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コブレンツから(3/17)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 3月18日(土)21時18分55秒
編集済
  カイザースラウンテルンから、快速電車で2時間弱で移動のはずが、3時間もかかってしまいました。車両故障だったようで、途中の駅で、後から来た電車に乗り替えることになりました。暮にもコブレンツに入ったのですが、そのときも、同様のことに遭遇。なんか、コブレンツは鬼門みたいです。これで、時間を喰い、しかも、今日のオペラは、午後6時開演ということで、あっさりと街中ウォーキングに切り替え。久しぶりに、「エック」と呼ばれるラインとモーゼルの合流点まで歩いてみました。帰りは、当然、旧市街を歩くことになります。冬だと、クリスマス・マーケットが、旧市街の各所に出ているため見えなかった素の顔を見ることができました。そして、夜は、コブレンツ劇場であった「バラの騎士」(マルクス・ディーツェ演出)を観てまいりました。スケジュールを立てるとき、一番迷ったのが今日の選択。ダルムシュタットで「イェヌーファ」が出ているのです。結局、明日の行先と、「バラの騎士」に負けたので、コブレンツ入りとなりました。「バラの騎士」は、今季のプレミアだとか。なかなか独自の発想で作られたプロダクションでした。まず、オケピットの位置は蓋がしてあり、舞台の前面をなしていました。そして、舞台後方に、オケ(ライン・フィル)が位置するというもの。舞台自体を狭くする手だったのかな、よく判りませんが、、、。この狭くした舞台を、更に狭くしたのが、舞台両脇に配置された小道具を置く棚。実際の舞台裏もかくやという棚が、上下3段あるものですから、かなり高い。そういった狭くした舞台で、しかも、簡素化した舞台で、物語は進行します。指揮者が後ろにいるため、歌うタイミングには、細かな打ち合わせが、あったでしょうが、複数の歌手が同時に歌うときのバランスの修正ができないため、大きな課題を抱えた進行とはなりました。第1幕は、舞台後方にソファ、そこが2人の臥所となっています。前方にもソファ。これだけです。第2幕は、舞台後方中央が高くなっており、そこに長めのソファ、その一段と高くなった箇所の枠取りに木の葉の書き割りというもの。第3幕は、舞台は、全てフラットに。両脇の棚をフル活用、ベットが設えられたり、蝋燭が置かれたり、また、前半には楽団が、舞台右に出ます。そして、全幕を通じて、オケピットの部分には、奈落から昇り降りのできる階段が付いていました。両脇の小道具の出し入れをする男が、最初から最後まで、舞台上をうろつくのも、大きな特徴。この男は、ちょっとした端役もこなすとなっています。小姓や医者などですから、最後の場面では、その男が、ずっと後方の椅子に腰掛け、オクタヴィアンとゾフィの行く末を見守ったあと、舞台に散らかった紙切れで、鼻をかみ、奈落に下がって幕となりました。華美とか、壮麗とか、そういった言葉とは、真逆の舞台作りと言えばいいでしょうか。その辺を、強く意識した舞台作りと看ました。目についたシーンをピックアップしておきます。第2幕、オクタヴィアンの登場は奈落から、バラを渡した途端、はや見つめ合う2人。そして、ファーストキスまで。「バラの騎士」では、この2人のファーストキスを、どこに持ってくるかがポイントだと、黄紺は思っています。その中でも、最初も最初、最初はここです。2人ともが「一目惚れ」をしたを表すのは、ここですものね。ただ、貴族で、また貴族になりたいブルジョワの男女が、いきなりとはということを避けるために、装置の工夫とバランスを合わせたのでしょう。「決闘」は、オックス男爵はサーベルを持たず、オクタヴィアンの持ったサーベルがかするとしてました。アンニーナ(いい芝居してくれました)が手紙を持って来る場面は、ちょかしたような恭しさがいいですね。第3幕、お化けは、風船を持った道化風の男たちが、普通の登場の仕方で現れるだけ、マルシャリンが2人をけしかけ三重唱に入るところでは、マルシャリンに酒壜のラッパ呑みをさせてました。この辺も、気品などという言葉とは縁遠い演出意図の一貫性は貫かれていました。ファニナルを伴い、再登場したマルシャリンとオクタヴィアンの別れの場面になるはずと思ったシーンでは、もう出来上がった2人は、正先で見つめ合ったまま、後ろの2人がいることすら気づかない風情。ですから、マルシャリンとオクタヴィアンの別れという場面は作られませんでした。これも、確かに1つの方法です。歌手陣は、オックス男爵(ヴィルフリート・シュターバー)が格段の出来。歌唱面から何から何まで、他の歌手を圧倒してました。マルシャリン(モニカ・マスクス)やゾフィ(イ・ハナ)は、高音域がきれいじゃないし、オクタヴィアン(山崎はるな)はパワー不足だしと、オックス以外の歌手には課題ありというところでした。このプロダクションを観てて思ったのですが、リアルな設定で言うと、正に、今日のようなキャストの姿態が、最も当たっているのではないかな。オクタヴィアンは、日本人の小柄な女性の体型ですから、遠目からは少年のようです。それに対し、マルシャリンは、化粧も濃い年増女。見た目にはアブナイ感じすら与える2人。ホフマンスタールの描いた世界って、こんなのかもと思ってしまいました。それにつけても、「バラの騎士」は、いつ、どこで観ても楽しい、そして、せつないオペラです。今日も、オクタヴィアンの「マリーテレーズ」の歌い出しから始まるテルツェットから、黄紺は金縛りに遭ってしまいました。後方配置になったのは、エンリコ・デラムボエ指揮のライン・フィルハーモニー。第1幕が不出来で、リヒャルト・シュッアラウスの甘美な音楽が台無しじゃないかと思っていたのですが、第2幕からは、持ち直してくれました。ほっと一安心。ノリが良くなっていきましたからね。

本日の食事。朝は定番メニュー。但し、デザートはプリンにしました。夕食は、街角インビスのお店で、「グーラーシュ」を見つけたものですから、飛びつきました。クリスマス・マーケット以外で、こういったお店は、初めてとなります。コブレンツは4度目ですが、目抜通りにあるこのお店を、今まで見つけられてなかったということです。ちょっと塩っけが多めのお味で、さほど美味いというものではなかったのですが、食事に変化を持たせることができました。

