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ケルンから(3/15)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月16日(金)19時08分25秒
  ハノーファーから乗ったICEは、デュッセルドルフ行とケルン行を連結したもの。何度も、ドイツに来ていると、こういった電車が走っていることを覚え、如才なく、ホームに貼り出してある連結表で確認してから、電車を待つようになってしまってます。2つの電車は、ハムで切り離され、デュッセルドルフ行は、ドルトムントからエッセンに向かうのですが、黄紺の乗ったケルン行は、ハーゲン、ヴッパタールを経て、ケルン入りです。ケルン中央駅は、ライン川左岸ですが、今回、黄紺が泊まったホテルは、ライン右岸にあります。理由は、簡単です。新しいケルンの歌劇場は、右岸に建てられたからです。これだと、確かに、夜のオペラには好都合なわけですが、観光地、博物館、繁華街は左岸にあるため、 その往き帰りに、時間と体力の消耗が生まれます。でも、仕方ありません。大鉄橋の1つ南にあるドイツァー橋を渡り、ノイマルクトへ。ケルンでは、初めて行く地域だったのですが、こちらに「ケーテ・コルヴィッツ美術館」があるというのを知ったからです。ドイツの博物館巡りをしている中で知った芸術家。カテゴリーでは、ドイツ表現主義に分類されるそうですが、女性、労働者といった対象物の描き方に魅せられてしまった黄紺は、ケルンに、その美術館があることを知り、まずは何をさておきと行ってまいりました。ショッピングビルの5階に、しかも、入口は、僅かのスペース。ビルを見つけたのも幸運、入口を見つけたのも幸運なことでした。特別展では、バウハウスの教師を務めたゲルハルト・マックスの作品の展示もありました。ケーテ・コルヴィッツの作品では、著名な「農民戦争」シリーズを観ることができたほか、多数残した自画像の一部、圧巻は、様々な女性を描いたコーナー、そして、「死の舞踏」のモチーフを用いた作品群。やっぱ、行って良かったと、素直に思えました。そして、夜は、ケルン歌劇場での「マノン」。このフランスの有名なオペラ、なかなか遭遇できず、今日が初対面。ただ、客席は、ハノーファー同様、多数は若い人たちが占める異様な雰囲気。しかも、ハノーファーと違い、かなりお行儀が悪いものですから、客席にいて、かなり嫌な気分。それに呼応したかのような、マスネの音楽を扱うにしては、フランス的エスプリって、どこへのものだったこともあり、退屈な雰囲気が、1幕の冒頭からあったためか、かなり居眠りが出てしまいました。ま、基本的には睡眠障害のなせる業でしょうが。新しいケルン歌劇場は、製作する側に、様々な可能性を付託した造り。そのため、常識を離れるような仕組みが見られたり、一方で、観る側に優しいかと言えば、必ずしもそうではないという特徴を持っています。前者でしたら、舞台が、このオペラの場合だと、極端に横長に設えられています。替わりに奥行を取らないため、巧みに中幕、半透明の前幕、それに、照明を組み合わせて、舞台を狭く見せる工夫が用いられ、観る者の焦点を絞らせるようにしてあります。また、中幕を半ば閉じた場合、中幕の前に、テーブルなどの道具を置くことで、場面を具体化するのに貢献させたりと、こういった舞台を採用したことを、最大限活かす工夫、仕掛けが用意されていたことは、おもしろかったと言える点だと思います。合唱の人たちを、横スライドボードに乗せて、出入りさせるなんて、なかなか観られるものではないでしょう。おもしろ構造その2は、オケが、この歌劇場の床と同じレベルに置かれています。ですから、ロビーから座席に向かって歩いていくと、注意をしてないと、そのまま、オケピットに入ってしまいます。開演前、休憩時など、客は、オケの人たちと、合唱団の人たちと、並んで歩きながら出入りするというのも、この歌劇場特有の姿です。で、こういった特徴を活用したプロダクションが成功だったのかと言うと、1幕の、退廃気味の貴族やブルジョワたちの遊びを、また、マノンの気を引くためのバレエ(大きくカット、2人のバレエの方が出ただけ)の場面とかの華やかさは出てなったなぁ。洒落てはいるがデカダンスの匂いがするというのは、なかなか難しいとは思うのですが、このオペラの芯のような気がするもので。この歌劇場のまずい点、それは、芝居に比重が行き、音響面の悪さでしょう。なんせ、一応、幕はありますが、ロビーへ向かうスペースを遮るものがないわけですから、抜けっぱなしの音になりますから、頼りなくて、特にオケがきつい。歌手は、パワーがないと、一挙に、声が聴きづらくなります。そういったなか、マノン役のズザナ・マルコヴァは、なかなかしっかりとした声、この日一番でした。次いで、デ・グリューを歌ったアタラ・アヤンも、こういった環境で、声に力を感じさせてくれました。

