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ハノーファーから(3/26)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 3月27日(月)16時43分52秒
  今日から夏時間が始まりました。それを、黄紺は、明日からだと勘違い。しかし、ケムニッツからの電車が出る30分前に気が付いた黄紺は、慌てて荷物をしまい込み駅へ駆けつけ、幸い、ライプチヒ行きの電車には間に合い、事なきを得ましたが、昨年に続き、同じ過ちを繰り返してしまいました。昨年は、ドレスデンからケムニッツへの移動の日が、この日でしたから、よく似た場所で、過ちを繰り返したというわけです。今日は、列車は、ダイヤ通りに、ほぼ近い形で運行されたものですから、あとはスムーズに、ハノーファーに移動。ただ、今日のオペラは、開演時間が午後4時ということで、ハノーファーの行き慣れた場所を歩けば、それでおしまい。ハノーファー州立歌劇場でのオペラは「さまよえるオランダ人」(ブレント・モッティ演出)でした。休憩なしの、2時間15分の通しでの公演でしたが、このプロダクション、装置が変わっている。「オランダ人」と言えば、「海」を「船」で「さまよっている」わけですが、その3つの要素の中から、「海」「船」の2つの要素を取っ払った、そういった装置になっていました。舞台には、3階建てのホテルのように見える建てもの。地上から2階へは、しっかりとした階段が付いているが、2階から3階への階段は、3階から少し突き出た感じで、あとはないというもの。建てものの2面に囲まれてスペースがあり、一見して、ホテルの中庭って感じを受けました。そのスペースに、舗装道路が繋がり、外部との繋がりを見せているようにも見える。ホリゾントには、微かに山中らしき風景が浮かび上がっていましたから、正に「海」を外す魂胆のプロダクションでした。要するに、「彷徨」、「呪い」「救い」といったことが、このオペラを構成するエレメントであるから、「海」「船」といった縛りは外しても、このオペラは成り立つという考え方です。そりゃ外せるものは外した方が、話に拡がりが出てきますから、、、ということは、頭では解っているつもりなのですが、なかなか慣れるには、時間を要しますが、第2場はいいとして、第3場はどうするのだらうということが、頭を過るようになってくると、このプロダクションの術中にはまってきている自分を自覚せずにはおれなくなっていきました。もう1つの特徴は、ゼンタ(カリネ・ババジャニヤンン) が、その辺りにいそうな「かわいい」を求めている女の子という感じにしてあり、「憑かれた」ような女という印象を削ぎ落としているように看えました。ダーラント(トビアス・シャーベル)も、従って、出張帰りのお父さん風情。じゃ、オランダ人(シュテファン・アダム)は何者となるわけですが、そう思ったら、これまた、このプロダクションの術中にはまってしまっているとなるわけです。「彷徨」する「外部」の人なわけですから、「判らない」でいいわけです。もしろ、「判らない」と思わせることができれば、プロダクションとしては成功となるわけですから。エリック(エリック・ラポルテ)に至っては、その辺の工場で働く技術者風情。日常を表象するが如き人物として登場してきてました。で、問題のラストですが、第3場の合唱のラストあたりで、急に横から、松明を持った男が飛び出して来て、持っていた松明を地下に通じる(奈落に繋がっている)階段へ放り投げます。すると、奈落から赤い照明が当たり、地下が火事になったとなります。実は、この地下に通じる階段があることを、ここまで、全く意識下にはなかったのですが、ここで、初めて視界入りました。ずっと燃え続ける地下、ここに、オランダ人は降りて行き、ゼンタも後を追うということで、2人の「死」を意識させ、同時に「救い」を想定させ終わりました。正直に言って、こないな手があったのかというところです。日本では、絶対に観ることのできないプロダクション。今回、哲学的におもしろかったなんてものには遭遇できなかったのですが、様々な工夫、もちろん読み替えも含めて、そういったものには出会えたかなとは思っているのですが、その最たるものかなぁなんて、今回観てきた17本のオペラを振り返りながら考えていました。歌手陣では、ゼンタがピカ一。中音域が、実にきれいな声の持ち主で、ゼンタのような役には、ちょっと向かないかもと思わせられるきれいな声の持ち主でした。あとの主要3役は、良さもあり物足りなさもありってところかな。ただ、このプロダクションに合った歌手を揃えたとなれば、それならば、大拍手をしたいと思います。オランダ人の凄みが足りなかった点や、ダーラントの軽さ、エリックのスタミナ、その辺が、計算ずくならばということです。なお、オケピットには、マーク・ローデ指揮のハノーファー・ニーダーザクセン州立歌劇場管弦楽団が入りました。

本日の食事。朝は、いつものように、パン、ハム、トマトにデザート(チョコ欠片入りヨーグルト)。この慣れきった朝食も、これが最後となりました。そして、夕食は、オペラが済んでから、ハノーファーのトルコ人街シュタイントーレで、「イシュケンベ・チョルバス」。ドイツは、何かにつけ、量が多いものですから、黄紺的には、量を、自分で調節できるチョルバは、全く好都合なのです。シュタイントーレのおなじみのロカンタに行ったのですが、狙いのタウク・チョルバスはなく、替わりにイシュケンベ・チョルバスにしたのですが、このお店、イシュケンベ・チョルバスにしては、塩味が効いていたり、上にバターをかけたりしていました。ドイツ風味っていうのかなぁ、こんなの。

