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フランクフルトから2(12/13)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年12月14日(木)23時22分41秒
編集済
  昨日、順調だったドイツ鉄道が、今日は変調。コブレンツ発が20分遅れで、1時間もかからないはずのマインツに着いたときには、30分以上の遅れに成長。おかげで、マインツでの乗り継ぎが崩れてしまいました。でも、こんなの可愛いものです。だって、マインツからフランクフルトへは、30分おきにSバーンが走っていますからね。いつもながら、この辺りの乗り継ぎは、うまくいきません。そして、フランクフルトに着いて、びっくりのことがありました。日系のホテルに、今回は予約を入れてあったのですが、なんと、チェックイン時間が午後4時。今まで、ドイツでは1度しか経験していない遅い時間。荷物は預かってくれたから、大事にはなりませんでしたが、その間に行った情報通信博物館を出たら、外は雨。チェックインまで、まだ1時間もあったので、みじめな気分になりました。先日泊まったホテルのくったくのなさが懐かしいです。こないなことなら、先日のホテルにしとければ良かったと思っても、あとの祭です。ところで、情報通信博物館は、なかなか楽しめると、どなたかがネット上で紹介されていましたが、確かにそうです。人と人とのあらゆる伝達手段を網羅した優れものの博物館です。そして、夜は、フランクフルト歌劇場で「ウエルテル」(ヴィリー・デッカー演出)を観てまいりました。著名な演出家ヴィリー・デッカーのプロダクションを、生で観るのは初めてのことでした。装置は、ボックス型の閉鎖空間を、幾何学的に分割したもの。床は台形で、底辺が左端。従って、向かって右前に、その床から突き出たような敷き台があり、後方は斜めに床が切れており、その切れ目に引き幕があり、その奥、即ちホリゾントにかけて、先端が弧状になっている舞台が敷かれており、その舞台はホリゾントに向け坂になり上がっている。そこには、照明で、半年の季節の変化が出るようにしてあり、ヴィジュアル的には美しいと感じられるもので、主とした展開は、台形の舞台で進み、中幕の開閉で変化を持たせるというもので、ヴィリー・デッカーものだということで、スムーズに受け入れることができました。進行上、このプロダクションの特徴を、幾つか上げることができます。一番大きいのは、このプロダクションの主役は、タイトルロールのウエルテルではなくて、シャルロッテにしてあると看えたこと。それは、前半(通常のウエルテルが去るまで)で主に看られ、そして、ラストシーンにも使われる、シャルロッテの母親の肖像画。後半は、シャルロッテがふりきれないアルベールその人。ま、このアルベールも、母親が決めた婚約者だったわけですから、ラストで、再び、母親の肖像画が現れる(子どもたちが後方舞台で「ノエル」を歌いながら肖像画を持つ)のは、自然な流れ。アルベールも、歌唱のないところでも現れ、シャルロッテに対峙する場面が作られていました。ウエルテルが死にかけている場面でも、アルベールに追い詰められたシャルロッテが、ぎりぎりのところで、アルベールをかわし、ウエルテルを抱きしめるのですが、時遅しで、ウエルテルの遺体に倒れこみ、幕となりました。ここで、母親の肖像画を持つ子どもたちが「ノエル」を歌っているとなるわけです。母親の軛から逃れえず、自立しきれなかった女が描かれたプロダクションと看ることができたというわけです。主軸をずらすという手法、やられてみると、なるほどとうならざるを得ませんね、確かに。ヴィリー・デッカー、やってくれます、というところです。なお、このプロダクションは、ネーデルランド・オペラ(アムステルダム)とリヨン歌劇場の共同製作のものを持ってきたものですから、歌手が揃えば、ネーデルランド・オペラでの公演が、映像として市販されてもいいですよね。近年、随分とネーデルランド・オペラのプロダクションが市販されていますから。歌手的には、シャルロッテを歌ったジュリエ・ブーリアンヌが抜けていたと思います。フレンチカナダに出自を持つようで、ヨーロッパでの活動実績はあっても、この公演が、ドレスデン・デビューになるとか。ウエルテルを歌ったアッティリオ・グラサーは、イマイチ、パワーと情熱を前に出す歌い方ができればいいのですが、まだ、かなり、若い歌手のようです。ソフィーを歌ったルイーズ・アルダーは、フランクフルトがアンサンブルの人だそうです。会場から、一番の支持を受けてたのは、この人かな。アルベールのセバスティアン・ガイヤーは目立たなかったなぁというところで、総体としては、ちょっと物足りなさが残りました。確かに、歌手的には物足りなかったのですが、今まで行ったフランクフルトの中で、一番入りが悪かったのじゃないかなぁ。黄紺的には、ちょっと解せない現象でした。なお、レジデンツのオケを指揮したのはロレンツォ・ヴィオッティ。この人も若い。でも、黄紺的には賛同できない箇所もありましたが、音楽のツボを捉え、アクセントのある音楽作りには好感が持てました。

本日の食事。コブレンツのホテルは朝食付き。小じんまりとしたホテルだったもので、家で食事をしている雰囲気。メニューはいつも通りでした。夜は、フランクフルトでお気に入りのタイ料理店へ。いつも食べるほのかな甘味のある焼きそばをいただきました。この店、箸を用意してくれているのが嬉しいですね。

