歌手陣やオケは期待してなかったと書けば失礼に当たるのですが、1回でも、その歌劇場に足を運べば、そのあたりの瀬踏みはできるものですから、そのように書いたのですが、その中で、ジュリエット役のアニ・ヨレンツが抜けてたのじゃないかな。粗削りだけど、まずは声が出るというところを、それに加えて、華があると感じさせるものを持っていました。逆に、ロミオのキム・キュンホは華がなかった。ロミオは10代なわけですから、歌唱にしろ動きにしろ、その年齢を感じさせる、何かがないとおもしろくありません。そういった意味では、真逆だったと見えたものですから、ちょっと厳しい。ただ、高音をしっかりと押さえられる人で、時間はかかりましたが、終幕に向かい調子が上がっていったことは確かです。メルキューティオのユ・ハンスンは、いい声だなとは思うのですが、あまりに背丈が足りない。それ以外と括ってしまいますが、他の歌手は物足りなかったですね。オケピットには、アニヤ・ビフルマイヤー指揮のカッセル州立管弦楽団が入りましたが、残念ながら、ちょっと落ちますね。指揮に対する反応も敏感とは言えませんでした。なお、この公演には、4人もの韓国人歌手が出ていたのには驚かされました。韓国人歌手のドイツの歌劇場への進出は目立ちますが、同時に4人というのは、前代未聞でした。といったところで、公演についてのメモを記しましたが、「ロミオとジュリエット」というオペラっていいなの再確認をさせてもらえたことは嬉しい限りだったのですが、同時に、上演機会が稀れなのが、まことに惜しいとしか言いようがありません。

本日の食事。3日ぶりに、いつもの朝食に戻り、野菜分の補給も叶いました。夜は、珍しくインド・インビスを見つけたものですから、適当に「豆腐入り」の表示のあったものを注文。すると、ホウレン草カレーでした。豆腐は、白チーズの塊のようなものが入ったのですが、堅さも、それに近いもので、びっくりさせられました。考えたら、日本の豆腐は水っぽ過ぎますけどね。