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カイザースラウンテルンから(3/16)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 3月17日(金)17時07分23秒
編集済
  だいぶとフランス寄りにやって来ています。カイザースラウンテルンは、初めて入る町。今まで、黄紺のオペラ紀行には縁がなかったのですが、今回は、急遽、入ることになってしまったのです。最初は、今日も、マンハイムでオペラを観る(蝶々夫人)ということで、予定を組んでいたのですが、マンハイムのチケットの売り出しは、2ヶ月前からということで、なかなかチケットを買えなかったので、いざ、その売り出し日が近づいたときに、スケジュールを組んだときには、ウェブ上で、まだ日程を発表してなかった歌劇場を、幾つかチェックをしている中で、今日の公演を見つけ、即刻、変更しました。そんなで入ったカイザースラウンテルン。昨日と違い、今日は、時間にゆとりがありましたから、のんびりと街中散策をすることができました。今日は、気温の上昇が著しく、気の早い人などは、半袖姿で歩いているのを見たほどです。5年程前にも、こういった気温の上昇を経験しているのですが、着るものには限りがあり、どうしても、極端な上昇&下降は、ホント、困ってしまいます。アイス屋さんが大流行り。ドイツですから、アイスも巨大、そないなアイスを食べるカフェは、大賑わいでした。そんななか、昼間は、プファルツ・ギャラリーに行ってきたのですが、改装中らしく、限られた展示室にだけ、入れてもらえました。記憶に残った作家さんをメモっておきます。カンディンスキー、キルヒナー、アウグスト・マッケ、ケーテ・コルヴィッツ、マックス・ベックマンというところです。20世紀に入ってからの作家さんに、ちょっと目が入るようになってきました。そして、夜は、プファルツ劇場カイザースラウンテルンで、ビゼーの名作「真珠採り」(ウルス・ヘーベルリ演出)を観てまいりました。素敵なオペラなのですが、なかなか上演機会に恵まれないオペラが、このカイザースラウンテルンに出るというので、マンハイムを棄てたというわけでした。このプロダクションは、インスブルック歌劇場との共同製作とか。装置は、回転舞台を使います。基本的には、2つにしか分かれていない舞台ですが、シーンによっては、180度回転させるのではなく、120度ほど回転させて、片方の舞台にある階段だけを使うという工夫もなされていたり、また、第2幕では、装置が追加されるということもあり、単調さを回避する工夫がなされていました。進行は、第2幕終了時で休憩。後半が第3幕だけとなりましたから、後半は40分ほどで終わるというもの。ドラマ的には、仕込みの入ったところで切るという方が良かった、即ち、第1幕終了後に休憩を入れておいた方が良かったと、黄紺は思いました。第1幕には、素晴らしくきれいなデュエットとアリアがありますから、それに浸ることもできますからね。回転舞台の内、冒頭に現れるのが、「3室×3段」の巨大な装置。部屋は作業部屋になっており、コーラスが埋め尽くしますから、かなり丈夫で巨大な装置。両脇に階段が付いています。120度ほど回転させるときは、この階段を見せるということになり、ここで、ナディルとズルナのなんとも美しいデュエットが歌われます。男性二重唱で、これほど美しく、ちょっぴりせつないものってないんじゃないかな。その作業棟の背後は、トタンと見えるような壁になっています。舞台が回転すると、そのトタンの壁が現れ、各部屋の背後に窓が付いています。最後の火事になると、ここに火が出ます。「3×3=9」箇所から火が出ます。迫力満点でした。この壁の前は広場となっており、両端には階段が付けられているというもの。レイラの祈りの小屋が要るようになると、この階段のサイドに出され、その小屋の上も歌唱に、何度か使われていました。ですから、舞台上での歌手の配置、動きに、かなり心配りをした優れたプロダクションです。主要な役は4人、その4人とコーラスの人たちで進むというオペラ。レイラを歌ったクリスティーン・バッフルは動ける人。静かに、素直な歌い方をしているときは、とっても好感を持てるのですが、頑張ってパワーが入ると、極端に聴きづらくなりました。そないに頑張らなくても、いい声なのにと思ってしまいました。男声2人は、ともに高音域が求められ、なかなか難しい。2人とも、高音域に苦しんでいたようでした。でも、ナディルのエリック・ラポルテは、このプロダクション随一の美声でしたが、いかんせん動けない。これは痛かった。ズルナのベルント・ヴァレヮティンは、優しいいい声なんだけど、パワーがあればいいのですが。それぞれ、物足りないところはあったのですが、この美しいビゼーのオペラは、たじろぐものではありませんでした。ホント、素晴らしいオペラです。ラストシーンも、とっても印象に残るものとなりました。壁には火が入ってます。舞台角4箇所には、松明を掲げる人が立ちます。更に、舞台中央では、下から炎が吹き上げます。そないななか、ズルナは捕らえられたのに対し、ナディルとレイラは逃げるはずなのですが、2人は、そういった火に囲まれたまま、緞帳が下りました。彼らも助からなかったと、黄紺の目には見えたのですが、、、。なお、このオペラを支えたオケは、プファルツ劇場管弦楽団、指揮はサミュエル・ホガルトでした。

本日の食事。朝は定番メニュー。デザートにはライス・プディングを添えてみました。夕食は、ノルト・ゼーで買った「バックフィッシュ」、早い話が、マグドナルドで売っているフィレオフィッシュだと思って下さい。形は違いますが、中身は同じです。普段は、ほとんど利用してこなかったノルト・ゼーに、今回は、はや2回目のお世話になっています。

