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ピッサヌロークから(6/20)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月21日(水)02時43分56秒
編集済
  ロムサックから、バスで、正味2時間半で、ピッサヌローク到着です。ここで、昨年のタイ旅行のコースに合流したことになります。旅行計画を立てるとき、当初、コーンケンから、バンコクへ引き上げるコースを作っていたのですが、このピッサヌロークに、もう一度入りたくて、考え抜いた結果、ロムサックを絡ませることで、わりかし無理のないコースができたと思っています。理由は2つありました。1つは、ワット・ヤイに、もう1度行ってみたかった。もう1つは、鉄道駅前に拡がる、規模としては大きいとは言えないマーケットを、もう1度見てみたかったのです。そんな風に、ちょっと慣れているはずのピッサヌロークだったのですが、のっけから不安が飛び出て慌てました。ロムサックからのバスが、自分の描いていたバスステーションではない、でも見たことがあるようなバスステーションに着いてしまったのです。場所としてはピッサヌロークなのにと思い、人に尋ねるとピッサヌロークだという。黄紺の頭には、ピッサヌロークにも2つのバスステーションがある可能性が、前からあったため、そうだと、誰か言ってくれと思っていると、近くにいる人が、「バスステーション・ツー、ワン」と言ってくれたのです。知っている英語を使い、何とか解らせようとしてくれたのでしょう。めっちゃ嬉しかったです。黄紺の頭に、その可能性があったため、すぐに意図を了解。ジェスチャーを使い、「2から1に回るのか?」「ここはバスステーション2なのか?」を確かめると、そうだとうなずいてくれて、一安心。実は、前回、チェンライからバンコク行きの夜行バスに乗ったときに、1度だけ、夜中に休憩をとったバスステーションがあり、そのバスステーションをピッサヌロークのだと、確か言ったのだけれど、黄紺の知らないところだったので、何かの間違いと片付けてしまった記憶が、頭の片隅に蘇っていたのです。そのため、バスから降りるに降りられないでいたときだったのでした。確かに、バスは、黄紺も、よく知るバスステーションにが終点でした。ただ、その時点で、黄紺の頭に不安が過ってました。このバスステーションから、明日、バンコク行きのバスがあるだろうかという不安です。去年はバンコク行きを見てはいたのですが、、、。こわもので、プラットホームの行先表示を追いかけていく(ここはアルファベット表記でした)と、間違いなくありましたから、早速、チケットを購入。おまけに英語で対応していただけて、更に安心。このバスステーション1から出ることも、確認しておきました。それが済むと、タイミングよくソンテオが通りかかったので、「サタニーロッファイ、OK?」で、あっさりと鉄道駅前に行くソンテオを掴まえることができました。前回、「railway」なる単語が通じず、まいった記憶があるため、今回は、昨日の「タラート」に次いで、タイ語を仕込んでおきました。ホテルに入ると、早速、ワット・ヤイにお出かけ。今日は閑散としていて、とんだ拍子抜け。前回の人出、それを当て込んだ物売りの屋台、堂宇の中は、人に溢れ、列をなして進みながら有名な仏像前に到達しても、列は時計回りに動いていくため、じっくり眺める暇もなかったというのは、前回の思い出。今日は、中も閑散としていましたから、参詣の皆さん、ゆったりとカメラを向けあったりされてました。この違いに思いを巡らせていて、ようやく、前回の賑わいのわけが判りました。あの日は連休だった、、、ということは、何かの仏教の聖祭だったからなのでしょう。となれば、前回は、いい時に来たということだと解釈していいのだと思いました。一旦、ホテルで休憩をとったあと、今度は、前回来たときに、ネット上から手に入れ用意した地図(日本語の表記入り、どこから手に入れたかは忘れてしまっている)を頼りに、その地図に記載されている「旧市街」に行ってみました。鉄道駅の反対側、バスステーション1の方角です。でも、らしきものは、一切ありませんでした。幹線道路が貫いているところでしたので、手元にある地図そのものに、疑問を感じてしまいました。駅の反対側に行くために利用した道は、前回行き、今回は省いた民俗博物館へ行くために利用した道を使いましたから、踏切まで戻ってくると、駅前から続く青空マーケットの端に出ます。ここからが、狙いの2つ目に入ることができました。一番の賑わいは、市場の西側。ソンテオ乗り場の横っちょです。ここは、おかず屋さんがすごい。品数も多いうえ、どれを見ても美味しく見えます、ここの食材は。駅の正面に続く道路は、車を通すことが優先されたようで、去年の活気に比べると、イマイチ劣るという印象。去年出ていたドネルジの姿も消えていました。もう、これで満腹です。なお、去年行って、つまらないという印象の残ったナイト・マーケットは割愛しました。

本日の食事。今日も昼食から。前回泊まったホテル(今回も狙ったのですが取れませんでした)の傍らにあった食堂がお気に入りだったもので、早速駆けつけたのですが、カパル。残念。替わりに、近くの食堂で「大根の煮付けかけご飯」にしました。「大根」の味、食感だったので、「大根」としましたが、自信があるわけではありません。薄味で、食材の味を生かした一品。夕食は、「旧市街」を求めての帰り道にあった食堂で「焼豚丼」にしました。焼豚の味は、日本のそれに似たもの。チンゲンサイか、それに似た野菜が湯がかれて、ライスの上に、細切りにした焼豚とともにのっていました。味付けの調味料としては、甘味ナンプラー、ピリ辛甘酢の2品が用意され、その調和にも成功。それに、軽いピリ辛味のスープが添えられました。