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ケムニッツから(3/25)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 3月27日(月)16時37分36秒
  今回のオペラ紀行も、残すところ、僅かになってきました。今日は、ドレスデンからケムニッツへの長閑な移動。この2日は、ローカル線の旅です。1時間半弱で、ケムニッツに到着。去年は、このケムニッツに2回も入りましたから、勝手知ったる町になってきています。ホテルが午後3時までチェックインできない(以前は、こないなことのなかったホテルですが)ということで、早速、行動開始。以前から狙っていた産業博物館に向かいました。改装中でカパルだったり、ケムニッツ入りが月曜日だったりで、狙っていながら入れなかったところに、ようやく入ることができました。ザクセンは石炭は取れるし、東独時代はウランはあるということで、基盤が整っているようです。産業博物館に行くときの常として、機械音痴の黄紺は、デモンストレーションがないと、想像力が働かなくて、困ってしまいます。専門メーカーの名も知らないものですから、ますますダメですね。この博物館、少し街の中心から離れていますので、往復で、軽いミニウォーキングにもなりました。帰り道で、ぶらっと入ったショッピングセンターで、D用グッズでおもしろいものを見つけ、衝動買いをしてしまいました。Dの登場は、新たな店への関心を引き出されてしまっています。そして、夜は、ケムニッツ劇場であった「リナルド」(コビー・ファン・レンスブルク演出)を観てきました。昨年から、春はヘンデルずいていて、去年は、ドレスデンのヘンデル・フェスティバルで3つ、今回も、マンハイムの「ヘラクレス」に次いで、2つ目となります。それだけ、ヘンデル作品の上演が増えているということなのでしょうか。そして、このプロダクションは、記念すべきものになったのじゃないかな。舞台上にカメラを持ち込むことは、最近のトレンドと言っていいくらい、新しいプロダクションでは、使われることがあります。今回のオペラ紀行でも、ブレーメンで観ることができました。今日のプロダクションでは、カメラは、舞台の最も前に3台固定されていました。そして、それぞれのカメラがカバーする区域が、舞台上に書かれていたくらいですから、入念なカメラ割り、カット割りがされていたであろうことが想像されます。ここまでは、カメラマンが舞台に入るか否かだけの違いですが、舞台の背面の2/3以上を当てたスクリーンに映し出される映像が違った。歌手の歌う姿が、画像&映像と合成されたものが現れるのです。ですから、舞台は青ずくめ。青いところに、画像&映像を入れるという合成技術の常套手段。画面に映し出したい装置は青ではなく、映し出したくないものは青というわけです。装置の出し入れは、黒子ならず青子がします。ものを宙に浮かしたければ、青子が手に持ちさえすれば、スクリーンには宙に浮いて映ります。このオペラ、アルミーダ(ヤン・キベ)という魔法使いが出ます。CGと合成すれば、もう魔法は使い放題となります。アルガンテ(アンドレアス・バウンハウアー)の登場場面などは、空飛ぶ絨毯に乗り現れました。リナルドらが、人魚に誘惑される場面などは、使い勝手があります。人魚は波間に現れ、リナルドらは、船上にいるという情景が、合成映像でスクリーンに映るというわけで、人魚役の歌手は、青い壁の前で、体をくねらせていればいいだけなのです。囚われたアルミレーナ(フランツィスカ・クローテンヘールト)などは、逆さ吊りにされていました。実際には、歌手は、青い平台の上に立っているだけなのですよ。リナルド(ユーリ・ミネンコ)の捕らわれの場は海中となっていましたが、CGを使う妙味を見せたかったからでしょう。ですから、アニメの世界に引っ張って行かれたってところかな。同時に、その製作現場見学付きで。リナルドはズボン役を使うこともありますが、このプロダクションではカウンターテノール。歌唱力では、この人だけが及第点。あとは、ちょっときつい。アルミーダはおいしい役だからでしょうね、大きな拍手を受けていましたが、高音だけは、張り上げるようなパワーを見せるも、それだけで、何で拍手をするのかすら疑問なほど。ドイツの歌劇場では、時々、こういったわけのわからないことがあります。なお、オケピットには、「」指揮のロベルト・シューマン・フィルハーモニーが入りました。バロック・オペラなどは、ほぼ弾いたことのないオケだと思いますが、同じメロディの繰り返しが多いオペラに、変化を導く努力をしていたかと思いました。

本日の食事。コトブスの朝食用に買っておいた食料が、朝食付きになったので持ちになっていました。珍しくライ麦パンにしていたのですが、やっぱり口に合わないですね。デザートはイチゴ味ヨーグルトにしました。夜は、ベトナム・インビスの店があったので、2日続けて、東南アジア食にしました。ベトナム風カレーと言えばいいでしょうか、色合いはココナッツ・ミルク入りなのですが、実際には、そんな味ではなく、ヌクマムと胡椒を使っての味付けじゃないかな。ドイツで、「カレー」と称するものを食べても、クミンの香りとかはしないですから、カレーパウダーは使わずに、胡椒で辛さを出すものを意味するような気がしてきています。「カリー・ヴゥルスト」の場合は、しっかりと、我々の知るカレーパウダーを使うのですがね。

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ドレスデンから(3/24)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 3月27日(月)04時08分10秒
