teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助 youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]


ベルリンから2(3/20)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月21日(水)18時08分17秒
  ブラウンシュヴァイクから逆戻りで、2回目のベルリンです。昨日の移動の逆行きだということもあり、また厄介なことが起きはしないか不安だったので、少し早めにホテルを出ると、大丈夫でした。列車運行ボードに、注意書きが出ていたので、ちょっと緊張しましたが、「15分遅れ」「車両変更」が出てただけでしたから、この際、遅れなんて、簡単に許しちゃいました。昨日の半分以下の移動時間。普通のことって、ありがたいですね。そこで、昼間は、予定通り、コミッシュ・オーパーに行き、5月のオペラ紀行のためのチケットを買いに。コミッシュ・オーパーのウェブサイトで、会員登録ができず、ネットでチケットを買えない現状なのです。それから足を伸ばし、エーベルスヴァルトシュトラーセ駅近くにある文化醸造所内博物館の「東独の日常」展に行ってまいりました。東独の生活用品の展示、生活の様子を展示した博物館です。格好の学習の場ということなのでしょう、校外学習で訪れた生徒たちでいっぱい。黄紺も勉強してきました。そして、夜は、初めてとなるベルリン第3のオペラハウス、コミッシュ・オーパーで「セルセ」(シュテファン・ヘルハイム演出)を観てまいりました。初めて中に入ったコミッシュ・オーパー、この第3のオペラハウスに、古き良きベルリンの姿が残っていました。気に入ってしまったので、これからも、ターゲットにしましょう。このヘンデル作品、有名なアリアを含んでいながら、上演機会が滅多にない。この機会を逃したらの思いがあったのです。確かに、有名なアリアなんだけど、セルセ(ステファニー・フートリール)、即ちアケメネス朝のクセナキスのことなのですが、この男(ズボン役)が目を着けた女ロミーダ(ニナ・ベルンシュタイナー)への追いかけが執拗すぎる、だから、このオペラの筋立てが成り立っているのですが、そこが、複雑になることもあり、関心を持たれないのかと思っている作品です。しかし、このプロダクションは、その辺りを意識しており、その執拗さを始め、このオペラ全体をコミカルなタッチで描くことで、逆手にとったやり方っていうのでしょうか、成功に導いていました。客席の空気が、このプロダクションのテイストに惹かれていく体験って、そうはないことです。また、このオペラ、ズボン役がやたら多い、いや、男性歌手が歌うのは、ロミーダの父アリオダーテス(フィリップ・マイヤーへーファー)とエルヴィーロ(ハーゲン・マッツァイト)だけ、しかも、エルヴィーロは、ファルセットで歌う場面すらありましたから、殆どが女声、これを、うまく使ったなという印象でした。わざと大きなフリで男歩きをするかと思えば、コケティッシュに、ちょこちょこ歩きを多用したり、女性歌手が多いことを福とする演出に、目が釘付けとなりました。そして、バロック音楽に多く看られる単純なリズム、同じメロディの繰り返しを利用しての振り付け、それが、女性の身体表現に合ってるのでしょうね、ふっと和む楽しさを与えていましたから、観ている者は、完全に、プロダクションの術中にはまらされていたということでしょう。ただ、黄紺的には、前夜の睡眠障害がひどく、単純なリズムが心地よくなり、わりかし物語がすっ飛んでしまってます。それが悔しいところ。いいプロダクションなのになぁと思っていても、体かついていかなかった現状が悔しいのです。舞台は、これも回転舞台。1/2、1/4、1/4の仕切り。装置は、古風な城壁で囲まれた広間、部屋というところでしょうか。衣装は、ペルシアを意識してたのか、ギリシア風だったのか、黄紺には判断つきかねています。有名な、アレキサンドロスとダリウス3世の壁画のデザインから取ったようにも見えましたから、だったらローマ風になっちゃいます。歌手陣も、これだったら、安心をして聴けるというもの。記録のために、まだ記してない歌手陣を記しておきます。アルサメネス(フランツィスカ・ゴットヴァルト)、アマストゥリス(エズギ・クトゥル)、アタランタ(ノラ・フリードリッヒス)、そして、オケピットには、コンラート・ユルゲンヘネル指揮の同歌劇場管弦楽団に、プラス通奏低音として古楽プロパーが6人入っていました。

本日の食事。朝は、前日買い置きの定番メニュー。デザートはライスプディング。夕食は、食べる前に、チーズを肴にビールを飲むことにしたために、口当たりの軽さを考え、チョコ・クロワッサンとアップルパイ入りパンにしました。ビールを飲んだあと、口が甘さを求めていましたから、格好の組み合わせになりました。

HP「黄紺のお部屋」の引っ越し先です↓
http://slacivert.html.xdomain.jp/index.html
 
 

