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ニュルンベルクから(3/25)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月26日(月)17時20分3秒
  昨日、シュトゥットガルト駅で知った今日のニュルンベルクへの移動について、まず書いておきます。その前に書いておかねばならない情報は、シュトゥットガルトとニュルンベルクの間を動く電車が、現在運行してないようだということです。1本で行ける簡単な移動ができないために、迂回経路を取らなければならないということです。ドイツ鉄道の列車検索で、シュトゥットガルトとニュルンベルクの直行列車がひっかかってこないための結論です。で、黄紺が持っていた切符は、シュトゥットガルトからヴュルツブルク経由の切符、その運行状況を確認すると、問題発生が判ったのです。まず、黄紺の持っている切符の電車自体が、検索にひっかかって来なかったのです。代替で、最もいいかなと思うのが、何と、ミュンヘン経由。でなければ、アンスバッハ経由なんてのもひっかかってきてはいたのですが、途中、バスを利用しなければならない、そのバスが、どういったバスなのかが判らないので、ちょっと尻込み気味。あと、アウグスブルク経由なんてのがあるけど、接続時間が短すぎるので、こちらは対象外。そんななか、ふっと思いついたのは、シュトゥットガルトからヴュルツブルクに行く列車ってのは、どうなったのかということ。早速、検索すると、ラウダまで運行、ラウダからヴュルツブルクは、バスでの代行、らしいということ。ヴュルツブルクに至る最後の45分が代行となっている。これなら、マグデマルク間近で経験済み。バスは、間違いなくラウダ駅前で待っているはずと読み、この列車に乗ることに決断。ヴュルツブルクからニュルンベルクは、列車が頻発しているはずだから、ヴュルツブルクまで大丈夫そうだから、これだとの判断したのでした。でも、ラウダなんて聞いたこともない町で、大丈夫かなの不安に包まれてしまってました。実際は、黄紺のイメージした通り、いや、それ以上に運びました。ラウダに向かう列車の中では、乗務員さんに確認をとることも忘れずに行い、ラウダ駅に着くと、バスに向かっていそうな人の列を外さずと、こういったときのノウハウだけは持っています。2台のバスが、ラウダ駅近くに停まってましたが、前に「特別運行」と出ているバスに乗り、運転手氏に確認すると、ばっちり。バスは、日曜日だったので、実際は40分もかからないで、ヴュルツブルク駅に到着。黄紺が想定していたよりは早い時間に、ヴュルツブルクに着いたものですから、発車一覧を見ると、快速列車が出ようかという時間。慌てて移動すると、前を走っている女性がいて、黄紺の考えているとは違うプラットフォームに上がった。「あの人はニュルンベルク方向じゃないんだ」と思い、何気なく、その人の上がったプラットフォームの列車情報が出ていたので目をやると、「ミュンヘン行ICE」。びっくり、黄紺は見落としていたのです。慌てて、その女性のあとから、プラットフォームに上がると、ICEは、まだ停まっておりました。飛び乗り成功。ということで、思いの外、あっさりとニュルンベルクに着けました。ニュルンベルクのホテルは、中央駅から離れたところにあるので、今日は、街歩きはダメかと諦めていたのですが、それもでき、且つ、夏時間への移行日だったので、必要だった仮眠までできました。そして、夜は、2日連続で、ペーター・コンヴィチュニーのプロダクション。演目は「兵士たち」。ツィンマーマンの現代音楽にのった一人の女性の哀れな行く末を描いたオペラ。超難解なオペラなため、上演機会の稀れなもの。観逃す手はないとの気持ちで行ってまいりました。確かに、超絶技巧の音の跳びはすごいものがあります。歌うのも大変、覚えるのも大変、演奏するオケも大変な作品です。歌手だけではなく、オケも、オケだけの練習が要る作品でしょう。まず、歌劇場に着くと、入口で、休憩時間にバックステージに向かうように指示を受けました。このこと事態が異様なことですし、この作品に、ペーター・コンヴィチュニーが休憩を入れることも、異様なこと。確認のため、掲示されているキャストなどの一覧の横に大きく、タイムスケジュールが出ている。確かに、休憩があり、休憩明けは、30分の上演予定となっていることから、休憩までに3幕まで進み、4幕だけが休憩明けとなるよう。そして、幕が上がりました。今回もまた、舞台上には何もなし、但し、舞台奥と左右の脇に、ティンパニーとかのパーカッションが常置されており、音楽に応じて奏者が出てきて、そこで演奏するというもの。何もない舞台で、場面を示すのは、上からの吊るしものと小道具。部屋なら壁が上から下りてきて、長椅子などが係の人が出すという運び。屋外だと、戯画化された木の作り物が、幾つも上から垂らされるという具合。そして、場面転換は、音楽を切って行われます。しかも、照明は完全に落とさないため、撤去&設置の様子は、客席から判るようになってます。小劇場では、当たり前のように見られる場面転換ですが、オペラでは珍しい。これが、3幕終わりまで繰り返されます。このオペラ、確かに、細かな場面転換の多いものですから、これが、今回のペーター・コンヴィチュニーの手法かと、ここまでは思っていました。でも、それは間違い。彼の真骨頂は、このあとでした。休憩時間終了の合図が鳴ると、客は、1階ロビー左右隅に集まり出します。そして、案内されたのは、正にバックステージを通り抜けた舞台上。客が集まると、照明が消え、今度つくと、舞台の遥か上通路に、歌手陣が勢揃い。しばし、台詞劇が続いたかと思うと、緞帳が上がり、舞台上3箇所のティンパニが唸り、オケの演奏が始まりました。そうなんです。客は、舞台上から、客席の2階と3階を使ったオペラを観ることになりました。シュトルツィウスはデポルト男爵を毒殺するところです。舞台上真ん中、客に囲まれたスペースでは、物乞いをするマリーが、父ヴェーゼナーに遭遇する場面が演じられました。そして、オペラは終わります。客は、舞台から拍手をし、歌手陣は客席で、それに応えました。要するに、「主客の逆転」を狙ったのでしょうが、それで、どのようなメッセージを、ペーター・コンヴィチュニーが発しようとしているのかは、只今検討中です。あっと驚く舞台、今回も、ニュルンベルクで観ることができました。歌手陣の苦労は大変なものだったでしょうが、皆さん、好演、すごいです。どなたも、驚異的な音感を発揮されていましたが、デポルト男爵の超高音と音の跳びを歌ったウーヴェ・シュティッケルトの技は、人間技とは思えないもの。また、それを書いたツィンマーマンは、もう宇宙人です。その他の歌手陣も、名を記して、活躍を讃えたいと思います。(マリー)ズザンヌ・ウルマルク、(シュトルツィウス)ヨヘン・クップファー、(ヴェーゼナー)ティルマン・レーネベック、(シャルロッテ)ソルゲルト・イサルフ、(マリ大尉)ルードヴィヒ・ミッテルハンマー。なお、オケピットには、同劇場監督のマルクス・ボシュ指揮の同劇場管弦楽団が入りました。