  コトブスからドレスデンに入ったのですが、これが、存外、時間がかかりました。1度乗り換えが必要で、その待ち時間込みで、2時間近くかかりました。今日のドレスデンは、完全に春の陽気。黄紺も、エルベ河畔で、日向ぼっこをしながら本などを読んでいました。そないな呑気なことをしながら、心は不安でいっぱい。というのも、今日だけ、オペラのチケットが手元になかったのです。今日の公演だけが、歌劇場のHPからは買えず、HPからリンクを貼ってあるエージェンシーから買わねばならなかったのです。いくら歌劇場からリンクが貼ってあるといえど、黄紺などは知らないエージェンシーですから、そのエージェンシーの予約フォームに必要事項を記入することを躊躇いはしたのですから、今日のゼンパーには、ダニエラ・デ・ニースが出るからこそ、日程に組み込んだはずなのに、不安だからと言って、チケットを諦める気にはなれず、その予約フォームを使い申し込みました。そうすると、丁寧な応対があり、メールのやり取りで、チケットは確保することはできたのですが、不慣れなことに直面すると、ただならぬ不安を覚える黄紺は、どうしても半信半疑のまま、今日を迎えたというわけでした。ドレスデンに入ると、歌劇場のチケット売り場に行き、チケットの引き取りについて尋ねてみました。まず、エージェンシーの名前を知っているというのは、黄紺を安心させました。その上で、「こちらではチケットを扱っていません」「アーベント・カッセ(オペラ公演のある日に歌劇場内部に開演1時間前から設けられるチケット売り場兼引き取り場)で引き取れるでしょう」、これは、エージェンシーからもらった連絡通りということで、もう時間を待つしかなくなりました。そして、普段よりは、随分と早めに歌劇場に着き、もぎりのお姉さんに、予約の件を伝えると、当該のエージェンシーの臨時カウンターまで案内していただけ、あっさりと黄紺の名前が記された封筒を渡されて、呆気なくチケットは黄紺の手に。余計な不安を覚えた自分が恥ずかしくなってしまいました。ということで、今夜は、ゼンパー歌劇場で「ドン・ジョヴァンニ」を観ることができました。ドイツ演劇界の大物アンドレアス・クリーゲンブルクのプロダクションです。ゼンバーでは、クリーゲンブルクものは、3つ目のプロダクションに遭遇ということになります。1つ目は「コジ・ファン・トゥッテ」、次いで、昨年の「ヘンデル・フェスティバル」で観た「オルランド」と観ていますから、ゼンパーでは3つ目となります。あと、フランクフルトの「トスカ」を観ていますから、さほど多くないはずのクリーゲンブルクものを、黄紺は、これで4つ目となります。幕開けは、どこやらのマンションの一室、 広間と言っていいくらいのスペースで展開、その意外な装置に、目は釘付けになります。舞台中ほど奥にドアがあり、その奥に、幾つかドアが見え、廊下になっています。ドン・ジョヴァンニ(クリストフ・ポール)もドンナ・アンナ(マリア・ベングトソン)も、その廊下に連なる一室から出てきますから、そこが夜這いの現場で、広いスペースが道端と了解して、展開を見守りました。ドンナ・エルヴィラ(ダニエラ・デ・ニース)の登場場面になると、舞台が上に昇り、下から、バロック風の重厚な柱、壁に囲まれた大広間が現れ、1幕の終了まで、そのままで進行。食卓用としてのテーブル、歩き回る給仕たちという状態ですので、宴会場の雰囲気です。1幕が、ドン・ジョヴァンニ邸での晩餐会に収斂していくことを表しているのじゃないかな。2幕は、またしてもマンションの一室からスタート。淫らな姿で床に横たわる女性多数という出だしです。それがセレナーデまで。次に、また、そのマンションは上に昇り、下から大広間が登場。今度は、バロック風の柱は、かなり汚れ朽ちた装飾になっています。それが最後まで使われます。ドン・ジョヴァンニの地獄落ちに進むことを表しているようです。各幕のラストシーンを想定して、ハンドルが切られたとなると、舞台転換が謀られ、そのラストシーンを先取りする装置で、物語が進行するという仕掛けかと思いました。なかなか凝っています。マンションの一室での展開は、その装置自体の意外性に沿うものでしたが、大広間になると、変化技は限られていました。一番大きかったのは、ツェルリーナ(アンケ・フォンドゥンク)とレポレロ(エヴァン・ヒュース)のデュエットが入ったことが1つ。レポレロが、ドン・ジョヴァンニに化けていたことがばれ、散々、レポレロがなじられたあと、更に、ツェルリーナに攻められるというもので、そんなの、モーツァルトが書いていたことすら知りませんでした。2つ目が、ドン・オッタービオ(エドガラス・モントゥヴィダス)のアリアがカットされたことです。ドン・ジョヴァンニを基軸にした人間関係に重きを置いているということでしょうか。ツェルリーナは重く、ドンナ・アンナ関係は、父親殺害限定ということなのかな、よく解らないチョイスでした。2幕の後半、大広間に装置なしだということでしたので、大きな箱を出しました。外には、箪笥かと思える取っ手らしきものが描かれているのですが、大きな箱です。その箱をアイテムに、レポレロを取り押さえるなんてことが見せられたりするのですが、何と、石像が、この中から現れたのには、びっくり。そして、ラスト。照明が、かなり落とされたなか、レポレロに給仕させながら、食事をするドン・ジョヴァンニ。背後で、黒いものが幾つもうごめきます。黄紺は、他の登場人物が黒子となりうごめいているのかと思ったのですが、そうではなく、全くの黒子。ドン・ジョヴァンニを、背後の壁に引きずり込む地獄の使者たちと言えばいいかもしれません。その背後の壁には、食事が始まると、壁に作られた大きな窓状のスペースに、十字架が幾つもオブジェのように置かれていました。立っているものもあり、倒れているものもありでしたから、黄紺には、単なるオブジェに見えたのかもしれません。ドン・ジョヴァンニが、そこへ引きずり込まれて、おしまいでした。モーツァルトの作った大団円の音楽は、従って規矩ことはできませんでしたが、大団円の前で切る演出は、時々あるようですね。で、期待のダニエラ・デ・ニースは、どうだったか。確かに美人で、スタイルがいい。また、動けます。但し、あまり動かそうとはしない演出でしたが。だが、歌唱は、懸念していたことが、全部出ちゃいました。バロック・オペラを歌っていたときから気になっていたことなのでが、ノンビブラートで歌って欲しいところでも、ビブラートがかかっていたものですから、その辺がヤバそうと思っていたら、そうだったのです。おまけに、高音を出すとき、常に引きずり上げるかのような発声になってたのも気になるポイント。憧れの歌手だっただけに、残念な現実に遭遇してしまいました。客席から一番の拍手を受けていたのはドンナ・アンナでしたが、もうちょっと声が前に出て欲しいな。コロラトゥーラ的技法にも満足できませんでした。次に支持されていたのはレポレロ。黄紺的には、あまり遊び心を感じなかったので、論外でした。ドン・ジョヴァンニは、この人も、声が前に出ていれば、華があるのになというところ。ツェルリーナは、もうちょっと可愛げを見せる歌唱が欲しい、、、こないにして書いてくると、どうも抜けた歌手は見つからなかったということになりますが、実際、そうだったと思います。指揮はオメル・マイアー・ヴェルバー、フォルテ・ピアノを弾きながらの指揮。レシタティーヴォだけではなく、中にはコンチェルトもどきで弾いている箇所があったのですが、これまた、モーツァルト、そんなの書いてたって思ったいながら聴いておりました。