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コブレンツから(12/12)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年12月13日(水)19時17分59秒
編集済
  ニュルンベルクからの移動、今回の移動では、時間的に一番長いかもしれません。そんなで、この間続くキャンセルが、今日も出たら、これは困るかもと思っていたら、何と、時間通りに運行されてしまいました。ニュルンベルクから乗り換えなしですから、こうなると快適です。ICEにシフトしているなか、ICは乗客が少ない傾向がありますが、正に、この列車がそれ。車内は静かで、とってもラハト。でも、移動時間が長いため、ホテルに入り、荷物を出したりしていると、街中に出たときには、もう午後2時を回っていました。ですから、昨日同様、旧市街をぶらぶら。コブレンツのクリスマスマーケットは、小ぶりなものが、数ヵ所に分かれているので、それを回って歩くと、自ずと旧市街をぐるりとしたことになりました。今回は、時間もないので、ライン川とモーゼル川の合流点(エック)に行くのは割愛。去年来たときと、曜日が違ったからなのか、混雑もしないなか、ぶらぶらすることができました。そして、夜は、コブレンツ劇場の「サヴォイの舞踏会」(アンスガー・ヴァイクナー演出)に行ってまいりました。このパウル・アブラハムの作品を観る機会は、まぁなかろうということで、長い移動が必要なのにも拘わらず、このコブレンツまでやって来たのでした。ですが、このオペレッタについては、映像資料はない、また、日本を出てくるまでは、迂闊にも音源も見落としていたものですから、頼りにするのは、何か梗概なるものかがあればいいのですが、それについても日本語のものはなく、結局、英語による梗概を見つけ、それだけを頭に入れて、この公演に臨みました。音源全体を把握しないで臨んだ初めての公演となったのですが、結果を先に書くと、ほぼ、それでいけました。実は、ドイツ語でも梗概を見つけていたのですが、理解できなくて、、、。オペレッタと言えば、ウィーンと結びつけますが、これはベルリンで生まれ、世界に発信したもの。正に、ナチが政権を握ろうかという時期に生まれたベルリン・テイストの詰まった作品のようで、その時代の、そのベルリンの感性を知るにつけても、気になる作品である、そういった興味も、黄紺にはあったことは否定できません。しかも、パウル・アブラハムはユダヤ人ですものね。終わってから持った感想を、先に書けば、何とモダンな音楽を提供したものかな、もちろん、当時の感性で言えばの話ですが、そないな印象を持ってしまいました。スイングするジャズ風メロディ、更に、時代を先取りするかのような音楽、そうかと思うと、前の時代の音楽も使われる、この作品が大ヒットしたわけというものが判ったような気になりました。装置は単純です。ま、コブレンツの舞台仕様というところだと思います。舞踏会の場面と、マルキス&マドレーヌ夫婦が滞在するホテルとを弁別でくるようにすればいいわけですからね。背後の壁を入れ換えるだけで、それを表し、あとは、テーブルなどの小道具での対応で事足れりのスタンスに納得。筋立ては、「こうもり」にちょっと似た展開。新婚早々ながら、ハネムーンからの帰途、昔の女からお呼び出しがあると出かける夫マルキス(ミカエル・ジーモン)、それにリベンジとばかり、夫の出かけた舞踏会に身を隠して出かける妻マデレーヌ(デシレ・ブロッカ)。そういったマルキスを支援するトルコ人の友人ムスタファ・ベイ(クリストフ・マリア・カイザー)、妻のいとこで、ムスタファ・ベイと結ばれるデイジー(山崎はるな)の4人が繰り広げるラヴコメディと言えばいいでしょうか。「舞踏会」と言っても、ホイベルガーの「舞踏会」でも明らかなように、そこは、既婚未婚を問わない、男女の発展場。「こうもり」と違うのは、ここで、妻の方が、他の男と楽しんじゃうという展開。自分のことを棚上げした夫が、最終幕で離婚を言い出すのを、トルコ人カップルが収めるというものでした。初めて聴いたパウル・アブラハムの音楽は、カールマンの「シカゴ侯爵夫人」と似たテイスト。アメリカの音楽を取り入れ、モダンな印象を与えますが、その一方で旧いウィーン風への憧れも感じてしまいました。どうしても、オペレッタはウィーン風という頭が、黄紺の旧い頭にはありますからね。しかし、1930年代の頭と言えば、旧きベルリンの最後の華の時代に、こうした音楽がもてはやされたのかと思うと、ちょっと複雑な気持ちになりました。パウル・アブラハムも、ユダヤ人ですから、このあと亡命を余儀なくされますからね。なお、このプロダクション、歌唱は、全てマイクを通してのもの。台詞は生で進行したということで、ま、歌手陣もダンスを求められていましたからね。そんなですから、歌手陣の実力は推し量るのは、ちょっと難しいですね。

本日の食事。朝は、ホテルに付いていました。いつもよりは、若干品数が多かったのは嬉しいのですが、食べ過ぎにこりていますから、いつものように控え目がモットーです。でも、朝に暖かなコーヒーが飲めるのは嬉しいことですね。夕食は、これと決めてました。去年、クリスマスマーケットで食べたグーラーシュです。決めていたわりに、食べてみてから、このグーラーシュには、ほとんどレバーしか入ってなかったことを思い出し、次回はやんぺの気になりました。

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ニュルンベルクから(12/11)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年12月13日(水)00時00分18秒
編集済
  今日も、移動でトラブルが出ました。ワイマールからは、エアフルト乗り換えで、ICEに乗り、ニュルンベルクに入るのですが、これが、またキャンセル。「次のICEも、キャンセルかもしれない。そのときは、もう1時間あとのICEに乗れ」、これが、ワイマール駅で教えられたこと。いずれにせよ、ワイマールからエアフルトまでは移動しておかねばならないので、エアフルト駅の券売機で、ニュルンベルク行きを確かめると、正に、ワイマール駅で教えられたことが出てきました。結局、1時間あとのICEは、約60~70分遅れだということが判り、キャンセルではなかったのですが、いずれにしても、エアフルト駅で2時間待つことになりました。これで、今回4回目のキャンセルです。えらく続くのですが、昨日結局ワイマール駅に着いたときに調べたのでは、何もなかったのですが、急な変更は、ホント、うろうろさせられます。予定よりは、2時間ほど遅れて、ニュルンベルクのホテルに入ったのはいいのですが、今回は、旧市街近辺には、ホテルが取れず、中央駅から、ホテルはトランバイで10~15分ほどかかるため、歌劇場に行くのも、ちょっと街歩きをするのも面倒。さすがに、こういっは場合、歌劇場へのルート確認は怠れないので、ついでに、有名なクリスマスマーケットを覗いた程度で、昼間の街歩きはおしまい。ニュルンベルクで、かつて同じように、クリスマスマーケットを斜めに歩いたのは、開演時間の早いワーグナーものを観たときだったと、思い出に浸っておりました。夜は、ニュルンベルク州立歌劇場で「メリウイドウ」(トマス・エンツィンガー演出)を観る日でした。大歌劇場なのにと言っては何なのですが、こちらで、オペレッタを観るのは、「白馬亭にて」に次いで2度目となります。「メリウイドウ」とは、なかなか遭遇できなくて、ようやく見つけることができ、なおかつ、オペラ枯れの月曜日に公演があるということで、喜んでスケジュールに組み込みました。いや、組み込めるスケジュールを作ったと言えばいいでしょうか。冒頭に、サキソフォン吹きが出てきて、このオペレッタの名メロディの一節を吹きます。そういったことが、オペレッタが進行中でも、あと何度かありました。まず、これが気に入りません。どうして、ウインナテイストいっぱいのオペレッタに、サキソフォンなどという楽器を使おうとするのか、それが理解できず、まず、一歩下がって冷ややかに眺めるようになった黄紺に、追い打ちをかけたのが装置。教会堂か植物園の温室を模したかのような大広間に、ポンテヴェドロ公国元首か誰かのの巨大な肖像画が、無造作に立てかけてあるというもので、どこかのアトリエを思わせる代物。2幕は、ハンナの邸宅ないしはお庭になるのでしょうが、温室を想起させたガラス張の壁は、そのままに、問題となるパビリオンにするため、巨大な円筒形の物体が、上から下まで貫く形で配置されていました。その円筒形の物体には、何やら植物が描かれていましたから、ますます温室っぽいところへ、照明として、薄いブルーからパープルを使うものですから、黄紺的には、とっても安っぽく見えてしまい.、うんざり。なお、この2幕半ばで、休憩が入ったのはいいのでしょうが、同じいれるなら、ダニロとハンナがワルツを踊ったあとにして欲しかったな。やっぱ、胸キュンのところで、一旦、休憩にして欲しいのです。3幕は、構造は同じで、舞台周囲には電飾、正面にはバーカウンター。これも、せっかくのマキシムに、場末のキャバレーが入ったという雰囲気。全体を通して、キラリと光るセンスの欠片すら見いだせなかったと言っても、過言じゃないでしょう。人の動きでも、ドキリとさせられるところはないですから、動けそうな歌手、例えば、ハンナのイザベル・ビレッヒシュミットや、声的にも素敵だったヴァラシェンヌを歌ったテレサ・シュタインバッハなどは、消化不良だったかもしれません。ダニロのルードヴィヒ・ミッテルハンマーが、もっと軽やか、且つ、大きな動きができていれば、雰囲気が変わったかもしれません。一番無粋だったのは、カミーユ・ドゥ・ロシヨンを歌ったキム・アレックス。またしても出会った韓国系歌手ですが、人妻を誘惑しようかというパリジャン、これだけでも、イメージが膨らみそうなキャラなのに、ちょっとダサいよ、あれじゃ。ということで、満足度の上がらないプロダクションだったのですが、会場には、わりかしキャピキャピした若い人たちの姿が多く見られ、ちょっと普段の歌劇場とは違う雰囲気。ブッフォやオペレッタ、そして、バレエを観に行ったときに、ときとして、ドイツで見ることのある光景です。ここらへんは、日本と違うなと思ってしまいますね。