本日の食事。2食とも変わりばえのしないもの。朝食は、買い置きのパン、ハム、トマト、デザートにライスプディングという定番もの。夕食も、日曜日で店が閉まっていることもあり、また、開いている店を探す余裕もなく、結局、中央駅下通路で買った調理パン2個で済ませました。それを買い、ホテルに戻るトランバイの窓から、ベトナム・インビスの店とトルコ屋さんの店を見つけたのでしたが、時既に遅しでした。日曜日は、この手の店か、観光地に行かないとダメなので、さっさと見切りをつけると、こないなことになりますね。

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シュトゥットガルトから(3/24)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月26日(月)06時38分8秒
  フランクフルトから、またしてもICは遅れましたが、シュトゥットガルトに到着。今回は、合計3回、シュトゥットガルトに入りますが、その1回目。その1回目だけが、どこもホテル代が高いため、ちょっと郊外に投宿。中央駅から、僅か15分離れただけで、素晴らしい環境のホテルに泊まることになりました。でも、シュトゥットガルト中央駅で、明日の電車の運行状況を調べて、愕然。またしても、変が起こっていたのです。ですが、ホテルには、到着時間を知らせてあったので、とりあえずは、ホテルに入ってから、再び、中央駅に戻り、検討。チケット・カウンターに行くことも考えたのですが、結局は運を天に任すことにしました。顛末は、明日書くことにします。そんなで、時間を取ってしまったので、中央駅からシュターテ・ミッテまで流して、今日はおしまい。ベルリンの寒さから考えると、大幅な気温上昇をきたしたことから、人出がすごい。シュロス前広場は、芝生でくつろぐ人たちで大混雑。シュトゥットガルトに春に来ると見かける名物風景です。シュターテ・ミッテで、いつもお世話になるスーパーに寄り、あとは、夜を待つだけ。今夜は、狙いの公演、シュトゥットガルト州立歌劇場の「魔笛」でした。狙いというのは、ペーター・コンヴィチュニー演出だからなのです。しかし、会場には、普段、この歌劇場では見かけない雰囲気を持つ人たちが多い。オペラなんてものを観てやろうか、なんて雰囲気の人たちなのです。実際、序曲の半ばで拍手が入ったり、黄紺の隣に座っていたお姉さんは、上演中も、やたらスマホで遊んでましたしね。それに加えて、日本人をわりかし目にしました。シュトゥットガルトで、これだけの日本人は、見たことがありませんでした。そういった人たちは、「魔笛」で来たので、決してペーター・コンヴィチュニーで来たのではないでしょうから、どうしてたのでしょうか。いや、だから、隣のお姉さんはスマホ遊びに懸命だったのかもしれません。このプロダクション、ペーター・コンヴィチュニーものでは、ニュルンベルクの「椿姫」を想起させました。基本的には、舞台上には装置は組まないで、僅かの小道具と人力で、オペラを進行させるというものでした。全編を通じて、舞台の外枠に、パーテーション状のもので、壁が設えられてあり、その中で、リハーサルが行われているという風情。歌手たちが、舞台上で控えているというわけではないのですが、雑然たる舞台上の光景が、そのように感じさせたというわけです。その中で、おもしろい工夫を拾うと、夜の女王は、序盤、タミーノと3人の侍女とのやり取りを、背後の椅子に腰かけて(学食のようなテーブルと椅子が出ていました)、やり取りを眺めているというもの。これは、優れものの発想です。自分の指示で動く女たちの首尾を眺めるのは、とっても自然ですものね。その夜の女王の1つ目のアリアで、舞台上に簡易スクリーンとカメラが持ち込まれ、夜の女王のドアップを映したり、ついには夜の女王のお腹の中にカメラが飛び込むなどというイタズラ映像まで見せてくれました。3つの扉の前に立つところでは、スタッフが扉を持って出てくるというやり方ですから、やはりスタジオでのリハーサル風情と錯覚します。2幕は、同じ作りの舞台に、上から荷造り用(?)テープが上から密に垂らされていました。それに照明を当てることで、豪華な宮殿にも、また、暗がりの部屋にもなります。この変化は、なかなか見せてくれました。2幕の2回目のザラストロのアリアで、その垂らしものの右2/3が開き、司祭らが腰かける階段状に並ぶ椅子が出てきました。唯一、大道具と呼ばれるもの。2幕でおもしろいと思えたのは、この垂らしものを、巧みに使った場面転換かな。「椿姫」同様、最小限のもので、芝居をさせる、これが、このプロダクションの特徴と言えるかな。ただ「椿姫」と違い、物語に、何らの意味を込めるというものではありませんでした。歌手陣では、ザラストロを歌ったリー・リアンが、抜群の声量と風格があり、ピカ一。次いで、タミーノのカイ・クルーグの澄んだ声が魅力的で、及第点はここまでかな。あとは、記して記録に留めておきたいと考えますが、期待していた夜の女王の角田裕子は、いっぱいいっぱい、でもきついなという印象を得たため、今年、日本で、同じ夜の女王を歌うのですが、行こうか行かないか、かなり微妙になってきました。(パミーナ)レネケ・ルイテン、(パパゲーノ)ロナン・コレット。なお、オケピットには、ロランド・クルティッヒ指揮の同歌劇場管弦楽団が入りました。総じて書けば、ペーター・コンヴィチュニーものを観る機会が増え、同じ方針で、既に優れものを観ていると、ちょっと感動が減退気味。暮れに、ここで観た「メデア」もそうだったもので、我ながら贅沢になってしまったと思います。

本日の食事。フランクフルトのホテルは、日系のホテルを使ったために、朝は、ふりかけのかかったご飯に味噌汁、おかずは、ソーセージにハム、野菜サラダ。デザートにヨーグルトというもの。今日も、暖かなコーヒーが嬉しいところでした。夜は、ホテルの周りには店がないため、繁華街で買ってきた調理パンで、仕方なし。その前に、チーズを肴に一人酒盛りを、ホテル横の池を眺めながらやっちゃいました。細やかな幸せというやつです。