本日の食事。コトブスのホテルには朝食は付いてないとおしまいいたところ、宿の主人(こういった感じのおじさん)が「付いている」と言って、ホテル側の控えまで出してきて言うものですか、黄紺も、控えを出してきて、「ここに食事は含まれていないと書いてます」と言うと、主人曰く、「それは、ランチなんかは付かないということだ」、、、あぁ、何ていい人、めっちゃドイツ人と、めっちや日本人の会話をしてしまいました。おかげで、ホテルの朝食をいただけました。昨日、買っておいた食料は、明日の朝いただくことにします。夕食は、いつも利用するショッピングセンターの地下にあるインビス系の店の中から、タイ・インビスをピックアップ。「スパイシー・カレー」って表示されているものを注文。 甘辛チリとヌクマムで味を着けたのかな、それに胡椒を、少し多めに振り掛けたってお味。カレー味はしませんでしたが、これはこれなりに美味かった、ホントに美味かった。具材は、チキンと野菜。野菜の補給は、トルコ・インビスとアジア・インビスに限ります。

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コトブスから(3/23)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 3月24日(金)23時21分33秒
編集済
  ハンブルクからベルリン経由で、初めての町コトブスに入っています。ベルリンからは、快速電車で1時間半足らずで来れる町です。ライプチヒの東の方にありますが、ここは、まだ入ったことがないということのうえ、今日、こちらで出るオペラが観たくてということで、ハンブルクからの移動は、時間がかかるのですが、頑張ってみました。確かにいい感じの街で、東独の雰囲気が残るだけではなく、旧市街も残っています。しかも、広範囲にわたり、景観を維持するための努力がなされていることも、よく判る街です。着いてすぐに、駅の表玄関が、その旧市街とは反対側だとは思ってもいなかったもので、余計な時間を費やしてしまいましたが、道行く人の一言で、簡単に修正、大事には至りませんでした。歌劇場へのルート確認が終わると、とりあえずは、用意してあった地図に記された「アルトシュタット」という表記を頼りに歩いて行くと、立派なマルクト広場がありました。その広さに、昨秋訪れたセルビアのニシュを思い出していました。形が似てますからね。その界隈を歩いていると、場所の特定をするのを忘れてきていたソルプ博物館へのルート表示を発見するラッキーさ。元来た道を引き返すことにはなったのですが、訪ねてみました。でも、今度はラッキーではありませんでした。フェンスで囲まれ、改装中だったのです。で、本来、行くことを準備していたコトブス市博物館に行くことになりました。こちらでも、ソルプ人の民俗資料を観ることができましたので、ま、いいとしましょう。駅とかの表示も、ドイツ語とソルプ語の並記がされているほどの地域です。ドイツで、こういった並記を見たのは、初めてじゃないかな。ソルプ人はスラヴ系だそうですので、ドイツも、東の端の方に来ているなの実感を持つことができました。そして、夜は、コトブス州立劇場での「マハガニー市の興亡」(マッティアス・オルダーク演出)でした。このクルト・ワイルのオペラ観たさに、コトブスにやって来たのでした。開演時間を間違い、開演2分前に、劇場にすべり込むという危うさ。ガルデローベに上着を預けたときに、そこに掛かる上着の多さで、初めて自分の思い違いに気づくという失態でした。このプロダクション、簡単に言ってしまうと、とっても解りやすく、且つ手際よく見せてくれたなというもので、黄紺的には、満足のいくプロダクションだったと言えると思います。今日も、廻り舞台が活用されました。円形に組まれた足場の付いた平台、前後で高さが違うのと、一方が取り外し可能なので、それで、変化をもたらすことができますし、円形の真ん中は空洞になっていますから、ボクシングの場面でリングを組んだり、飽食のシーンも、ここで食べるとなりました。食べると言っても、体に絵の具を塗りたくるという奇抜なアイデアが使われましたが。売春宿に並ぶ男たちは、オケピットの端に作られた狭い舞台に並ぶのですが、肝心の売春宿は、平台の高い方に赤い幕が張られているという工夫。しかも、幕の背後にも赤い幕があり、股間に位置するところに、穴が開いているという際どいけれども、これまた解りやすい装置が用意されます。ジミーが処刑されたあとの「興亡」の「亡」に入ると、平台の低い方が解体されるという、これまた解りやすい。平台以外で用意された装置をメモっておきますと、マハガニー市が建設された早い時期、要するに休憩前では、平台の上を横断する大きめの色電球が橋渡しされています。それでだけで、いかにも安っぽい印象を与える効果がありましたし、休憩明けになると、背後に、何度か「Mehr」と書いたパネルが下がります。これも、そのまんまだけに、解りやすく、適切です。変化技は、裁判の場面の3人の裁判官は、大きなブランコに乗ってますし、ジミーの絞首刑(電気椅子より解りやすい)用の縄は、上から垂らされ、その縄に首を架けられたジミーは上へつり上がっていきました。さすがに、縄が下りてきたときには、会場がざわつきました。解りやす過ぎるということでしょうか。あと、場面転換用に、トタン状に装飾された緞帳を使ったり、客席の横側から歌手を登場させたり、客席の最前列を横切らせたりと、解りやすさだけではなく、エンターテインメント的要素もたっぷりで、「飽きることのないアイデア」って、このことなんでしょうね、最初から最後まで目が離せない好演出でした。奥行きがあまりなく(12列)、縦に長い(3階建て)構造の劇場だったのですが、黄紺の席は1階後方。それでも、パワーが足りないと思った歌手がいました。その代表が、ジェニー(リドミラ・ラカイチュク/デブラ・スタンリー)。「アラバマの月」なんてのを、とってもきれいな声で聴かせてくれただけに、惜しまれます。ベクビックを歌ったカロラ・フィッシャーも、パワーにムラがありました。ただ、この役は、年配の歌手が歌うことがありますから、割り引いて考えねばなりません。良かったのは、ジミーのイエンス・クラウス・ヴィルデと、三位一体のモーゼスのウルリヒ・シュナイダー。それにつけても、歌手陣、コーラスの皆さんの動きが多様で、様になっていました。よほど稽古をされたのでしょう。そんなのを観ることができた幸せを噛み締めることができました。それに加えて、この難しいオペラのオケが、まことに秀逸。エヴァン・クリスト指揮のコトブス州立劇場フィルハーモニーだったのですが、幕開けの疾走感に加えた、何となく乾いた、無機質の音楽から、気だるい、退廃的な音楽まで、色鮮やかに描き分けてくれました。この演奏には、全く脱帽でした。さすが、ドイツ、奥が深いですね。

本日の食事。朝食は、いつもの組み合わせに、デザートにはヨーグルトというもの。すっかり、このパターンに慣れてしまいました。そして、夜は、迷った挙げ句に、ショッピングセンター内のカフェで、パスタにしました。マカロニに、チキン入りソースのかかったもの。そう言えば、フライブルクに行ったときにも、パスタを食べたことがあったなと、わりかし前のことを思い出していました。同じショッピングセンター内に、アジア・インビスの店があり、自分で量もかげんできるのがいいかと思ったのですが、中華だったようなので断念しました。それなのに、パスタを選ぶわけの判らないことをしてしまいました。

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ハンブルクから4(3/22)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 3月24日(金)17時14分17秒
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  2回目のハンブルクも連泊です。今回は、アルトナ界隈に投宿しているということで、ホテルから駅周辺にかけての探索兼散策。ついでに、歴史なんかも勉強できればの気持ちで、アルトナ博物館にも行ってきました。そこで、予想はしていたのですが、アルトナは、ハンブルクとは別々の町だったことを確認。ここまでは良かったのですが、近代になってから、デンマークにより造られたには、一瞬、間が明いてから納得。シュレスウィッヒ・ホルシュタインですからね。そないな探索で、昼間のマジェラはおしまい。そして、夜は、今日も、ハンブルク国立歌劇場の「ウイリアム・テル」(ロジャー・ボントベル演出)を観てまいりました。このロッシーニ最後の作品、なかなか出会うことができないというところへ、ニュルンベルクで見逃したなんてこともあり~ので、生では、今回が初めてとなりました。開演時間が午後7時と聞いただけで判るのは、バレエはカット、更に本体にも刈り込みが入りそうということ。今回は、回転舞台を使うプロダクションが多いのですが、このプロダクションもその類い。ただ、大がかりの装置が設えられているわけではないので、そういった場面転換により、新たな装置を、前に持ってくるといった類いではなく、時間の進行やスピード感、感情表現の手段としての使用でした。目についた箇所をメモることにしておきます。冒頭のコーラスの人たちが舞台に残り、新たな登場人物が現れると、ありあわせのものを使い、その人物を紹介するなどという、おもしろいことを見せてくれたのですが、これが続かないのが惜しいところ。第3幕の第1場まで休憩なしで進んだのですが、前半に、何やら物珍しいことが用意というわけではなく、平穏な進み方。1幕では刈り込みがあったのではと思ったのですが、いかがなものでしょうか。前後半の切れ目は、ゲスラーが悪態をつく前で切ったってことになるのでしょうね。このプロダクションのゲスラーは、鉄骨で造った高い塔の上に控え、周りを配下の男たちが構えるというもの。威厳は感じさせても、悪辣さは出していませんでした。息子の頭にのせたリンゴを射つというシーンは、意外な展開になりました。それまで、ゲスラー配下に入っていた男が、ウイリアム・テルと息子の間に立ちはだかり、ウイリアム・テルから矢を取り上げ、その矢を、自らの手でリンゴに突き刺すというもの。ま、これだったら仕掛けは要らないのですが、このシーンの意味合いが変わってきます。確かに、このプロダクションでは、それをきっかけにして、配下の多くの男が、反乱軍に合流するとなっていました。さて、テキスト的には無理はないのでしょうか。第4幕は、反乱軍が勝利を収める場面ですが、ゲスラー一派は、正先に倒れ込んでいます。まず、ウイリアム・テルが、ゲスラーの首に、筆を使い、絵の具を着けます。これが、処刑を意味します。次いで、倒れている配下の男たちの衣装に、「×」印を描くというものでした。終幕は、照明をかなり落としたなか、反乱軍が勝利に沸くというもので、シルエット的には、かなり美しく見えたのですが、「勝利に沸く」という「陽」の世界を、「照明を落とす」という「陰」の世界に変えたのか、考えさせられましたが、思い当たるということは、内戦に否定的ということくらいしか思い浮かびませんでした。休憩を1回入れて、3時間半も要しなかったこのプロダクション、バレエは完全削除しただけでは、こないに短くならないはずですから、もっと省いたのでしょうね。しっかりとテキストが、頭に入ってない黄紺が言うのは危険な話ですが、なんか、1幕で、それが行われたのではと思っています。歌手陣では、最初の方では全然ダメでしたが、3幕あたりから調子を上げたアーノルドを歌ったヨゼフ・カーンが、その後半の歌唱で目立ちました。あとは、似たりよったりかな。タイトルロールを歌ったセルゲイ・レウフェルクスも、あまり品のいい歌い方じゃなかったですしね。マチルダのルリア・マリア・ダンの声質は堅くていけません。愛を歌うのですからね。