本日の食事。昨日が日曜日だったこともあり、ワイマールで、開いているスーパーを知らないため、辛うじて開けていたパン屋で買っておいた調理パン2個が、本日の朝食。日曜日でもやってたはずと、目をつけてたパン屋なのですが、お値段が安めの設定だったとまでは覚えてなかったもので、何やら得をした気分。夜は、以前、ニュルンベルクに息子と来たときに入った古風なビヤレストランが、去年来たときに工事中だったので行ってみると、何と、現代風ビヤスタンドに変わっていて、ショック。ならば、去年もお世話になったバルカン・インビスに行き、バルカン・バーガーなるものを注文すると、「パンがなくユフカでいいか」と言うものですから、止めにしました。クリスマスマーケットを引き上げたあとだったので、中央駅までに何か見つけようとして歩くことに。すぐに、サンドイッチの店に、「シュニッツェル・サンド」があったので、それにしました。黄紺には、小さくてもカツサンドは、お腹膨れます。程よい夕食になりました。

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ワイマールから2(12/10)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年12月11日(月)13時24分20秒
編集済
  再び、ワイマールに戻ってきています。今朝も、フランクフルトからのICEがキャンセルとなりました。ドイツに来てから10日ちょいで、3回目のキャンセルです。やはり、シュトゥットガルトを通ってくるのが、怪しいようです。ドイツ鉄道から、チケットを買った列車については、運行状態については、メールが入るように設定してあるのですが、この3回の内で、事前事後を問わず、連絡が入ったのは1回だけと、ますますドイツ鉄道への信頼が揺らいでいきます。こないだと違い、国民劇場近くの定宿に予約を入れていたのですが、今までは、着いてすぐに部屋に入れてくれたのですが、今日は午後3時からと言うものですから、「4時開演のオペラに行くので、、、」と言ったら、清掃途中ながら、チェックインさせてくれました。おかげで、ラハトな気分で、僅かの時間でしたが、この街のクリスマスマーケットを見て歩くことができました。そして、久しぶりの国民劇場で、「キャンディード」(マーティン・バーガー演出) を観てまいりました。狙いはマーティン・バーガーです。ハノーファーで観た「こうもり」「売られた花嫁」がおもしろく、まだ30歳くらいですから、伸び代しかなかろうという逸材。追っかけてみる価値ありと判断して、スケジュールを組むときの大きな柱にしたプロダクションです。そして、前半を終わったときは、正にマーティン・バーガーの作品と思ったのですが、終わってみると、休憩後の展開は、随分とスタンスが変わったようだったというのが、目立った印象でした。まず、このプロダクション、ヴォルテールが登場します。「キャンディード」の原作者ですが、今、流行りの演出法の1つ、MCを登場させたと言い換えればいいかと思います。その喋りが、やたら長いのですが、内容的には、場面転換が激しく、思いがけない展開が多いというか、そればかりの作品ですから、その状況説明に使われていたようです。あくまでも想像と、ごくごく一部、聞き取れたドイツ語からの判断です。ただ、そういった曖昧な理解だったのですが、前半(ヨーロッパの彷徨)は、ヴォルテールのお喋りだけではなく、マーティン・バーガーお得意のヴィジュアル操作で、とっても具体的に、物語の展開を見せてくれました。正に、劇場全体を使い、何台ものカメラを駆使し、舞台正面上方に設置されたスクリーンに、ライヴ中継してくれました。今回は、舞台にまで、カメラが登場したのは1回だけで、どこにカメラを仕込んであるのかが判らない状況。また、劇場ロビーを使い、それを追いかけるハンディカメラとか、客席に歌手やコーラスの人たちが現れ、そこでの芝居、歌唱が、正面のスクリーンに映し出されます。圧巻は、3階から下ろされた白布を揺らし、更に、その布に海を投写した映像に、3階席バルコニーで繰り広げられる芝居を合成して、正面のスクリーンに映し出すというすご技まで出ました。黄紺は、3階正面席最前列の座席でしたから、急遽、船乗りの衣装を着けた人たちが現れ、白布を下に垂らし揺らし始めたときは、何が始まったのか、即座には掴めなかったほどでした。劇場ロビーを使ったライヴ中継は、ハノーファーのプロダクションでも感心させられた緻密なカット割りがなされていて、もう驚くしかありませんでした。そういったのが繰り返されたのが前半でした。ところが、後半(新世界が舞台)に入ると、このヴィジュアル操作が、ほぼ影を潜めるのです。ほぼと書いたのは、そうじゃない場面があるからなのですが、それが、エルドラドのところ。そこで、スクリーンに出てきたのは、国民劇場周辺の風景。マルチメディアの世界に翻弄されていた我々からすると、なんかおちょくられているようにすら思えました。前半の手法からすると、正に、このエルドラドの場面などは、その技の冴えを見せてくれるところだと期待もしたのですが、そうではありませんでした。しょぼくなりました。そう感じたのは、夢の世界からリアルな世界に引き戻された、その感覚です。ここに、このプロダクションの狙いがあるのでしょうね。「オプティミズム vs ベシミズム」、この二項対立が、この作品を貫くテーマであり、そこから導かれる人間の素晴らしさ、優越性を説く、フマニスムスらしいテーマ設定に立ち戻ったということなのでしょう。従って、1部と2部も二項対立になっており、それにより、2部で表されるリアルな世界が、よりクリアになっていくということなのかと思いました。その替わり、黄紺的には、ヴィジュアル操作から得られる情報が、極端に減ったことになり、急に解らなくなり、退屈になってしまうという副産物を得てしまいましたが、、、。でも、マーティン・バーガーという若き才能は、底知れぬものを確認させられました。これを目指して、ワイマールに戻ったかいがあるというものでした。そのようなプロダクションだったものですから、歌手の皆さん、ワイヤレスを装着されていました。また、全編、英語ではなくドイツ語上演でした。なお、その件については、演出家の意向との説明が、開演前になされました。しかし、このプロダクションの上演は、スタッフ、歌手、指揮者にとっては、半端なものではないはずです。マーティン・バーガーもさることながら、そういった方たちへのリスペクトの念が沸き上がった公演でもありました。