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ロムサックから(6/19)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月20日(火)05時23分5秒
編集済
  今回の旅行で、最も不安定要素のあった今日、100%狙い通りに進みました。ブログに書かれている紀行文だけが頼りだったのですが、それから得られた情報を基に、すっかり、この町に入るまでには、地図が出来上がっていました。まず、郊外にあるバスステーションに到着します。黄紺と1人を残して、たくさんいた乗客は降りてしまいます。でも、降りてはいけないのです。「タラート(市場)」という言葉を仕入れてあったので、残った人に、その言葉を使い確認。やがて、バスは、頭に入っている地図通りに5キロ走ります。街中に入ってきたあたりに、この1軒しかないホテルが見えるはず、確かにありました。ホテルの姿も頭に入っていましたので、すぐに確認できました。バスは、黄紺が考えていたよりは、一筋だけ手前で角を曲がりました。で、ターミナル手前で降ろしてくれたと思ったのですが、あとで見ると、バスステーションといったものではなく、広場を持つバス停といった類い。バンコク行きなんてのは、そこから、少し離れた位置に、待ち合い室を持ったバス会社のオフィスがあり、そこで、乗降してました。明日の行き先、最終目的地になるピッサヌローク行きは、広場に面して切符売場があり、バス自体は、外の道路に停まっていました。何はともあれ、街中までバスは行くという情報は正確だったということです。ホテルも、あっさり入ることができました。タイで、ホテルに飛び込みで入ったのは久しぶりです。ネット上の予約サイトに慣れてしまい、そこで、予約してないだけで、何かしら不安な気になってしまう悪い癖がついていることを、今回は思い知りました。他に高級ホテルがあるらしいのですが、結局は見つけることができず、黄紺が目にした街中のホテルは、このホテルだけでした。街の中心と言えばいいでしょうか、確かに時計搭があります。お世話になったブログに、ホテルジが「タワー」と言ってたと書かれているもので、ここより東に、次に北に向かい歩いてみるのを、まず街中ウォーキングの第1クールとしました。頭に入っている地図通りに、確かに蛇行した川があります。その橋を渡ると、アルファベット表記で、大きく「博物館」の文字が。ロムサックに博物館がありました。これは想定外のもの。小ぶりですが、立派な建物に唖然。だって、今日は月曜日なんですから。スケジュールが立ったとき、ロムサックが月曜日に当たったのを見て、黄紺はベストと思ったほどでした。どこにも、ロムサックに博物館があるなんて情報は流れていませんでしたから。ガックリときて、今度は、時計搭から北方向を探索。コーンケンからのバスが停まった通りの北側の公園でもないだだっ広いスペースに、テントが連なります。中はマーケットでした。ナイト・マーケットのような感じで、衣料や雑貨を売る店がほとんどでしたが、うだるような暑さのなか、空気が淀み、店を出されている方の苦労ばかりが、気になってしまいました。そのテント村の北側は植木市になっていました。そのスペースの東側の道路、即ち、時計搭からまっすぐ北に進む道路には、夕方から屋台が出ます。お世話になったブログを書かれている方いずれもは、ロムサックで食堂探しに苦労されていますが、その情報が、決定的にくつがえるのが、この屋台群です。屋台は、他の場所にも出ますし、昼間なら食堂も幾つかあります。コンビニで買ったスナック菓子で済ますなんて必要はありません。その道を、どんどんと北に行っても、もう郊外の道って感じで、時々、食堂や店がある程度ですので、途中で、東の川寄りにある、もう1本南北に走る道路に向かったのですが、こちらは、カフェがあったくらいで、基本的には住宅地でした。仕方ないので、第1クール終了の印に、コンビニに寄り、アイスコーヒーを買ったつもりが、間違って、ちょっと濃厚めのアイスティーを買ってしまったのですが、こちらも、なかなか美味かったなぁ。セブン・イレブンでは、日本でもコーヒーのお世話になってますが、断然、タイに軍配を上げます。美味しくて、安い。第2クールは、時計搭より南側、早い話が、ホテルの裏側に拡がるタラート(市場)です。そのつもりで、ホテルを出た途端、前の幹線道路は、人といい、車といい、大変な賑わい。タイ名物、下校時刻に当たっていたのでした。またまた、買い食いをする生徒たちの群れです。その生徒たちを当てにして、屋台が連なっているのです。強烈な西陽にむせかえるなかの、この賑わいというか、もう騒動というくらいのカオス状態です。この名物シーンを、しばらく眺めてから、当のタラートへ。ところが、これが広い。街の規模を、第1クールで知ったつもりになっている黄紺には驚きでした。道に連なる雑貨屋さんの店。確かに、食べ物屋では、おかず屋はあっても食堂は、ほぼない。それらの中心になると言えばいいのかなぁ、カパル・チャルシュがあります。屋内市場です。ところが、ウボン・ラチャターニーでもそうでしたが、内側は閑散としている。ほとんど店を出していないのです。周囲の路地沿いには、店は出ているのだが、内側ではないという現象です。外の道路沿いは、溢れるばかりに商品を置く店が続いています。韓国のシジャンに似た光景です。道端に、屋台も出始めていたので、夕食は、この辺りの屋台かなと、一旦思ったのでしたが、第2クールの終わりに、もう1度向かった時計搭の北側にも、屋台が出始めているのを見て、あっさりと変更。開放的で、明るい感じがした方を選んだというところです。但し、屋台って、黄昏てきてから行きたいものですから、今度は、セブン・イレブンで、お気に入りアイスを買って、一旦、ホテルに引き上げ、頃合いを見てから食事に出かけることにしました。ロムサックには、時計搭周辺に、3軒もセブン・イレブンがあるのは、ホント助かります。いや、どのセブン・イレブンに行こうか迷うほど、近接しあっています。第3クールは食事だけ。だって、食べ終わった頃には、陽が暮れていますから。地方都市の夜は、足早にやって来ます。街角の明かりは、日本の比ではないものですから、簡単に、足はホテルに向かってしまうのです。