本日の食事。今日も、朝はホテルの食事。野菜系が出ないということで、別途、トマトを買っておいて食べることにしました。夕食は、最初、アルトナ駅界隈に、多様な店があるということで、狙いを定めていたのですが、一旦ホテルに戻ってから食べに行くのは面倒だと、ドイツに多いパン屋からのピックアップ。調製パンにいたしました。ブドウ入りパンとクロワッサンを食べると、もうお腹ははち切れそうでした。やはり、ドイツは、1個ずつがでかい。一方、黄紺は少食ですから。

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ハンブルクから3(3/21)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 3月22日(水)17時57分40秒
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  振り出しのハンブルクに戻りました。ところが、この10日余りの間に、いつも宿をとっていたハンブルク中央駅前のホテル代が上昇。フランクフルトのように、手に負えないというほどではないのですが、高くなっていたため、初めてハンブルク中央駅を離れて投宿。今まで知らなかったところに行けると肯定的に受けとめることにしています。宿は、アルトナ界隈にとったのですが、この地域って、トルコ人が多いのかな、そう言えば、ラウンハイムやルードヴィヒスハーフェンという、ここまで縁のなかったところで、投宿をすると、やたらトルコ人の姿に出会うので、驚いてしまったものですが、ホテルのある地域も、それだという感じですね。昼間は、歌劇場への新たなルート確認がてら、街中を探訪。ようやく街の構造や遊び方を把握。内アルスター湖界隈にある狙いのブツェリウス芸術フォーラムに行き、特別展「パウラ・モーダーゾーン・ベッカー」を観てまいりました。副題に「近代への道」となっていました。ドイツの博物館巡りをしているなかで、黄紺が学び出した19~20世紀の画家の中で、新たな逸材と出会えました。僅か31歳で亡くなった女性画家です。19世紀後半の風景画回帰や、時代を先取りして、表現主義の原初だとも言われているようですが、正に世紀末の混沌を、新たに知った思いでした。博物館を出ると、まだ時間的に余裕があったので、行ったことのなかったエルベ川の下を通るトンネルを往復してきました。安治川トンネルの感覚ですね。ただ、それよりは深く、梅田シティに通じるトンネルよりは長いものでした。そして、夜は、ハンブルク国立歌劇場で「トスカ」を観てまいりました。ロバート・カーセンのプロダクションだということ、しかも、スカルピアをマエストリが歌うということで、 今回の目玉の1つだったのですが、貼り出されてあった「今日の配役」の下に、「77回目の公演」の記述にな~んだの気分。かなり古いプロダクションだということで、近来の才ばしったものかが疑問となったのですが、案の定、その疑問が当たりました。幾つか「!」と思うところはありましたが、基本的には、ごく普通の「トスカ」を観たという印象です。3幕ともに、斜めに切られた平面を使います。1幕と3幕が似た構造。パッと見では同じように見えたのですが、1幕には、カヴァラドッシの描く壁画、それを描くために要る足場(これはスカルピア登場の際の階段にも転用)、左の壁の扉があり、扉のある方ではない壁は幕が張ってありました。3幕では、壁の替わりにあった幕がなく、もう1つの壁には扉がなかったのですが、一見して1幕にそっくりなもので、最後、トスカの自死はどうするのかと思っていたら、幕のなくなっていた方に飛び降り、な~んだの雰囲気。だまし絵を見せられたってところでしたが、飛び降りた瞬間、ここは端っこですよと言わんばかりに、端に電飾が点りました。そうそう、1幕のラスト、即ちテ・デウムが終わった瞬間、幕が落ち、下から、キリスト像(?)が上がって来てから幕となりました。こう書けば、普通じゃないですね。確かに、幕切れには、こないな目を引くところはありましたが、あとは普通の進行です。1幕では、幕切れ以外では教会堂を思わせられるようなアイテムなり装飾はないのも特徴です。広い広間っていう印象が、1幕には生まれるのですが、その広間に、椅子が、壁替わりの幕に向かい、並べられているのですが、プロテスタントの教会ともとれますし、単なる広間ともとれるというところで進行していきました。2幕は、2方向ともに壁で、1つの壁にだけ、扉が付いています。トスカのカンタータも、そこから聴こえ、人の出入りもそこからです。もう一方の壁の少し前には、畳くらいの布が張られていて、トスカを尋問するスカルピアが腹を立て、ナイフで切り裂きますが、そのあと、使ったナイフを投げ捨てますが、トスカがスカルピアを殺す凶器は、そのナイフとなるという仕掛けでした。衣装も、時代考証に基づいたと見えるもので、目新しさがあったわけではありましたでした。歌手陣では、主要3役が個性派揃い。期待のマエストリは、やはり上手い。体躯は、思った通りでかい。大き過ぎて、動きに緩急がつけられないのがまずい。そして、声量に驚かされるというものではないですね。トスカのタチアナ・セルヤンが良かったですね。なりきり型で、芝居のできる歌手、歌える役者ってやつで、気持ちを乗せる歌い方のできる人ですから、注目の要ありです。ただ、バイブレーションがかかり過ぎる傾向だけが嫌なところです。カヴァラドッシのマッシモ・ジョルダーノが、このプロダクションの凹みかと、2幕まで思っていました。ところが、3幕で、人が変わったように良くなりました。声に張りが、明らかに出てきました。長い助走期間の要る方ですが、一旦、エンジンがかかると、文句は撤回しなければなりませんでした。指揮はレナート・パルンボ、メリハリってものが、もう少しクリアになればいいのですが、、、。

本日の食事。朝は、昨日に続き、ホテルの朝食。パンに、チーズとハムを挟むだけ、あと、ゆで玉子とヨーグルトだけという簡素なもの。でも、暖かなコーヒーが飲めるのが嬉しいですね。夕食は、ホテルの近くには、インビス系のお店は、パン屋とトルコ人の店しかないので、今回のオペラ紀行3度目のドネル・ケバブ。パケットリにしてもらい、ホテルで、スーパーで買っておいたアイランとともにいただきました。美味い、量も一杯、お値段手頃、おまけにトルコ満喫、最高の夕食です。

