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サッカー情報

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 4月 6日(金)20時49分1秒
  >ベシクタシュ関係
肉離れを起こしたワグナー・ラウが、2週間、ピッチに立てないようです。
シェノル・ギュネシュ監督が、ブラク・ユルマズ(トラブゾン・スポル)の獲得を求めているなんてものが出ています。これは、FW探しに困っているということかな?

>ガラタサライ関係
香川に関心を見せているようですが、今季末までのドルトムントの試合を視察するようです。

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サッカー情報など

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 4月 4日(水)23時49分49秒
  あっさりと帰ってきました。シュトゥットガルト空港は、降りたことはあったのですが、乗ったのは初めて。降りたときには判らなかった空港の規模の大きさは、噂では耳にしていたのですが、ちょっと驚きました。しかし、それにしてもトラブります。ドイツ鉄道が、暮れに比べると落ち着いていたと思えば、最後の最後で飛行機のキャンセルですからね、まいりました。シャルルドゴール空港での受難と併せて、もうフランスは嫌、ホント。

>ベシクタシュ関係
カスムパシャのエドゥオクに関心を示しているとか。

>ガラタサライ関係
ミラン(イタリア)がセルダル・アズィズに関心を持っているというものが出ています。

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シュトゥットガルトから3(4/2)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 4月 4日(水)21時25分44秒
編集済
  帰りの飛行機の件、今朝起きると、旅行社からメールが入っており、代替便の手配をしてくれ、あっさりと解決しました。当初の予定よりは、かなり黄紺にとっては、ありがたいもの。かなり焦りましたが、結果オーライとは、正に、このことで、だいぶと楽をして帰ることができます。で、フランクフルトからシュトゥットガルトへの移動は、今回2回目、途中、見覚えのある駅に着いたぞと思い、表示を確かめると、ハイデルベルク中央駅でした。今日のオペラは、開演時間が午後4時ということで、シュトゥットガルトに入ってからは、街のメーンストリート界隈を歩いただけ。これも、街の中心街に泊まったからできることです。今回、3回、シュトゥットガルトに泊まったのですが、その内1回は、少し郊外に宿をとらざるを得ませんでした。ちょっとした日にち違いで、シュトゥットガルトのホテル代が上下したからです。郊外は郊外で良かったのですが、街中は、便利なことは便利です。そして、夜は、今回最後のオペラとなりました。もちろん、シュトゥットガルト州立歌劇場での「パルジファル」(カリクスト・ビエイト演出)でした。スペイン人スター演出家カリクスト・ビエイトものだということで、大変楽しみにしていた公演でした。全幕一貫して、舞台右半分の位置に設えられているのが橋梁。2幕までは、その橋梁は崩れてないのですが、3幕になると、橋梁の前の部分が、それこそ、阪神大震災のときの阪神高速のような形で崩れ落ちており、その崩れ落ちた橋梁の前、即ち、最も前には、色合いの違う橋梁が、新たに設えられていました。少なくとも橋梁が途絶えたということになります。こういった「道」で、このオペラの何かを表そうとしたプロダクションでは、DVDになっているので知っているのですが、バーデンバーデンで、ケント・ナガノが振ったのを思い出しますが、あれは、3幕、トンネルから抜け出る線路を辿り、パルジファルがグルネマンツの元に戻ってくるとなっていましたから、道は崩れてなかった。が、こちらは崩れていた。その辺りがポイントなんでしょうが、「崩れた」のはクリングゾールなわけですから、このプロダクションの装置は、魔法の世界から観たことになるのだらうかというのが、気になる1点。装置的な特徴は、1幕では、森をイメージする木立、霧を加え、2幕では、左側のスペースに作った6つの穴から火を吹き上がらせ、聖槍は、橋脚に立て掛けてあったものを、単に、パルジファルが取り上げたのを見たクリングゾールとの争いになり、最後には、パルジファルがクリングゾールを刺し殺すとなります。3幕で驚いたのは、聖槍で、パルジファルがクリングゾールを刺し殺したように、パルジファルがアンフォルタスを刺し殺すとなります。となれば、何が苦しみであり、いや苦しんでいたのは誰かともなります。それは、1幕2場、何もできないパルジファルを描くところですが、パルジファルはどこにいる状態で、苦しむ民が苦しみを訴える場面に終始。アンフォルタスは、橋梁の上からものを、民に施すという形で現れてきました。確かに、1幕2場では、民がプラカードを掲げ、「我らを救いたまえ」「神はいないのか」などの訴えをしていました。だからと言って、アンフォルタスが暴君のように描かれていたかというと、そういった印象を得なかったものですから、善と悪の混沌とした姿に持っていこうとしているのかとも思ったりもしたのですが、3幕で、アンフォルタスは、パルジファルにより刺されるわけですから、そういったコンセプトでもないように見えてくるとなると、このプロダクションの方向性が、黄紺には見えなくなってしまいました。難解です。ギヴアップです。更に難解にしているのは、刺されたアンフォルタスが、最後、ティトゥレルとともに救われたという印象を与える場面が用意されてたうえ、ラストは、パルジファルを讃えて終わるのかということではなく、ラストの合唱の場面では、既に舞台袖に、パルジファルは引っ込んでしまったなかでの、民の救いが歌われているように思えましたから、ますます判らなくなってしまった黄紺でした。歌手陣は、グルネマンツを歌ったアッティラ・ジュンが図抜けた存在。次いで、会場も黄紺も認めたのは、クリングゾールのトビアス・シャベル。ここまでですね。パルジファルのダニエル・キルヒはパワーに欠け、クンドリーのクリスティン・リボルは、ちょっと敷居が高かったなというところでした。アンフォルタスのマルクス・マルカルトも印象にあまり残ったとはいえませんでした。というわけで、歌手陣には満足できなかったのですが、今日も、指揮台に立ったカンブランの作り出す音楽は大きく、見事に、この公演を下支えしていました。「フィデリオ」の指揮も聴かせてくれましたので、今回のシュトゥットガルトは、正にカンブランを聴きに行ったような印象が残りましたです