本日の食事。朝は抜いてコーンケンを出発。ですから、ロムサックに入ってから、2回の食事チャンスがありました。昼食は、バスを降りた通りに面してあった簡易食堂で「チキンカレー」。表に、4品の食材と肉まんとおぼしきものだけを置いている簡易食堂。テーブルはなく、壁に向かったカウンターで食べていると、立ち食い蕎麦屋を思い出してしまってました。カレーの具材は、ほぐしたチキンの他に、またしてもザーサイとみた、シャキシャキとした野菜でした。夜は、上に書いたように、屋台で食べた「チャーシュー麺」。ローイエットの市場で食べたラーメンと違うのは、具に、骨付き豚肉ではなく、日本で見るチャーシュー(屋台のおばさん、「ポーク」と言わず「ピッグ」と言ってました。でも、英語を使ってくれて感謝です)を細かくしたというだけのもので、お味は超薄味で、自分で味付けをするもの。調味料は、ローイエットと同じ4品(唐辛子・砂糖・ナンプラー・辛い酢)。ローイエットの経験を生かし、今回は、絶妙の味に仕上げることができました。毎日毎日、美味い美味いで来たお楽しみタイめしも、明日が最終日。おまけを付けることができれば、空港に行く前のバンコクでとなりました。このお別れが、一番辛いところです。

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コーンケンから(6/18)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月20日(火)05時11分37秒
  ローイエットから、ジャスト2時間で、コーンケン到着です。ローイエットからは、西北西に進んだということになります。郊外のバスステーションは閑散とした感じ。主役は、元からあったバスステーション1(ボーコーソー・ヌン)に戻ってるようですが、明日行く予定の町は、ガイドブックには欠片も載ってないため、どちらのバスステーションから出るか、確かめねばなりません。明日の移動には、ネット上に公開されているブログを参照させてもらい、計画を練っていたのですが、この時点では、どちらのバスステーションから出るのかを把握できていなかったもので、確かめに回ったのですが、人により言うことが違い、また、チケット売り場も閑散としており、ブースに人影のないところも多く、困っていると、1人のおばさんが、「ここから5キロ離れたバスステーションから、毎日、1時間ごとに出てるよ」と教えてくれた。「毎日」「1時間ごと」という情報は、黄紺も掴んでいたので、それまで、当てのない情報ばかり聞かされていたのに対し、俄然、信憑性を感じ、そのバスステーションが「ボーコーソー・ヌン」であることを確かめると、直ちに、シティバス(その乗り場も当のおばさんが教えてくれた)に乗り、ボーコーソー・ヌンに移動。すると、呆気なく乗り場を教えてもらい、客寄せをしていたお兄さんにも確認をとることができました。ならば、大切なことを尋ねなければなりません。明日の移動先には、バスステーションが2つあり、バスがどちらに着くことを確かめねばなりないのです。しっかりと、そのことも、そのお兄さんは、教えてくれました。先ほどのおばさんといい、このお兄さんといい、肝心なところで、英語を話す人に出逢えています。今回のタイ旅行は、ホントに運が強いです。タイに入る前から、一番気になっていたのが、明日の移動&宿泊。上に書いたネット上の情報だけを頼りにしていますから、そこから掴めてないものは、自分で収集しなければなりません(実は、先ほど、この情報も、ネット上にあることを知りました)。一安心でホテルにチェックイン。ホテルも、1人の方が、えらく誉められているところをチョイス。確かに、ドイツのホテルと変わりません。今日の街歩きは、北、南、西と、中心街の端っこばかり。シティバスやソンテオを使うのが賢明なのか、瀬踏みということで、まず初めに、ウボン・ラチャターニーで懲りた黄紺は、国立博物館に向かいました。昨晩、完膚なきまでの睡眠障害に見舞われたため、歩くのが、かなりきつい。でも、予感よりは早く着いたという印象を持ったため、一日中、歩きで回ることになりました。ここの国立博物館、目立ったものとして、仏陀のレリーフを多数持っていたり、ヒンドゥーの神々の像を上げることができるのでしょうが、展示品の数が少ないですね。でも、ドヴァーラヴァティー王国時代の遺物を、これだけ多く観たのは初めてとなりました。そういった考古学資料が多かったのですが、それ以外に、民俗資料の展示もするという博物館でもありました。南に向かう前に、一旦、ホテルで休息。次いで向かったのは、南のブン・ケン・ナコーン、湖です。黄紺が湖に入っていった場所が悪かったのか、バイクが並び、屋台が並びというところのうえ、地面にシートを敷き、その上にテーブルが並ぶ。花見状態で、情緒もないうえ、遊歩道が造られているわけでもなくで、すぐに引き返すことになりました。周回道路がありましたから、それを進んで行くと、もっと静かに楽しむことができたかもしれないのですが、そうすると、どんどんと街から離れていくということで、それも断念。早々に、少し北に戻り、今度は、西にあるセントラル・プラザに向かったのですが、日曜日にも拘わらず、市場が健在なので入り込んでしまい、あえなくDへの土産2つ目を買ってしまいました。セントラル・プラザは、大ショッピングセンター。入口付近に、屋台が並ぶというのもタイらしいところ。ここのフードコートが良さそうなことを書いていた人がいて、ならば、夕食をこちらのつもりで出かけたのですが、黄紺の頭に、フードコートって、最上階か地下、ときどき1階にあるものとインプットされていたのですが、おもしろそうなものを用意しているフードコートは、えらく半端な階にあり、それを知る前に、ありきたりなものを食べてしまいました。コーンケンは、都会の雰囲気のある街ですから、こないな大ショッピングセンターがあっても、何ら違和感は生まれて来ません。体調も、早めに休憩を入れたのが良かったのか、その後、あっさりと快復。ま、ドイツも含めれば、旅行18日目ですから、疲れが出てきてもおかしくはありません。今日は、随分といろんな方に助けていただきました。明日のバス乗り場探しで、お世話になった方は、既に書きました。それ以外でも、ローイエットのホテルからバスステーションまで、バイクで送ってくれたお兄さん。彼は、夜勤明けのホテルジだったみたいです。夕食を食べたセントラルプラザのフードコートで働くおばさんは、「あんた、タイ語が解らないんだね」と言いながら、食券を買いに走ってくれたり、食器の世話をしてくれたりで、ホント、助かりました。不思議なことに、これらの方々は、皆さん、英語を話しました。とにかく英語の通じないタイで、これだけ続いて、しかも、大切なポイントで、英語を話す人に出逢えたのは、運が強いとしか言えません。確かに、今回のタイ旅行、運が向いてます。