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ベルリンから6(3/20)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 3月21日(火)14時30分28秒
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  ベルリン連泊です。これで、今回のオペラ紀行で、ベルリンは6泊目となります。今日は月曜日ということで、オペラ枯れの日。でも、ベルリンではオペラが観れるのです、、、が、これが、既に観ているプロダクション。ということで、ちょっと迷いました。ブラウンシュヴァイクに行けば、オケのコンサートがあり、移動にも難はないということだったのですが、、、ベルリンの同じプロダクションでも、歌手が違い、それも、オクサナ・ディカが聴けるとなれば、やはりベルリンだろうと、ベルリン6泊目が決まりました。昼間は、ちょっと頑張りました。まず、ヴァンゼー会議記念館に行ったのですが、こちらは、ナチスによるユダヤ人政策を決めた会議をした別荘があるのですが、そういった場所だということで、ユダヤ人政策に関する博物館にもなっているのです。今日は、もう一つ博物館にも行くという欲張ったことをしてしまいました。ただ、ヴァンゼーはポツダム方向の郊外にあるものですから、市内中心部に戻るのに、余計な時間を使ってしまいました。行き先は、前にも行ったことのあるベルリニッシェ・ギャラリー。現代アート専門の博物館です。新たな特別展を求めて行ってみたということです。現代アートのわけのわからないところがいいですね。常に、意味なるものを考える黄紺が見られているのではとの感覚で、展示物を観て回るのも、可笑しな感覚を持ってしまいます。19世紀ものの展示もあり、リーバーマン、バックマン、ヌスバウムを観ることができました。そして、夜は、今日も、ベルリン国立歌劇場で、「蝶々夫人」(アイケ・グラッムス演出)を観てまいりました。舞台を彩る登場人物たちのシルエットが美しく、しかも、日本をわりかし勉強した上でのプロダクションと判り、解釈とか、設定とか、歌手陣の動きなどに、特に斬新さがあるわけではないのですが、ヴィジュアル的に、とっても好印象を持ったプロダクションだったのです。1~3幕まで、ずっと同じ装置で間に合うというのが、このオペラ。斜めに敷かれた平台には、畳が画かれており、その上に、障子模様のパーテーションが置かれているというのが、舞台のメーンの構造。その平台に向け、背後にある土手から階段が付いています。人の出入りは、全て、その階段を使います。そのときには、障子模様のパーテーションが開かれる訳です。もちろん、スライドさせて。ホリゾントには、暗くはしてあるのですが、ぼんやりと周囲の風景と考えれば、いいのかな。クライマックスでは、一旦、背後は大黒になり、蝶々さんは、緞帳前へ出ると、緞帳の位置に黒幕が下がり、幕前に蝶々さんだけになります。子どもが出てくるのは、黒幕を上げ、しかも左右に幕を少しだけ開けることにより、扉状に開いたスペースから、スズキに、子どもは押し出されます。やがて、蝶々さんは自害をします。ピンカートンの「蝶々さん」の連呼で、幕が上がり、ホリゾントの黒幕が落ちます。すると、ホリゾントに伏見稲荷の千本鳥居が現れ、幕となりました。そこが、ぎょっとするところで、あとは、普通の進行。ただ、前回印象に残った飛脚や荷を担ぐ商人たちの、要するに、黄紺が期待していた日本の風景のきれいなシルエットは省かれていました。経費削減なのでしょうか。歌手陣ですが、オクサナ・ディカは、これで、3回目となります。今までの2回は、いずれも「トスカ」(ドレスデン、ベルリン・ドイツ・オペラ)。最初のドレスデンで聴いたときが最高で、その後は、なんか印象が悪くなっていきます。シラー劇場の音響のかげんなのでしょうか、今まで、オクサナ・ディカほどのパワーを持った歌手を、ここでは聴いてなかったからでしょうか、とにかく、キンキン響く声なのです。喉を狭くして絞り出す、でも、パワーは満点、そんなですから、情緒に浸れるという手合いではなく、このキンキン響く声さえなければ、プッチーニ最高の美しい音楽の詰まった作品を聴けるのにとすら思ったときもありました。それに反して、ピンカートンのテオドール・イリンカイは、いいテノール見つけたというところで、本日の秀逸。スズキ(カタリナ・カンマーローハー)とシャープレス(アルフレード・ダツァ)は、いずれも温かくいい感じの歌唱。シャープレスに、もうちょっとパワーがあれば良かったのですが、、、。指揮は、「アリアドネ」に次いで、韓国人女性指揮者のキム・ウンスンでした。「アリアドネ」では不満が残りましたが、今日は大丈夫。うまくツボを心得た指揮ぶりに、好感を持つことができました。

本日の食事。今回初めて、朝食付きのホテルに泊まりました。しかし、おかしなことに、今回のオペラ紀行で使うホテル代の中では最低クラスなのに、朝食が付くという不思議な現象が起こっています。もちろん、朝食付きと言っても、ま、最低限の朝食ですが、贅沢を言うものではありません。ただ、野菜系がなしというのは、ちょっときつい。ですから、夕食は、ドネルあたりにして、野菜の補給に努めようかとも考えたのですが、ベルリンが最後ということもあり、黄紺的ベルリンの味「焼きそば」を、再度食することにしました。別に、「焼きそば」は、ベルリンにしかないわけではないのですが、黄紺は、ベルリンで食べたいのです。従って、夜のお酒の肴用にトマトを用意しておきました。