本日の食事。フランクフルトでは、1回目のときとは違うホテルに泊まったため、食事はなし。この間は、駅構内か、トルコ人らの店しか開いてないもので、前日に調理パンを仕込んでおきました。そんなですから、早めの夕食も、クリスマスでも開けてるトルコ屋さんをキープしてあったので、そちらで買った「Ekmek arasi tavuk doner」にしました。トルコ屋さんも、かなり閉まってるかと思うと、ひっそりと開けていたり、キープしてあった店以外でも開けていたのは、何やしら心丈夫になりました。

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フランクフルトから2(4/1)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 4月 3日(火)06時12分19秒
  今日も、短い移動で、フランクフルトに戻ってきました。今回2度目となるフランクフルトです。昨日は、春爛漫の気候、今日は、また寒くなり、雨まで降るという嫌な復活祭。そんななか、狙いをつけて行った貨幣博物館は、復活祭で休館日。クリスマス休館は珍しくもないのですが、復活祭休館は珍しい。仕方なく、フランクフルト歌劇場から川を越えたところにある「映画博物館」に行ってまいりました。動く画像の進化の痕から銀幕のスターまでの展示、それに、特別展として、「2001年宇宙の旅 公開50周年記念展」を観ることができました。ホテルに戻り、夜のオペラに向け待機していると、驚きのメールが入りました。帰りの飛行機に欠航の可能性ありとの告知文でした。帰りは、パリ経由のエアフラ便を予約していたのですが、エアフラのストライキの影響だということでした。その数時間後、キャンセルの連絡が入り、完全に打ちのめされてしまいました。昨夜は、極端に睡眠が取れず、オペラに行く前に仮眠を取っておきたかったのですが、それもままならない事態発生です。情報をかき集めると、ドイツからは出られても、日本への便が出ないようだということが判ってきました。こういった不安を抱えながら、目が痛いほどの睡眠のできてないなか、夜6時開演のフランクフルト歌劇場の「死者の家から」(ダヴィド・ヘルマン演出)に行ってまいりました。今日がプレミアということでしたが、1時間半ほどのオペラなのに、開演時間が午後6時だということは、やはり復活祭のなせる業?  ダヴィド・ヘルマンは、先日のカールスルーエでおもしろいものを見せてくれたところでしたので、このヤナーチェックのオペラにも期待大でした。元来、重いテーマの作品ですから、どのように扱うのかが気になるところですが、幾つか救いになる場面があります。政治犯のゴリャンチコフが、若いダッタン人アリイエイヤ(女性歌手を起用)に読み書きを教えるところ、監獄内での芝居、そして、ラスト、ゴリャンチコフが赦されて去っていく場面です。その一方で、囚人たちの告白が虐げられたる者の声となる重さがあります。こちらは、歌手の技量の見せどころ、聴かせどころとなります。ところが、昨夜の睡眠障害が、この辺りを、丁寧にチェックすることを妨げてしまいました。1つには、歌手陣の弱さもありました。スクラトフのA.J.グリュッケルトは素晴らしい歌唱を聴かせ、また、それにみあう歓呼を受けていましたが、あとの歌手は、大きなフランクフルト歌劇場で歌うには、残念ながら、まずもって、声を届かせてもらわないと、話になりません。そういった意味では、このオペラで大きな役割を果たす男性合唱も、パワー不足だったな。そういったなか、ダヴィド・ヘルマンのプロダクションは、またしても回転舞台の活用。フランクフルトの舞台は、回転舞台が二重になってるのかな、外側の回転舞台に、大きなパーテーション状のもの(裏は人形立てを見えるようにしてある)を乗せ、それを監房の仕切りにし、その仕切りを置く間隔を調整することで、部屋の広さの調整をするという、基本的には簡素のもの。右回転で回すことで、監獄の奥まったところに入って行くという感じで、一番奥に、看守の部屋、その2つ前の仕切りにも部屋が作られていました。部屋と言っても、あとは、両脇を仕切りで囲まれたスペースでしたが、この2つのスペースだけは、三方を囲ってあるというだけです。ラスト、ゴリャンチコフが出ていくところでは、回転舞台が左回転をして、囚人たちは、回転をしない中心に近いところを歩いていくというもので、自由に対する憧れ、ゴリャンチコフに対する親しみのようなものが、よく出ていたと思います。ただ、上に書いたポイントとなる場面を、居眠りのため、総体としては掴めていないため、メモるのは控えておきたいと思います。ティト・チェケリーニ指揮の同歌劇場管弦楽団の演奏も、もっと、起伏のあるものだったら、良かったのにと、こちらも歌手陣同様、あまり乗りきれませんでした。

本日の食事。ヴィースバーデンの朝は、いつもの買い置きができましたから、定番のもの。今日も、デザートはライスプディング。代わり映えしませんが、これも、残り僅かのことです。そして、夕食は、あとで後悔したのですが、オペラが終わってからではなく、行く前に食べたものですから、開いていたパン屋さんで買った調理パンで、あっさりと済ませました。近くには、トルコ屋さんがたくさんあるのですが、時間が早くて、そんなにお腹はすいてなかったものですから、諦めることにしました。