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フランクフルトから(3/23)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月24日(土)23時53分5秒
編集済
  今回初めてのフランクフルトです。ちょうど正午くらいに着いたので、今日は、久しぶりにシュターデル美術館に行ってまいりました。今、「ルーベンス展」が行われているということで、日本を出る前から目を着けていたのです。ルーブル、エルミタージュ、メトロポリタン、ウィーン美術史美術館など、世界の有名美術館から、多くのルーベンスを集めての特別展。ギリシア神話に基づく作品が多く集められていたようで、キリスト教に取材したものは、ピエタくらいしかなかったんじゃないかな。それ以外では、ほとんどキルヒナーだったのですが、ブリュッケの作品などにも、着目。いい時間を過ごせたのですが、今日のオペラが、午後6時というので、ホテルに入ってからがせわしなくて、、、。ホテルのチェックイン時間は午後4時だったものですから、ホント、せわしなかった。おまけに、オペラに向かう前の恒例の仮眠もできなかったもので、開演前から眠い眠い。おかげで、かなり飛んでしまいましたが、今日は、フランクフルト歌劇場での「アフリカの女」(トビアス・クラッツァー演出)でした。ぽつりぽつりとはではあるのですが、フランス・グランドオペラに遭遇する機会が出てきました。これはありがたいことですが、なんせ長いものですから、結構な体力勝負。ですから、今日のように、睡眠障害が出るわ、仮眠もできないとなると、それだけで、かなりハンデを背負ったことになります。このプロダクション、装置全体が、淡いグレーをモチーフにしており、無機質感が漂います。1、2幕が連続して上演されましたが、ともに、現代的なビルの中の風情。1幕の評議会の場は、横スライドで、広間を出し変化をもたらし、2幕は、ダ・ガマが収監されている場ですから、舞台左右に小部屋が作られてはいるのですが、ともに、色彩感覚は同じで、装置の作りも同じテイスト。2幕が終わるまでは、そこまでの情報しか与えられてなかったもので、単に、時代設定を現代に持ってきたのだというくらいにしか考えず、それならば、ダ・ガマのインド航路と、どのような整合性をもたらすかは想像だにできませんでした。でも、その解答は、3幕早々に明らかになります。舞台真ん中に大きく長いデスクが設えられており、そのデスクの奥にある壁に、大きなモニターが設えられてあります。そして、そのモニターに映った映像を観て、一斉に会場がどよめきました。そこには、宇宙遊泳をする宇宙飛行士の姿が映ったからです。そうなんです、このプロダクション、地球人が宇宙征服に向かうお話にすり替えられたのです。となれば、セリカとネルスコは宇宙人となります。ですから、不思議な衣装で、彼ら宇宙人だけが有彩色(ブルー系)の全身タイツ、顔もはっきりしないものにしてあるわけも、これで氷解しました。なお、セリカは役者が演じ、歌手が右袖外で歌うとなっているのも、不思議な印象を与えていました。インド航路発見と宇宙征服という単純な置き換えで観ればいいわけですから、こうなったら、難しいことを考える必要はありません。4幕は、薄いグレーを基調に、ブルー系の植物があしらわれた装置。なんか、ホテルの斬新なインテリアのように、黄紺には見えてしまいました。5幕は、2幕に使われた監獄用小部屋に木が生えています。自害用の毒を持つ木を想像させます。残りの舞台は、ただのスペース。小部屋との出入りで進行しますが、最後に大きな意味合いを持ちます。小部屋で、自害した2人が重なるように倒れていく頃、このスペースで、宇宙人を追い詰めた地球人が、宇宙人を皆殺しにして、そこに地球人の旗を立てます。立てた男は、宇宙帽を取ります。ダ・ガマでした。それが判った瞬間、音楽は終わり、照明は落ちました。納得の、上手い終わり方です。セリカとネルスコの虚しさが滲み出ます。それは、同時に、ヨーロッパ人の自戒を生みました。単純な置き換え、でも、全編を通じた色彩の統一が素晴らしく、判りやすく、感慨の残る好プロダクションでした。今回のオペラ紀行では、ここまでで、最も印象に残るプロダクションですね。歌手陣は、若干の凸凹があったのですが、会場の歓呼も、黄紺の納得も含めて一致した最上位と思った歌手は、イネスを歌ったキルステン・マッキノン。よく通る明瞭な声で、場違いなほど抜けていたのじゃないかな。それに比べてとなっちゃいますので、ちょっとあとの歌手には気の毒なくらいでした。記して、記録に留めておきます。(ヴァスコ・ダ・ガマ)ミカエル・スピレス、(セリカ)クラウディア・マーンケ、(ネルスコ)ブライアン・マリガン、(ドン・ペドロ)アンドレアス・バウアー。なお、指揮はアントネッロ・マネコルダでした。終演後、ガルデローベでコートを受け取ったとき時計を見ると、ちょうど午後11時。結局、歌劇場の中に5時間以上以上いたことになりました。

本日の食事。エアフルトで買い置きのために必要なスーパーの位置を覚えていなくて、ちょっと戸惑ったのですが、狙いをつけたところでレーヴェを発見。定番の朝食を摂ることができました。デザートは、今日もライスプディングにしました。夜は、フランクフルト定番のタイ料理屋さんに行くつもりが、暮れにはあったのですがなくなり、哀れ、セックスショップに変わっていました。そこで、周りはトルコ屋さんばかりなのですが、それらは外し、いつも利用する地下通路のトルコ屋さんで「ラフマジュン」にしました。おかげで、今日は、生野菜の補給が完璧でした。