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ベルリンから5(3/19)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 3月20日(月)15時29分42秒
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  ベルリンに戻ってきました。ブレーメンからは、ハノーファー経由でのベルリン入りです。ハンブルク経由と、ほぼ時間は変わらないはずです。存外、ブレーメンとハノーファーが近いというのは、抜け落ちになってしまってるのじゃないかな。ただ、ちょっと迂闊にも、ブレーメンを、ゆったりめに出たものでしたから、ベルリンに着いてからが、せわしなくって。というのも、今夜のオペラは、午後5時開演だったのです。ですから、ベルリン入りしてからしたことと言えば、ツォー駅前にある、日曜日でも開けている(ここはクリスマスでも開けている)スーパーに買い物に行き、軽い早めの夕食を摂ったくらい。ただ、今回は、前回と違い、歩いて、歌劇場に行けるというところに、ホテルを取れてますから、その点は気が楽なところがありました。たった1週間で、ホテル代が落ち着いたということは、1週間前のベルリンでは、高騰を誘う何かがあったのだろうと、勝手に推測しております。そして、夜は、ベルリン国立歌劇場で「タンホイザー」(サーシャ・ヴァルツ演出)を観てまいりました。ルネ・パーペがヘルマン、ヴォルフガング・コッホがヴォルフラム、プルーデンスカヤがウェヌスを歌うという、今回のオペラ紀行の目玉の1つだったもの。一方で、サーシャ・ヴァルツのプロダクションというのが、気になるところ。この方は、バレエ界の方。昨今、演劇界や映画界から、オペラの演出に登用され、また成功を収める人が出てきていますが、バレエ界からとは珍しい。どないなものになるか、期待と不安の入り混じった気持ちで臨みました。そういった期待に、見事応えるようなものだったことだけは、確かなプロダクションでした。ただ、好き嫌いはあると思います。とにかく、至る場面にバレエが入ります。これを良しとするかで、このプロダクションの評価は決まっていくと思います。冒頭のウェヌスの園のシーンには、目が釘付けです。円筒型の巨大な装置が、舞台中程に突き出ています。そこが、ウェヌスの園ということで、その中で、群舞が繰り広げられます。度肝を抜くという、掴みは決まります。3幕は野道と見えるような装飾が成されていましたが、1幕も同様にとなるはずですが、あまり、そういうところに気をかけないというか、1幕は、何もなしの舞台に、全面、白色光が当てられたような中で進行。3幕の場合は、床に野道らしき書き割り、背後は、ほんの僅かに雑木林と見えるか見えないかという暗い画像の投射、その暗いなか、右奥は野道が続いていそうに見えました。2幕の歌合戦の場は、一番上から縄を垂らし、それが自在に動かせるようになっている装置。入場の場面では、縄で作られた壁が、後ろにいくほど狭められており、その狭められた、背後から、皆が入ってくるというもの。歌合戦に入ると、縄の壁が動き、四角い広間に、そして、ローマ巡礼に出かけるところでは、床に道が投射され、背後の壁が、道の分開くというものでした。従って、装置は、殆どなくと言っていいくらいで、あとは、照明と画像投射、そうそう3幕は、冒頭、スモークが巻かれており、霧を出すというもので、これまた、装置以外のところでの工夫でした。進行上の注目すべきところは、一点ですね。ラスト、ウェヌスが出てきます。そして、倒れる前に、既に、エリザベートの葬列が入って来ていますが、ただ、その時点では、葬列とは判らず、また、エリザベートの亡骸が判るようにはしてありません。ウェヌスが倒れた瞬間、エリザベートの亡骸が荷台から取り出され、一方、ウェヌスの亡骸も担ぎ出されということが、同時に進み、ウェヌスの倒れた、正に、その位置に、同じ姿で、エリザベートの亡骸が置かれます。エリザベートとウェヌスは表裏一体というコンセプトが、こういった形で表されたと、黄紺には見えました。歌手陣は、ヘルマンのルネ・パーペは、圧倒的な貫禄。ヴォルフラムのヴォルフガング・コッホは、ベルリン・ドイツ・オペラでのテラムントの不調がウソみたい。でも、「夕星の歌」のせつなさが、イマイチだったかな。ウェヌスのプルーデンスカヤは、声に威力があります。生では、この人、シーベル以来です。この人、ドミンゴ&ネトレプコの「トロヴァトーレ」では、アズチェーナを歌ってますからね。タイトルロールを歌ったブルクハルト・フリュッツは、ま、こんなものかなという感じで、拍手も、そないなものでした。エリザベートのアンネ・シュヴァンネヴィルムスは、ちょっと声にムラがあるのが気になり、清純な女性という声質には物足りない印象でした。総体的に言って、やはりバレエと合体したオペラと言えるプロダクションです。黄紺は、そのコンセプトに慣れないまま、終演まで来てしまったという印象です。どうも、ベルリンの2つの「タンホイザー」とは、相性が良くないようです。この「タンホイザー」で、オケピットに入ったのはシモーネ・ヤング。先日の「ワーグナー・ガラ」に続いての遭遇です。あのときもそうだったのですが、この人の指揮、すごく音楽が流れるという印象が残ります。前へ前へと、煽っているわけではなく、疾走とか、躍動という言葉が、それに付け加わる場合もあります。その辺が、人気の秘密かもしれませんね。今日も、大きな拍手で迎えられていました。

本日の食事。相変わらずの朝食。デザートはヨーグルト。ドイツは、日本同様、色んな味、甘い味の付いたヨーグルトが売られていますが、今朝はリンゴ味にしました。夕食の方は、3時前に食べないと、食べる機会を逸するかと思い、ツォー駅前のスタンドで、「バック・ヴルスト」、ま、太いソーセージ1本に、小さいパンを付けただけのものです。ソーセージを切って、カレー粉とケチャップをかければ、「カリー・ヴルスト」になりますが、今日は、それにはしませんでした。あとは、オペラから帰ってきてから、ビールを呑むときの肴に、ハムを用意しておいたくらいでした。

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ブレーメンから(3/18)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 3月20日(月)15時22分51秒
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  昨日のコブレンツから、今回のオペラ紀行では、最長の移動時間で、ブレーメン入りしています。単なる観光だけでも、2回来ている町ですが、オペラ紀行としては、暮に来たのが初めて。不思議と縁がなかったのですが、1度来てしまうと、連続でのブレーメン入りとなりました。その2回ともに、プロダクションが斬新だったもので、今後は、このブレーメンとハノーファーを重点的に組むことになると思っています。念のため、歌劇場へのルート確認をしてから、その足で、今日は、クンスト・ハレは素通りして、有名なマルクト広場も抜け、ヴェーゼルブルク博物館に行ってきました。現代アート専門の博物館です。黄紺的には、さほど興味を引かれるものはなかったですね。ちょっと肩透かし。そして、夜は、ブレーメン劇場での「ファウストの劫罰」(パウル・グオルグ・ディートリヒ演出)でした。今日がプレミアだということで、何かおもしろいものが観れるのではという期待に、見事に応えてくれました。最新の演出技法で使われることのある、カメラを舞台に持ち込み、その影像を、直ちにスクリーンに反映させるというもの。今日は、演劇用語で「出臍」と呼ばれる舞台が、開場時より用意されており、そこには、開場時に、既にファウストがスタンバイ、2台のカメラが、彼を追いかけ、その映像が、正面上に3分割されてたスクリーンの真ん中に映し出されるという趣向。これが、開演時間まで続きます。そして、序盤のアレゴリー・オペラっぽい部分は、出臍と、オケピット周囲の狭い通路、舞台前の狭いスペースを、ファウストとコーラスが使い進行するというもので、ずっと舞台上のカメラが追っていました。舞台上からカメラが降りるのは、メフィストフェレス登場あたりで。そんなですから、アレゴリー・オペラっぽいところで、テキストが、何を表そうとしているかの具体的な呈示はなされずじまい。別に悪いわけではありません。緞帳の真ん中下に入口があり、そこにメフィストフェレスが現れると、緞帳は切って落とされます。そして、その後は、舞台上には、3台の蛍光灯板(3つが並ぶと舞台全面となる大きさ)を組み合わせたり、裏返したりしながら、組み替えながら進行していきます。白色灯、白を基調とした主役の男2人の衣装、舞台サイドの壁には白い大きな布が垂らしてありますから、舞台を観る目には、白一色と映ります。休憩は、マルガレーテが出てくる前に入りました。幕が上がると、マルガレーテは、コードの着いた人形という趣き。動きも人形ぶりで始まります。まるで、メフィストフェレスにより用意された人物というところでしょうか。でも、それだったら、昇天できるのは、なぜなんでしょうか。それは、ファウストと交わした契約の結果? 最後、ファウストとメフィストフェレスは、救いのコーラスに入る前に、客席のサイドの出口を使い、外に出てしまいます。マルガレーテは、出臍の位置に座ったままですが、頭上には、電飾で作られた十字架があります。既に、用意されていた十字架の下に、マルガレーテがやって来た?  避難して来た?って風情でした。元々、解りにくいオペラなのですが、最新のテクニックは堪能できたのですが、それで、解りにくいオペラが解りやすくなったのではなく、黄紺的には、理解が難しくなった、そないなプロダクションでした。歌手陣では、マルガレーテ(テレサ・クロンタラー)だけが良くってという感じで、プレミアなら、それ相応の歌手の用意をして欲しいなとは、ファウスト(クリス・リサック)とメフィストフェレス(クラウディオ・オテッリ)については思いました。マルクス・ポシュナー指揮のブレーメン・フィルハーモニーが、オケピットに入りましたが、パルケットの席だったからでしょうか、音がこもってしまったのでしょうか、終始、覇気に乏しかったのが惜しまれます。