本日の食事。フランクフルトのホテルは、価格設定がリーズナブルのうえ、朝食まで付いていました。中央駅前は、ホテルの過当競争がありますから、いいロケーション、いいお部屋、しかも、食事まで付いている、また、その食事も、シュトゥットガルトのぎりぎりのメニューに比べると、嬉しいものでした。夕食は、オペラ終了後、国民劇場前にはクリスマスマーケットがありますから、そこでやっちゃおうと思っていたのですが、もう、終演が、ほぼ午後8時だったものですから、食べ物系の屋台は閉店。グリューヴァインだけは呑めたので、1杯呑んだあと、そういったことも想定して、予定しておいたトルコ人の店へ。旧東独地域では少ないトルコ人の店ですが、きっちりとワイマールにある場所は把握してあります。そないな状況ですから、店は、大変な混雑。でも、ドイツのトルコ人って、なんで、こないに穏やかなのでしょう。黄紺の喋るトルコ語に驚き、それを楽しんでるのだから。また、周りのドイツ人も、不思議な空気を感じてくれてました。で、注文したのは、混雑していたので、ピデは止めて、ファラフェル・サンドにしました。まだ、今回、食べてなかったですものね。でも、昨日のフランクフルトもそうでしたが、アジュなソースを、ここも置いてなかったですね。でも、黄紺は、いつもケチャップを、いっぱいかけてもらうことにしています。

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フランクフルトから(12/9)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年12月10日(日)17時54分2秒
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  シュトゥットガルトからフランクフルトに戻ってきました。こないだ、カールスルーエに行くのに、回りくどい行き方で、結局、フランクフルトから出たICEで行ったものですから、どうしても、戻ってきたとなります。今日は、かなり気温が下がり、午後には雪がちらついていました。幸い、オペラに行こうかという時間には、雪は止んでいたので、ちょっと安心です。ドイツの雪には懲らしめられた苦い思い出があるので、雪がちらつくだけで、嫌な気分になってしまいます。昼間は、歌劇場から言うと、マイン川の対岸にあるザクセンハウゼンという地域の探索に行ってきました。昔ながらのビアレストランが並ぶという情報を得て、ならば街の雰囲気もいいのではと行ってみました。歌劇場裏の橋を渡ると、川沿いにフリマが開かれているなかを抜け、結局は、以前に行ったことのあるイコン博物館の裏手辺りが、目指す場所だったようですが、さほど広い地域ではないように思えましたが、行ったのが土曜日の昼間では、いつもの姿を見たとは言えないかも。おもしろいことに、各国料理店が並んでいました。「バルカン」「タイ」「カスピ海」「レバノン」「トルコ」といった店です。そして、帰り道にローマ広場をかすめたら、もう、そこは、クリスマスマーケットの世界。クリスマスマーケットで、最も賑わう地域から入ったものですから、ハウプトヴァッヘに続く、クリスマスマーケットを追いかける気にはなりませんでした。ですから、グリューヴァインを呑んだだけで、早々に退散。そして、夜は、フランクフルト歌劇場で「シチリアの夕べの祈り」(ジャン・ダニエル・ヘルツォーク演出)を観てまいりました。このヴェルディ中期の名作群の一角をなす作品を観るのは初めて。なかなか出ない作品を、ようやくゲット。今回のオペラ紀行で、ジャン・ダニエル・ヘルツォークものを観ることができるのは、ここだけというメリットのみならず、今回のツアーで、最も著名な歌手に出会えるという日でした。それは、モンフォール公を歌ったクルストファー・マルトマン。ベルリンで、十八番のドン・ジョバンニを聴いて以来の再会です。さほど大きくない体躯から、凄みのある声、正に、それを期待して行き、期待以上のものを聴かせてくれました。エレーヌ公女を歌ったバルバラ・ハヴェマンも狙いの一人。冒頭では、突発的に高音にだけ迫力を感じていたのですが、中盤以降は、逆に、ソプラノにも拘わらず、やたら中低音域に魅力を感じるようになっていきました。知られただけのことがあるものを聴かせてくれたと、満足できました。それに加えて、アンリを歌ったレオナルド・カイミが、容姿端麗、素敵な声、あとは、高音を、うまく抜くテクニックを掴めば、ブレークしそうな雰囲気すら感じさせました。尻上がりにいい感じになっていったのが、プロチーダを歌ったシム・キワン。またしても、優秀な韓国人歌手との出会いです。この暗さが共感されたのでしょう、大きな歓呼に迎えられていました。とまあ、歌手陣が、とっても魅力的だったものですから、プロダクションそのものより、先に書いてしまいましたが、ジャン・ダニエル・ヘルツォークのプロダクションの方は、そつなくというところかなというものがあったもので、後先が逆になってしまいました。「預言者」「ボエーム」に続く、着想が同じ装置。今回のオペラ紀行でトレンドとまで言える装置。廻り舞台上に置かれた装置の一部に高い壁が設えられており、その外側の壁と、壁の内側で、全く異なる空間を作り出すというあれが使われました。但し、このプロダクションで、廻り舞台の上に置かれたのは巨大な長方体。外側から見ると、大きなビルに見えます。長方体の三面に壁があり、内側は屋敷内の広間になっているというもの。時代設定は、衣装、装置から判断すると現代でしょう。モンフォール公とアンリが、出自について話し合うところ、即ち第3幕だけが、この内側を使い、第4幕の牢獄の場面は、内側半分、外側半分を見せ、この場合には、外側が牢獄となっていました。あとは、全て外壁を動かすことで、場面に変化を見せるという仕掛け。第5幕も外側正面の前に、宴席用長机を出し対処、モンフォールが内側から出てきて、結婚式をせかすというものでした。そして、鐘が鳴ります。パレルモ市民がなだれ込み、背後のモンフォール公の屋敷から煙が出てきて、モンフォール、アンリ、エレーヌが銃を突きつけられ、その銃が撃たれた瞬間、暗転となり終演となりました。特に、アンリとエレーヌを撃つのが、かつてのエレーヌの臣下というのが衝撃的です。終わった瞬間、客席の空気が凍てつくのが感じられました。この雰囲気に関わり、第5幕が始まったあたりから、おかしな空気が流れていました。というのは、開演直後に、あとから考えると、伏線が張られていたように思えます。序曲が始まる前に、1人の男が射殺されます。それが、エレーヌの兄と考えると、なかなかの伏線となります。序曲の間、パレルモ市民が、その射殺現場に来て、祈りと献花をしていきます。第5幕の結婚式の場面は、その花、写真が残る前で行われ、祝福にやって来た人たちは、死者に手向けられた花を取り、花嫁に渡すということをしていました。非常にありえない気持ちの悪い光景だと観ていたのですが、あとから考えると、ラストの伏線だったように思えてきています。ジャン・ダニエル・ヘルツォークのプロダクションは、概ね平易で、エンターテイメントに徹するというイメージがありますが、まぁ、このプロダクションも、その範疇かなという感じです。今回特有のラストでびっくりにはならない、でも、衝撃が残る、そないなところに、記憶に、確実に残るというものを観たかなの印象です。久しぶりに、この公演を観るにあたり、黄紺的に言って、フランクフルト歌劇場の特等席と思っている席が取れ、たっぷりと、この上演頻度の少ないヴェルディ作品を楽しむことができました。「リゴレット」「シモン・ボッカネグラ」「ドン・カルロス」といったヴェルディの名作群を想起させる音楽が散りばめられており、もっと上演頻度があってもと思う作品であることを確認した次第ですが、やはりフランス語というのがネックになるのでしょうか。