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ルードヴイヒスハーフェンから(3/15)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 3月17日(金)00時31分45秒
編集済
  マンハイムの、ライン川を挟んだ対岸の町ルードヴイヒスハーフェンに入っています。毎度、マンハイムのホテル代が高いので、近郊に手頃なホテルがないかと探していて、見つけたというわけです。昨日のラウンハイムからは、マインツ乗り替えで、簡単に入ることができます。ただ、今日は、思い通りにいかないことが続きました。自分の思い込みで、ホテルに向かう地図を読み間違い、ホテル探しに汗をかいたり、マンハイム国民劇場までのアクセスの方法を見つけるのに、随分と時間が取られたりで、時間だけが過ぎていきました。そんなで、せっかくに来たルードヴイヒスハーフェンだから、この町の博物館などをピックアップしてあったのですが、全てが徒労に終わりました。ほんの僅か、中心街をぶらぶらしただけでした。ま、いろいろと苦労しながら、新しいところに慣れていくのも楽しいものなのですが、黄紺の思い込みがあったり、調べていったトラムの路線と齟齬があった(正確には資料不足というのが適切)りで、かなり苦しみました。ただ、マンハイムの街の構造なり、歌劇場の位置が、頭に入っているのが幸いだと言えます。そして、夜は、マンハイム国民劇場での「ヘラクレス」(ナイジェル・ローリィ演出)に行ってまいりました。ヘンデルのオペラの中でも、そうは上演機会の多いとは言えない作品です。今日は、シュトゥットガルトでも、ヘンデル作品(アリオダンテ)の上演があり、迷ったのですが、移動が短くて済む方なんて、非音楽的な観点でのチョイスです。このプロダクションでは、印象に残る「ジェラシー」という言葉が繰り返されるコーラスがあったあとで、休憩に入るとなっていました。そこまでは、舞台上には、列柱が並び、教会内部のような造り、両脇には、最初から最後まで、城壁の一部を成す塔の下部と見える装置が置かれていました。この中で、歌手陣は、歌唱と動きだけで、濃厚なジェラシーを軸とした感情表現をしなければならないのですから、大変なことです。特にヘンデルのオペラは、同じメロディが繰り返されていきますから、なおさら要求されるものが高度になっていきます。このオペラ、主人公2人の関係だけではなく、それだと、正に初めから終わりまでが、ジェラシー劇になってしまうためか、ヘラクレスの息子ハイルスと囚われの女性イオレの恋も描かれます。そもそもイオレを、ヘラクレスが捕らえてきたことがきっかけで、デジャネイラのジェラシーが芽を葺くわけですが、一方で、息子が一目惚れをしてしまうことから、筋立てが複線化してはいきますが、ジェラシーが強烈なため、こちらのエピソードは、どうしても添え物になってしまいます。特に、イオレも惹かれ出す、その辺りが、あまりクリアになってないきらいがあります。そこで、このプロダクションでは、後半の冒頭にある2人のデュエットを使い、イオレの心持ちが判る工夫がされていました。ここだけ、城壁を出しました。城壁の上と下を使い、また、城壁上の壁の切れ目を使い、イオレもハイルスを求めていることを見せたのです。1つでも、こうしたシーンが入ると、あとの筋立てに貢献していきます。このプロダクションの最も優れたところだったんじゃなかったかな。そのあとからは、ギリシア風の柱が、横並びに立ち、右奥にヘラクレス夫妻の寝所を置くという装置で、最後を除いて展開。瀕死のヘラクレスが、姿を顕すのは、この寝所の幕が引かれるという具合にでした。デジャネイラの狂乱の場が終わると、デジャネイラは、それで、お役ご免。コーラスが最後を締めるのですが、このとき、ホリゾントが開き、そこにロケットが発射され上昇していく映像が映され、幕となりました。ヘラクレスが天に昇る姿を表したわけですが、どろどろとしたこの愛憎劇の緊張を、一挙に緩和するということでしょうが、ちょっと呆気にとられたってところでした。このオペラ、歌手も大変ですが、ギリシア劇のコロスのような役割を果たすコーラスが、大変大きな役割を果たすと考えています。ですから、今日の演奏を聴いて、もっともっと起伏の多い表現を取ってもらいたかったと思いました。歌手陣では、イオレを歌った韓国人歌手クォン・ユンジュが、図抜けた力量の持ち主。チャーミングな声が前に出ていたのが評価されたのだと思います。次に来るのが、デジヤネイラを歌ったモリー・エレン・ネシでしょう。もう少しパワーがあればとは思いましたが、ちょっと年増女の狂いは出ていたかと思います。この人以外は、アンサンブルの歌手陣だったようで、少なくとも凹みはなかったとは思いました。オケは、こちらのレジデンツのオケに、必要な古楽器を加えての演奏。指揮のトマス・ベローがゲストということですから、その筋の専門家を喚んできたものと思われます。

本日の食事。朝はいつも通り、変わりばえはしません。デザートに、チョコの欠片入りヨーグルトでした。黄紺の一番好きなメーカーものです。夜は、せわしなくルードヴイヒスハーフェンで探したのですが、目新しいものは見つからず、ならばと、野菜不足を補おうとドネルにしました。マンハイムだと、定番はタイ料理なのですが、夕食だけのために、マンハイムまで行く余裕はありませんでした。

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ラウンハイムから(3/14)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 3月15日(水)16時54分48秒
  ワイマールからラウンハイムへ移動しましたと書いて、解る人は、まぁいないでしょう。黄紺自身も、ラウンハイムが、なかなか覚えられないのですから。フランクフルトから電車で20分、マインツ方向に行ったところです。マインツの方が、フランクフルトに向かうよりは近いというところです。去年同様、この時期のフランクフルトは、ホテル代が高騰。半端な値段ではないため、郊外に避難をしているというわけです。名前も何も知らないで来たのですが、ホント、住宅地以外は、何もないというところです。幸い、ラウンハイム駅からホテルの経路を調べたときに、ドイツで、よく知られたスーパーの位置が頭に入っていたので、それを探しに歩いただけという日となりました。そして、夜は、フランクフルト歌劇場であった「ビョートル・ベチョワ  歌曲の夕べ」に行ってまいりました。今をときめくテノールのビョートル・ベチョワに、伴奏が、なんとリートの伴奏で、名を馳せているヘルムート・ドイチという組合せのコンサートに行くことができたのです。もちろん、今回の目玉の1つであることは言うまでもありません。プログラムは、前半に「詩人の恋」が歌われ、後半は、カルロヴィッツ、ドボルザーク、ラフマニノフと続くスラヴ歌曲という組合せのプログラムでした。ポーランド人のビョートル・ベチョワにとっては、スラヴ歌曲はお手のものなんでしょうね、おもしろいプログラムに遭遇することになりました。ちょっと字余り的に聞こえる独特の音が新鮮で。中でも、カルロヴィッツの歌曲なんて、まあ聴く機会がなかったものですから、これは、全く嬉しい遭遇となりました。プログラム的には、デリケートな「詩人の恋」から始まり、徐々に陽性度が高まっていくという構成。ビョートル・ベチョワの声の伸びやかさ、ホントにきれいな声をしていますから、そういったものになじみ易いのでしょうか、こんな声なら、ぜひぜひオペラでの歌声を聴かねばの思いにさせてもらえました。その歌唱をともにしたのが、リート伴奏の名手ヘルムート・ドイチのピアノ。なかでも、壊れてしまいそうなデリケートな趣の「詩人の恋」は絶品でした。「詩人の恋」は、どんどんと進行が早いものですから、最後の音は、ペダルを踏んだままで、自分で譜面をめくってました。こんなのが判るのが、舞台に向かい左側に座った者の特権です。アンコールは3曲、それらを入れても、2時間に満たないコンサートでしたが、帰り道、黄紺の頭の中では、「詩人の恋」のメロディが、繰り返し鳴っていました。

本日の食事。朝はいつもの通り、ただ、今日はアイラン付きです。500ccのパックものを買っておいたため、昨夜から、アイランを堪能することができました。そして、夕食は、フランクフルト中央駅の地下で、ピザを買い、立ち食い。一番簡単に食べることができるものをチョイスです。去年も、この地下街で、ファラーフェルを食べたら、お腹がいっぱいになりすぎたため、今年はピザにしました。なんせ、ラウンハイムには、こうしたファーストフードのお店すら見つからなかったのですから。ですから、劇場に行く直前に食べるしか手がなかったということでした。