本日の食事。朝は、いつものように、前日にスーパーで仕入れてあったもの。デザートはヨーグルトに戻りました。夕食は、ホテル周辺や、歌劇場に行く途中には、頃合いの店がないので思案中のところ、旧市街周縁部にアジア・インビスの店を発見。メニューを眺めて、あっさりと決断。「トウフ・ココ・カレー」にしました。カレーと言えど、ほぼカレー味は感じず、ココナッツ・ミルクのお味で、具材が煮込まれていました。その具材に、豆腐、筍、ブロッコリー、シャンピオンなどが入っており、とってもヘルシー。何よりも、大変な美味。しかし、まさか、ドイツで、豆腐や筍を食べるとは思いませんでした。このチョイスは、大成功でした。

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コブレンツから(3/17)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 3月18日(土)21時18分55秒
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  カイザースラウンテルンから、快速電車で2時間弱で移動のはずが、3時間もかかってしまいました。車両故障だったようで、途中の駅で、後から来た電車に乗り替えることになりました。暮にもコブレンツに入ったのですが、そのときも、同様のことに遭遇。なんか、コブレンツは鬼門みたいです。これで、時間を喰い、しかも、今日のオペラは、午後6時開演ということで、あっさりと街中ウォーキングに切り替え。久しぶりに、「エック」と呼ばれるラインとモーゼルの合流点まで歩いてみました。帰りは、当然、旧市街を歩くことになります。冬だと、クリスマス・マーケットが、旧市街の各所に出ているため見えなかった素の顔を見ることができました。そして、夜は、コブレンツ劇場であった「バラの騎士」(マルクス・ディーツェ演出)を観てまいりました。スケジュールを立てるとき、一番迷ったのが今日の選択。ダルムシュタットで「イェヌーファ」が出ているのです。結局、明日の行先と、「バラの騎士」に負けたので、コブレンツ入りとなりました。「バラの騎士」は、今季のプレミアだとか。なかなか独自の発想で作られたプロダクションでした。まず、オケピットの位置は蓋がしてあり、舞台の前面をなしていました。そして、舞台後方に、オケ(ライン・フィル)が位置するというもの。舞台自体を狭くする手だったのかな、よく判りませんが、、、。この狭くした舞台を、更に狭くしたのが、舞台両脇に配置された小道具を置く棚。実際の舞台裏もかくやという棚が、上下3段あるものですから、かなり高い。そういった狭くした舞台で、しかも、簡素化した舞台で、物語は進行します。指揮者が後ろにいるため、歌うタイミングには、細かな打ち合わせが、あったでしょうが、複数の歌手が同時に歌うときのバランスの修正ができないため、大きな課題を抱えた進行とはなりました。第1幕は、舞台後方にソファ、そこが2人の臥所となっています。前方にもソファ。これだけです。第2幕は、舞台後方中央が高くなっており、そこに長めのソファ、その一段と高くなった箇所の枠取りに木の葉の書き割りというもの。第3幕は、舞台は、全てフラットに。両脇の棚をフル活用、ベットが設えられたり、蝋燭が置かれたり、また、前半には楽団が、舞台右に出ます。そして、全幕を通じて、オケピットの部分には、奈落から昇り降りのできる階段が付いていました。両脇の小道具の出し入れをする男が、最初から最後まで、舞台上をうろつくのも、大きな特徴。この男は、ちょっとした端役もこなすとなっています。小姓や医者などですから、最後の場面では、その男が、ずっと後方の椅子に腰掛け、オクタヴィアンとゾフィの行く末を見守ったあと、舞台に散らかった紙切れで、鼻をかみ、奈落に下がって幕となりました。華美とか、壮麗とか、そういった言葉とは、真逆の舞台作りと言えばいいでしょうか。その辺を、強く意識した舞台作りと看ました。目についたシーンをピックアップしておきます。第2幕、オクタヴィアンの登場は奈落から、バラを渡した途端、はや見つめ合う2人。そして、ファーストキスまで。「バラの騎士」では、この2人のファーストキスを、どこに持ってくるかがポイントだと、黄紺は思っています。その中でも、最初も最初、最初はここです。2人ともが「一目惚れ」をしたを表すのは、ここですものね。ただ、貴族で、また貴族になりたいブルジョワの男女が、いきなりとはということを避けるために、装置の工夫とバランスを合わせたのでしょう。「決闘」は、オックス男爵はサーベルを持たず、オクタヴィアンの持ったサーベルがかするとしてました。アンニーナ(いい芝居してくれました)が手紙を持って来る場面は、ちょかしたような恭しさがいいですね。第3幕、お化けは、風船を持った道化風の男たちが、普通の登場の仕方で現れるだけ、マルシャリンが2人をけしかけ三重唱に入るところでは、マルシャリンに酒壜のラッパ呑みをさせてました。この辺も、気品などという言葉とは縁遠い演出意図の一貫性は貫かれていました。ファニナルを伴い、再登場したマルシャリンとオクタヴィアンの別れの場面になるはずと思ったシーンでは、もう出来上がった2人は、正先で見つめ合ったまま、後ろの2人がいることすら気づかない風情。ですから、マルシャリンとオクタヴィアンの別れという場面は作られませんでした。これも、確かに1つの方法です。歌手陣は、オックス男爵(ヴィルフリート・シュターバー)が格段の出来。歌唱面から何から何まで、他の歌手を圧倒してました。マルシャリン(モニカ・マスクス)やゾフィ(イ・ハナ)は、高音域がきれいじゃないし、オクタヴィアン(山崎はるな)はパワー不足だしと、オックス以外の歌手には課題ありというところでした。このプロダクションを観てて思ったのですが、リアルな設定で言うと、正に、今日のようなキャストの姿態が、最も当たっているのではないかな。オクタヴィアンは、日本人の小柄な女性の体型ですから、遠目からは少年のようです。それに対し、マルシャリンは、化粧も濃い年増女。見た目にはアブナイ感じすら与える2人。ホフマンスタールの描いた世界って、こんなのかもと思ってしまいました。それにつけても、「バラの騎士」は、いつ、どこで観ても楽しい、そして、せつないオペラです。今日も、オクタヴィアンの「マリーテレーズ」の歌い出しから始まるテルツェットから、黄紺は金縛りに遭ってしまいました。後方配置になったのは、エンリコ・デラムボエ指揮のライン・フィルハーモニー。第1幕が不出来で、リヒャルト・シュッアラウスの甘美な音楽が台無しじゃないかと思っていたのですが、第2幕からは、持ち直してくれました。ほっと一安心。ノリが良くなっていきましたからね。

本日の食事。朝は定番メニュー。但し、デザートはプリンにしました。夕食は、街角インビスのお店で、「グーラーシュ」を見つけたものですから、飛びつきました。クリスマス・マーケット以外で、こういったお店は、初めてとなります。コブレンツは4度目ですが、目抜通りにあるこのお店を、今まで見つけられてなかったということです。ちょっと塩っけが多めのお味で、さほど美味いというものではなかったのですが、食事に変化を持たせることができました。

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