本日の食事。シュトゥットガルトのホテルは朝食付き。今回、朝食付きのホテルは、ベルリン以来となりました。でも、残念ながら、野菜がない。スライスしたトマトくらい置いておいて欲しいものです。そのため、夕食で野菜を補おうと思うと、どうしても、トルコ人の店に足が向いてしまいます。チーキョフテの店に、気を取られてしまいましたが、やはり生ものは避けることにしているので、諦めるしかありません。ならば、いつも行くトルコ・インビスの店で、ファラフェルにしようかと歩いていると、「チー」の付いてない「キョフテ」の看板。そこで、キョフテ・サンドにしました。手頃な価格、美味しくて、お腹がふくれて、生野菜も取れる、やはり、頼りにしてます、トルコ人。

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シュトゥットガルトから(12/8)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年12月 9日(土)19時06分47秒
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  今日は、昨日と違い、1時間もかからない移動で、あっさりと完了。今回のシュトゥットガルトは、歌劇場まで歩いて行ける宿は、高くて手が出ず、中央駅からUバーンで移動しなければなりません。これも経験済みなことですが、実際に来てみると、前には通り過ぎたことのあるところということで、距離感が掴め、急に親近感がわいてきました。一応、ルート確認で市中へ。歌劇場のチケット売り場で、春に来る際のチケットを買おうとしたら、ネット上での販売開始と同じ時期でないとダメと言われてしまいました。ま、それが普通ですね。早々に引き上げ、シュトゥットガルトで定番化しているリンデン博物館へ。特別展「ハワイ」なんてのをやってるということを、ここだけは、ネットで予め調べてあったので、行ったのはいいのですが、いつもは、多くの人が詰めかけているのですが、人影がない。でも、やってないことはないので行ってみると、どうも、今回の「ハワイ」は不人気なようで、集客力が格段に落ちていたのです。実際、展示を観て、納得。観るべき展示品が少なく、変化に乏しい。内容が平板。どうも、ヨーロッパ目線で、ヨーロッパ人が書き残したハワイの記録なんてのに、スペースが使われているかと思うと、ハワイ人の由来、地形的特徴は、何もなしはあかんでしょと突っ込みたくなりました。伝統の再生ということがテーマと思うのなら、関係の資料、丁寧に集めて欲しいと思ってしまいました。次回の特別展は「チベット」だそうですが、また行くことになるのかな。そして、夜は、シュトゥットガルト州立歌劇場での「メデア」(ペーター・コンヴィチュニー演出)。マリア・カラスがレパートリーとしていたことから、その名は知られている作品ですが、現在、その上演に接するのは、かなり難しいという代物。そういった作品を、何とペーター・コンヴィチュニーのプロダクションで観ることができるということで、今回のスケジュールを組むのに、1つの柱にしたのでした。先日のハンブルクでの「ヴォツェック」もそうでしたが、必ず何かをやってくれるペーター・コンヴィチュニーですが、「メデア」では、ジングシュピーゲルに仕上げてしまいました。異変に気づいたのは、始まって早々。歌われている歌詞がドイツ語だと気づいたときでした。今どき、ドイツ語上演って、珍しいことをするなと、不思議がっていると、歌唱の合間が、台詞劇になっていたのです。そのため、このプロダクション用に、入念なテキストが付け加えられ、また、指揮者との細かな打ち合わせの内での上演となりました。ただ、黄紺的には、台詞劇の部分が増えると、ドイツ語が聞き取れないものですから、視覚的に起こっていることからイマジネーションを働かさざるをえません。その範囲で言うと、下世話な男女関係のもつれから、メデアが、元夫憎しで、その男との間になした子どもを殺めるという、猟奇的な物語になっていたのではないかなと思いました。最近観てきたペーター・コンヴィチュニーものは、アプリオリに、思想的な把握があり、むしろ思想性から来る作品選びをしているのではとも思っていたのですが、この「メデア」では、普遍的な痴情のもつれ、それを、解りやすく、エンターテイメントとして見せるというのが、コンセプトだったのではと、黄紺は把握しました。会場に入ると、既に緞帳は上がっており、前幕と、そこからはみ出した装置から、明らかに海岸風景となっています。ジャゾーネの帰還を連想したのですが、実際に、その幕が上がると、醜態が繰り広げられる家の装置でした。舞台に、その装置が斜めに配置されていることから、その一部がはみ出し、海岸の風景の一部をなしていたという、ちょっとしたフェイントになっていました。家の装置で、下世話なやり取りが繰り広げられるなか、3幕では、家の装置が崩壊していました。壁は除かれ、家財はぐちゃぐちゃ。完全に家の崩壊、それが、メデアの狂乱というわけです。これでも判るように、作品を解りやすく、若干のデフォレメを加え提供するというのが、ペーター・コンヴィチュニーの方針だったのかなぁというところです。全ての作品で、同様の方針でやられちゃうと、引くものが出てくるのでしょうが、この作品限定のようにしてやられちゃうと、やっぱ、ペーター・コンヴィチュニーはすごいやとなってしまいます。とにかく、総体としてすごい才能と思ってしまいます。作品による使い分け、おもしろい演出家なら替えが効きますが、ペーター・コンヴィチュニーの場合には、思想的なバックボーンがあるため、見る目に、常に要注意なのです。歌手陣は、概ね良好。かなりハードなメデア役のカルネリア・プタセクは、まことに芝居上手なところへ、更に完璧な歌唱を求めるなら中低音域でしょう。ジャゾーネのセバスティアン・コーレップは、目立った存在ではありませんでしたが、平均的なもの。クレオンテの石野ショウゾウは、かつて「フィガロ」の伯爵でお目にかかったシュトゥットガルトのアンサンブルのメンバー。今日も堅実でした。グラウチェのジョゼフィン・フェーラーとネリスのフレーヌ・シユマナイダーマン、いずれも、よく通る声。フレーヌ・シユマナイダーマンが、客席からは、大きな拍手を受けていました。なお、ピットには、アレヨ・ペレス指揮の同劇場管弦楽団が入りました。