本日の食事。今日も、朝を抜いての出発。コーンケンに着いてからの昼食が、本日1回目の食事。「骨付き豚肉入りとんこつラーメン」。とんこつスープかどうかは、正直判らないのですが、日本のとんこつラーメンと同じ色のスープだったもので、そうかなというところです。麺はうどんかな?  ライス・ヌードルの極太麺かもしれませんが、食感はうどんでした。毎日、ラーメンを食べていますが、種類が、全て違います。日本のラーメンのように、濃厚さがなく、量も、黄紺には適量で助かっています。夕食は、上に書いたように、セントラルプラザの1階のフードコートで、「パッタイ」を、今回初めてだなぁと、一瞬思ったのですが、 フランクフルトに行く前に、バンコクで食べていたから、2度目になります。

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ローイエットから(6/17)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月18日(日)00時14分40秒
編集済
  ここまで、ずっと東に向け動いてきましたが、今日、初めて北に移動しました。ウボン・ラチャターニーから3時間弱、とっても快適なバスで移動。移動時間が短く感じられる移動でした。今回、最後は、去年のコースに合流しようと、コース設定をしたとき、とっても手頃な位置にあり、街の地図を見てみると、街の中心に小さな湖があるというので、迷わずにピックアップした町だったのですが、その湖を取り巻く公園も、去年行ったナコンサワンのそれに比べると、ちょっと見劣りするもので、結局、タイの普通の地方都市に来たかなというところです。この町も、その湖、それに続く公園と、街の中心らしきものはあるのですが、中心を作る繁華街というものに欠けます。町の規模は、それぞれ違いますが、ここまで巡ってきた町に共通しているところかなと思います。このローイエットという町は、先日入ったコラート同様、旧市街の周囲には掘り割りが残っています。それに沿って、かつては城壁があったものと思われます。その中に雑然と拡がっているというのがローイエットです。そないな街ですが、今回初めて、熱帯の町だと思わせる光景に出逢えたのも、ローイエットです。熱帯の木の生え方が、街並みを作る構成要素になっているのを見ることができます。住宅地を歩いたりしていると、熱帯の植物と共生している人の住処って感じで、黄紺的には、とっても癒されるもでした。この町には、2つの巨大な仏像を見ることができるのも、嬉しいところ。ワット・ブーラバー・ピラームには、高さが70m近い仏像が、ワット・ヌアには、屋根のない寺院に巨大な仏像がむき出しになっています。やはり巨大さが売り物というのは、見るだけで圧倒されてしまいます。一方、その同じワット・ヌアには、約1200年前の仏搭もあり、ウォーキング・ツアーには、いいポイントになりました。昨日のウボン・ラチャターニーのような大きめの町でも、そうでしたが、もう暗闇が迫ると、街全体が暗くなります。特に、今日は土曜日だったからでしょうか、店が閉まるのが早いようで、呆気なく1日が終わっていくように感じました。ローイエットでは、土曜日にナイト・マーケットが出るということらしいので、それはそれでラッキーだったのですが、ここのナイト・マーケットは、通常の市場に、おかず屋さんがほとんどを占める屋台が並ぶもので、市場の外にも屋台が並ぶというものではありませんでした。でも、この市場の外では、同じような店はなく、食堂は閉まっていますから、このナイト・マーケットは、随分と賑わっていました。そないな状態に加え、ウボン・ラチャターニーから、それまで至るところにあったセブン・イレブンが減ってきています。街歩きをしていて、セブン・イレブンがあると、その位置を、しっかりと覚えておかないといけないようになってきています。ローイエットでは、ショッピングセンターの地下にスーパーが見つかっていたので、まぁ良かったのですが、街歩きをしていて見つけたセブン・イレブンは、ナイト・マーケットの出た市場の両脇に1軒ずつ見つけただけでした。タイのセブン・イレブンでは、コーラなどのカップ売りをしています。自分で氷とコーラを入れて、レジに持って行き支払いをするというものです。今日入ったセブン・イレブンでは、コーラ系が売られてなく、アイスコーヒーやジュースしかなかったもので、黄紺はアイスコーヒーを買ったところ、お味はマレーシアで病みつきになった「コピ」のあれだったため、大感激。もっと早く気づくべきでした。おかげで、明日からの楽しみが1つ増えました。