ブラウンシュヴァイクから(3/19)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月20日(火)18時44分34秒
  ベルリンからの移動で、またしてもトラブル発生です。ブラウンシュヴァイクまでの移動は、マグデブルクまでは快速電車で行き、そこからブラウンシュヴァイクまではICEで行くという切符が買ってありました。マグデブルク行の快速電車は予定通りに出発。ですが、出発してから40分ほど経ち、その電車は小さな駅で停まったまま動かなくなりました。周りの人たちも情報交換しています。黄紺にも教えてくれました。「誰かが線路内に入ったらしい」、そのときは大きく考えなかったのですが、あとからの動きをみると、テロを想定した動きをとったんじゃないかと、黄紺は考えています。マグデブルクへ行く方法も教えてはくれたのですが、その人たちも動かないのですが、そのまましていても、電車は動く気配がない。そんななか、何気なく、ある女性に、「私はマグデブルクからブラウンシュヴァイクへ行くのです」と言ったところ、「私も」と言われたので、ここは、この人を掴まえておかないと立ち往生と思い、「ブラウンシュヴァイクまで一緒に行っていいですか」と尋ねると、OKをいただきました。今日の難関を切り抜けられたのは、このやり取りに尽きます。ホントにブラウンシュヴァイクまで、その女性は導いて行ってくれたのです。もう感謝、感謝です。実際の動きは、停まってしまったところで、後発の電車に乗り換え、聞いたこともなかったなんとかという駅まで行き、そこで、代替バスでマグデブルク中央駅まで行き、そこで、ブラウンシュヴァイクに向かうICに乗ったのですが、マグデブルク中央駅でも、乗り場が2回変わり、しかも、遅れて来るというひどいものでした。予定していたよりは、倍の時間がかかったんじゃないかな。そんなで、ブラウンシュヴァイクでの時間は、かなり奪われてしまったのですが、元々、今日は月曜日ですから、さほど動きようがなかった日ですから、ちーとは諦めがつきやすいかなと、ちょっと負け惜しみを言っています。ざーっと流して街歩きをしたのですが、やっぱ、ブラウンシュヴァイクはいい街です。で、夜は、今日はオペラではなく、ブラウンシュヴァイク州立管弦楽団(スルバ・ディニッチ指揮)の定期演奏会に行って来ました。今日は、オペラ枯れの月曜日ということで、オケのコンサートを選んだのですが、こちらでのコンサートは、プログラムに魅力を感じたからです。そのプログラムとは、次のようなものでした。「ショスタコーヴィッチ:交響曲第15番」「チャイコフスキー:歌劇"マゼッパ"抜粋」。こちらの定期演奏会では、「チャイコフスキー・ツィクルス」を行っているということで、「マゼッパ」の演奏会形式のコンサートに出逢えたというわけです。黄紺的にも、「マゼッパ」は、生ではメンヘングラートバッハで、1度だけ観たことはあるのですが、この公演以外では、上演されたことも知らないほどのレアな作品。いい作品なのですがね。当初、ショスタコーヴィッチがメーンかと思っていたのですが、いきなり、ショスタコーヴィッチから始まり、びっくり。だって、この曲も45分ほどかかる、わりかし大きな曲ですからね。この曲は、パーカッションが大活躍。それも、ちょっと惚けた味のあるリズム、楽器の音ですものね。先日、ブレーメンで観てきた「ムツェンスク郡のマクベス夫人」のような濃厚な音楽は、弦の響きに、若干は感じさせられるのですが、やっぱ、パーカッションのくだけた音楽に、聴く者は引っ張られてしまいます。45分が退屈じゃないですものね。また、どこかで出るようでしたら、聴きに行くことにしましょう。「マゼッパ」の筋立ては、珍しい恋物語と言っていいかな。老いたコサックのマゼッパと若い娘マリアの恋が、1つの軸としてあります。黄紺なとは、これは、マリアの老人フェチじゃないかと思ってしまってるのですが、、、。そのマリアの父とマゼッパが対立。でも、マリアはマゼッパを取ります。恋が優先します。もう1つの軸ほどではない挿話が、マリアに恋するアンドレイの叶わぬ恋。そのアンドレイが、戦で亡くなる間際、マリアがそれと気づき、世の儚さを歌う物悲しい音楽で終わるというものだったと、朧気ながらに覚えているオペラ。ロシアによくある叙事詩的なオペラの型をふまえたもので、西欧のオペラとは、雰囲気が違うので、上演の機会がないのかもしれませんね。とうとうと流れる時間、それが芯となるオペラですが、それは、如何せん抜粋となると、出すのは困難です。そういったなか、マゼッパを歌ったセルゲイ・トプティギンの歌唱に、それを感じさせてもらえたのが収穫。マリアの父コチュベイを歌ったミカエル・グズホフも同様の雰囲気。要するにバス2人が聴かせてくれたということです。次いで気に入ったのは、出番は多くなかったのですが、アンドレイの刹那さ、虚しさが、よく出ていたミカエル・ハに惹かれました。一方、マリアのアッラ・ペルチコーヴァは、若い女性だけども、相手は老人なんだから、そんなに張り上げるように歌われると、違うんだよねと思ってしまいました。その他、マリアの母を歌ったマルゴルザタ・プリツィビス、コチュベイの友人イスクラを歌ったマティアス・シュティール、ブラウンシュヴァイク州立劇場合唱団の出演でした。

本日の食事。ベルリンの定宿の幾つかは、ホテル代が安く、更に朝食付きです。今回も、その恩恵を受け、定番のドイツの朝食をいただけました。黄紺は、いつも、小さなパンで、ハムやチーズ、野菜を挟んでサンドイッチを作り食べることにしています。暖かなコーヒーを飲めるのが、何よりも嬉しいですね。夕食は、今回初めて「焼きそば」。ショッピングセンターに入ってた中国インビスの店で買い、ホテルで、ワインを飲みながらいただきました。変な組み合わせです。でも、固まりになった鶏肉が、幾つか入っていたので、飲みながら食べていて変な感じにならなかったのは、ちょっと嬉しいところでした。