本日の食事。朝は買い置きのいつものメニュー。今日は、黄紺の好きなチョコチップ入りのヨーグルトがデザートでした。夕食は、ホテルの周りには、らしき店がなさそうなので困っていたところ、Uバーンの駅で2つ離れたところに、ベトナム・インビスとトルコ・インビスが軒を並べているのを発見。昨日はドネルだったということで、ベトナム・インビスをチョイス。野菜のローテカレーにしました。ドレスデンで食べたココナツカレーに比べると、ココナツのお味は、ほとんどしなくて、辛さの先行した野菜カレーでした。具だくさんの野菜で満足、満足でした。

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カールスルーエから(12/7)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年12月 8日(金)14時00分45秒
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  ヴィースバーデンからカールスルーエまでの移動が大変でした。買ってあった切符は、ヴィースバーデンからダルムシュタットまで快速列車で移動、そこで、ICに乗り換えて、カールスルーエ入りというものでした。まず、ヴィースバーデンからの快速列車が遅れ、ダルムシュタット発のICの発車2分前に着いたところ、ICらしき列車が停まってないので大丈夫と思い、プラットホームに行くと、列車表示に「キャンセル」と出てました。せっかく間に合ったのにと思っても、来ないのだからどうしようもない。そこで、ドイツ鉄道のインフォメーションに行き、どうしたらいいのか尋ねると、ちゃんとプリントアウトもしてくれたのですが、それを見てびっくり。だって、「まず、ダルムシュタットからフランクフルト行きのICに乗り、フランクフルトからバーゼル行きのICEに乗れ」となってたので、思わず尋ねました。「この切符で乗れるの?」、あっさりと「大丈夫」の答え。しかも、ダルムシュタット発の列車一覧の出てる電光掲示板を見ると、ダルムシュタットから乗れと言われたICが「数分遅れ」と出てるので、もう一度、インフォメーションに行き、「このIC、遅れてる」と言うと、「数分だけ、大丈夫」と強きの返答。フランクフルトでの乗り換え時間が、僅か10分なのに、、、。電光掲示板を見ると、ダルムシュタットから出る列車で、他に手頃な電車がなかったので、ダメなら、またフランクフルトのインフォメーションへ行こうと腹を決めたところ、実際に、そのICが来たときには、遅れを取り戻していて、定刻に到着して、ようやくホッとできました。でも、最後にICEに乗ったため、当初の予定よりは、ちょうど1時間遅れで済んだというのも、また、すごい。ダルムシュタットのインフォメーションの強きのおばさんに、感謝です。無風の移動と思ってたら、とんでもないことになりました。どうも、シュトゥットガルト界隈の列車に変調を来しているようで、明後日乗る予定にしていた列車に関しては、ドイツ鉄道から連絡が入っており、今日、カールスルーエ中央駅で、振り替え列車の相談ができたので、こちらは事なきを得るとは思いますが、これも、シュトゥットガルト絡みなもので、そう思ってしまうのです。ま、ちょっとしたマジェラにはなりましたが、あまり気分のいいものではありません。カールスルーエは、ちょっと間が開きましたが、これで、3度目になります。今回は、最初に来たときに泊まったホテルに泊まれることになりました。歌劇場に近いのが、何よりも嬉しいホテルです。ただ、この街はコンパクトでないので、どこに行くにつけても、多少は歩かねばならないのが、徐々に体に響いてくる街ですね。今回は、昼間は、懸案の現代美術&メディア・テクノロジー・センターに行ってまいりました。ちょっと遠いので、気合いを入れて行ってきたのですが、メディア・テクノロジーの方は、何を楽しんでいいのやら、さっぱりとは解らずじまい。現代美術関係では、1970年代を切り口に、その時代のものを集めてくれたのが楽しめました。今から考えてみると、「頑張ってる」「ちょっと肩肘張ってる」、そんな作品が多く目に止まり、思わず微笑んでしまいました。昨日のヴィースバーデン博物館の見学で、かなり足腰に来てしまっていた関係で、往復と見学で、かなり体力を消耗してしまいました。端から、ここだけと決めていましたので、帰り道に、念のために歌劇場へのルート確認と買い物をしたら、昼間のマジェラはおしまいにしました。そして、夜は、お待ちかねのヘッセン州立劇場での「皇帝ティトの慈悲」(パトリック・キンマンス演出)。モーツァルト最後のオペラセリアにしては、遭遇機会の低いもの。黄紺も、ドイツ、日本関係なく、初めて観ることになったのですが、とっても気品のある、但し、1つを除いてという注釈入りでですが、本格的なプロダクションに出会えたと、スケジュールに今日のカールスルーエを組み込めたのを喜んでいます。オケ(ジャンルカ・カプアノ指揮ヘッセン州立管弦楽団)のメリハリの効いた演奏ばかりか、歌手陣の好演もあり~で、壮重な雰囲気が冴え渡りました。これも廻り舞台を活用、でも廻り舞台に乗り動くのは、ローマを象徴するかのような凱旋門(片方の柱に階段あり)と、長方形の石塊が数個。また、装置として舞台上に配置されているのも、それだけ。カールスルーエの舞台は広いですから、かなり空間があります。それを埋めるかのように多用されたのが、廻り舞台を回し、凱旋門のアングルを変える、合唱の人たちやエキストラをタイミング良く出し、その空間に変化をもたらすという常套手段だったのですが、そのタイミングや、配置がいいのでしょうね、緊張感が途切れない空気を、見事に作っていました。この格調高いプロダクションを提供した演出家の腕の冴えを看た思いでいます。それに加えて、歌手陣の充実が、このプロダクション盛り上げていました。中でも良かったのは女性陣。(セスト)ディララ・バシュター、(ヴィッテリア)ブリギッテ・クリステンセン、(アンニオ)ラヘル・ケリーといった歌手陣でした。そういった女性陣には一歩及ばないまでも、ジェスス・ガルシアのタイトルロールがまずかったというわけではありません。ここまで誉めました。偽りのない好プロダクションですが、一つだけ解せないことがありました。またしても、ラストです。ティトを讃える合唱が流れるなか、1人が自害をして倒れ幕となったのです。咄嗟のことで、誰なのかもはっきりしたかった程です。身のこなしからするとセスト、衣装の裾模様からすると女性、となるとヴィッテリアしかないはずですが、ヴィッテリアは違う位置にいたように思えるので、やっぱセストかなぁ、というところです。でも、セストなら、自害する機会はいくらでもあったのだからと思ってしまいます。まさかの幕切れだったもので、そんな煮えきらない気分にさせられたのが、唯一の欠点ですが、今回のオペラ紀行、油断も隙もありません。幕切れの思わぬ展開に戸惑うばかりです。こんなの流行ってるのと言いたくなります。