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ヴィースバーデンから(3/31)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 4月 1日(日)10時05分42秒
編集済
  今日も短めの移動。マインツ乗り換えで、1時間余りでの移動でした。今日は、連休の谷間の土曜日だということもあり、ヴィースバーデンの街は、大変な賑わい。昨日に懲りて、ヴィースバーデンのホテルに入ったあと、一番最初にしたことは買い物。それも、お酒の買い置き。それから、ゆっくりと街に出たのですが、具体的に探そうとしたのは、第2次大戦の犠牲者の名を記した記念碑だけ。買い物に時間を取られすぎて、結局は、街の中心部のいたりきらりで、時間が潰れてしまいました。そして、夜は、ヘッセン州立劇場であった「さまよえるオランダ人」(ミキエル・ジケマ演出)でした。スケジュールを組むとき、今日の行き先をどこにするか、迷いに迷った挙げ句、選んだ町、そしてオペラ。実は、今日、ボンで、アンドレアス・ホモキのプロダクションで「椿姫」が出る日だったもので、迷ったというわけです。ミキエル・ジケマは、ライプチヒで観た「トスカ」と「ルサルカ」が、とってもおもしろくて観たいし、スター演出家の一角をなすアンドレアス・ホモキものは、まだ観てないというジレンマに陥っていたのですが、最後は、移動距離の短い方ということで、ヴィースバーデンのミキエル・ジケマを選択したというわけでしたが、少なくともヴィースバーデンに来たことは大正解だったことは、間違いありません。とにかくミキエル・ジケマのプロダクションは、スペクタクルでおもしろいのです。今日は、1、2幕は控えめでしたが、3幕で爆発的な仕掛けを、相次いで見せてくれました。実は、その仕掛けの用意は、冒頭から出されていたというのに気づくのは、3幕になってから判るというのも、なかなか憎たらしいところ。基本的には、何もない舞台ですが、まず冒頭に鉄骨で組み上げた、高さ5m以上にもなる壁状のものが、水夫たちにより運び込まれます。最上部には行き来できるスペースがあり、そこへ上がる階段も、鉄骨で組まれています。その鉄骨の壁の部分には、海のうねりが映し出されるスクリーンにもなっているのですが、その鉄骨自体は、舵手が上がったり下ったりしますから、船の一部と、我々はみなしてしまいます。その鉄骨が、舞台右側に斜めに置かれ、背後には海の書き割りが吊るされ、その前には、大きな船の姿も吊るされ、その右には,大きな赤い帆も吊るされていました。嫌が応にも海の情景、その船の中を連想するようになっています。2幕は、鉄骨が背後に回り、その前で、オケのコンサート風に「紡ぎ歌」が歌われるのですが、ゼンタだけは、鉄骨の最上部でオランダ人の描かれた額を持ち、うろうろ。鉄骨のスクリーンには、何が映っていたのでしょうか、オランダ人の顔の度アップが映っていたのは判ったのですが、黄紺はサイド席だったもので、はっきりと判らない場合もありました。画像、映像は、幾つかのものがあったはずです。ダーラント、エリック、オランダ人、もちろんゼンタ、いずれがいても、装置の位置は変わることはありませんでした。ここまでは、大きな鉄骨だけが目につく程度、ミキエル・ジケマにしては、おとなしいな、でも、ラストはどうするんだろうと懸念していたのですが、それはとんでもないこと。まず、3幕冒頭の水夫らの合唱は、客席に、コーラスの人たちのもの。長い合唱が終わると、サポライズ①、巨大な海賊船が、舞台奥から出てきたのです。オケピットは軽く越え、舳先部分は、客席の前5列目までは達したくらいでした。