HP「黄紺のお部屋」の引っ越し先です↓
http://slacivert.html.xdomain.jp/index.html
 

ベルリンから(3/18)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月20日(火)07時43分37秒
  ブレーメンからベルリンへの移動が大変な難物でした。当初買ってあった切符は、ハンブルク経由、且つ、ICE乗り継ぎのもの。ところが、出発数日前に、その列車がキャンセルとなったと連絡が入ったので、ケルン・ドイツ駅のDBのオフィスで確認を取り、代替の列車を用意して、今日に臨みました。もちろん、代替の列車の運行については、昨日、ブレーメン駅で再確認をしておいたのですが、今日、ブレーメン駅に行くと「キャンセル」の表示。1時間後の列車についても、怪しげなことが書かれてあったので、ハノーファー乗り換え、しかも、快速電車乗り継ぎでベルリンに向かおうとしました。ブレーメンからハノーファーに向かう快速電車は定刻通り運行。ハノーファー駅で、次の快速電車のホームに行くと、1つ前の電車が停まっていたので、何気なく行き先を確認すると、なんとベルリン行のICE。本来なら乗り継げないICEが遅れたために、運よく乗り継げたのでした。おかげで、ベルリンには、想定していたよりは、1時間ほど早く着けました。オペラの開演時間が午後4時だったもので、これは嬉しかった。でも、結局は、ベルリンでしたことと言えば、昼夜兼用の食事をしたことと、オペラを観たことだけ。これだけあっさりしたベルリンは、今後もないでしょう。そのオペラは、新装なったベルリン国立歌劇場の「トリスタンとイゾルデ」(ドミトリー・チェルニアコフ演出)。今季は、この公演だけをこちらで観るのですが、これが、また、ビッグなものとなりました。指揮のダニエル・バレンボイムに加えて、素晴らしい歌手陣が揃いました。問題は、チェルニアコフのプロダクションを、どう観るかということたと思います。今まで観てきたチェルニアコフのプロダクションは、いずれをとっても才走ったもの。ましてや、彼は、演出だけではなく、装置まで自身で担当しますから、目に入ってくる多くのものが、彼の持つイメージを語っていると思えるのです。1幕は、甲板にいるトリスタンや、海の風景をモニターする液晶画面が、壁に設えられていましたから、大きな船の中の広間と考えられます。もちろん、時代は現代。2幕は、壁が森模様の宮殿内部か、森そのものを戯画化した装置。中ほどに横スライドの扉が付いており、その奥には、最初は宴会テーブルが設えられています。そして、トリスタンが現れると、仕切りの扉は閉じられ、長大な睦み事のデュエットが始まりました。マルケ王が、配下の者を伴い現れるのは、その扉を開け踏み込むとなります。そして、睦み事が頂点に達したかと思えたとき、前面に垂らされた透明スクリーンに、はっきりとは判らなかった(殆ど横から観ることになったため)のですが、女性の顔のアップ画像だったように思います。これが、長大なデュエットの間に2回ありましたから、性行為が2回行われたことを暗示しているのだろうと思えました。3幕は、壁の装飾が、黄紺には古風に映りました。まるで、田舎の領主館の広間と言えば良すぎるかもしれません。もう少し身分の低い人たちの館と言っていいかもしれません。調度品から言ってですが。勝手に、時代を20世紀頭ぐらいかなと思っていました。このように、3つの幕を通じて、共通したコンセプトというものがないのです。 リアルな現代、戯画化された世界、古風な田舎の館と、時とか、描き方などを、敢えて不統一にしているように見えました。もう1つの特徴は、トリスタンとイゾルデは、決して体を触れあわせないという点。性行為を連想させるところは、スクリーンで表そうとしていましたが、そこに至る過程では、トリスタンは、やたら、体を動かせます。何かを殴り付けるように体を動かし、空を切り1回転したり、まるで、少年が、好きな女の子の前に出てドギマギしているようですが、決してイゾルデの体には触れないのです。ですから、何か観念的な愛と死を表そうとした、しかも、それに普遍性を持たそうとしたのかとか、自分でも、よく解らないことを考えていました。そないなことを考えるのも、チェルニアコフの名がなさせる業ですね。歌手陣は、ホントに素晴らしいものがありました。名前を記し、その技を讃えたいと思います。トリスタンは、これで3度目の遭遇になるアンドレアス・シャーガー。今や、バレンボイムの振るワーグナーのヘルデン・テノールは、彼が引き受けています。イゾルデはアニヤ・カンペ。この人も、すごい声をしています。初遭遇だけに、きっちりと、黄紺の頭に、その名が刻まれました。ブランゲーネのエカテリーナ・グヴァノーヴァも良かった。イゾルデとバランスが取れなきゃならない役柄ですものね。更に、マルケ王にはシュテファン・ミリング、クルヴェナールにはボアズ・ダニエルという布陣でした。こういった歌手陣に加えて、凄いたっぷり感のあるとうとうたる音を響かせたバレンボイム指揮のシュターツ・カペレが素晴らしい出来栄えでした。全てが一期一会、この組み合わせで聴いた「パルジファル」とともに、黄紺の生涯の宝となるでしょう。

本日の食事。朝は、買い置きの定番メニュー。デザートをプリンにしたつもりだったのですが、開けたらムースのようなものでした。昼夜兼用の食事は、日曜日でも開けてるのが判っていたトルコ人の店で「Ekmek arasi farafel」にしました。オペラは、午後4時開演で、終演が9時半を回っていましたから、腹持ちの良さそうなものを選んだというわけです。