本日の食事。今日も、ローイエットについてから、本日の1回目の食事。ホテルの近くで見つけた食堂には、幾種類ものおかずが並んでいました。黄紺が、一番求めている食堂。だって、欲しいものを指さすだけでいいわけですから。ご飯の上に2品かけてくれるというので、1つ目は「ブロッコリーと挽き肉の煮込み」、2つ目には「ザーサイのピリ辛煮」をかけてもらいました。ブロッコリーの方は、ごく薄味で、ザーサイのピリ辛と対照的で、この2つのチョイスは、我ながら絶妙。生野菜盛りも付いたのですが、ほとんどが胡瓜の塊。でも、生野菜補給と思い、我慢して嫌いな胡瓜の塊を3つ、口に放り込み、ピリ辛味でごまかしていただきました。これで35バーツとは、もうたまりません。このブロッコリーの煮込みが、あまりにも気に入ったため、それとカレーを合わせれば、これまたグーじゃないかと考え、夕食も、同じ食堂を狙ったのですがカパル。土曜日だからなのか、もう夜はいつもなのか、ある方のブログで、「ケンタッキーに行った」と書かれていたわけが、初めて解りました。黄紺の頭には、やっている可能性のある屋台が1つと、あとはナイト・マーケットにかけるしかないと判断。確かに可能性ありとした屋台はやっていたので、それを保険に、ナイト・マーケットに行くと、上に書いたようにおかず屋さんだらけ。その中で見つけた「ドライ麺」を見つけたら、ここもテイクアウトだけ、この屋台も保険に、他を探すと、ようやくラーメンを出す屋台を発見。保険にしていた屋台もラーメンを出すところだったので、ナイト・マーケット内で見つけた屋台でラーメン(ちぎり豚肉入り)にしました。ところが、このラーメン、とんでもない超薄味。テーブルに置いてある調味料(唐辛子・砂糖・ナンプラー・辛い酢)で、お好みの味付けをせよというものでした。さすが、あの超薄味のまま食べる人はいないと思います。こちらは40バーツ。ラーメンとしては普通の値段ですが、昼の品と比べると、どうしても割高感が出てしまいました。

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ウボン・ラチャターニーから(6/16)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月17日(土)18時18分48秒
編集済
  スリンから、更に東にほぼ2時間進みシーケット、シーケットで乗り換えて、更に1時間でウボン・ラチャターニーに到着です。今日は、今回初となるロットゥーに乗っての移動となりました。昨日、バスステーションで尋ねて、結局、言葉の壁で判らずじまいだったため、最初に尋ねた方に教えられたものに乗ったということです。「どこそこに寄ってから、ウボン・ラチャターニーに行く」と言われたのですが、そのどこそこが解らないので、とにかくウボン・ラチャターニーに行けそうということで、即決しました。ですが、ロットゥーがシーケットに着くと、運転手氏がウボン・ラチャターニー行きのロットゥーが出るプラットホームを指したので、やっと、スリンのバスステーションで、「どこそこに寄ってから、ウボン・ラチャターニーに行く」と言われたわけが判りました。「スリンからのロットゥーはシーケットまでしか行かないが、そこで乗り換えるのでいいか」という意味だったのです。スリンで払ったロットゥー代が、黄紺の予想より安かったもので、おかしいなとは思っていたのですが、そこまでは気が回りませんでした。シーケットでの乗り換えは、さほど手間取らず、あっさりとウボン・ラチャターニーに到着。でも、この町は、バスステーションから、中心街らしきところ(この町には中心街と呼べるところがないと皆さん書いていますが、黄紺も同感です)、ま、ホテルの多い地域、見所のある寺院がある辺りとして書きますと、そこまでが、やたらと遠い。町としては大きいので、ソンテオが路線を持って走っているので、バスステーションからの移動には支障はないのですが、遠いうえに、やたら迂回するので、バスステーションに着いてから、なかなか目指す場所に着きませんでした。そないなところですので、雑然とした町の典型かもしれませんが、国立博物館界隈に、立派な寺院や広い公園があるのが、その雑然とした町に、大きなアクセントを与えているところでもあります。その地域を周回するように歩くと、また、その地域にも、寺院が散在しているという町でもあります。今日の昼間は、かなり好天で気温も上がるなか歩いていたところ、なぜか道に迷い、そこで慌てると、余計なことを、要するに、金曜日だから両替をしておこう、しなくても、ほぼ大丈夫なのに、しておかねばということを思い出し、それにかかずりあっている間に、午後4時を過ぎてから国立博物館に到着すると、入口に「午後4時まで」の表示。その瞬間、去年も、ナーンでだったと思います。同じ失敗をやらかしたことを。タイの博物館の閉館時間は午後4時なんですね。こういった時間制限のある箇所は、まず片付けてから、他所に向かうものですね。そして、夜は、ナイト・マーケット。ここのナイト・マーケットはすごい。これだけの規模に出逢ったことは、恐らくないはずです。しかも、フードコート、フードゾーン、雑貨屋ゾーンと、きれいに区分けがされています。テーブルが出て腰かけて食べるものを売るところは、それはそれで固めてあり、広いフードコートになっていますし、スイーツや唐揚げなどという歩きながら食べるものを売るところは、それはそれで固めてあります。雑貨屋さんゾーン、小物売りゾーンなんてものに、これほど、しっかりと区画整理がされているナイト・マーケットも珍しい。日本の寿司よりは小ぶりの寿司を売る屋台、ピザを売る屋台、巨大なかき氷のデコレーションを実演販売する屋台、定番の魚団子焼きの屋台、そして、出ましたドネルジの屋台(ピッサヌロークに次いで2度目)などなど、飽きることはありませんでした。黄紺的には、Dに渡せるかなというお土産を見つけることもできました。昨日の何もなかったスリンから、一転して盛りだくさんな一日となりました。

本日の食事。タイに来てからは、朝食を省き、移動を終えてから、その日の第一食目を食べることが多くなっていますが、今日も、ウボン・ラチャターニーのホテル近くの食堂で食べた昼食が、本日の第一食目となりました。「魚団子入り魚麺」にしました。壁に掲示されたメニューのタイ語の下にアルファベット表記がされているのを見ると「fish noodle」と書かれていたため、飛び付いてしまいました。なんてことはありません。蒲鉾の細切りを麺に見立てただけ。それに、魚団子やさつま揚げが入っているため、「おでんスープ」と言った方がいいかもしれません。夜は、もう街はお休みに入りかけていたため、ナイト・マーケットのフードコートの一角に、メニューを掲げ、アルファベット表記もしている屋台が目に入ったもので、そちらで、「豚肉入り野菜炒めすき焼き風」と勝手に名前を付けたのですが、アルファベット表記では、「Sukiyaki poak」なんて書かれていたものですから、何だろうということで注文。確かに、お味はすき焼き風で、且つ軽いピリ辛。具材は、キャベツに玉葱などの野菜に春雨。これは美味かった。思わず、がっついて食べてしまってました。