>トルコ代表
トルコ 1:0 アイルランド

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エアフルトから(3/22)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月23日(金)18時58分11秒
  5年ぶりか、6年ぶりかになるエアフルトにやってきました。今回のオペラ紀行では、旧東独地域は、このエアフルトが最後になります。すぐ近くのワイマールには、よくきているのですが、エアフルトは、乗り換えばかりだったのです。テュービンゲンでは、最大の町のはずですし、いい街並みが残っているので、もっと来てもいいはずが、そうではないのです。昼間は、幾つか行こうというところをピックアップしてあったのですが、実際に行ったのは、東独秘密警察、即ちシュタージの刑務所跡にある博物館。市民の自由を束縛するための施設、その施設の公開と、東独の実態から、ドイツ統一についての展示のある施設です。同様の施設を、ベルリンやポツダムで見てきましたが、こちらでも、教育活動の一貫として、今日も、校外学習に来た生徒たちに遭遇しました。負の遺産を残し、積極的に教育活動に活かす姿勢は、どこかの国とは、大きな隔たりがあります。一昨日、ベルリンで感じたことを、このエアフルトでも感じてしまいました。あとは、階段の上の2つの大きな教会を覗き、今回もおじゃまをしたタイ・インビスの店で食事をして、古い街並みの残るメーンストリートを流したら、おしまいでした。ルター関連の施設に行くのは、今回も、お預けになっちゃいました。その他、おもしろいものがたくさんありそうなので、ワイマールに泊まったときにも、来てみようかの気分です。そして、夜は、エアフルト劇場で「メリーウイドウ」(アクセル・ケーラー演出)を観てまいりました。大きな劇場だからでしょうか、また、週半ばの夜だからでしょうか、入りが悪く、のっけから、プロダクションに不安があるのだろうかと、ちょっと心配になるほどでした。観終わってから感じたのは、歌手陣がいいとは言えないのは、今に始まったことでもなし、演出面でどうかとなると、不満を感じる人も出るかもという出来栄え。合唱団の人たちを動かすながの上手いなと思う一方、装置には、わりかし疑問が残ってしまいました。と言うのみ、2幕と3幕は、大使官邸という雰囲気にも拘わらず、1幕は、まるでちょっといい公民館のロビーって感じ。最初は、この雰囲気で行くのかと思っていました、衣装も普通のスーツだしということだったもので、、、。ところが、2幕に入ると、皆さんおめかしして出てくるわ、装置は、戯画化されたものとは言え、贅沢な雰囲気を匂わすものでした。この違いって、、、1幕は、金のない大使官邸で、2幕以後は、金持ちのハンナ邸ってことなのでしょうか。考えられるところは、そないなところかと思うのですが、いくら貧窮に喘ぐ国家とは言え、意味のあることかと、突っ込んでみたい気分です。そんないな始まり方をしたもので、観ている立場としては、ノリが悪かったですね、ホント。会場の空気も暖まり、ギャグっぽいものが決まり出すのも、2幕以後となったのは、やっぱ黄紺同様の雰囲気を、皆さん、感じてたのかもしれません。歌手陣は、ハンナを歌ったシュテファニー・ミュトゥハー以外は、残念ながら満足できませんでした。歌唱は聴かせるのですが、ちょっと大柄で、大人の童話のような恋物語になるかなぁというところでした。同じような意味で、2幕で、2人がワルツを踊るところで、ミラーボールを使ったりと、幾つか、このプロダクションの感性に着いていけないところがありました。この辺りはクチコミで広まりやすいですからね。その辺が、不入りの原因かもしれません。オケピットには、ヨアナ・マルヴィッツ指揮のエアフルト・フィルが入ったのですが、この指揮者が、スタイル抜群の女性。思わず、「あんたがハンナをやれば良かったのに」と、こっそりと突っ込んでしまってました。劇場を出て、ホテルまでの10分ほどの道のりが、まるでタイムスリップしたかのような雰囲気。こういったいい感じの街なのですが、どうも、こちらで観るオペラは、毎回似たような印象を持ってしまうのです。足が向かない重要な要素になってるのかもしれません。

本日の食事。昨日同様、ホテルの朝食をいただきました。 普段買い置く場合には買わない生ハムを食べることができるのが嬉しいですね。夕食は、エアフルトへ初めて来たときに見つけたタイ・インビスの店。古風な街並みを抜けるトランバイも走る通りにあります。「鶏肉入りココナッツカレー」にしました。黄紺は、瓜系野菜を食べられないのですが、濃厚なココナッツカレー味だと瓜系野菜も、難なく食べられています。今回2回目のココナッツカレー。本日も美味でした。

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ベルリンから3(3/21)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月22日(木)18時24分55秒
  ベルリン連泊です。連泊は、楽でいいです。ただ、これも、全てはオペラの日程で決まること。そこで、ゆっくりとホテルを出て向かったのは、クーダムにある「ケーテ・コルヴィッツ美術館」。ケルンでも行ったのですが、ベルリンにも、同様の美術館があるということを知り、行ってまいりました。今まで、19~20世紀のドイツ絵画には、関心すら示してこなかった黄紺ですが、こうやってオペラ紀行の合間に訪ね歩く博物館で、徐々に、そちら方向にも関心が向いてまいりました。ハンブルクでは、ブリュッケの作家さんの特別展にも行ったしと、そちら方面でも、充実の旅にもなっています。この美術館では、有名な連作「農民戦争」「戦争」も観ることができました。あと、時間は、ゆっくりとありましたので、シャルロッテン宮殿界隈をウォーキング。宮殿前にある3つの美術館は、またの機会に行くことにしました。そして、夜は、ベルリン・ドイツ・オペラでの「トスカ」(ボレスラウ・バルロク演出)。これが、曰く付きの「トスカ」。チケットを買ったときに公表(?)されていた主要キャスト3人全員が降板してしまったのです。そんなことがあるのかと思えることなのですが、実際、そうなったのですが、1人か2人の降板なら、まだありうることだと思うのですが、3人ともとなると、話は穏やかではありません。黄紺の頭には、ひょっとして、ウェブサイト上での公表に「ミス」があったのではとの、疑問が生まれていました。それを強くすることが、3月初めに知人に会ったときに起こりました。その知人は、この時期にスペインに行くということで、リセウとリアル・マドリードでオペラを観ていますが、そちらのキャストを調べて、びっくり。黄紺が、この「トスカ」で遭遇するはずだった歌手2人が、そちらで歌っているのです。やっぱり、「ミス」に違いない、確信に変わりました。そして、それが「ミス」だったことを、今日、歌劇場の今季案内ガイドで確認することができました。その案内ガイドには、今日、実際に歌った歌手の名が記されていたのでした。黄紺は、この「トスカ」のプロダクションは3回目となります。主要キャスト全員が著名な歌手だからこそ、3回目に行こうとしたのが、見事に外されてしまいました。おまけに、今日の公演は、手抜きの公演。1幕の聖堂の装置を半分しか出しませんでした。替わりに大黒になっていましたから、アンジェロッティは、幕の中に身を隠すハメに。で、替わりの歌手は、知らない歌手ばかり。それぞれ、ロシアで実績を上げている人たちをリクルートしてきたようにも見えました。トスカのタチアナ・セルジャンの悲哀のこもった声が、一番魅力的でした。スカルピアのアレクサンデル・クラスノフの押し潰したような声は、好きにはなれませんでした。カバラドッシのナジミッディン・マヴリヤノフは、2幕で降板。3幕はカヴァーの歌手が歌いました。もう、言葉がありません。なお、指揮はジョン・フィオレでした。

本日の食事。ベルリンのホテルは朝食付き。細やかな幸せです。夕食は、ロシア・インビスの店で「ボルシチ」。小さなパンが2切れ付いていただけでしたから、オペラに行く前、ホテルで、買い置きのチーズを肴に、ワインを飲むと、一眠りをしてから、オペラに向かうことができました。