HP「黄紺のお部屋」の引っ越し先です↓
http://slacivert.html.xdomain.jp/index.html
 

ブレーメンから(3/17)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月18日(日)19時19分24秒
  キャンセルになるかもと心配していたドルトムントからのIC、無事に車両を減らして、時間も、少し動かして運行してくれました。でも、ちょっとの間でも、今日は、プラットホームで待つこと自体が、ありえない寒さで、たじたじ。雪も降ってました。ブレーメンは、雪が降った形跡はない(オスナブリュックは積もってました)のですが、雪を降らしてきた冷たい風が吹き荒れています。この時期に、これだけの寒さを経験するのは、ミュンヘンで大雪に見舞われて以来。やっぱ、寒いのは勘弁してほしい。しかも、今日は、ブレーメンに着いたあたりで、目に何かが入ったみたいで、目が痛くて、何をしても不快感だけ。いつまで続くのか、、、思わぬ事態になっています。昼間は、歌劇場の近くにあるデザイン博物館へ。「透明」「透視」をコンセプトにしたデザインの展示だったので、おもしろいことはおもしろいのですが、あまりにも展示品が少なく、呆気なくおしまいとなりました。あとは、聖ペトリ教会に入った程度。スーパーを求めて中央駅まで行ったくらいで、午後の部は終了。夜は、ブレーメン歌劇場で「ムツェンス郡のマクベス夫人」(アーミン・ペトラス演出)を観てまいりました。黄紺的には、ショスタコーヴィッチの生オペラは初めて。今日は、当初の計画では、他の町で他の作品を観ているはずだったのですが、チケットを買えず、代替作品を探している中で見つけた、ちょっと曰く付きの作品。まず観終わったあとの率直な感想は、ショスタコーヴィッチに出逢えて良かったというのが第一で、次がないほど、作品の素晴らしさというよりか、作曲家の凄さを感じました。20世紀には、社会の底辺で生きてきた人たちをテーマにして、オペラが生まれます。暮れに観た「ヴォツェック」がそうでしょうし、今回、ペーター・コンヴィチュニーのプロダクションで観ることになっている「兵士たち」なんかが思い出されます。こういった社会の矛盾を炙り出すような作品には、正に十二音技法は格好のもので、それこそ、社会と音楽技法が呼応したかのようにして、誕生した作品と看ていたのですが、ショスタコーヴィッチは、それを、既存の技法を駆使して表現しようとし、また成し遂げたのが、この作品のように思えたのでした。今日も回転舞台が活躍しました。異なった屋内の装置を持った3面(だったと思います)を動かしての場面転換に、アクセントが着くのが最終幕。回転舞台に設えられた装置の一部を横スライドで取り外して、広いスペースを作り、そこに囚人たちを集めるようにしていたこと。そして、この場面は、音楽的に金管が活躍するということで、舞台背後の高い位置に、金管の人たちを配置し、異様な雰囲気を醸し出すようにしていたこと。装置の方で、1幕の嫁いびりの場面が、なんか、少し前あたりのダイニングキッチンのような風情。ですから、あまりロシアの雰囲気はしないどころか、時代設定も、わりかし現代、ないしは20世紀後半といった風情。有名な男女の絡みとなる場面は、タイル張りと見える壁に囲まれた部屋の装置が使われるため、絡みに異様さ、執拗さのようなものを感じさせていました。こういった舞台の上半部はスクリーンになっています。ですから、音楽、映像、歌手陣の動きが補完しあうような仕組みになっていました。字幕も、その映像の中に組み込ましてありましたが、これは、なかなか細かな大変な作業だったでしょう。激しい性描写の音楽で有名な絡みの場面は、舞台の照明を落とし、映像だけでのものとなりました。最初は、照明が落ちていなかったため、今はやりのカメラ持ち込みのライブ映像を映しているのか、目をこらして確認したのですが、そうではなかったですね。また、他の場面でもなかったと思います。歌手陣では、カテリナを歌ったナディーヌ・レーナーが抜けた存在。やっぱ、中心がしっかりしていると、いい感じだったのですが、この人、あまり動けないのがもったいない。このオペラは、演技に思いきりが必要でしょうから、それが足りないということでしょう。客席の反応も、黄紺同様の拍手だったのですが、次に多かったのが、おいしい役のわりには、あまりぱっとしているとは思えなかったボリスのパトリッキナ・ツィールケ。歌唱にもムラがありました。ちょっと冴えなかったのが、セルゲイのクリス・リサック。主人の妻を寝とるのを繰り返す男なわけですから、もっと脂ぎったところが、歌唱、演技双方に欲しいところでした。そして、このプロダクションを、最も盛り上げていたのは、ブレーメン・フィル(指揮者を控えてこなかった、残念)。音楽を大く作り上げようとし、オケが、それに見事に応えていたからです。

本日の食事。朝食は、定番もの。変化はデザートだけ。と言っても、ライス・プディングにしただけでした。早めの夕食は、ブレーメンに来たらと考えていた、アジア・インビスの店で食べる「豆腐入りココナッツカレー」。タイで食べるよりは、ココナッツ味が濃厚で、前回食べてはまってしまったもの。具材は、豆腐に野菜ですから、とってもヘルシーなのもお気に入りです。今回は、少なめだったのですが、筍入りなのです。ドイツの街角で、筍を食べるミスマッチぶりも、黄紺は気に入っているのです。ただ、目が悪いため、美味しさが減退したのが、なんとも悔しかった。