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スリンから(6/15)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月16日(金)00時28分16秒
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  コラートから、東へ移動です。3時間45分かかりました。方向的には、カンボジアに向かっていることになります。ソリンからは、幾つかクメール遺跡に行けるようなのですが、コラートから移動したうえに、それらに向かうのは、かなり無理が伴うということで、あっさりと却下。象祭りで知られた街を歩くということでやってきました。そしたら、ホントに、それだけでした。街角にある象の像くらいかな、この町でしかないものって。ですから、マーケットやショッピングセンターに行って、Dへのいいお土産がないか探すなんてこともしてました。気に入ったデザインがあれば、サイズが合わない、サイズ的に大丈夫だと、デザインがイマイチということで、結局、買わずじまい。街歩きをしていると、ある学校の下校時刻と重なりました。学校の前には、下校してくる生徒目当てに、店が並び、屋台が出ます。飲みもの系、スイーツ系、簡易食料が、飛ぶように売れていきます。買ったものを、その辺りで食べる生徒たちで溢れています。黄紺などは、セブン・イレブンに買い物に入ったのですが、あまりに子どもたちが多いので逃走しました。子どもたちは、そないにしながら、迎えのバイク、ソンテオなどを待つという図です。この子どもたちによる「買い食い」って、1つのタイの文化ですね。この学校は、幹線道路沿いにあり、車を利用しての下校だったようですが、昨日のコラートでは、徒歩での下校時に、ホント、多くの子どもが「買い食い」していましたから、車の待ちついでなんてものではなく、ごく普通の行動に看えました。ということは、常に小銭を持ち歩いているということになります。そういった生活文化ということになりますね。でも、この暑さだから、とりあえずは、ジュースでも飲みたくなるわなとも思ったりしましたが、こないなところに、異文化が感じてしまいました。そして、夜は、ナイト・マーケットに、頑張って行ってきました。外れたところにホテルをとったものですから、かなり距離があったのですが、コラートでは、うまく行けなかったため、頑張ったのでした。もう午後7時くらいになると、陽が落ち、街灯もかなり落ちるんですね、この町。ナイト・マーケットの明かりを目にして、人の賑わいに出会い、そして、何よりもバイクの車列を前にして、確かにナイト・マーケットに来たぞの実感。去年のタイ旅行で、一番大きな印象を残したピッサヌロークのナイト・マーケットの風景が蘇りました。両脇には、何を映しているのか判らないのですが、巨大なスクリーンが据え付けられ、ここだけは、まるで別世界の風景。スイーツの屋台、食べものを売る屋台の人気が高いようで、かなりの渋滞を見せていました。

本日の食事。今日は、朝食抜きで出発。スリンでの昼食が、本日1回目の食事。ホテルから出て、そないに遠くないところで、「ちぎり豚肉入りラーメン」にしました。スープのお味は、昨日の朝食べた、ほんのり甘味のあるものではなく、日本の出汁味に似た、ごく薄いお味。なかなか美味でした。夜も、そのラーメン屋さんの近くで、若い女の子だけで動かしているお店。店の造りといい、おっさんは敬遠しがちなところで、ちゃっかりと「カレーライス」。細切りチキンが入る、典型的なタイ・カレーのお味。付け合わせに、胡瓜&トマトの薄切り。胡瓜の嫌いな黄紺ですが、野菜不足を補うために、カレーをまぶした胡瓜も食べました。エライ! 更に、この「カレーライス」には、小さなスープ(軽いピリ辛味)にコーラが付いて、な、な、なんと、35バーツ。これは、すごい。お得感、満載です。

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コラート(ナコーンラーチャシーマー)から(6/14)2

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月15日(木)08時20分59秒
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  タイでは、唯一の連泊です。連泊のわけは、コラートの近郊の町ピマーイへ行くためでした。今回、黄紺が旅するタイ東北部は、歴史的には、クメールの影響の強かったこともあり、各地にクメール遺跡が残っているようですが、その中でも、最も規模の大きなものと言われるのが、ピマーイ遺跡だということのうえ、調べてみると、とっても行きやすいということで、も、これだけ行けば、クメール遺跡に行った気分になれるだろうということで、行ってまいりました。ガイドブックの指示通りに行動すると、あっさりと目的地に到着。確かに、見ごたえのあるスケールに圧倒されました。あまりにも、立派な形で保存されているので、驚いていたのですが、あとで行った国立博物館の展示で、修復前の写真を観ることができ、その修復、再建の実態がよく判りました。やはり、熱帯の自然の前には、いかな巨石遺跡とは言え、太刀打ちできなかったのでしょうが、発想を逆転されれば、それだけの規模があったればこそ、修復をすることが可能であったかが解ります。今日の予定は、ピマーイに行くことだけでしたから、ゆっくりと、でも、ゆっくり過ぎると、暑さに負け、腰も危なくなってくるということで、自分の体力と相談しながらの見学。コラートに戻ろうと、バス停に向かっていると、一早く、バス停を出てしまったバスが、角を曲がり、こちらに向かってきたので、大きく手を振り、乗せてくれのジェスチャーが功を奏し、呆気なくコラートに帰還。そのタイミングで、雨が降り始めました。ピマーイの方は、天気は良かったのですが、コラートの方は、朝から気になる天気だったために、予想された雨。ただ、今日は、昨日行ってなかったナイト・マーケットに行こうかと思っていたところに、この雨ではいけません。結局、スコールになった雨が止みかけたときに、ナイト・マーケットの場所に行ってみたのですが、出店の用意をしていた屋台は、ほんの僅か。あっさりと、諦めることにしました。コラートは、これでおしまいですが、中心と呼べる場所は、黄紺にでも簡単に判ります。ターオ・スラナーリ像という判りやすいものがありますからね。でも、これぞという繁華街がないですね。ですから、雑然と、同じよくな街並みが、ずーっと続いていると言えばいいでしょうか。昨日書いていた旧市街ですが、はっきりしています。現在の姿ではなく、旧市街の周囲は、きれいに堀で囲まれていますからね。余談を1つ、街歩きをしていて、日本料理店を2軒見つけたのですが、そのネーミングがおもしろくて、というかくさいので書いておきます。「陽だまり」「みちづれ」なんてのでした。