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ワイマールから(3/13)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 3月14日(火)13時29分43秒
  ようやく、ベルリンから離れました。近い内に、また、ベルリンに戻るのですが、軽い旅に出ました。今日は、ワイマールに移動という、さして珍しくない移動だったのですが、トラブルが2件発生して、ちょっと冷や汗をかいてしまいました。ワイマール行きのICに乗るための駅に行けなくなってしまったのが、朝早々に起こり、慌ててしまいました。ホテルの最寄り駅(Sバーン)で、電車が停止したままになり、地下鉄(Uバーン)と他のSバーンを乗り継いで、当初乗るはずではなかった中央駅で、ワイマール行きのICに乗り込みました。これは、これで良かったのですが、その乗ったICが、ワイマールに着く前に停まったライプチヒで、車両変更となりました。車内放送で、「向かいの電車に乗り替え願います」と言ったように聞こえたつもりだったのですが、周りの動きを見てると、その様子じゃないみたいと、半信半疑になっていたところ、ライプチヒ駅に着いた途端、全員が立ち上がったので、「やっぱり、そうやったんや」と、びっくりしてしまいました。ベルリンからミュンヘンへ行く列車でしたが、今まで、ライプチヒ経由じゃなかったので、何となくおかしいなとは、列車の運行表を見て思っていたのですが、、、。ワイマールは、12月にも入っているのですが、今回と同じパターン。月曜日で、ほぼオペラ公演がないなか、オケの演奏会が、移動経路の中にうまくはまりこむ、そういった条件を、前回ともに満たしたのでした。今回は、ハノーファーも、その条件に合っていたのですが、こちらを選んだのは、単にプログラム上の問題なのですが、ちょっとはワイマールに入りたいと気持ちがあったことは否定できません。ところが、月曜日ですから、博物館などはカパル。でも、街中ウォーキングをしているだけでも、ワイマールは楽しいのです。12月は、クリスマス・マーケットなどという楽しみがありましたが、今回こそ、正に素のワイマールを歩くことができました。衝撃の「オネーギン」を観た工場跡劇場も見に行きました。健在でした。街全体が世界遺産ですから、うまく姿を隠しているショッピングセンターに、Dちゃん土産を探しにも行ってみたのですが、不発でした。できるだけ、知らない道を歩いたつもりが、気がつくと、あっさりと知った道に、でも、それを逃れようとしながら、結局は、クラナッハのある教会への道を探し出すと、もう、黄紺の心得たルートとなります。ベルリンで思ったままのことを。また考えてしまいました。「戦争さえしなければ、もっと多くのワイマールが残ったのに」と。夜は、ワイマール州立管弦楽団の定期演奏会。会場は国民劇場ではなく、近くにあるワイマール・ハレです。プログラムは、次のようなものでした。「サンサーンス:行進曲"東洋と西洋"」「サンサーンス:ピアノ協奏曲第5番"エジプト風"」「リムスキー・コルサコフ:交響詩"シェラザード"」。なお指揮はキリル・カラビッツ、ピアノ独奏はスティーヴン・ヒューでした。「シェラザード」に入る前に、短い講演のようなものがありました。もちろん聴き取れはしないのですが、その端々から気がついたのは、今日のプログラム構成。全てが、オリエントを意識して作られたものばかり。恐らく、その辺についてのお話しだったのでしょう。当初、珍しい曲(サンサーンスもの)を取り上げるなと思っていたのですが、そのわけだけは了解できました。そういったエキゾチズムの盛り込んだ作品だったわけですが、サンサーンスのピアノ協奏曲では、ただただ、きらびやかなきれいなピアノだなと、今まで、頭に入ってなかった曲を聴けて、喜ぶ黄紺だったのですが、会場の音響に問題があるのでしょうね、きらびやかなピアノの細部がぼやけてしまい、勿体ないことをしたなの印象でした。後半は、耳になじみやすい「シェラザード」ですから、こんなの聴いちゃいますと、コンサートがはねたあとも、そのメロディが、思わず知らず口から出てしまいますね。閑話休題、間に、こういった楽しい気分にさせてもらえるコンサートが入るのもいいものですね。「繋ぎ」なんて言い方は、ホント、勿体ないです。

本日の食事。朝は、定番のもの。デザートに苺味&チョコの欠片入りヨーグルトを添えてみました。ドイツ人にも、チョコの欠片入りが人気のようで、商品のヴァラエティが増えています。夜は、チェーン店「ノルト・ゼー(北海)」で見つけた「フィッシュ&チップス」。ここで、これを売ってるかという感じでしたので、これから「ノルト・ゼー」を目にしたら、通りすぎるのではなく、店先を覗いてみることにします。そのお店、「バックフィッシャー」も売ってましたから、黄紺的にはマークを付けましたが、一方で、揚げ物ばかりはダメよの警告ランプが点っています。

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ベルリンから4(3/12)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 3月13日(月)21時00分44秒
  ベルリン4連泊目となり、完璧に弛緩しております。逆に慣れきってしまい、ポカをしないか不安になっていたところ、あっさりとやっちゃいました。博物館に行き、クロークに上着を預けるときに、ホテルの鍵をポケットに入れたまま預けてしまいました。幸い、変なことにはなりはしなかったのですが、よくぞ、ポケットから滑り落ちなかったことかと、あとになり気がつき、胸を撫で下ろしました。昼間は、明朝、移動となるのですが、今まで通ったことのないベルリン内での移動となるので、その下見をしてから、目的地のエフライム宮殿へ。うまい具合に、下見の経路を使うと、その流れで行ける宮殿なのですが、こちらは、内部か博物館となっており、只今、ベルリン王宮についての特別展「宮殿、都市、ベルリン」をやっているのです。最新のベルリン情報を、ウェブ上で発信されている方のブログで知ったのです。「お薦め」の言葉を鵜呑みにして行ってみたのですが、正解でした。30年戦争後のベルリンの再建のなかで作られたのが、現在のベルリンの基だそうで、模型で、その都市が再現されていたり、その街の発展具合も、違った模型で再現されているのを見れたのが、最大の収穫。戦災で消えたベルリン王宮の戦前の姿すら知らない黄紺には、巨大な画像で再現されていた王宮内部の姿を見るにつけ、毎度感じる突っ込みをしておりました。「戦争なんてするものではない」「せっかくの人類の遺産が跡形もなくなるなんて」と。博物館を出ると、地下鉄ですぐのところに、クロイツベルクがあるということで寄ってみました。トルコ人の店だけでなく、アジア・インビス系の店が増えてきて、国際化が進んでいるように見えてしまってます。そして、夜は、ベルリン国立歌劇場であった「ワーグナー・ガラ・コンサート」に行ってきました。シモーネ・ヤングの指揮も魅力的ですが、歌手陣がすごい。 ヴァルトルート・マイヤー(a)、ルネ・パーペ(b)、カミラ・ニュルンド(c)、ヴォルフガング・コッホ(d)、ニコライ・シュッコフ(e)、アンネ・シュヴァンネヴィルムス(f)の6人の歌手に、コーラス(g)も加わり、ワーグナーのオペラからの抜粋が演奏されました。そのプログラムは、次のようなものでした。①(f)「タンホイザー」よりエルザ「Dich,teure Halle,gruss ich wieder」②(g)「タンホイザー」より「歌合戦入場の歌」③&④「ニュルンベルクの名歌手」より第3幕導入部&ザックスのモナローグ(b)⑤(ad)「ローエングリン」よりテラムントとオルトルートの二重唱「Erhebe dich,Genossin meiner Schmach」⑥(ce)「ワルキューレ」よりジークムントとジークリンデの二重唱「Der Manner Sippe sass hier im Saal」⑦(g)「ローエングリン」より第3幕への前奏曲⑧(af)「ローエングリン」よりエルザとオルトルートの二重唱「Euch Lutfen, die meine Klagen」⑨(d)「さまよえるオランダ人」よりオランダ人のモナローグ⑩(g)「ニュルンベルクの名歌手」より合唱「Wach auf, es nahet gen den Tag」⑪(e)「ニュルンベルクの名歌手」よりワルターの授賞の歌⑫(b)「ワルキューレ」よりヴォータンの惜別の歌。本来なら、亡くなったヨハン・ボータも出演予定だったのですが、残念ながら、こればかりは致し方ありません。12月の「ローエングリン」(ベルリン・ドイツ・オペラ)も、ヨハン・ボータだからチケットを買ってあったということがあったのですが、あのときの代演に立ったペーター・ザイフェルトにしびれたのと同様に、ニコライ・シュッコフも良かったですね。中でも、カミラ・ニュルンドとの二重唱は、今夜随一の拍手を受けていました。カミラ・ニュルンドも、狙いの一つだったのですが、最初は、絞り出すような発声かと思ってしまったのですが、それも技の内と判るまでには、さほど時間がかかりませんでした。黄紺的一の狙いはヴァルトルート・マイヤーであるのは言うまでもないのですが、ちょうど1年前に聴いたのが、最後のクンドリーということで、ぎりぎり間に合ったのですが、今は、「ローエングリン」のオルトルート、「エレクトラ」のクリュタイメストラーを歌っているということでしたので、その内の1つに遭遇できたことになります。相変わらず、小柄の身体のどこから、この突き刺すような声が出てくるのかと感心する一方で、高音は、気合いを入れて出してるなという印象を持ったことも事実で、いかんせんヴァルトルート・マイヤーと言えども、年齢に応じた選択をしていっているなの印象を持ちました。ヴォルフガング・コッホが、昨年の件の「ローエングリン」で、えらく調子が悪かったので、気にかかっていたのですが、とんでもございません。フランクフルトの「オランダ人」、1年前の「パルジファル」で聴いた声に戻り、安堵の気持ちです。ヴァルトルート・マイヤーと組んだ悪者2人の歌唱は聴かせてくれました。そういった中で、黄紺的に見て、この日の秀逸はルネ・パーペ。中でも、ハンス・ザックスに魅せられました。ヴォータンも威厳に満ちてましたしね。しかし、ルネ・パーペが、この2つの役を、実際のオペラで歌ってるのかが気になりました。今後、歌うなら聴いてみたいですね。ルネ・パーペ、これで3度目になりましたが、今までで最高じゃなかったかな。このあと、すぐに4度目が控えていますから、楽しみが倍加しました。シモーネ・ヤングの指揮ぶりを舞台上で観たのは初めてとなるのですが、この人、とっても棒さばきが華麗ですね。オケの人、解りやすいんじゃないかな。