その規模の大きさは、ライプチヒの「ルサルカ」を想起させるもの。あれも、でかい妖怪を出しましたからね。その幽霊船が引き込むと、ラストに向かっていきます。エリックとゼンタの掛け合いが終わると、鉄骨の壁の部分がスクリーンとなり、そのスクリーンに、別れを告げに来たオランダ人と掛け合いになったゼンタの表情が、アップで映し出されます。カメラの位置を、咄嗟に探したのですが、黄紺には判りませんた。舞台に、生映像を映すプロジェクターは、誰にも判ったでしょうが、カメラの位置は、黄紺の位置からは確認できませんでした。このあと起こるカメラの追いかけも、判らずじまい。うーん、何という仕掛けの巧妙さ。オランダ人が去ります。すると、鉄骨が回転しだし、階段部分が、ゼンタの立ち位置に合わさろうとしているのを観た黄紺の頭には、ライプチヒの「トスカ」が浮かびました。「あのときと同じ」と思ったのですが、考え方は同じです。「身を投げる」、その行為を見せようとしている、、、その通りでしたが、今回は、更に巧妙になっていました。階段を駆け上がるゼンタをカメラが追いかけます。最上部に昇ったゼンタは、その端まで走り、それもカメラが追い、鉄骨の壁のスクリーンに、そのまま映し出されます。一瞬、端で立ち止まったあと、カメラは、真正面下から、ゼンタを捉え、しかも、鉄骨から飛び下りる、正に、その瞬間を、スクリーンに映し出したのでした。そして、鉄骨は回ります。鉄骨の下には、オランダ人とゼンタが倒れていました。もちろん、オランダ人は飛び下りてはいませんから、ゼンタの自死により、ようやく「死ねた」、即ち「救われた」のです。こんなの観せられると、異様に高ぶらないと言ったら嘘になります。「トスカ」のときの飛び下りは、一瞬、客席からの死角ができたため、仕掛けは読めたのです(一緒にいた人は読めていなかったのですが)が、今回は、カメラが追いかけながらのことです。しかも、黄紺のいた位置からは、舞台の左端が死角になっていたこともあるのかもしれないのですが、仕掛けが判らないのです。映像として映し出されたのが、ライブでないとしたら、ゼンタが消える死角が、客席からはあったことになります。全てがライブとして考えると、飛び下りたのが、但し、5m以上からですよ、そこから飛び下りた場合、倒れていたのは人形となります。ただ、飛び下りるにしては高すぎると思ってしまうのです。では逆に、飛び下りたのが人形だとすると、人形に入れ替わる死角が必要となってくるのですが、そんな時間も場所もあったとは思えないのです。この場合でも、倒れていたゼンタは人形でしかないはずです。そんなに早く、上から降りて死体にはなれないはずですから。とまあ、考えてはみましたが、仕掛けについては結論は判らないというのが、正しい言い方となってしまいます。いずれにせよ、おもしろいものを見せてもらえました。一方、歌手陣は、舞台に近い位置にいたもので、誰しもがいい出来栄えのように思えてしまいました。客席の歓呼を一番受けていたのは、ゼンタのヴィダ・ミクネチューテ。でも、黄紺的には、強くてパワー抜群でしたが、常に入る横隔膜の震えのような、不要なバイブレーションが嫌だったなぁ。オランダ人のオリヴァ・ツヴァルクには、イマイチの声の凄み、ダーラントのヴィルフレート・スタバーには声の表情の変化が欲しいとこしたが、レベルの高い歌唱に、敢えて付け加えればということで、メモっておきます。エリックのリヒァルト・フルマンも、敢えて書くならば、僅かなパワーアップということになるのでしょうか。なお、オケピットには、パトリック・ランゲ指揮の同歌劇場管弦楽団が入りましたが、音の厚みとかに物足りなさを感じてしまいました。