本日の食事。朝は、前日に買い置きしてあった定番のもの。夜は、カールスルーエに来て、今回のホテルに泊まったら、前回と同じことがしたかったのです。ホテルの近くにあるトルコ人の店に行きたかったのですが、黄紺の記憶にある位置には、その店はなくなっていました。替わりに、すぐ近くに、違うトルコ人の店ができていました。最初は、黄紺の記憶違いで、その店が前に来た店かとも思ったのですが、位置だけではなく、店の中の造りも記憶とは相容れなかったため、違う店だと思っています。とっても穏やかなトルコ人に応対していただき、また、新たな思い出ができたのですが、結局、食べたのドネルでした。ソースがヨーグルト系しかなかったのですが、黄紺が「アジュ、アジュ」というものですから、黄紺の求めたケチャップいっぱいだけではなく、チリの粉を、たっぷりとかけてくれました。美味かったぁ。

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ヴィースバーデンから(12/6)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年12月 7日(木)19時05分41秒
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  ヴュルツブルクから、フランクフルト乗り換えで、あとはSバーンで、ヴィースバーデン入りです。今年の復活祭に来たときと同じホテルに投宿。そのときを含めて、今まで2度来たことがあるのですが、いずれも月曜日だったため、入ることができなかったヴィースバーデン博物館に、ようやく入ることができました。1階で20世紀もの、2~3階では、19世紀以前の「古典」と特別展、それだけかと思ってたら、サイドでは自然博物館にもなっていました。現代絵画では、感性に基づいて、触れる楽しみを味わい、古典は、どうしても「誰の作品」というのが気にかかります。現代ものでも、ノルデ、リーバーマンといったドイツ絵画でなじみになった作家の名を目にすると、ホッとするようになってしまっています。なかでも、ノルデの「トゥーランドット」の目力は、なかなかのものを感じました。19世紀絵画では、隅っこにフランス絵画も発見。どうやら、これが特別展だったようで、クールベ、ドラクロアにシフトしたもの。そういったなかに、マネがあると、惹かれてしまう黄紺でした。ここで、チェックイン時間の待機もできたということで、ホテルに戻り、一旦、休憩。駅からホテルまでが遠いものですから、踵を傷めている黄紺にはいい休憩です。その後、ヴィースバーデンのクリスマスマーケットに。前回来たときは、復活祭のときで、完全に街は眠ってましたから、クリスマスマーケットの賑わいは、黄紺の目には、違った街のように見えました。そして、夜は、ヘッセン州立劇場で「ボエーム」(トーレフル・オルン・アルナルソン演出)を観る日でした。「ボエーム」は、ドイツでも上演頻度が高いということからでしょうか、カッセルの「アンドレア・シェニエ」同様、終盤に来て、奇策が出てしまいました。納得のできるアイデアなら、そういった言い方をしないのでしょうが、そうではない場合は、奇策としか書きようがありません。装置は、ベルリンの「預言者」と同じ趣向。廻り舞台の1/3程に、大きな壁があり、その外側を使い、最初の屋根裏部屋に、内側には、カルチェラタンの賑わいを出す空間になり、中でもメリーゴランドが、目を惹きました。その廻り舞台の端には、壁に向かい長い階段が設えられており、第3幕などは、この階段を背景に進行しており、壁も二様に使えるようにしてあり、その3幕までは、1幕のミミの出くらいが奇策で、あとは通常の進行であったと思います。まず、ミミを出ですが、1幕の幕が上がると、マルチェルロが、服飾デザイナーとして、服を着たモデルの衣装合わせをしている風情。そして、4人のじゃれあいに入っていきますが、そのモデルは、ずっと立ったまま。そのモデルがミミで、そこから動き出すというもの。4幕では、ショナールの短いアリア(外套との別れを歌う)の間に、廻り舞台が廻り、ほぼ誰もいないカルチェラタンの装置が現れます。ここで、コリーネは階段を上がり、壁の上にある部屋へ。それで、彼の出番はおしまい。ショナールやマルチェルロ、ムゼッタは外へ。ここで、2人の歌唱になるのですが、徐々に、ロドルフォが正先で佇むと、ミミは、メリーゴランドへ。それまで、メリーゴランドの馬にまたがっていたビジネススーツ姿の女性が4人だったかな、馬から降り、ミミを馬に乗せます。そして、ミミが最後の歌唱を終え、即ち亡くなると、女性たちが手でメリーゴランドを回し、ミミの姿は消えてしまったなかで、人が帰って来たところで、舞台奥から、ショナールの声で、「ミミが亡くなっている」と言うものでした。ですから、1幕のミミの扱いからしても、果たしてミミという女性は存在したのだろうかとも思います。でも、そこまでにするなら、もう少しの情報が欲しいですね。先日のカッセルでの「アンドレア・シェニエ」同様で、ラストで拍子抜けってやつで、苦笑するしかありませんでした。歌手陣では、ロドルフォを歌ったアーロン・コーリーが抜けていました。イタリア・オペラのテイストを、しっかり感じさせる歌唱に拍手です。パワーでは、ミミのプメツァ・マチキザも良かったのですが、ミミの繊細さには、かなり及ばずでした。ショナールのアレキサンダー・ナイトを加えた3人以外は、明らかなパワー不足。席によっては腹立たしかったかもしれません。なお、ピットには、アルベルト・ホルン指揮のヘッセン州立管弦楽団が入りましたが、こちらも、あまり元気がなかったですね。

本日の食事。今日も、いつもと同じ買い込んだ食材での朝食。デザートは、ブドウ味ヨーグルト。そして、夜は、クリスマスマーケットで。まだ食べてなかったライベクッヘン。要するに、ジャガイモの唐揚げ。見た目は薩摩揚げにそっくり。リンゴのすりつぶしたソースをかけるのが、ドイツ人の定番ですが、どうも甘い味がミスマッチと思う黄紺は、何にもなしで食べます。そのあとに飲んだグリューヴァインが、事の外うまく感じたのは、塩味と甘いグリューヴァインが、口の中で混ざったからですね。これも、ドイツ的口触りってやつですね。