本日の食事。朝は変化なし。アイランを付けることができたのが、嬉しいところ。夜は、コンサートに向かう途中、ツォー駅前のスタンドと言っても、人だかりのない裏手にあるスタンドで、「カリー・ヴルスト」にしました。ケチャップをやたらかけてくれたために、小さなパンも、ケチャップでべとべと。でも、それで知りました。菓子パンじゃないパンに、バターやジャムでなくて、ケチャップを着けて食べる手があるなということを。日本に帰ったら、実践してみます。

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ベルリンから3(3/11)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 3月12日(日)17時29分28秒
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  ベルリン連泊3日目となりました。界隈も、よく知らないところに宿をとったので、来るまでは、若干不安な気持ちもあったのですが、実際来てみると、ロケーションがよく、近くにはスーパーがあり、トルコ屋さんもありと、ホテルの部屋も広くて快適と、とってもくつろいだベルリン・ライフを送っています。このまま住み着きたい気分が出てきています。今日は、昼間は、昨日とは逆に、「連合国博物館」に行ってみました。ソ連側の博物館は、ひっそりとしていたのですが、こちらは、団体さんが、バスで乗り付けたりして、えらく雰囲気が変わります。アメリカ占領軍本部跡に作られた博物館じゃないかな。対になっている2つの博物館ともに、ベルリン市内からすると、かなり外れたところに位置しています。今日は、ついでに「ダーラム博物館」にも行ってみました。近くにあったからです。ただ、この博物館、リニューアル中だと言うことで、ヨーロッパ部門だけを観ることができました。そして、夜は、昨日に続いて、ベルリン・ドイツ・オペラで「コジ・ファン・トゥッテ」を観てまいりました。今季のプレミアで、ロバート・ボルクマンのプロダクションでした。このプロダクションの特徴は、装置など、周囲は、現代の最新型のものを使い、でも、進行はオーソドックスにというものだったと、まとめることができるのではないかと思います。装置は、床にアクリル板が全面敷かれているため、常に、舞台上のものが反射しています。とっても無機質で、これだけで、あからさまに現代を意識させます。今日も、廻り舞台が、終始活用されたのですが、1幕では、現代アートで作られたような築山が回り続けます。2幕では、トタンででも作られているように見える巨大な跳ね井戸と、ステンレス状の長い衝立が2つ回り続けます。よくある最近の手法ですね。舞台で繰り広げられるお芝居は、とっても人間臭いものだということを際立たせるため、周囲を無機質のもので固める、これですね。ただ、その無機質な装置に、人の生活の匂いを組み入れたのが、築山であり井戸なのでしょう。ただ、それらは、とってもメタリックの印象を持たせるようにされてはいますが。現代を象徴すると言えば、アメリカ。アメリカのショービジネスの世界で使われそうな衣装、これは、かなりくさくしてあります。男2人に、金ラメの入った上着にスラックスを着せ、デスピーナは、後半、ノースリーブのエナメルのワンピース姿でした。文字が、舞台上に現れるというのも、最新の流行り。しかも、全て英語です。冒頭、序曲の間は、大垂れ幕がかかり、そこには「Yours」の文字が書かれているのですが、それが、揺らされるものですから、見え隠れします。見事に、このオペラの行く末を暗示した手法です。終盤には、舞台全面に透明幕が降ろされ、そこに「NoNoNoNoNoNo」の文字が映され続けます。この映像&画像を使うという手法は、現代の常套手段ですが、幕として前面に使われるのは、1週間前にびわ湖で観たところですが、ドイツでは久しぶりでした。このプロダクションは、好んで最新技法を駆使していますから、当然、ホリゾントは全面、投射の対象域。木などが分割されて映されていましたが、ラストでは、ここに、しかも、下の方に暗めに、要するに「こっそり」と、「SILENCE」と黒い文字が出されていました。このホリゾントが画面には、舞台の背後か前方かは判らないのですが、カメラが仕込まれていたようで、ここから撮った映像を、しかもシルエットで(だからカメラの位置が特定できない)が映し出すなんてこともやってました。そして、これは、その意味を把握しかねているのですが、スマホなんかで、ローディングの際現れる「くるくる廻るマーク」が、1幕で、前面の透明の幕に映し出されていましたが、、、解らないのです、意味が。客席に、話の進行を待たせる、焦って待たせるということかな、なんて考えたりはしたのですが、、どうでしょうか。そう言えば、1幕だけだったのですが、開演前に、オケピット右端上に作られた舞台に、ロココ風衣装を着た女性らが、客席に着くように着席をすると、指揮者が入ってきました。その人らに見せるという風情だったのか、これも、よく把握できないままでした。歌手陣は、フィオルディリージ(マルティナ・ウェルシェンバッハ)が良かったかな。ドン・アルフォンソ(ノエル・ブーリー)が、パワー的にはしんどく、フェルランド(マシュー・ニューリン)に、もうちょっと上品な声が欲しかったというところで、あとは平均点というところでしょうか。なお、指揮はダニエル・コーエンでした。