HP「黄紺のお部屋」の引っ越し先です↓
http://slacivert.html.xdomain.jp/index.html
 

ドルトムントから(3/16)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月18日(日)19時09分15秒
  ちょっと久しぶりのドルトムントです。ケルンから、ICEで来ても、1時間はかかりました。デュッセルドルフ、デュースブルク、エッセン、ボーフムと、ルールの名だたる町を通って、ドルトムント入りです。昼間は、行こうとして行けてなかったコッケライという産業遺産に行って来ました。かつてのコークス工場跡です。ルールには、こうした産業遺産があるので、それを訪ね歩くというのが、楽しいところです。今日は、地図を用意していながら、Uバーンの駅から逆方向に歩いてしまい、えらく、体力を消耗してしまいました。ただ、この施設、域内に入り、間近から眺めるだけしかできなかったものですから、ちょっと肩透かしの気分でした。あとは、お時間に合わせて、ドルトムントの繁華街をぶらぶら。夜は、ドルトムント劇場での「ナブッコ」。つい先日、プレミアを迎えたジャン・ダニエル・ヘルツォークのプロダクション。来季からニュルンベルクに移るはずですから、ジャン・ダニエル・ヘルツォークにとっては、ドルトムントでの最後のプレミアかもしれません。彼のプロダクションは、できるだけ観たいなと思っている黄紺には、このドルトムント入りは、今回のオペラ紀行の芯にしていたもの。その期待は、、、残念ながら、ジャン・ダニエル・ヘルツォークものの中では、退屈なものじゃなかったかな。手際よく、且つ、解りやすく、楽しませる、そういったコンセプトがモットーの演出家だと、黄紺は思っている(例外はボンの「ボエーム」)のですが、確かに、「手際よく」は満たしていたのですが、、、。「ナブッコ」は、話の展開に異様なものがありますから、その展開をスムーズにすむために腐心したことが、容易に想像できるプロダクションだったと言えます。この冬のオペラ紀行でも感じていたのですが、回転舞台回帰のようなところがあり、回転舞台を使った素早い場面転換、更に、回転舞台に設える装置の工夫で、場面転換による変化を大きくするというものです。このプロダクションでは、回転舞台の中央に、平面が四角形の大きなスペースを作り、その辺に沿い、回転により変化を付けられる別々の装置を用意したというわけです。各辺に作られた装置は、それぞれが異なった部屋としたまとめようのないもの。その1つは、ナブッコの執務室のようなもので、大きなデスクと壁に設えられた書棚がありました。ぞれ以外の部屋には、大きな特徴があったわけではありません。そして、真ん中のスペースを使うときは、辺にある部屋の壁を取り払えば、大広間のようなものが出来上がるのです。最後の場面や、有名な合唱のある場面には、この手法が採られていました。そういった装置を見ていて気づいたのは、辺に作られているのは、全て屋内だということ。冒頭の場面然り、アビガレージが自らの出自を記した文書を発見して激しく歌う場面も然り、アビガレージがナブッコに処刑文書に署名させる場面もそうなのです。このプロダクション、衣装は現代のものを使ってましたから、時代設定を現代と考えれば、そういった屋内の装置でも不具合はないわけですが、果たして、それだけで屋内にしているのだろうかと、考えさせられてしまいました。「ナブッコ」を、家族の相克として描くプロダクションは、散見できます。黄紺も、ハレで観たプロダクションなどは、その典型例ですが、ひょっとしたら、屋内にしてあるのは、それを暗示しているのかなと思ってしまいました。すると、時代設定も変えやすい、物語に普遍性が出てくる、こうしたコンセプトの基に作られたプロダクションかなと、勝手判断をしておりました。一切、スペクタクル性はなくなっていきますが、、、。だから、観ていて、おもしろみが欠けていると、黄紺の目には映ったのだと思います。歌手陣は、アンサンブルの歌手を中心に構成されていましたが、今季のプレミアだということで、このプロダクションにシフトしたアンサンブルの構成が取られたのか、とっても充実したものがありました。一番の拍手を受けたのが、アビガレージを歌ったガブリエーユ・ムーラン。アビガレージの気の強さを表すには格好の声の持ち主。黄紺も惚れ込む声でした。フェネーナのアルメリア・デリッチは、なかなかしっかりと通る声。いい声の持ち主なんですが、逆に、フェネーナにしてはしっかりしすぎていたかもしれません。ナブッコのイ・サンミンも、凄みのあるらしい声ですが、フェネーナを思う父親の声に、イマイチのものがあったからでしょうね、歓呼は受けてもアビガレージを越えることができませんでした。イスマエーレのトマス・パウルもなかなか。もっと出番のあるヴェルディもののテノールを聴いてみたいものですね。客席の反応が物足りなかったのですが、黄紺は、ザッカリアのカール・ハインツ・レーナーのほんまもののバスが聴けて、満足でした。なお、オケピットには、マニュエル・プジョイ指揮のドルトムント・フィルが入りました。

本日の食事。朝食は、前日に買い置きしておいた定番もの。デザートはヨーグルトに戻り、アイランはありませんでした。夕食は、「ノルトゼー」があったので、「フィッシュ&チップス」に。初めて「大」を買いましたが、かなり早めの夕食でしたから、小食の黄紺にも、適量だったのじゃないかな。