本日の食事。朝は、自分で用意した定番もの。但し、ちょっとだけ変化をつけました。デザートにライス・プディング、それに、飲み物としてアイランを用意しました。夜は、ノイマルクトを歩いていると、おいしそうなパン屋さんの軒先を通ったため、衝動買い。1つは、プリンを仕込んだもの、もう1つは、ナッツを仕込んだもの。久しぶりに、ベッケライで買ったこうした調理パンを夕食にしました。

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ハノーファーから(3/14)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月15日(木)13時12分39秒
編集済
  ハンブルクからハノーファーへの移動です。相変わらず、ドイツ鉄道は遅れます。ハンブルク・アルトナ駅始発の電車が、ハンブルク中央駅に着くのが、早くも15分遅れるのは、どうしたら、そうなるのでしょうかね。ハノーファーでは、よくお世話になっているトルコ人経営のホテルに宿泊です。フロントの方から、「毎年来るね」と言われてしまいました。ハノーファーは、昼間に行こうかというところが、枯渇しかけているのですが、そないななか見つけたのは、20分ほど、Uバーンに乗り、外に出なければならなかったのですが、メッセ会場の近くにある「航空博物館」。ちょっと辺鄙なところにあるのですが、展示品には驚かせられました。飛行機の歴史には疎く、ましてや飛行機の構造などは判ってない黄紺ですが、展示品の数、マニア度なんかから、興味の深い方からは、大変なところだと思ってしまいました。初期の飛行機から、ナチ時代の戦闘機、現代の最新戦闘機まで、実大ものからミニチュア模型(この数がすごい)まで多数の展示、ジェットエンジンなどは、マニア必見のものなのでしょうね。帰りは、クロプチェまで戻り、ホテルまでの道筋確認がてら、中心街を歩くことに。夜は、 ハノーファー州立劇場で、今年生誕百年のアニヴァーサリーイヤーのバーンスタイン作品「キャンディート」(マティアス・ダヴィッズ演出)でした。まず、舞台を観て驚かされました。「円」の字の下の部分が閉じた構造になり、奥のスペースだけが、少し広めですが、あとは、通路より若干広めというスペース。縦のラインは、全て階段上になっていました。そして、舞台ではない空いたスペース3箇所にオケが入っていました。いろんなところで芝居が進みますから、変化が出てくるのと、舞台となるスペースが、いずれも、さほど広くありませんから、装置が出しにくい、いや出さなくていいことになります。唯一の常設の装置は、一番奥の舞台に、針金細工のようなものが設えられており、それを、幾つかの箇所から、引っ張ったり緩めたりで、様々な形を作っていたこと。これはおもしろかったですね。初めて接したアイデア抜群の装置でした。その針金細工状の装置と背後のスクリーンで、場面設定をするというもの。ハノーファーは、やはり先端を走るような仕掛けを見せてくれます。これが、最近、ハノーファーによく入る最大の要因です。そういった工夫は凝らしてはあるが殺風景な舞台だからでしょう、衣装は、時代を解りやすく表すものを使っていました。これも、理にかなっています。そして、激しく変化していく場面転換を、丁寧に描いていくというもの。装置がほぼないために、逆に変化に対応しやすいのです。そして、歌手陣は、全員がワイアレス装着でした。そうだと思っています。目の悪い黄紺が目視できたわけではないのですが、音の均質さ、聴こえてくる方角が同じということでの判断です。ですから、動きの多いプロダクションでした。日本を出る前日から、極度の睡眠障害に陥っている黄紺には、かなりきついオペラ鑑賞にはなりましたが、とっても判りやすい音楽なもので、居眠りをしても、確実についていけました。会場には、とっても多くの若い人たちが詰めかけていました。ハノーファーでは、以前にも経験したこと。思わぬところで、大きな、元気な歓声が上がっていました。「キャンディート」は、全編、英語の作品ですが、このプロダクションでは、歌唱は英語、台詞はドイツ語を使っていたからでしょう。そういった姿を見ると、ホント、羨ましくなりますね。