本日の食事。朝は変化なし。アイランを付けたくらいが変化かな。同じことを、同じ場所で繰り返していると、何か自分の家にいるような気がしてきました。今いるホテルは、部屋が広いので申し分ありません。夕食は、ホテルの近くのトルコ人の店で、「ファラーフェル」にしました。アラブのファーストフードの代表格で、ドイツでは、トルコ人の店で買えます。要するに、コロッケ・サンドです。うまかったですね。おいしいパンに、辛いソースとケチャップ(黄紺はわざわざ入れてもらいます)のブレンドが、旨味を上げてくれました。

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ベルリンから2(3/10)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 3月11日(土)15時20分23秒
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  ベルリン2日目です。相変わらず、睡眠障害が続いていますが、のんびりと、ベルリン・ライフを楽しんでおります。昼間は、今日は、ベルリンの東部へのお出かけ。当然、元東ベルリンになるのですが、その地を、かつて統治していたソ連の本部のあったところに、今は、「ドイツ・ロシア博物館」として、ソ連による勝利、占領時代を伝える資料展示を行っているところに行ってまいりました。その建物自体が、ベルリンを占領した4ヶ国とドイツによる終戦協定の調印の行われた場所だそうで、その歴史的な記念物が、博物館に転用されているというところです。昨日の「壁記録センター」もそうでしたが、こういった負の遺産ものは、無料で入れてくれます。この辺が、ドイツのすごいところだと思ってしまいます。展示は、第1次大戦を含めた約20年間の両国関係の展示があるかと思えば、ドイツの進撃のなか、現在のベラルーシに作られた強制収容所などもあり、同じ立場の日本とのスタンスの違いを思い知らされます。証言を含めて、こういった展示に重しを付けているのは、個人に焦点を当てる試みです。ナチス側に立ったことが明白な人物には、ブライバシーなどありえないというスタンスは、日本ではなかなか首肯されないところかもしれませんが、逆に、何の罪や科なき人たちの生きていた証を残そうとするスタンスは徹底しています。頑張って、ドイツ語を読みました。文学や演劇で、正に身を立てようとしていた女性のプロフィールを読んだときには、完全に硬直してしまいました。享年38歳、それで殺されるのが判っていて、送る収容所生活はいかばかりだったか、、、。ただ、ユダヤ人だけで。戻り道、ツォーを通れるということで、12月のテロ現場に行ってみました。クリスマス・マーケットにトラックが突っ込んだってやつです。黄紺は、あのテロ事件の数日前、あの現場に、何度か足を運んでいたからです。まるで、何事もなかったように、観光客が集う一方、傍らに、献灯という言葉が適切かと思いますが、ガラス瓶に入ったロウソクが、数多く置かれていました。黄紺も巻き込まれていたかもしれないと思うと、ただただ、鎮魂の気持ちになりました。そして、夜は、今夜は、ベルリン・ドイツ・オペラの方で、「ファウスト」を観てまいりました。今回の最大の目玉の1つです。ダルカンジェロがメフィストフェレスを歌い、フィリップ・シュトレツェルのプロダクションなんですから。そして、期待通りのわくわくするプロダクションに魅せられ、ダルカンジェロを初めとした優れものの歌手陣に魅せられた夜となりました。シュトレツェルのプロダクションって、何かおもしろいことを見せてくれる、正に、その期待を裏切るものではありませんでした。あの豊かなアイデアは、ホント、素晴らしい。ベルリン・ドイツ・オペラの新しい「指環」が、この人のプロダクションだったら、話題騒然でしょうね、、、はて、誰になるのでしょうか。この「ファウスト」では、一貫して廻り舞台を有効活用しました。舞台中央に、回転舞台の軸として、巨大な塔状の装置を配置。その周りを廻る回転舞台に、登場人物、装置(最後の場面だけ、これもニクい演出)が出てきますが、この廻り舞台に乗り出てくる人たちは、ほぼストップ・モーションなのです。まるで、マイセンか何かの、陶器の置物を見ているようでした。中には、動作のあるなか、その廻り舞台が動き出すと、ストップ・モーションに入るという場面もありますから、廻り舞台に乗って来る人たちは、正にストップ・モーションなのです。もう、このアイデアを観れただけでも、この「ファウスト」を観た値打ちがあります。最後の、ファウストが、マルガリーテの囚われの場に行くときだけは、まるで、関門のように、ファウストらがマルガリーテの元に至るに障壁となるものを、廻り舞台から送り出してきましたから、グノーの音楽とともに、緊迫感の出たことか、、、出たのです。ただ、回転舞台というものに一貫性を持ったために、齟齬に近い部分が生まれるということは致し方ありません。ヴァレンティンらが戦から戻って来る場面などが、それに入るのですが、ちーとは我慢のしどころかと思い、観ておりました。あと、演出で目立ったところを記しておきます。冒頭、前奏曲で、このオペラの最終場面が出てきます。もちろん、ラストになって気がつくという趣向になっていますが、マルガリーテの処刑直前という場面です。本当のラストでは、マルガリーテは、横にある簡易ベッドに寝かされ、薬物注射で処刑され、幕となります。これは、ラストになり、仕掛けが明らかになるという趣向ですが、ぎょっとしたのは、ファウストが、マルガリーテの家に夜這いをかけるところ、一旦、マルガリーテは拒否をして、ファウストは引き下がります。そのあと、再度、ファウストが忍び込み、マルガリーテも受け入れるという場面で、メフィストフェレスは魔法を使い、マルガリーテ似の女性のところに、ファウストを忍び込ませます。これで、都合、2人の女性を恋に狂わせるということになりました。こうなっては、もうシュトレツェルの演出そのものが、悪魔的です。次は、どのように運ぶのか、黄紺の目は、今回のオペラ紀行でもって、初めてギトつきました。落語でも、オペラでも、この感覚に入ったときって、ドーパミンが分泌されるようで、自分でも、気分が高揚してくるのが判ります。このプロダクション、シュトレツェルの演出を支える歌手陣が、ホント、優れものでした。1人でも、スター歌手(今日の場合はダルカンジェロ)が入ると、それに合わさねばなりません。歌劇場の、その努力に感服しました。黄紺の一のお気に入りは、マルガリーテを歌ったハイディ・シュトーバー。確かに、ひたすら、彼女が救いを求める歌唱は、中でもクライマックスの転調をしてからの歌唱には、課題が残りましたが、この歌手の、なんと清楚な声に、黄紺は魅せられてしまいました。正にマルガリーテの声は、これでなければの気持ちです。ファウストを歌ったモロッコ人歌手アブドゥラハ・ラスリの澄んだ声も、良かったなぁ。この人、今後、記憶に留めておく歌手ですね。ヴァレンティンのトマス・レーマン、シーベルのイレーネ・ロバーツ、マルテのロニタ・ミラー(アズチェーナなんてのを聴いてみたいな)といった脇役陣の充実が良く、さすが、ベルリン・ドイツ・オペラってところでした。