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ベルリンから2(3/20)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月21日(水)18時08分17秒
  ブラウンシュヴァイクから逆戻りで、2回目のベルリンです。昨日の移動の逆行きだということもあり、また厄介なことが起きはしないか不安だったので、少し早めにホテルを出ると、大丈夫でした。列車運行ボードに、注意書きが出ていたので、ちょっと緊張しましたが、「15分遅れ」「車両変更」が出てただけでしたから、この際、遅れなんて、簡単に許しちゃいました。昨日の半分以下の移動時間。普通のことって、ありがたいですね。そこで、昼間は、予定通り、コミッシュ・オーパーに行き、5月のオペラ紀行のためのチケットを買いに。コミッシュ・オーパーのウェブサイトで、会員登録ができず、ネットでチケットを買えない現状なのです。それから足を伸ばし、エーベルスヴァルトシュトラーセ駅近くにある文化醸造所内博物館の「東独の日常」展に行ってまいりました。東独の生活用品の展示、生活の様子を展示した博物館です。格好の学習の場ということなのでしょう、校外学習で訪れた生徒たちでいっぱい。黄紺も勉強してきました。そして、夜は、初めてとなるベルリン第3のオペラハウス、コミッシュ・オーパーで「セルセ」(シュテファン・ヘルハイム演出)を観てまいりました。初めて中に入ったコミッシュ・オーパー、この第3のオペラハウスに、古き良きベルリンの姿が残っていました。気に入ってしまったので、これからも、ターゲットにしましょう。このヘンデル作品、有名なアリアを含んでいながら、上演機会が滅多にない。この機会を逃したらの思いがあったのです。確かに、有名なアリアなんだけど、セルセ(ステファニー・フートリール)、即ちアケメネス朝のクセナキスのことなのですが、この男(ズボン役)が目を着けた女ロミーダ(ニナ・ベルンシュタイナー)への追いかけが執拗すぎる、だから、このオペラの筋立てが成り立っているのですが、そこが、複雑になることもあり、関心を持たれないのかと思っている作品です。しかし、このプロダクションは、その辺りを意識しており、その執拗さを始め、このオペラ全体をコミカルなタッチで描くことで、逆手にとったやり方っていうのでしょうか、成功に導いていました。客席の空気が、このプロダクションのテイストに惹かれていく体験って、そうはないことです。また、このオペラ、ズボン役がやたら多い、いや、男性歌手が歌うのは、ロミーダの父アリオダーテス(フィリップ・マイヤーへーファー)とエルヴィーロ(ハーゲン・マッツァイト)だけ、しかも、エルヴィーロは、ファルセットで歌う場面すらありましたから、殆どが女声、これを、うまく使ったなという印象でした。わざと大きなフリで男歩きをするかと思えば、コケティッシュに、ちょこちょこ歩きを多用したり、女性歌手が多いことを福とする演出に、目が釘付けとなりました。そして、バロック音楽に多く看られる単純なリズム、同じメロディの繰り返しを利用しての振り付け、それが、女性の身体表現に合ってるのでしょうね、ふっと和む楽しさを与えていましたから、観ている者は、完全に、プロダクションの術中にはまらされていたということでしょう。ただ、黄紺的には、前夜の睡眠障害がひどく、単純なリズムが心地よくなり、わりかし物語がすっ飛んでしまってます。それが悔しいところ。いいプロダクションなのになぁと思っていても、体かついていかなかった現状が悔しいのです。舞台は、これも回転舞台。1/2、1/4、1/4の仕切り。装置は、古風な城壁で囲まれた広間、部屋というところでしょうか。衣装は、ペルシアを意識してたのか、ギリシア風だったのか、黄紺には判断つきかねています。有名な、アレキサンドロスとダリウス3世の壁画のデザインから取ったようにも見えましたから、だったらローマ風になっちゃいます。歌手陣も、これだったら、安心をして聴けるというもの。記録のために、まだ記してない歌手陣を記しておきます。アルサメネス(フランツィスカ・ゴットヴァルト)、アマストゥリス(エズギ・クトゥル)、アタランタ(ノラ・フリードリッヒス)、そして、オケピットには、コンラート・ユルゲンヘネル指揮の同歌劇場管弦楽団に、プラス通奏低音として古楽プロパーが6人入っていました。

本日の食事。朝は、前日買い置きの定番メニュー。デザートはライスプディング。夕食は、食べる前に、チーズを肴にビールを飲むことにしたために、口当たりの軽さを考え、チョコ・クロワッサンとアップルパイ入りパンにしました。ビールを飲んだあと、口が甘さを求めていましたから、格好の組み合わせになりました。