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マンハイムから(6/6)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月 7日(水)17時16分21秒
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  ヴィースバーデンから電車を2回乗り換えて、マンハイムへやって来ました。春に来たときは、マンハイムのホテルが、やたらと高く、対岸のルードヴィヒスハーフェンに宿を取ることになったのですが、今回は、ルードヴィヒスハーフェンの方が、やたらと高く、マンハイムの中心街に投宿。マンハイムの中心には広いトルコ人街がありますが、その外れ辺りに投宿です。昼間は、まだ行ってなかったライス・エンゲルホルン博物館の特別展「教皇」に行ってまいりました。教皇の地位の由来から始まり、シスマ後の建て直しの時期まで、教皇がヨーロッパ政治の基軸を成していた時期の歴史を追いかけつつ、関連遺物を展示するという試み、ありそうで見たことのなかった特別展で、久しぶりにキリスト教史のお勉強をさせていただきました。基本的な史料は網羅しようとしたようで、その努力に敬意を表したいと思いました。そして、夜は、マンハイム国民劇場で「エレクトラ」(ルート・ベルクハウス演出)を観る日でした。今回は、ブッフォ系のオペラから始まりましたが、そのあとが、なかなかヘビーです。このルート・ベルクハウスのプロダクションは、1980年にプレミアを迎えた歴史的なものとの情報をプログラムで得ていたのですが、正に、それだけ長期に渡り生き残ったわけというものが、しっかりと黄紺に刻まれた素晴らしいプロダクションでしたし、今回のこの公演も、いい歌手を揃え、上々の成果を残していました。装置は、具象的でありながら、さもなくという印象が、第一のもの。柱状節理の岩壁の下の部分だけを取り出したような装置が、馬蹄型に配備されており、正面に、ギロチン台を連想してしまった入口があるという構造なのですが、その装置が、舞台に置かれているという感じで、その装置の周囲には、何もないスペースがあります。ですから、何やら手作り感のする舞台というのが、第一印象だったのですが、その周囲のスペースについては、ラストになり意味をなしてきていました。そのラストを除いて、全て芝居は、馬蹄型の岩壁の内側と岩壁の上で行われます。その芝居をどのような空間を使い行うのかの違いだけで、黄紺の知る「エレクトラ」というオペラは演じられていましたから、その意味では、スムーズに入ってきました。となると、登場人物たちが、どのように扱われているのかが、気になってきます。このプロダクションでは、エレクトラに、「狂」の字の付く一途さを強調するだけではなく、人間味も見せる、多少、柔和な側面も見せながら、芯は「狂」で表せそうな顔があるというキャラ作りだと看ました。クリュソテミスは、エレクトラに暗殺の誘いを受けながら、それを拒否しますが、腹の底はそうじゃないとのキャラ作りにしてあったのかと思わせられますた。オレステスが殺しをやってのけたあと、再び現れたとき、クリュソテミスの背後で、クリュソテミスと背中合わせで登場させ、オレステスの歌唱になると、クリュソテミスと180度回転して表を向かわせていましたから。そんなことがあり、今度は、オレステスを考えてみたときに、オレステスに奇妙な動きを執らせていました。オレステスによる事の成就に喜ぶエレクトラが、「アガメムノン」と歓喜の声を上げると、今度は、置き舞台(馬蹄型の岩壁)の外の空間を、短刀を降り下ろしながら走らせました。それを観た黄紺には、丸でオレステスは、人格も吹っ飛んだ殺人マシーンに見えました。母親を殺すことだけに生きてきた殺人マシーンに見えたのです。オレステスを、そのようなキャラに仕上げたために、エレクトラから「狂」のキャラを減じバランスを取ったかのように見えたのですが、果たして、そないな見方でいいのでしょうか。逆にクリュテムネストラは、その殺人マシーンを怖れる下世話な婆さん、ま、婆さんというところの強調が目新しいと看ましたが、キャラ的には違和感はありませんでした。音楽的には、アレクサンダー・ソディ指揮のレジデンツの演奏は、緊迫感、彩りの豊かさを味わわせてくれましたが、オケの弱さなのか、平戸間で聴いたからでしょうか、音の大切な重量感に、ちょっと満足できないところがありました。しかし、リヒャルト・シュトラウスの音楽って、ホント、すごいものがあります。次から次へと、どないな音が飛び出してくるのか、ハラハラするかと思うと、この上もない耽美的な音楽が出てきますからね。舞台上の緊迫を表すには、もう十分だったと思います。歌手陣は、とっても充実。狙いのキャサリーン・フォスターは、バイロイトでブリュンヒルデを歌っていながら、評価が高くないとの話を、友人から聞いていたのですが、なかなかどうして、どこから、そないなことが出てくるのかを、逆に考えてしまいました。唯一考えついたのは、マンハイム規模の劇場ならともかくも、もっと大きな劇場だと、パワー不足なんてなことになるのかなぁという点でしたが、黄紺は、実際には、マンハイムでしか聴いてないため、何とも言えないものがあります。また、いい体躯なのですが、小気味の良い動きもでき、芝居も上手いのですがね。クリュソテミスのミリアム・クラークも上等、クリュテムネストラのジユリア・ファイレンボーゲンは、歌唱だけではなく、役者としても見せてくれていました。一方、オレステスのトマス・ベラウは、ちょっと声や歌唱が穏やかで、殺人マシーン的演出にはそぐわないかな。という感じで、これらは黄紺的感想ですが、会場の反応に、見事に重なっていたのじゃないかな。キャサリーン・フォスターの登場では、「ウォー」と上がる歓声は、すさまじいものがありました。

本日の食事。昨日が祝日ということで、何も買うことができなかったもので、仕方なく、ヴィースバーデン中央駅で、乗車間際にパンを買い、電車の中で朝食にしました。夜は、マルクト広場近くで、フィッシュ&チップスにしました。ノルトゥ・ゼーで、これを売っていることを、昨年の暮だったかに見つけて食べるようになった代物です。ドイツ人は、フライドポテトが好きだから、こないなものも売れるのでしょうね。

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