本日の食事。朝は、いつものスーパーで買い求めたもの(パン、ハム、トマト、ヨーグルト)。ツォー駅前のおなじみのスーパーで買っておいたのですが、デザートとして、黄紺的にはドイツのお味、チョコの欠片入りヨーグルトの苺味(苺味は初遭遇)を、今日は添えました。夕食は、ホテルの周りには、あまりお店が多くないので、ベルリン・ドイツ・オペラに入る前に立ち寄るツォー駅前のおなじみのアジア・インビスで、「焼きそば」にしました。黄紺的ベルリンの味です。毎回、1~2回立ち寄るお店で買うことにしました。お味がグレードアップしているのはいいのですが、醤油味は、あとで喉が渇いていけませんね。

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ベルリンから(3/9)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 3月10日(金)16時43分25秒
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  ハンブルクからベルリンに移動しました。今回は、ホテル代が高いもので、今まで泊まったことのない環状線沿いに、ホテルを取っています。2回目にベルリンに入るときは、いつものところで、いつものようにホテルを取れましたから、この時期、何か人目を惹くイベントがあるのかもしれません。今日は、昼間は、かねてより狙いの「ベルリンの壁記録センター」に行ってきました。フリードリヒシュトゥラーセから2駅北のノルトバーンホフから歩いてさほどかからない位置にあります。そして、ここには、壁が、元のままに残されており、そういった景観をも含めた博物館になっていると考えればいいでしょうか。映像などで見かけたことのある建物も、そのままにされ、壁というものが、正にあったのだということが判るようになっています。屋内では、壁建設前から始まり、壁の崩壊で終わる歴史を、展示&証言で振り返ることができるようになっています。戻りは、ハッケッシャー・マルクト駅前に小さく拡がる屋台に寄るのは、木曜日の恒例。そして、夜は、ベルリン国立歌劇場の「ナクソス島のアリアドネ」(ハンス・ノイエンフェルス演出)を観てまいりました。久しぶりの「ナクソス島のアリアドネ」です。なんか頼りないものを観たなという印象が残ったのですが、それは、日本にいる間に、ドレスデンの15年程前のプロダクション(ソフィー・コシュが作曲家)を観てきたからかもしれません。このプロダクションは、シュトゥットガルトのそれとは違い、並びも通常、休憩もありというオーソドックスなもの。ただ、1幕は装置なしで進行。全編、白い大きなボックスの中で進行するのですが、この1幕は、中ほどの壁で、舞台を狭くしてあり、その壁の中ほどに出入口が仕切られている程度の加工が施されているもの。そして、その壁が、最後だったかに上がり、舞台後方に、石と言えばいいのかな、そういった塊が幾つも落ちて、幕になりました。この意味が、よく判らないのですが、「前途不安」なんてことを表しているのかなと、勝手に思索を廻らしていました。そんなですから、歌手は、動きと歌唱での表現が求められるものでしたが、特に何やらがあったというわけではありませんでした。2幕の「オペラ」の部分は、舞台全体を使います。但し、背後は大黒です。右手前に、アリアドネが身を横たえるベンチ状のもの。一見したところでは、海水浴場の日光浴用のベンチに見えました。正中にたたみ1畳程の低い台、周辺には、1幕の最後に落ちた石と見えた塊が配置され、これも、一見して海岸縁の岩と見えましたから、絶望のアリアドネが、海岸に横たわっているという風情を見せていました。デザイン化はされていますが、そのように見せることでの装置ですから、新味があるわけではありません。ここでも、それ以外の装置があるわけではありませんから、この「オペラ」も、歌手の動きと歌唱で進行するというもの。3人の乙女の衣装を見て、黄紺は、看護師を連想してしまったため、アリアドネ(19世紀のブルジョアジーの衣服みたいのを着ている)が、心を病んだための転地療養に、ここへ来ているように見えてしまいました。バッカスは、スポーツシャツにスラックスという出で立ちでしたから、普通のお兄ちゃんぽい雰囲気、ツェルビネッタも、赤のノースリーブのワンピースを、終始着てましたから、その辺を歩いている、ちょっと派手系のお姉さんという風情。喜劇役者といっても、派手さを抑え、でも、ちょっとだけ、それらしく見えるかもという衣装。変わっていたのはラスト。バッカスは、舞台から降り、オケピットの上部に腰掛け、半身で舞台に目をやる姿勢になり、アリアドネは、短剣で自害をします。すると、作曲家が現れ、その倒れたアリアドネに添い寝をして、幕となりました。咄嗟に、頭をよぎったのは、このオペラを「悲劇で終わらせた満足感」でした。そう言えば、気になっていた、1幕の終盤、作曲家がツェルビネッタに関心を持ちそうになる雰囲気を出す演出もあるなか、そういった素振りを出していなかったことです。悲劇と喜劇の同時進行という無茶な要求に、「ノー」を突きつけたかったのかなと判断してしまいました。そう考えたからと言って、あまり、何も感じなかったのも事実です。歌手陣では、著名なロベルト・サッカが良かったと思いました。ベルリン・ドイツ・オペラで聴いたとき(ローエングリン)は、広い器で大変でしたが、シラー劇場なら大丈夫でした。ツェルビネッタ(エレナ・サンチョ・ペレグ)はおいしい役ですから、大きな拍手を受けていましたが、そこまで拍手が出るかと思う声だったのですが。黄紺的には、もう少し、キレイな澄んだ声を求めてしまいます。作曲家(カタリナ・カンマーローハー)やプリマドンナ(アンナ・サムイル)には、特に関心は向きませんでした。ダメというわけではないのですが。なお、執事役もズボン役が起用されていました。初めての経験でした。指揮は、若い韓国人女性指揮者キム・ウンスン。黄紺は、この人の指揮に、よく当ります。フランクフルトでのことだったのですが、ベルリンにまで起用されているのですね。出世の早さに驚き、最近の動向を見ると、破格の扱いと言っていいのかもしれません。ただ、この「ナクソス島のアリアドネ」では、1幕がもどかしくていけませんでした。台詞との掛け合いにアクセントがなく、耽美的なメロディも無視されたようで、つまらなくて。2幕では持ち直してはいましたが、キャリアの充実とは相反する姿を目の当たりにしたというところです。

本日の食事。朝食は前日と同じ。パンだけを変えてみました。ホテルの朝食を頼むとお高いので、ドイツ滞在中は、ずっと、同じ調子で、朝は進みます。早めの夕食は、ハッケッシャー・マルクトのトルコ人の屋台で「ユムルタ」。半熟卵と玉ねぎの煮込みにしました。クイマが入ってるのかなの気持ちで頼んでみたのですが、入っていませんでした。これだと、「メネメン」みたいになりますが、煮込み料理でした。それが、サラダ添えだけで渡されたので、「パンは?」と尋ねると、「yok」のお答え。黄紺が変な顔をしたのかもしれません。ユフカを折り畳んでくれました。これだから、トルコ人は嬉しい人たちです。