HP「黄紺のお部屋」の引っ越し先です↓
http://slacivert.html.xdomain.jp/index.html
 

ケルンから(3/15)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月16日(金)19時08分25秒
  ハノーファーから乗ったICEは、デュッセルドルフ行とケルン行を連結したもの。何度も、ドイツに来ていると、こういった電車が走っていることを覚え、如才なく、ホームに貼り出してある連結表で確認してから、電車を待つようになってしまってます。2つの電車は、ハムで切り離され、デュッセルドルフ行は、ドルトムントからエッセンに向かうのですが、黄紺の乗ったケルン行は、ハーゲン、ヴッパタールを経て、ケルン入りです。ケルン中央駅は、ライン川左岸ですが、今回、黄紺が泊まったホテルは、ライン右岸にあります。理由は、簡単です。新しいケルンの歌劇場は、右岸に建てられたからです。これだと、確かに、夜のオペラには好都合なわけですが、観光地、博物館、繁華街は左岸にあるため、 その往き帰りに、時間と体力の消耗が生まれます。でも、仕方ありません。大鉄橋の1つ南にあるドイツァー橋を渡り、ノイマルクトへ。ケルンでは、初めて行く地域だったのですが、こちらに「ケーテ・コルヴィッツ美術館」があるというのを知ったからです。ドイツの博物館巡りをしている中で知った芸術家。カテゴリーでは、ドイツ表現主義に分類されるそうですが、女性、労働者といった対象物の描き方に魅せられてしまった黄紺は、ケルンに、その美術館があることを知り、まずは何をさておきと行ってまいりました。ショッピングビルの5階に、しかも、入口は、僅かのスペース。ビルを見つけたのも幸運、入口を見つけたのも幸運なことでした。特別展では、バウハウスの教師を務めたゲルハルト・マックスの作品の展示もありました。ケーテ・コルヴィッツの作品では、著名な「農民戦争」シリーズを観ることができたほか、多数残した自画像の一部、圧巻は、様々な女性を描いたコーナー、そして、「死の舞踏」のモチーフを用いた作品群。やっぱ、行って良かったと、素直に思えました。そして、夜は、ケルン歌劇場での「マノン」。このフランスの有名なオペラ、なかなか遭遇できず、今日が初対面。ただ、客席は、ハノーファー同様、多数は若い人たちが占める異様な雰囲気。しかも、ハノーファーと違い、かなりお行儀が悪いものですから、客席にいて、かなり嫌な気分。それに呼応したかのような、マスネの音楽を扱うにしては、フランス的エスプリって、どこへのものだったこともあり、退屈な雰囲気が、1幕の冒頭からあったためか、かなり居眠りが出てしまいました。ま、基本的には睡眠障害のなせる業でしょうが。新しいケルン歌劇場は、製作する側に、様々な可能性を付託した造り。そのため、常識を離れるような仕組みが見られたり、一方で、観る側に優しいかと言えば、必ずしもそうではないという特徴を持っています。前者でしたら、舞台が、このオペラの場合だと、極端に横長に設えられています。替わりに奥行を取らないため、巧みに中幕、半透明の前幕、それに、照明を組み合わせて、舞台を狭く見せる工夫が用いられ、観る者の焦点を絞らせるようにしてあります。また、中幕を半ば閉じた場合、中幕の前に、テーブルなどの道具を置くことで、場面を具体化するのに貢献させたりと、こういった舞台を採用したことを、最大限活かす工夫、仕掛けが用意されていたことは、おもしろかったと言える点だと思います。合唱の人たちを、横スライドボードに乗せて、出入りさせるなんて、なかなか観られるものではないでしょう。おもしろ構造その2は、オケが、この歌劇場の床と同じレベルに置かれています。ですから、ロビーから座席に向かって歩いていくと、注意をしてないと、そのまま、オケピットに入ってしまいます。開演前、休憩時など、客は、オケの人たちと、合唱団の人たちと、並んで歩きながら出入りするというのも、この歌劇場特有の姿です。で、こういった特徴を活用したプロダクションが成功だったのかと言うと、1幕の、退廃気味の貴族やブルジョワたちの遊びを、また、マノンの気を引くためのバレエ(大きくカット、2人のバレエの方が出ただけ)の場面とかの華やかさは出てなったなぁ。洒落てはいるがデカダンスの匂いがするというのは、なかなか難しいとは思うのですが、このオペラの芯のような気がするもので。この歌劇場のまずい点、それは、芝居に比重が行き、音響面の悪さでしょう。なんせ、一応、幕はありますが、ロビーへ向かうスペースを遮るものがないわけですから、抜けっぱなしの音になりますから、頼りなくて、特にオケがきつい。歌手は、パワーがないと、一挙に、声が聴きづらくなります。そういったなか、マノン役のズザナ・マルコヴァは、なかなかしっかりとした声、この日一番でした。次いで、デ・グリューを歌ったアタラ・アヤンも、こういった環境で、声に力を感じさせてくれました。

本日の食事。朝は、自分で用意した定番もの。但し、ちょっとだけ変化をつけました。デザートにライス・プディング、それに、飲み物としてアイランを用意しました。夜は、ノイマルクトを歩いていると、おいしそうなパン屋さんの軒先を通ったため、衝動買い。1つは、プリンを仕込んだもの、もう1つは、ナッツを仕込んだもの。久しぶりに、ベッケライで買ったこうした調理パンを夕食にしました。

HP「黄紺のお部屋」の引っ越し先です↓
http://slacivert.html.xdomain.jp/index.html
 

ハノーファーから(3/14)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月15日(木)13時12分39秒
編集済
  ハンブルクからハノーファーへの移動です。相変わらず、ドイツ鉄道は遅れます。ハンブルク・アルトナ駅始発の電車が、ハンブルク中央駅に着くのが、早くも15分遅れるのは、どうしたら、そうなるのでしょうかね。ハノーファーでは、よくお世話になっているトルコ人経営のホテルに宿泊です。フロントの方から、「毎年来るね」と言われてしまいました。ハノーファーは、昼間に行こうかというところが、枯渇しかけているのですが、そないななか見つけたのは、20分ほど、Uバーンに乗り、外に出なければならなかったのですが、メッセ会場の近くにある「航空博物館」。ちょっと辺鄙なところにあるのですが、展示品には驚かせられました。飛行機の歴史には疎く、ましてや飛行機の構造などは判ってない黄紺ですが、展示品の数、マニア度なんかから、興味の深い方からは、大変なところだと思ってしまいました。初期の飛行機から、ナチ時代の戦闘機、現代の最新戦闘機まで、実大ものからミニチュア模型(この数がすごい)まで多数の展示、ジェットエンジンなどは、マニア必見のものなのでしょうね。帰りは、クロプチェまで戻り、ホテルまでの道筋確認がてら、中心街を歩くことに。夜は、 ハノーファー州立劇場で、今年生誕百年のアニヴァーサリーイヤーのバーンスタイン作品「キャンディート」(マティアス・ダヴィッズ演出)でした。まず、舞台を観て驚かされました。「円」の字の下の部分が閉じた構造になり、奥のスペースだけが、少し広めですが、あとは、通路より若干広めというスペース。縦のラインは、全て階段上になっていました。そして、舞台ではない空いたスペース3箇所にオケが入っていました。いろんなところで芝居が進みますから、変化が出てくるのと、舞台となるスペースが、いずれも、さほど広くありませんから、装置が出しにくい、いや出さなくていいことになります。唯一の常設の装置は、一番奥の舞台に、針金細工のようなものが設えられており、それを、幾つかの箇所から、引っ張ったり緩めたりで、様々な形を作っていたこと。これはおもしろかったですね。初めて接したアイデア抜群の装置でした。その針金細工状の装置と背後のスクリーンで、場面設定をするというもの。ハノーファーは、やはり先端を走るような仕掛けを見せてくれます。これが、最近、ハノーファーによく入る最大の要因です。そういった工夫は凝らしてはあるが殺風景な舞台だからでしょう、衣装は、時代を解りやすく表すものを使っていました。これも、理にかなっています。そして、激しく変化していく場面転換を、丁寧に描いていくというもの。装置がほぼないために、逆に変化に対応しやすいのです。そして、歌手陣は、全員がワイアレス装着でした。そうだと思っています。目の悪い黄紺が目視できたわけではないのですが、音の均質さ、聴こえてくる方角が同じということでの判断です。ですから、動きの多いプロダクションでした。日本を出る前日から、極度の睡眠障害に陥っている黄紺には、かなりきついオペラ鑑賞にはなりましたが、とっても判りやすい音楽なもので、居眠りをしても、確実についていけました。会場には、とっても多くの若い人たちが詰めかけていました。ハノーファーでは、以前にも経験したこと。思わぬところで、大きな、元気な歓声が上がっていました。「キャンディート」は、全編、英語の作品ですが、このプロダクションでは、歌唱は英語、台詞はドイツ語を使っていたからでしょう。そういった姿を見ると、ホント、羨ましくなりますね。