本日の食事。朝は定番もの。パンにハム、トマト、デザートとしてヨーグルトでした。これが、ホテルの食事を食べないときの定番メニューです。これだと、2ユーロで済ますことができる、そういった始末を旨にしているのが、いつものオペラ紀行です。夜は、シュタイントーレ(クロプチェからホテルの間にある)のトルコ人街のレストランで、「タウク・チョルバス」にしました。トルコでは、夕食としてチョルバは、黄紺は、ほぼ食べないのですが、ドイツでは、時々、食べることがあります。やはり、ドイツは、何かにつけ大きいのです。要するに、量が多く、食べがいがあり、お腹がしっかりするからなのです。

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ハンブルクから(3/13)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月14日(水)14時25分2秒
編集済
  朝6時前に、デンハーグのホテルを出て、ハンブルクに移動。午前11時には、ハンブルク中央駅に着いていました。時間に余裕がありすぎるということで、珍しく、博物館に2箇所行ってまいりました。今回も、道に迷いながら到着した「作曲家のコーナー博物館」、以前は「テレマン博物館」との表示が出ていましたが、展示の対象が、テレマンだけではなく、ハンブルク縁のC.P.E.バッハとハッセも含んでのものですので、そのような名称になったものと考えます。ここは、せっかく時間があるのだから、音楽を聴けるというのが、お目当てだったのですが、たっぷりと言うまでは時間はなく、ハッセあたりは、
ほとんど聴けませんでした。2つ目はブツェリウス芸術フォーラム。ここは、最近、ハンブルクに来るたびに行っているところ。毎回、特別展がユニークで、黄紺なは、とっても勉強になるということで行くことにしているところなのです。今回は「カール・シュミット・ロットルフ展」をやってました。ほとんどの作品は、ベルリンのブリュッケ博物館から持ってきたものでしたが、まだ、ブリュッケ博物館には行ってない黄紺にはありがたいもの。ベルリンで行こうとすると、ちょっと行きにくそうなもので、後回しにしているものですから、ありがたいと言えばありがたいのです。ブリュッケは、キルヒナーも一緒ですから、その色彩の大胆さは、相通ずるものを看た気がしました。も一つ大きな特徴は、アフリカやオセアニアの素材を描いているという点。解説には、そのようなことをした初めての人と書かれていました。そないな絵では、「退廃芸術」の烙印を押されることは必然で、「第3帝国」の時代には、不具をかこったとか。日本を出る前から、またまた睡眠障害の出ているため、とりあえずはホテルで仮眠。それから、夜のオペラに出かけました。これが、ハンブルク州立歌劇場の札付きの公演「蝶々夫人」(ヴァンサン・ブサール演出)でした。というのは、チケットを買ったのは、タイトル・ロールを、今をときめくクリスティーヌ・オポライスが歌うということからだったのですが、1ヶ月ほど前には、それが、マリア・ホセ・シリに変わっていました。愕然としたのですが、マリア・ホセ・シリも著名な歌手。辛うじて我慢をしていたのですが、歌劇場に行き、キャストを見て、またまた愕然。また、代演になっていたのです。ここまでやられると、開いた口は塞がらないってやつです。新たなタイトル・ロールはリアナ・アレクサニヤン。そないな名前、知るかいという歌手。調べてみると、蝶々夫人のスペシャリストのような経歴。ミラノで、マリア・ホセ・シリとダブルキャストなんてのを見つけましたから、ご存知の方はご存知なのでしょうが、黄紺的には未知の歌手。どころが、この人、いいですね。第2幕、肝心のかの有名なアリアも含めて、何か長丁場をセーブしたように感じましたが、両脇の幕が秀逸。よく通る声、芯の入った通る声と言えばいいでしょうか、その声を聴いたとき、胸のわだかまりが、かなり氷解していました。当然ながら、会場からは大変な歓呼を受けていました。黄紺的には、スズキを歌ったアリサ・コロソヴァの声が魅力的で。一貫して抑え気味ながら、通る声って、惹かれませんか?  会場から大きな歓声を受けてたピンカートン役のマルチェロ・プエンテは、旧ソ連系歌手に囲まれたイタリア人歌手ってのをアピールしたかったのかな、ちょっとくさくて、黄紺にはなじめなかったですね。でも、冒頭の声は、明らかにパワー不足だったのですが、半ばから持ち直すと、客席ってのは、前のことを忘れてしまうもので、大変な歓呼となったものと思われます。もう1人の主役シャープレスを歌ったアレクシィ・ボグダニコフは、ここまでの3人に比べると、ちょっと論外じゃなかったでしょうか。ということながら、歌手陣は、思いの外の目っけもの。問題は、ヴァンサン・ブサールのプロダクション。日本的なものを、「ほぼ」排除しようとしながらも、僅かに残そうとしたのが特徴と言えるもの。かと言って、帝国主義時代を想起させるものはなしというもの。「蝶々夫人」の物語に普遍性を持たそう、男女の問題としてですが、持たしきれなかったという、演出家としての苦悩を観させられたのかと思ってしまったプロダクションでした。微かに残る日本的なものは、衣装の「一部」です。蝶々夫人は、1幕で、着物を想起させる「襟を合わせる」ところに出していたり、スズキの衣装は、一貫して作務衣をデザイン化したもの。ヤマドリも、裃の形を、背広に組み込むというもので、日本的なものを、衣装の一部に確認することができました。装置は、ボックスになっており、正中に螺旋階段が、床の下から天井を突き抜けて置かれているのが、最大の特徴。壁は、3箇所がスライドするようになっており、中でも、正面奥の開かれた奥に、場面を簡潔に判らせる仕掛けを用意するというもの。2幕では、「障子」を想起させるオブジェが、また、蝶々夫人の自害のときには、風でひらめく半透明の布が垂らされていました。あとの小道具には、日本を想起させるものはなく、2幕ではソファに正座する蝶々さんを出したりと、黄紺的には、かつて観たことのない演出手法を用いた「蝶々夫人」でした。このプロダクション、29回目の公演だそうですが、生き残るものなんでしょうか。でも、そないなことを思わせるものを観ることができるのが、ドイツですね。これだから、ドイツでのオペラ紀行が止められないのかもしれません。