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ブラウンシュヴァイクから(3/19)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月20日(火)18時44分34秒
  ベルリンからの移動で、またしてもトラブル発生です。ブラウンシュヴァイクまでの移動は、マグデブルクまでは快速電車で行き、そこからブラウンシュヴァイクまではICEで行くという切符が買ってありました。マグデブルク行の快速電車は予定通りに出発。ですが、出発してから40分ほど経ち、その電車は小さな駅で停まったまま動かなくなりました。周りの人たちも情報交換しています。黄紺にも教えてくれました。「誰かが線路内に入ったらしい」、そのときは大きく考えなかったのですが、あとからの動きをみると、テロを想定した動きをとったんじゃないかと、黄紺は考えています。マグデブルクへ行く方法も教えてはくれたのですが、その人たちも動かないのですが、そのまましていても、電車は動く気配がない。そんななか、何気なく、ある女性に、「私はマグデブルクからブラウンシュヴァイクへ行くのです」と言ったところ、「私も」と言われたので、ここは、この人を掴まえておかないと立ち往生と思い、「ブラウンシュヴァイクまで一緒に行っていいですか」と尋ねると、OKをいただきました。今日の難関を切り抜けられたのは、このやり取りに尽きます。ホントにブラウンシュヴァイクまで、その女性は導いて行ってくれたのです。もう感謝、感謝です。実際の動きは、停まってしまったところで、後発の電車に乗り換え、聞いたこともなかったなんとかという駅まで行き、そこで、代替バスでマグデブルク中央駅まで行き、そこで、ブラウンシュヴァイクに向かうICに乗ったのですが、マグデブルク中央駅でも、乗り場が2回変わり、しかも、遅れて来るというひどいものでした。予定していたよりは、倍の時間がかかったんじゃないかな。そんなで、ブラウンシュヴァイクでの時間は、かなり奪われてしまったのですが、元々、今日は月曜日ですから、さほど動きようがなかった日ですから、ちーとは諦めがつきやすいかなと、ちょっと負け惜しみを言っています。ざーっと流して街歩きをしたのですが、やっぱ、ブラウンシュヴァイクはいい街です。で、夜は、今日はオペラではなく、ブラウンシュヴァイク州立管弦楽団(スルバ・ディニッチ指揮)の定期演奏会に行って来ました。今日は、オペラ枯れの月曜日ということで、オケのコンサートを選んだのですが、こちらでのコンサートは、プログラムに魅力を感じたからです。そのプログラムとは、次のようなものでした。「ショスタコーヴィッチ:交響曲第15番」「チャイコフスキー:歌劇"マゼッパ"抜粋」。こちらの定期演奏会では、「チャイコフスキー・ツィクルス」を行っているということで、「マゼッパ」の演奏会形式のコンサートに出逢えたというわけです。黄紺的にも、「マゼッパ」は、生ではメンヘングラートバッハで、1度だけ観たことはあるのですが、この公演以外では、上演されたことも知らないほどのレアな作品。いい作品なのですがね。当初、ショスタコーヴィッチがメーンかと思っていたのですが、いきなり、ショスタコーヴィッチから始まり、びっくり。だって、この曲も45分ほどかかる、わりかし大きな曲ですからね。この曲は、パーカッションが大活躍。それも、ちょっと惚けた味のあるリズム、楽器の音ですものね。先日、ブレーメンで観てきた「ムツェンスク郡のマクベス夫人」のような濃厚な音楽は、弦の響きに、若干は感じさせられるのですが、やっぱ、パーカッションのくだけた音楽に、聴く者は引っ張られてしまいます。45分が退屈じゃないですものね。また、どこかで出るようでしたら、聴きに行くことにしましょう。「マゼッパ」の筋立ては、珍しい恋物語と言っていいかな。老いたコサックのマゼッパと若い娘マリアの恋が、1つの軸としてあります。黄紺なとは、これは、マリアの老人フェチじゃないかと思ってしまってるのですが、、、。そのマリアの父とマゼッパが対立。でも、マリアはマゼッパを取ります。恋が優先します。もう1つの軸ほどではない挿話が、マリアに恋するアンドレイの叶わぬ恋。そのアンドレイが、戦で亡くなる間際、マリアがそれと気づき、世の儚さを歌う物悲しい音楽で終わるというものだったと、朧気ながらに覚えているオペラ。ロシアによくある叙事詩的なオペラの型をふまえたもので、西欧のオペラとは、雰囲気が違うので、上演の機会がないのかもしれませんね。とうとうと流れる時間、それが芯となるオペラですが、それは、如何せん抜粋となると、出すのは困難です。そういったなか、マゼッパを歌ったセルゲイ・トプティギンの歌唱に、それを感じさせてもらえたのが収穫。マリアの父コチュベイを歌ったミカエル・グズホフも同様の雰囲気。要するにバス2人が聴かせてくれたということです。次いで気に入ったのは、出番は多くなかったのですが、アンドレイの刹那さ、虚しさが、よく出ていたミカエル・ハに惹かれました。一方、マリアのアッラ・ペルチコーヴァは、若い女性だけども、相手は老人なんだから、そんなに張り上げるように歌われると、違うんだよねと思ってしまいました。その他、マリアの母を歌ったマルゴルザタ・プリツィビス、コチュベイの友人イスクラを歌ったマティアス・シュティール、ブラウンシュヴァイク州立劇場合唱団の出演でした。

本日の食事。ベルリンの定宿の幾つかは、ホテル代が安く、更に朝食付きです。今回も、その恩恵を受け、定番のドイツの朝食をいただけました。黄紺は、いつも、小さなパンで、ハムやチーズ、野菜を挟んでサンドイッチを作り食べることにしています。暖かなコーヒーを飲めるのが、何よりも嬉しいですね。夕食は、今回初めて「焼きそば」。ショッピングセンターに入ってた中国インビスの店で買い、ホテルで、ワインを飲みながらいただきました。変な組み合わせです。でも、固まりになった鶏肉が、幾つか入っていたので、飲みながら食べていて変な感じにならなかったのは、ちょっと嬉しいところでした。

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ベルリンから(3/18)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月20日(火)07時43分37秒
  ブレーメンからベルリンへの移動が大変な難物でした。当初買ってあった切符は、ハンブルク経由、且つ、ICE乗り継ぎのもの。ところが、出発数日前に、その列車がキャンセルとなったと連絡が入ったので、ケルン・ドイツ駅のDBのオフィスで確認を取り、代替の列車を用意して、今日に臨みました。もちろん、代替の列車の運行については、昨日、ブレーメン駅で再確認をしておいたのですが、今日、ブレーメン駅に行くと「キャンセル」の表示。1時間後の列車についても、怪しげなことが書かれてあったので、ハノーファー乗り換え、しかも、快速電車乗り継ぎでベルリンに向かおうとしました。ブレーメンからハノーファーに向かう快速電車は定刻通り運行。ハノーファー駅で、次の快速電車のホームに行くと、1つ前の電車が停まっていたので、何気なく行き先を確認すると、なんとベルリン行のICE。本来なら乗り継げないICEが遅れたために、運よく乗り継げたのでした。おかげで、ベルリンには、想定していたよりは、1時間ほど早く着けました。オペラの開演時間が午後4時だったもので、これは嬉しかった。でも、結局は、ベルリンでしたことと言えば、昼夜兼用の食事をしたことと、オペラを観たことだけ。これだけあっさりしたベルリンは、今後もないでしょう。そのオペラは、新装なったベルリン国立歌劇場の「トリスタンとイゾルデ」(ドミトリー・チェルニアコフ演出)。今季は、この公演だけをこちらで観るのですが、これが、また、ビッグなものとなりました。指揮のダニエル・バレンボイムに加えて、素晴らしい歌手陣が揃いました。問題は、チェルニアコフのプロダクションを、どう観るかということたと思います。今まで観てきたチェルニアコフのプロダクションは、いずれをとっても才走ったもの。ましてや、彼は、演出だけではなく、装置まで自身で担当しますから、目に入ってくる多くのものが、彼の持つイメージを語っていると思えるのです。1幕は、甲板にいるトリスタンや、海の風景をモニターする液晶画面が、壁に設えられていましたから、大きな船の中の広間と考えられます。もちろん、時代は現代。2幕は、壁が森模様の宮殿内部か、森そのものを戯画化した装置。中ほどに横スライドの扉が付いており、その奥には、最初は宴会テーブルが設えられています。そして、トリスタンが現れると、仕切りの扉は閉じられ、長大な睦み事のデュエットが始まりました。マルケ王が、配下の者を伴い現れるのは、その扉を開け踏み込むとなります。そして、睦み事が頂点に達したかと思えたとき、前面に垂らされた透明スクリーンに、はっきりとは判らなかった(殆ど横から観ることになったため)のですが、女性の顔のアップ画像だったように思います。これが、長大なデュエットの間に2回ありましたから、性行為が2回行われたことを暗示しているのだろうと思えました。3幕は、壁の装飾が、黄紺には古風に映りました。まるで、田舎の領主館の広間と言えば良すぎるかもしれません。もう少し身分の低い人たちの館と言っていいかもしれません。調度品から言ってですが。勝手に、時代を20世紀頭ぐらいかなと思っていました。このように、3つの幕を通じて、共通したコンセプトというものがないのです。 リアルな現代、戯画化された世界、古風な田舎の館と、時とか、描き方などを、敢えて不統一にしているように見えました。もう1つの特徴は、トリスタンとイゾルデは、決して体を触れあわせないという点。性行為を連想させるところは、スクリーンで表そうとしていましたが、そこに至る過程では、トリスタンは、やたら、体を動かせます。何かを殴り付けるように体を動かし、空を切り1回転したり、まるで、少年が、好きな女の子の前に出てドギマギしているようですが、決してイゾルデの体には触れないのです。ですから、何か観念的な愛と死を表そうとした、しかも、それに普遍性を持たそうとしたのかとか、自分でも、よく解らないことを考えていました。そないなことを考えるのも、チェルニアコフの名がなさせる業ですね。歌手陣は、ホントに素晴らしいものがありました。名前を記し、その技を讃えたいと思います。トリスタンは、これで3度目の遭遇になるアンドレアス・シャーガー。今や、バレンボイムの振るワーグナーのヘルデン・テノールは、彼が引き受けています。イゾルデはアニヤ・カンペ。この人も、すごい声をしています。初遭遇だけに、きっちりと、黄紺の頭に、その名が刻まれました。ブランゲーネのエカテリーナ・グヴァノーヴァも良かった。イゾルデとバランスが取れなきゃならない役柄ですものね。更に、マルケ王にはシュテファン・ミリング、クルヴェナールにはボアズ・ダニエルという布陣でした。こういった歌手陣に加えて、凄いたっぷり感のあるとうとうたる音を響かせたバレンボイム指揮のシュターツ・カペレが素晴らしい出来栄えでした。全てが一期一会、この組み合わせで聴いた「パルジファル」とともに、黄紺の生涯の宝となるでしょう。