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ヴュルツブルクから(12/5)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年12月 7日(木)14時53分42秒
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  ワイマールから、エアフルト、フルダと、2回乗り換えてのヴュルツブルク入りです。ちょっと間が開いてのヴュルツブルク入りで、これで4回目となるのですが、ちょっと久しぶり感があります。今まで使ったことのないホテルの予約サイトを使ったのですが、平常通りに、駅近くのホテルに投宿。確認のために、歌劇場へのルートを経由して、近くにある有名なレジデンツもやり過ごし、マイン川へ。今回の狙いは、有名な石橋の1つ南の橋から見上げると見える教会へ。単に「礼拝堂」と名の付く教会へ行くには、踵を傷めている黄紺には厳しかったのですが、近道に気づかず、往きは迂回コース。でも、登ったかいがありました。ヴュルツブルクの街が一望できますし、目の前に、この町を統治した司教の館でもあった堅固な城塞を、今まで見たことのないアングルで見ることができます。戻りは、やはり石橋を渡り旧市街へ。マルクト広場のクリスマスマーケットで、グリューヴァインを1杯飲んだだけで、夕食を買ってホテルへ戻り、夜のオペラに備えることに。そして、夜は、マインフランケン劇場であった「チャルダーシュの女王」(マルセル・ケラー演出)を観てまいりました。なぜか、こちらの歌劇場では、オペレッタ、ブッフォ系のオペラばかりが当たります。小ぶりな舞台のこの劇場ですが、廻り舞台を巧みに使い、うまい場面転換をしていました。第1幕は、ブダペストの劇場でのお別れ公演ですが、舞台だけでは用をなさないということで、劇場外からロビー、そして舞台のあるスペースを、廻り舞台の200度程を使い、設えられていました。180度を超える舞台を回転させるというか、揺らしながらといった感じで、場面転換を図っていました。第2幕は、廻り舞台の裏側なんでしょうね。エドウィンの自宅のエントランスホール。背面に扉があり、その裏が舞踏会場となるようでした。休憩が、ボニーが妻として連れてきたのは、シルバであることを確認したあと、2人が愛を確認したところで切り、その間に、1幕の装置に替わり、3幕のウィーンのホテルのエントランスホールに作り変えられたようで、またぞろ200度程のスペースを使ってました。この劇場の演出は、演目を問わず、オーソドックスなという基本スタンスを持っているのではと思わせるものがあります。で、このプロダクションも、正に、その範疇にしまい込んでいいものと思えました。でも、このちょっとした大人の童話のような物語、それを掻き立てるむせぶようなカールマンの音楽に相応しいように思えて。初演当時の客席では、こういったテイストのプロダクションを観て、心を熱くしていたかもと思ってしまうのです。そんな思いに捕らわれてしまった黄紺は、やたら胸を熱くしてしまってました。特に休憩前のノリが良かったなぁ。さすが、オペレッタだけに、動ける歌手陣を揃えていましたが、気になったのは、マイクを使ってたのかなと思いながら聴いていました。さほど広い会場ではないのですが、演出上、歌手陣はダンスも求められるからだとは思うのですが、、、。そないななか、シルバを歌ったバルバラ・シェラーは、いかにもという美声で、のっけからというか、のっけに大きなアリアがあるのですが、しっかりと歌ってくれました。エドウィンのロベルト・オルティッツは、いい声だなと思う一方、貴族のぼんぼんなんだから、もう少し横着に、大きく出ても良かったなと思いました。おいしい役のボニー(マシュー・ハビブ)とシュージ(辻アキ子)は、やはり大きな拍手。それに相応しい活躍でした。フェリ・バチ(ダニエル・フィオルカ)は、話の治め役なのですから、3幕に入るまでと言えば、1幕で、もう少し大きな動き、役割を与えても良いのにとは、これは、演出への注文になりますね。解りやすく、変な仕掛けはなしというプロダクションに、今日は喜んでいる黄紺でした。

本日の食事。ワイマールのスーパーは、決まって国民劇場の脇にあるところのお世話になっています。この街では、世界遺産のため、なかなか見つけにくいので、一旦見つけた以上は、毎回利用させてもらっています。そして、定番の朝食メニューを揃えておきましたから、朝はそれ。夜は、駅前にあったアジア・インビスで、黄紺的ドイツの味「ボックス入り焼きそば」を買い、ホテルでいただきました。このくらいの量が、黄紺には適量ですね。

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ワイマールから(12/4)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年12月 5日(火)18時57分58秒
  昨夕からの雪は、さほど続かず、むしろ今日は、気温が、少し上がったのでしょうね。雨になりました。そんななか、ワイマールへの移動です。この移動って懐かしくて。オペラ紀行を始めた頃、のんびりとした快速列車で、何度か往き来をしたものですから。ワイマールで投宿するとすぐに、国民劇場へ。ワイマールは、今や数少なくなった、ダイレクト印刷で、チケットを手に入れられないため、劇場にチケットを引き取りに行かねばなりません。前回もそうでしたが、今回も、2回分のチケットを発行してもらいました。今回、あとで、もう1回、ワイマールに来ますからね。今日は、久しぶりに、敢えて駅近くにホテルを押さえ、昼間はイエナに行こうとの計画を立てていました。今日は月曜日ですから、ワイマールで、未だ入ってない博物館には行けないため、近郊の町に行ってみようとの考えなのです。もちろんイエナに行っても、博物館には入れるわけではないのですが、知らない町を歩くことができるというメリットがあります。ワイマールからは、ナウムブルクしか行ったことがなかったですものね。ナウムブルクより近いイエナが後回しになったのは、あまり古いものが残ってないとの印象があったからですが、一方で、文豪たちの縁の町であるという魅力も持っています。もちろん、今日は、そうした関連の博物館などは入れないのですが。やはり、実際に足を踏み入れてみると、戦災を受けたあとにできた無機質な建物、広大な広場といったものが、街の中央部を占めているなか、僅かながら、戦災を免れたのかと思えるところが、旧市街ってところでしょうか。そういったなか、ごく一部ですが、城壁が残っていました。また、それを活用しての、小じんまりとした、でも、中世風の飾り付けのクリスマスマーケットを見つけることができました。そんなに、中心街に広がりを感じなかったため、イエナのマジェラは、1時間半ほどで切り上げることとなりました。そして、夜は、ワイマール国民劇場管弦楽団の定期演奏会。月曜日は、ほぼオペラのない日。昨シーズンは、それで、このワイマールで2回、この定期演奏会に行ったのですが、今シーズンもお世話になりました。うまい具合に、おもしろいプログラムに当たるのです、このワイマールでは。それが、こういった頻度で、ワイマール入りしている理由になっています。今日のプログラムは、ディープなフランスものに、ショパンが加わるといったものでしたが、ここにきて、また重篤を極めている睡眠障害の影響が出てしまい、子守唄を聴きに行ったようなものとなりました。一応、プログラムは記して、記録としておきます。「ダンディ 交響的バラード"魔法にかけられた森" op.8」「ショパン  ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 op.21」「デュパルク 夜想詩曲"星たちへ"」「ルーセル 交響曲第1番 op.7 "森の詩"」。見事に、エコ的表題を持った曲を並べたものです。デュパルクなんて、とっても癒し系。そんなのも業をなしたのかもしれませんね。

本日の食事。ライプチヒ宿泊が日曜日だったため、いつもの朝食のための買い込みができず、辛うじて開いていたパン屋で、ドイツ定番の調理パンを買っておきました。ドイツのパンは密度が濃いものですから、黄紺には1個あれば十分でした。夜は、コンサートに行きがけに、国民劇場前のクリスマスマーケットに行き、去年食べて美味しかった「シャンピニョン」。ここの屋台の「シャンピニョン」が、一番いい臭いを発しているようで、自分的には、お気に入りの「シャンピニョン」なのです。

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