本日の食事。朝は、ホテルの近くの食堂で。タイのスープ味の特徴かなと思う、うっすら甘味のあるスープのラーメンでした。そして、夕食は、ナイト・マーケットの場所に、僅かに出ていた屋台で「ピリ辛挽き肉丼」です。昨年のタイ旅行で、初めて食べたもの。どうやら、屋台では定番のもの。今回も、見つけたら最初に食べようとしていました。でも、辛かったぁ。

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コラート(ナコーンラーチャシーマー)から(6/13)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月14日(水)11時25分49秒
  タイに入りました。ハノーファーからフランクフルト空港に戻り、今朝の6時少し前に、バンコクに到着。直ちに、北バスターミナルに移動して、コラートに移動。前回、切符が買えなくて慌てた北バスターミナルでは、あっさりと切符も買え、もう、その15分後には、北バスターミナルを出発していました。北バスターミナルへの移動も、前回来たときに、とっても判りやすい方法を見つけていましたから、順調満帆とは、正にこういった状態です。バンコクからコラートまでは4時間半かかりました。コラートに入る直前に、昼食休憩を取ったのと、ついでに、バスがちょっとした修理に時間を当てたからで、正味は4時間というところでしょう。コラートのバスターミナルから市内への移動も、親切な警備員さんが世話をやいてくれて、これも、あっさりと移動。これだけ思いのままに行くと、気持ちが悪いですね。タイは、やはり暑いです。でも、気をつけて日影を歩いていると、今日は、いい風があったこともあり、気持ちがめげるほどまでの暑さではないので、助かっています。移動疲れもあるからと、このコラートでは2泊の予定にしており、今日は、街中を歩き、自分の旅行モードを、タイに切り換えるように努めました。幾つか、ポイントを決め、街中を歩くことにしたのですが、博物館や寺院は、カパルか工事中ばかり。ホントの街中ウォーキングになってしまいました。でも、ソンテオやトゥクトゥク、モータサイの行き交う姿、道端の屋台、街中の臭い、、、こんなのを味わうには、コラートは全くのタイの普通の町ってところでしょうか。ガイドブックには、旧市街、新市街の区別が記されているのてすが、目に入ってくる光景は、黄紺には、その違いが解らない。もう少し、足を拡げてみなければならないのかもしれませんね。タイに来ると、セブン・イレブンがたくさんありますから、ものを買うと言えば、日本より密度が高いくらいあるセブン・イレブンの看板を探せばいいのですが、ここで売っているアイスキャンディで、黄紺のお気に入りのものがありますから、早速、今日も買い求めて、かじりながらの街歩き。ターオ・スラナーリ像辺りは、街中公園って風情がありますから、夕闇のなかのそそろ歩きも、なかなかいいものがあります。陽も落ちていくにつれ、気温も少しであっても下がりますから、街歩きには助かりますし、つい2日前までいたドイツでしたら、オペラが終わっても、まだ真っ暗でないなんてこともありましたが、コラートでは、夜7時で、十分に夜ですから、頃合いの時間に、夜のぶらぶら歩きができるというわけです。あえなく、タイ1日目は過ぎていきました。

本日の食事。朝は、当然、機内食。機内食にオムレツが出ると、カロリーが高いせいか、黄紺のような者には、十分に夕方まで、お腹はもちました。夕食は、ぶらりと入った食堂。なんと、きれいな日本語を喋る方がいて、あっさりと食べるものも決定。お顔立ちといい、日本人かもと思ったほど、きれいなというか、日本で覚えられた日本語でしたので、その旨、伺ってみると、やはりそうでした。タイに着いてから、何かにつけスムーズ過ぎます。この方との出会いもそうでした。で、食べたのは「肉入り野菜のたいたん」。きっちりと、食べものの名前を尋ねておけば良かったのに、失念してました。名前より、うまければいいのかもしれません。この野菜の煮付け、ほんのりと甘味のある薄味の食べもの、これを食べたくて、今回のタイ旅行を考案したのでした。初っぱなから、大正解。

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フランクフルトから(6/4)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月12日(月)20時24分38秒
  ★投稿したはずなのに消えていますので、再投稿しておきます。