本日の食事。機内食で、軽いものが出るはずでしたので、デンハーグ中央駅で唯一開けていたお店で、「クロワッサン」を購入。スキポールに向かうICの中で食べることにしました。機内では、案の定、小さなサンドイッチが出て、黄紺には、これでOK。早めの夕食は、ハンブルク中央駅構内で買った「ナシゴレン」。今回は、ハンブルク中央駅前のホテルですので、定番のものにしました。最近、アルトナで泊まることが多いものですから、こちらの「ナシゴレン」は久しぶり。でも、黄紺が、毎回買うだけに、やっぱ、美味いと、今日も思ってしまいました。

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デンハーグから(3/12)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月13日(火)11時14分36秒
編集済
  春のオペラ紀行に出ています。今回の往きの飛行機はKLM。アムステルダムで乗り継いで、ドイツに入るのですが、同日の接続便に乗ると、ドイツ到着が、かなり遅くなるので、今日はオランダ泊まりにしました。ちょうど1年前と同じことをしていますが、今回は、ライデンではなく、デンハーグに泊まっています。今年も、ライデンにしようかと思ったのですが、ライデンとかアムステルダムは、何か催しがあるのか、やたらホテル代が高いものですから、デンハーグを選びました。17~8年ぶりでしょうか、セカンド・クリスマス(12/26)の日に泊まり、食いはぐれかかった町として、よく覚えているところです。そのときは、アントウェルペンから入ったため、アムステルダムとブリュッセルを結ぶ幹線上にあるデンハーグ駅に降り立ちましたが、今回は、引き込み線にあるデンハーグ中央駅に入りました。空港のあるスキポール駅から、ICに乗れば、20分かからない距離にあります。普通電車でも30分くらいだったと思います。ホテルに入り、外に出たのは、もう午後5時を回っていましたので、1時間半ほど街歩きをした程度だったのですが、ノールドアインデ宮殿のお庭を、軽く一回りをしたのと、ビネンホフを抜け、マウリッツハウス美術館前まで行ったくらいでした。マウリッツハウス美術館では、今、「ヤン・ステーン展」が行われていました。これを見て、オランダで、もう1泊してから、ドイツに向かえば良かったと、後悔しきりの黄紺でした。ビネンホフの近くには、17~8年前、完全にと言っていいほど、店が閉まっていたセカンド・クリスマスの夜、食いはぐれから救ってくれたマクドナルドは健在でした。また、そのときに見た風景とは、時の流れもありましょうが、店が開き、多くの人が行き交うことから、かなり違ったものに見えました。ホテルの位置とは反対側になるので、今日は、デンハーグ駅方向に広がる異国人街に向かうのは断念。ちょっとしたチャイナタウンがあり、アラブ人やトルコ人の店があったので、もう一度見たかったのですが、、、。