本日の食事。朝は定番もの。パンにハム、トマト、デザートとしてヨーグルトでした。これが、ホテルの食事を食べないときの定番メニューです。これだと、2ユーロで済ますことができる、そういった始末を旨にしているのが、いつものオペラ紀行です。夜は、シュタイントーレ(クロプチェからホテルの間にある)のトルコ人街のレストランで、「タウク・チョルバス」にしました。トルコでは、夕食としてチョルバは、黄紺は、ほぼ食べないのですが、ドイツでは、時々、食べることがあります。やはり、ドイツは、何かにつけ大きいのです。要するに、量が多く、食べがいがあり、お腹がしっかりするからなのです。

HP「黄紺のお部屋」の引っ越し先です↓
http://slacivert.html.xdomain.jp/index.html
 

ハンブルクから(3/13)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月14日(水)14時25分2秒
編集済
  朝6時前に、デンハーグのホテルを出て、ハンブルクに移動。午前11時には、ハンブルク中央駅に着いていました。時間に余裕がありすぎるということで、珍しく、博物館に2箇所行ってまいりました。今回も、道に迷いながら到着した「作曲家のコーナー博物館」、以前は「テレマン博物館」との表示が出ていましたが、展示の対象が、テレマンだけではなく、ハンブルク縁のC.P.E.バッハとハッセも含んでのものですので、そのような名称になったものと考えます。ここは、せっかく時間があるのだから、音楽を聴けるというのが、お目当てだったのですが、たっぷりと言うまでは時間はなく、ハッセあたりは、
ほとんど聴けませんでした。2つ目はブツェリウス芸術フォーラム。ここは、最近、ハンブルクに来るたびに行っているところ。毎回、特別展がユニークで、黄紺なは、とっても勉強になるということで行くことにしているところなのです。今回は「カール・シュミット・ロットルフ展」をやってました。ほとんどの作品は、ベルリンのブリュッケ博物館から持ってきたものでしたが、まだ、ブリュッケ博物館には行ってない黄紺にはありがたいもの。ベルリンで行こうとすると、ちょっと行きにくそうなもので、後回しにしているものですから、ありがたいと言えばありがたいのです。ブリュッケは、キルヒナーも一緒ですから、その色彩の大胆さは、相通ずるものを看た気がしました。も一つ大きな特徴は、アフリカやオセアニアの素材を描いているという点。解説には、そのようなことをした初めての人と書かれていました。そないな絵では、「退廃芸術」の烙印を押されることは必然で、「第3帝国」の時代には、不具をかこったとか。日本を出る前から、またまた睡眠障害の出ているため、とりあえずはホテルで仮眠。それから、夜のオペラに出かけました。これが、ハンブルク州立歌劇場の札付きの公演「蝶々夫人」(ヴァンサン・ブサール演出)でした。というのは、チケットを買ったのは、タイトル・ロールを、今をときめくクリスティーヌ・オポライスが歌うということからだったのですが、1ヶ月ほど前には、それが、マリア・ホセ・シリに変わっていました。愕然としたのですが、マリア・ホセ・シリも著名な歌手。辛うじて我慢をしていたのですが、歌劇場に行き、キャストを見て、またまた愕然。また、代演になっていたのです。ここまでやられると、開いた口は塞がらないってやつです。新たなタイトル・ロールはリアナ・アレクサニヤン。そないな名前、知るかいという歌手。調べてみると、蝶々夫人のスペシャリストのような経歴。ミラノで、マリア・ホセ・シリとダブルキャストなんてのを見つけましたから、ご存知の方はご存知なのでしょうが、黄紺的には未知の歌手。どころが、この人、いいですね。第2幕、肝心のかの有名なアリアも含めて、何か長丁場をセーブしたように感じましたが、両脇の幕が秀逸。よく通る声、芯の入った通る声と言えばいいでしょうか、その声を聴いたとき、胸のわだかまりが、かなり氷解していました。当然ながら、会場からは大変な歓呼を受けていました。黄紺的には、スズキを歌ったアリサ・コロソヴァの声が魅力的で。一貫して抑え気味ながら、通る声って、惹かれませんか?  会場から大きな歓声を受けてたピンカートン役のマルチェロ・プエンテは、旧ソ連系歌手に囲まれたイタリア人歌手ってのをアピールしたかったのかな、ちょっとくさくて、黄紺にはなじめなかったですね。でも、冒頭の声は、明らかにパワー不足だったのですが、半ばから持ち直すと、客席ってのは、前のことを忘れてしまうもので、大変な歓呼となったものと思われます。もう1人の主役シャープレスを歌ったアレクシィ・ボグダニコフは、ここまでの3人に比べると、ちょっと論外じゃなかったでしょうか。ということながら、歌手陣は、思いの外の目っけもの。問題は、ヴァンサン・ブサールのプロダクション。日本的なものを、「ほぼ」排除しようとしながらも、僅かに残そうとしたのが特徴と言えるもの。かと言って、帝国主義時代を想起させるものはなしというもの。「蝶々夫人」の物語に普遍性を持たそう、男女の問題としてですが、持たしきれなかったという、演出家としての苦悩を観させられたのかと思ってしまったプロダクションでした。微かに残る日本的なものは、衣装の「一部」です。蝶々夫人は、1幕で、着物を想起させる「襟を合わせる」ところに出していたり、スズキの衣装は、一貫して作務衣をデザイン化したもの。ヤマドリも、裃の形を、背広に組み込むというもので、日本的なものを、衣装の一部に確認することができました。装置は、ボックスになっており、正中に螺旋階段が、床の下から天井を突き抜けて置かれているのが、最大の特徴。壁は、3箇所がスライドするようになっており、中でも、正面奥の開かれた奥に、場面を簡潔に判らせる仕掛けを用意するというもの。2幕では、「障子」を想起させるオブジェが、また、蝶々夫人の自害のときには、風でひらめく半透明の布が垂らされていました。あとの小道具には、日本を想起させるものはなく、2幕ではソファに正座する蝶々さんを出したりと、黄紺的には、かつて観たことのない演出手法を用いた「蝶々夫人」でした。このプロダクション、29回目の公演だそうですが、生き残るものなんでしょうか。でも、そないなことを思わせるものを観ることができるのが、ドイツですね。これだから、ドイツでのオペラ紀行が止められないのかもしれません。