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ハンブルクから2(3/8)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 3月 9日(木)18時07分4秒
  ハンブルク連泊です。今回は、ハンブルクとベルリンだけで、日程のちょうど半分を消化します。それだけ、この2つの都市にそそられるプロダクションが集中したことです。これは、あくまでも、事前に計画を立てたときのもので、実際には、昨日のように外されることは起こりますが、それは、あくまでも結果論です。ただ、毎日、オペラ鑑賞ができるように、狙いのものは外さないようにと組むのですが、そうは、自分に都合のいいものが揃うわけではありませんから、中には「繋ぎ」としてチョイスしたものも出てきます。候補が複数出たときには、移動の便とか、交通費節約とか、観光的観点とか、、、肝心のオペラの値打ち以外のところで判断して、スケジュールを組んでいるケースも、ままあります。ということでの、ハンブルク連泊は、この「繋ぎ」という要素、連泊すると交通費は要らない、それに加えて、本来の「マクベス」というオペラに向かう関心が加わり、今日も、ハンブルクとなったってことです。「マクベス」というオペラは好きだけど、このプロダクションに、特にそそられるわけではないが、これを超える公演は見つからない。なのに無理して行くくらいなら、交通費は節約できるし、そこで、ようやく「マクベスはいいオペラだし」が加わり、今日のスケジュールが決まったというのが内情ですが、とっても贅沢な考え方をしているなとは思っています。で、昼間は、まず「現代美術館(Deichtorhallen Hamburg)」に行ってまいりました。ここは、ハンブルク中央駅の近くで、線路沿いに見える倉庫群を改造した美術館で、3つに分かれています。3つとも入ると、かなり高額になる(コンビ・チケットで25EURO)ということで、今日は1つだけにしておいて、このあと来るときに、また1つ入ることにします。今日は、エルプ・フィルハーモニーをモチーフにした作品展だけを観てまいりました。目につく建物ですから、そういったヴィジュアル的にインスパイアされたものから、音楽という括りからのもの辺りまでは解るのですが、それ以上の作品は、黄紺の想像力を超えるイマジネーションの働いたものですが、自分的にはエルプ・フィルハーモニーと頑張って結びつけなければ、目を見張る作品に出逢えたことは事実でした。現代美術の自由闊達な発想に刺激を受けたのはいいのですが、時間は、余りに余り、そのあと、まだ見つけていなかった「旧商工組合福祉住宅」と「ブラームス博物館」を探しに出かけました。前者は、たまたま、観光客っぽい方たちがいましたから、あっさりと達成。細い路地に連なった住宅群というほどは多いことはありませんが、日本で言えば、「長屋」という風情のコーナーでした。「ブラームス博物館」は、以前にも探しに行き、失敗したところ。今回は、その前に「テレマン、C.P.E.バッハ、ハッセ博物館」を見つけたもので、そこで教えられて、無事に辿り着くことができました。「テレマン、、、博物館」は、どこにも載ってないノーマークの博物館。3人の作曲家ともに、ハンブルクに縁があるということだそうで、「ブラームス博物館」に影響を受け、作られたのではと、勝手に考えています。「ブラームス博物館」は、ブラームスの生家かと思っていたのですが、生家は、戦災で無くなっているので、近くに作られたものだそうで、ブラームス協会が運営しているとか。自筆原稿か、その写しと思えるものなどが展示されていました。もっと、たっぷりした時間があれば、テレマン以下の音楽を、しっかりと聴けたのですが、そういったわけにもいかず、早々に引き上げることになりました。この昼間の探訪はウォーキングを兼ねてのもの。ドイツでも、ウォーキングを欠かさないように心がけている黄紺であります。そして、夜は、今日も、ハンブルク州立歌劇場で「マクベス」(スティーヴン・ピムロット演出)を観てまいりました。今日の上演が49回目となる息の長いプロダクションです。率直に言って、最初、目にしたときは、また、歌手陣の様子を観たときは、あまり乗り気になれなかったプロダクションでしたが、次第に引き込まれていくというもの。息の長いのが、少し判った気がしました。装置は、最近では見ない横スライド式での舞台転換。ただ、この装置を持っているか否かという問題がありますから、廃れた転換方法とは言い難いところがありますので、迂闊な物言いは禁物です。1つは、石の壁を持った城内、もう1つは、バロック時代の宮殿内部の風情。その2つが、横スライドで入れ替わるだけではなく、半分ずつ出す場面も用意され、変化をもたらしています。2回ある魔女の場面、反乱軍の陣地やパーナムの森(反乱軍の進軍場面)、マクベス討伐場面、これらも、全て、この2つの装置のスライドで表していきます。冒頭が、魔女の場面ですから、人間の生活の域内と見える装置で進行しますから、とっても違和感があり、気持ちが乗っていかず、やたら眠気に襲われるのですが、慣れなんでしょうか、宮殿内部の場面は、そのまま入ってきますから、それ以外の場面と、目に写るようになってくるのでしょう、しっくりと入ってくるから、うまくしたものと感心をさせられていきました。また、それには、歌手陣の貢献が大きかったと思います。正直言って、両主役の第一声を聴いたときは、演出同様、今日は外れと、あっさりと見限りそうな判断をしてしまったのです。マクベス(ディミトリ・ピアタニアス)は迫力不足だし、マクベス夫人(ガブリエレ・ロスマニト)は、声が粗いというか不安定というか、そんなで、これはきついなの印象を持ってしまったのですが、どうやら緊張のなせる業だったようで、気になっていたところが、徐々に解消されていくと、これもいいなと思えるようになり、客席も、拍手のボルテージが上がるようになっていきました。終盤に向かい、従って、いい感じになっていったと言えるでしょう。更に、歌手陣では、準主役級にいい歌手が揃いました。バンコー(アレクサンデル・ヴィノグラドフ)は、早くに消えてしまうには惜しいでしたし、マルコム(サーシャ・エマニュエル・クラマー)は、素敵なアリアを、見事に歌いきり、大拍手を受けていました。

本日の食事。朝は、前日に、トルコ人街にあるスーパーで買ってあった定番のもの。ハムとトマトで、パンをかじるというもの。今日はアイランも添えました。さすが、トルコ人街にあるスーパーは、きっちりとアイランを置いてくれています。夕食は、その街の一角にあるドネルジに「ライス・ドネル」の看板を見つけてあったので、見かけないものなので、狙いをつけていたら、「ライスがない」ということで諦めることに。同じ店で、仕方がないので「Ekmek arasi doner」と言うと、「ドイツ語か英語で言ってくれ」と言われたので、トルコ人の店ではないと判明。その店は止めて、トルコ人の店だと判っているドネルジで「Ekmek arasi doner」にしました。その店、珍しくケチャップを置いていませんでした。黄紺は、ドイツでドネルを買うときは、ケチャップをかけてもらうことにしているのです。

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