本日の食事。KLMの機内食①は、「チキンのトマト煮込み、ポテト添え。機内食②は、なぜだか「ドリア」。ドリンクにワインを注文すると、さすがKLMです、赤白ともに「南ア」ものでした。夕食は、さすがオランダと思わせられた「インドネシア料理」店にもそそられたのですが、旧市街のちょっとおしゃれなソカクで見つけたケバブ屋さんで、「Ekmek arasi doner」にしました。

>トルコ代表 親善試合
3/23 対アイルランド(於:アンタルヤ)
3/27 対モンテネグロ(於:ポドゴリッツァ)

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第25節 試合結果

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月11日(日)04時12分20秒
  シワス・スポル   2:2 カスムパシャ
オスマンル・スポル 2:1 ブルサ・スポル
ベシクタシュ    1:0 ゲンチレル・ビルリーイ

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サッカー情報

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月 9日(金)23時00分14秒
  >ベシクタシュ関係
3/18のバシャクシェヒル・スポル戦に、ぺぺが間に合いそうだとのことです。

>トラブゾン・スポル関係
トッテナム(イングランド)が、アブドゥル・オメルに関心を持っているとか。

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サッカー情報

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月 4日(日)08時31分8秒
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  >第24節 試合結果
ブルサ・スポル      1:0 カイセリ・スポル

カスムパシャ       1:1 オスマンル・スポル
バシャクシェヒル・スポル 2:0 ギョズテペ
カラビュック・スポル   0:7 ガラタサライ

ゲンチレル・ビルリーイ  0:1 アランヤ・スポル
コンヤ・スポル      0:1 新マラテヤ・スポル
フェネルバフチェ     2:3 アクヒサル・スポル
アンタルヤ・スポル    1:4 シワス・スポル

トラブゾン・スポル    0:2 ベシクタシュ

>コンヤ・スポル関係
メフメット・オズディレク監督が辞任しました。

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サッカー情報

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 2月28日(水)04時34分30秒
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  >トルコ杯準決勝 第1戦結果
アクヒサル・スポル 1:2 ガラタサライ
ベシクタシュ    2:2 フェネルバフチェ
 ※3枚のレッドカード(アルペル・ポトゥク/クアレスマ/ヴォルカン・デミレル)が出ました。

>ブルサ・スポル関係
4試合、故障のため出場してなかったソウが、今節のカイセリ・スポル戦には出場可ということです。

>ベシクタシュ関係
サンダーランド(イングランド)からレンタル移籍中のイェレマイン・レンスの買い取りオプションの行使を決定したようです。

>トラブゾン・スポル関係
マルセイユ(フランス)からレンタル移籍中のトマス・フボチャンの買い取りオプションの行使をするようです。

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第23節 試合結果

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 2月24日(土)06時17分15秒
編集済
  ガラタサライ       5:0 ブルサ・スポル
アクヒサル・スポル    3:0 コンヤ・スポル

カイセリ・スポル     3:2 カスムパシャ
アランヤ・スポル     1:2 トラブゾン・スポル

新マラテヤ・スポル    3:1 カラビュック・スポル
オスマンル・スポル    0:0 アンタルヤ・スポル
ギョズテペ        1:0 シワス・スポル
ベシクタシュ       3:1 フェネルバフチェ

バシャクシェヒル・スポル 1:1 ゲンチレル・ビルリーイ

★順位
①ガラタサライ②バシャクシェヒル・スポル③ベシクタシュ④フェネルバフチェ

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サッカー情報

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 2月23日(金)00時07分47秒
  >ガラタサライ関係
故障で、長い間、戦列から離れていたフェルナンドが、チームに合流して練習を始めました。

>ブルサ・スポル関係
故障のため、ガラタサライ戦には、ソウが帯同されていません。

>トラブゾン・スポル関係
ウエスト・ブロムヴィッチ(イングランド)からオカイ・ヨクシュルに来ているオファーを受け入れる決定をしたとか。移籍金800万EUROの受け入れだとか。

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