本日の食事。朝は、買い置きの定番メニュー。デザートをプリンにしたつもりだったのですが、開けたらムースのようなものでした。昼夜兼用の食事は、日曜日でも開けてるのが判っていたトルコ人の店で「Ekmek arasi farafel」にしました。オペラは、午後4時開演で、終演が9時半を回っていましたから、腹持ちの良さそうなものを選んだというわけです。

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ブレーメンから(3/17)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月18日(日)19時19分24秒
  キャンセルになるかもと心配していたドルトムントからのIC、無事に車両を減らして、時間も、少し動かして運行してくれました。でも、ちょっとの間でも、今日は、プラットホームで待つこと自体が、ありえない寒さで、たじたじ。雪も降ってました。ブレーメンは、雪が降った形跡はない(オスナブリュックは積もってました)のですが、雪を降らしてきた冷たい風が吹き荒れています。この時期に、これだけの寒さを経験するのは、ミュンヘンで大雪に見舞われて以来。やっぱ、寒いのは勘弁してほしい。しかも、今日は、ブレーメンに着いたあたりで、目に何かが入ったみたいで、目が痛くて、何をしても不快感だけ。いつまで続くのか、、、思わぬ事態になっています。昼間は、歌劇場の近くにあるデザイン博物館へ。「透明」「透視」をコンセプトにしたデザインの展示だったので、おもしろいことはおもしろいのですが、あまりにも展示品が少なく、呆気なくおしまいとなりました。あとは、聖ペトリ教会に入った程度。スーパーを求めて中央駅まで行ったくらいで、午後の部は終了。夜は、ブレーメン歌劇場で「ムツェンス郡のマクベス夫人」(アーミン・ペトラス演出)を観てまいりました。黄紺的には、ショスタコーヴィッチの生オペラは初めて。今日は、当初の計画では、他の町で他の作品を観ているはずだったのですが、チケットを買えず、代替作品を探している中で見つけた、ちょっと曰く付きの作品。まず観終わったあとの率直な感想は、ショスタコーヴィッチに出逢えて良かったというのが第一で、次がないほど、作品の素晴らしさというよりか、作曲家の凄さを感じました。20世紀には、社会の底辺で生きてきた人たちをテーマにして、オペラが生まれます。暮れに観た「ヴォツェック」がそうでしょうし、今回、ペーター・コンヴィチュニーのプロダクションで観ることになっている「兵士たち」なんかが思い出されます。こういった社会の矛盾を炙り出すような作品には、正に十二音技法は格好のもので、それこそ、社会と音楽技法が呼応したかのようにして、誕生した作品と看ていたのですが、ショスタコーヴィッチは、それを、既存の技法を駆使して表現しようとし、また成し遂げたのが、この作品のように思えたのでした。今日も回転舞台が活躍しました。異なった屋内の装置を持った3面(だったと思います)を動かしての場面転換に、アクセントが着くのが最終幕。回転舞台に設えられた装置の一部を横スライドで取り外して、広いスペースを作り、そこに囚人たちを集めるようにしていたこと。そして、この場面は、音楽的に金管が活躍するということで、舞台背後の高い位置に、金管の人たちを配置し、異様な雰囲気を醸し出すようにしていたこと。装置の方で、1幕の嫁いびりの場面が、なんか、少し前あたりのダイニングキッチンのような風情。ですから、あまりロシアの雰囲気はしないどころか、時代設定も、わりかし現代、ないしは20世紀後半といった風情。有名な男女の絡みとなる場面は、タイル張りと見える壁に囲まれた部屋の装置が使われるため、絡みに異様さ、執拗さのようなものを感じさせていました。こういった舞台の上半部はスクリーンになっています。ですから、音楽、映像、歌手陣の動きが補完しあうような仕組みになっていました。字幕も、その映像の中に組み込ましてありましたが、これは、なかなか細かな大変な作業だったでしょう。激しい性描写の音楽で有名な絡みの場面は、舞台の照明を落とし、映像だけでのものとなりました。最初は、照明が落ちていなかったため、今はやりのカメラ持ち込みのライブ映像を映しているのか、目をこらして確認したのですが、そうではなかったですね。また、他の場面でもなかったと思います。歌手陣では、カテリナを歌ったナディーヌ・レーナーが抜けた存在。やっぱ、中心がしっかりしていると、いい感じだったのですが、この人、あまり動けないのがもったいない。このオペラは、演技に思いきりが必要でしょうから、それが足りないということでしょう。客席の反応も、黄紺同様の拍手だったのですが、次に多かったのが、おいしい役のわりには、あまりぱっとしているとは思えなかったボリスのパトリッキナ・ツィールケ。歌唱にもムラがありました。ちょっと冴えなかったのが、セルゲイのクリス・リサック。主人の妻を寝とるのを繰り返す男なわけですから、もっと脂ぎったところが、歌唱、演技双方に欲しいところでした。そして、このプロダクションを、最も盛り上げていたのは、ブレーメン・フィル(指揮者を控えてこなかった、残念)。音楽を大く作り上げようとし、オケが、それに見事に応えていたからです。