ハーゲンから逆戻りをして、フランクフルト入りです。フランクフルト空港駅で列車の乗り換えが必要でしたから、全くの振り出しに戻ったということでした。このハーゲンからの移動は、ラインの右岸を通ったものですから、とっても速く移動できたのはいいのですが、トンネルが多く、ラインの欠片も見えませんから、窓からの景色は、左岸とはかなり落ちてしまいます。フランクフルトの午後は、チェックインが、午後3時までできず、しかも、荷物預かりも有料という最悪なホテルだったこともあり、比較的時間をゆっくり使えるフランクフルト植物園に行ってきました。この季節には、ドイツに来たことがなかったもので、候補には入れてあったのですが、ホテルのせいで行くことにするとは思ってもいませんでした。午前中は肌寒い気候だったのですが、植物園に入る頃には、太陽も出て、却って温もりが得られて、快適な気候になりました。日曜日ということもあり、園内には多くの人。ただ、春の花には遅いというので、思ったほど、園内は花盛りというわけではなかったのですが、バラ園だけは違い、まだ大丈夫でした。そして、夜は、フランクフルト歌劇場での「アラベラ」(クリストフ・ロイ演出)でした。今回のオペラ紀行の目玉の1つです。ロイもので、しかも、初の「アラベラ」、更に、目玉として、ブレンダ・ラエが、声質的には、歌ったことがないのではというズデンカを歌うというように、目玉に相応しいプロダクションだったのです。このロイのプロダクションでは、舞台の構造に特徴を持たせていました。舞台全体に入る白い巨大なボックスを、前後に仕切り、その境目に仕切り板4枚を並べ、その板をスライドさせて、舞台転換を図ったり、人の出入りをスムーズにしたりする工夫が成されていました。時たま、遭遇することのあるものですが、板をスライドさせながら、その背後で装置の変更などをするため、現場の人の苦労を感じてしまうあれです。その仕切り板の後部にだけ、装置が配備されており、前部は白く塗りつぶされた空間でしたが、それらの前部、後部の区分け、どのようなときに前部を使うのかを、類型的に、黄紺の力では把握できませんでした。そのような配置で終始した舞台作りでしたが、黄紺の目からしては、使いこなしたのは1幕だけじゃないかなと思ってしまいました。他の幕が不調だったわけではなく、こういった装置が、有効に活用できていたのは1幕だけだと思ってしまったのです。2幕では、人の出入りに活用されていただけで、1幕のような仕切り板を動かしての場面転換は見られなくなってしまってました。3幕では、ほぼ仕切り板は閉められ、前の舞台のみと言っていいでしょう、板を動かしたのは、人の出入りのために使ったのと、1幕のラストもそうでしたが、仕切り板を3/4ほど開け、後部の装置を取っ払い、真っ暗な中に、1幕だと、アラベラとズデンカ、3幕だと、アラベラとマンドゥリカが出かけて行くというもので、人物にだけうっすらと照明を当てるというもので、いずれも未知なる世界に足を踏み出すことを表していました。このように書いてきて、前後部に分けてきたわけについて、ひょっとしたらと思うものを思いつきました。人間関係の心理的な葛藤になると、前部を使ってたのかなという考えが、頭に浮かんできました。それも、アラベラの男性関係に係わることについて、そのようにしたなかなと思えてきています。歌手陣は、アラベラを歌ったマリア・ベングソンと、やはりズデンカを歌ったブレンダ・ラエに対する拍手歓声が圧倒的なものがありました。マンドゥリカを歌ったジェームズ・ラザフォードも、それに匹敵する歓呼を受けていたのですが、アラベラが一目惚れする体躯でなかったので、黄紺的にはマイナス点。もう一つ黄紺的には、マテオを歌ったペーター・マルシュを上回ったのが意外だったのですが、、、。声は通るは、一途さのよく出た歌唱に、このプロダクション随一と、黄紺は看たのでしたが。確かに、マリア・ベングソンはアラベラ歌手だなと思わせる素敵な歌唱だったことは認めますし、ピアニッシモの美しさは、なかなか聴けないものを見せてくれていた一方で、わりかし頻繁に音程が不安定なところを見せていたのと、あと僅かのパワーがあればと思ってしまいました。ブレンダ・ラエに対して、4階席から声がかかるかと思うほどの歓声。そんなはずはなかろうというのが黄紺的判断。この人、上手いのだけど、あと僅かのパワーが欲しいと思ってしまうのは、いつものことでした。ですから、1幕のアラベラとズデンカの極上のデュエットが、微妙にいい感じだったのが、ちょっと複雑な気持ちになりました。終演後、ブレンダ・ラエに花束が送られ、何やらセレモニーがあったのですが、内容は聞き取れず、残念な気分。多少は不満も残りはしたのですが、貴重な「アラベラ」体験は、間違いなく記憶に残ることでしょう。

本日の食事。朝は、定番のもの。今日は、ヨーグルトに替えてライス・プディングにしたのが、ちょっとした変化でした。夜は、歌劇場に行く道すがら、ミニピザで軽く済ませました。ホテルの位置を考え、フランクフルトで定番のタイ料理屋さんはパス。郊外に宿を取ったときの夕食パターンを採用しました。

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フランクフルト空港から(6/12 昼)

 投稿者:黄紺  投稿日:2017年 6月12日(月)20時12分41秒
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  ハノーファーから、ゆっくりとICでフランクフルトに移動。あっさりと、今回のドイツは終わりました。10日前の早朝にフランクフルトに着き、時間つぶしをしていたのから、もう10日も経っていたのですね。ゲート前に落ち着いてから、この10日を振り替えってみてたのですが、ハーゲンの田舎道やリューデスハイムなんてのも行ってたんだと思うと、わりかし盛りだくさんですし、マンハイムでは「教皇」展なんて行ってました。ベルリンでは、ナチス絡みの展示、監獄跡まで行ってました。主目的のオペラは、やはり、この時期のメニューは、変化があります。それも、10日間で、フランクフルトから出てフランクフルトに戻る、6/8と6/9にはベルリンに居るという条件で組んだスケジュールのわりには、なかなか重量感があり、ブッフォも散らばりとなっていました。おもしろかったのは、ベルリンの最初の2つ、「ナブッコ」と「ファウストの劫罰」、それに、マンハイムの「エレクトラ」に惹かれました。何かエスプリの効いたプロダクションに、いい歌手陣、指揮者が加わると、最強です。期待の歌手陣が、その期待を裏切らなかったのは、嬉しい限りです。モナストゥルスカヤを聴きたくて組んだ旅行でした。モナストゥルスカヤだけではなく、アンドレアス・シャーガーやキャサリン・フォスターを、ヴィースバーデンやマンハイムで聴けたのですから、これも記憶に留まることでしょう。

さ、これからほ、頭を切り替えて、もう1つの楽しみ、タイに向かいます。おいしいものを食べたくて、タイに行ってきます。暑さに負けないようにします。旅行半ばで、暑いところへ行くプランは、ひょっとしたらまずかったかなと、ちょっと気弱になりながらのタイになります。

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