本日の食事。機内食で、軽いものが出るはずでしたので、デンハーグ中央駅で唯一開けていたお店で、「クロワッサン」を購入。スキポールに向かうICの中で食べることにしました。機内では、案の定、小さなサンドイッチが出て、黄紺には、これでOK。早めの夕食は、ハンブルク中央駅構内で買った「ナシゴレン」。今回は、ハンブルク中央駅前のホテルですので、定番のものにしました。最近、アルトナで泊まることが多いものですから、こちらの「ナシゴレン」は久しぶり。でも、黄紺が、毎回買うだけに、やっぱ、美味いと、今日も思ってしまいました。

HP「黄紺のお部屋」の引っ越し先です↓
http://slacivert.html.xdomain.jp/index.html
 

デンハーグから(3/12)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月13日(火)11時14分36秒
編集済
  春のオペラ紀行に出ています。今回の往きの飛行機はKLM。アムステルダムで乗り継いで、ドイツに入るのですが、同日の接続便に乗ると、ドイツ到着が、かなり遅くなるので、今日はオランダ泊まりにしました。ちょうど1年前と同じことをしていますが、今回は、ライデンではなく、デンハーグに泊まっています。今年も、ライデンにしようかと思ったのですが、ライデンとかアムステルダムは、何か催しがあるのか、やたらホテル代が高いものですから、デンハーグを選びました。17~8年ぶりでしょうか、セカンド・クリスマス(12/26)の日に泊まり、食いはぐれかかった町として、よく覚えているところです。そのときは、アントウェルペンから入ったため、アムステルダムとブリュッセルを結ぶ幹線上にあるデンハーグ駅に降り立ちましたが、今回は、引き込み線にあるデンハーグ中央駅に入りました。空港のあるスキポール駅から、ICに乗れば、20分かからない距離にあります。普通電車でも30分くらいだったと思います。ホテルに入り、外に出たのは、もう午後5時を回っていましたので、1時間半ほど街歩きをした程度だったのですが、ノールドアインデ宮殿のお庭を、軽く一回りをしたのと、ビネンホフを抜け、マウリッツハウス美術館前まで行ったくらいでした。マウリッツハウス美術館では、今、「ヤン・ステーン展」が行われていました。これを見て、オランダで、もう1泊してから、ドイツに向かえば良かったと、後悔しきりの黄紺でした。ビネンホフの近くには、17~8年前、完全にと言っていいほど、店が閉まっていたセカンド・クリスマスの夜、食いはぐれから救ってくれたマクドナルドは健在でした。また、そのときに見た風景とは、時の流れもありましょうが、店が開き、多くの人が行き交うことから、かなり違ったものに見えました。ホテルの位置とは反対側になるので、今日は、デンハーグ駅方向に広がる異国人街に向かうのは断念。ちょっとしたチャイナタウンがあり、アラブ人やトルコ人の店があったので、もう一度見たかったのですが、、、。

本日の食事。KLMの機内食①は、「チキンのトマト煮込み、ポテト添え。機内食②は、なぜだか「ドリア」。ドリンクにワインを注文すると、さすがKLMです、赤白ともに「南ア」ものでした。夕食は、さすがオランダと思わせられた「インドネシア料理」店にもそそられたのですが、旧市街のちょっとおしゃれなソカクで見つけたケバブ屋さんで、「Ekmek arasi doner」にしました。

>トルコ代表 親善試合
3/23 対アイルランド(於:アンタルヤ)
3/27 対モンテネグロ(於:ポドゴリッツァ)

HP「黄紺のお部屋」の引っ越し先です↓
http://slacivert.html.xdomain.jp/index.html
 

第25節 試合結果

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月11日(日)04時12分20秒
  シワス・スポル   2:2 カスムパシャ
オスマンル・スポル 2:1 ブルサ・スポル
ベシクタシュ    1:0 ゲンチレル・ビルリーイ

>HP「黄紺のお部屋」の引っ越し先です↓
http://slacivert.html.xdomain.jp/index.html
 

レンタル掲示板
/202