本日の食事。朝食は、定番もの。変化はデザートだけ。と言っても、ライス・プディングにしただけでした。早めの夕食は、ブレーメンに来たらと考えていた、アジア・インビスの店で食べる「豆腐入りココナッツカレー」。タイで食べるよりは、ココナッツ味が濃厚で、前回食べてはまってしまったもの。具材は、豆腐に野菜ですから、とってもヘルシーなのもお気に入りです。今回は、少なめだったのですが、筍入りなのです。ドイツの街角で、筍を食べるミスマッチぶりも、黄紺は気に入っているのです。ただ、目が悪いため、美味しさが減退したのが、なんとも悔しかった。

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ドルトムントから(3/16)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月18日(日)19時09分15秒
  ちょっと久しぶりのドルトムントです。ケルンから、ICEで来ても、1時間はかかりました。デュッセルドルフ、デュースブルク、エッセン、ボーフムと、ルールの名だたる町を通って、ドルトムント入りです。昼間は、行こうとして行けてなかったコッケライという産業遺産に行って来ました。かつてのコークス工場跡です。ルールには、こうした産業遺産があるので、それを訪ね歩くというのが、楽しいところです。今日は、地図を用意していながら、Uバーンの駅から逆方向に歩いてしまい、えらく、体力を消耗してしまいました。ただ、この施設、域内に入り、間近から眺めるだけしかできなかったものですから、ちょっと肩透かしの気分でした。あとは、お時間に合わせて、ドルトムントの繁華街をぶらぶら。夜は、ドルトムント劇場での「ナブッコ」。つい先日、プレミアを迎えたジャン・ダニエル・ヘルツォークのプロダクション。来季からニュルンベルクに移るはずですから、ジャン・ダニエル・ヘルツォークにとっては、ドルトムントでの最後のプレミアかもしれません。彼のプロダクションは、できるだけ観たいなと思っている黄紺には、このドルトムント入りは、今回のオペラ紀行の芯にしていたもの。その期待は、、、残念ながら、ジャン・ダニエル・ヘルツォークものの中では、退屈なものじゃなかったかな。手際よく、且つ、解りやすく、楽しませる、そういったコンセプトがモットーの演出家だと、黄紺は思っている(例外はボンの「ボエーム」)のですが、確かに、「手際よく」は満たしていたのですが、、、。「ナブッコ」は、話の展開に異様なものがありますから、その展開をスムーズにすむために腐心したことが、容易に想像できるプロダクションだったと言えます。この冬のオペラ紀行でも感じていたのですが、回転舞台回帰のようなところがあり、回転舞台を使った素早い場面転換、更に、回転舞台に設える装置の工夫で、場面転換による変化を大きくするというものです。このプロダクションでは、回転舞台の中央に、平面が四角形の大きなスペースを作り、その辺に沿い、回転により変化を付けられる別々の装置を用意したというわけです。各辺に作られた装置は、それぞれが異なった部屋としたまとめようのないもの。その1つは、ナブッコの執務室のようなもので、大きなデスクと壁に設えられた書棚がありました。ぞれ以外の部屋には、大きな特徴があったわけではありません。そして、真ん中のスペースを使うときは、辺にある部屋の壁を取り払えば、大広間のようなものが出来上がるのです。最後の場面や、有名な合唱のある場面には、この手法が採られていました。そういった装置を見ていて気づいたのは、辺に作られているのは、全て屋内だということ。冒頭の場面然り、アビガレージが自らの出自を記した文書を発見して激しく歌う場面も然り、アビガレージがナブッコに処刑文書に署名させる場面もそうなのです。このプロダクション、衣装は現代のものを使ってましたから、時代設定を現代と考えれば、そういった屋内の装置でも不具合はないわけですが、果たして、それだけで屋内にしているのだろうかと、考えさせられてしまいました。「ナブッコ」を、家族の相克として描くプロダクションは、散見できます。黄紺も、ハレで観たプロダクションなどは、その典型例ですが、ひょっとしたら、屋内にしてあるのは、それを暗示しているのかなと思ってしまいました。すると、時代設定も変えやすい、物語に普遍性が出てくる、こうしたコンセプトの基に作られたプロダクションかなと、勝手判断をしておりました。一切、スペクタクル性はなくなっていきますが、、、。だから、観ていて、おもしろみが欠けていると、黄紺の目には映ったのだと思います。歌手陣は、アンサンブルの歌手を中心に構成されていましたが、今季のプレミアだということで、このプロダクションにシフトしたアンサンブルの構成が取られたのか、とっても充実したものがありました。一番の拍手を受けたのが、アビガレージを歌ったガブリエーユ・ムーラン。アビガレージの気の強さを表すには格好の声の持ち主。黄紺も惚れ込む声でした。フェネーナのアルメリア・デリッチは、なかなかしっかりと通る声。いい声の持ち主なんですが、逆に、フェネーナにしてはしっかりしすぎていたかもしれません。ナブッコのイ・サンミンも、凄みのあるらしい声ですが、フェネーナを思う父親の声に、イマイチのものがあったからでしょうね、歓呼は受けてもアビガレージを越えることができませんでした。イスマエーレのトマス・パウルもなかなか。もっと出番のあるヴェルディもののテノールを聴いてみたいものですね。客席の反応が物足りなかったのですが、黄紺は、ザッカリアのカール・ハインツ・レーナーのほんまもののバスが聴けて、満足でした。なお、オケピットには、マニュエル・プジョイ指揮のドルトムント・フィルが入りました。

本日の食事。朝食は、前日に買い置きしておいた定番もの。デザートはヨーグルトに戻り、アイランはありませんでした。夕食は、「ノルトゼー」があったので、「フィッシュ&チップス」に。初めて「大」を買いましたが、かなり早めの夕食でしたから、小食の黄紺にも、適量だったのじゃないかな。

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