本日の食事。朝食は、スーパーが閉まっていたので、いつもと違い、トルコ人のパン屋さんで買っておいた「ポアチャ」。意外と、ふわふわしてました。ドイツ化したのかな。夕食は、ベトナム・インビスのお店で、タイ料理の定番となっている「タッパイ」を食べました。具材は豆腐にしました。ドイツの街角で、お箸を使いながらいただくタッパイ系の食事は、格別なものがありました。

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マンハイムから(3/30)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月31日(土)19時04分25秒
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  今日も短い、いや短すぎる移動で、マンハイムに入っています。移動手段は20分もない距離です。ちらっとだけど、ホテルの予約をするとき、どちらかの町での連泊も視野に入れたほど。でも、手頃なホテルや歌劇場が、いずれの町でも、中央駅から遠いので、あっさり却下。朝、ハイデルベルクのホテルを出ると、人影が少ない、それで気づくのですから、うつけた話。今日は聖金曜日で、ドイツは祝日でした。それで気づいたのは、酒切れになっていたってこと。昨夜、眠れないため、夜中に、仕方なく酒盛り。ちょっとは眠れたのですが、眠れたというほど眠れなかったのに、手持ちのお酒はなくなってしまっていたのでした。余裕を持ち買い物してない証拠。ま、体にはない方がいいので、簡単に合理化。でも、飲んだのに、その見返りとなる睡眠を得られなかったことが、今日の悲劇を生んでしまった話は後回しで、まず、昼間の行動から。祝日でも、クリスマスではないので、博物館は開いていますから、ライス・エンゲルホム博物館へ。マンハイムに入るたびに、特別展のおもしろいものを求めて、行くことにしています。2つの博物館が向かい合ってあるので、その内、気に入った方をチョイスすればいいわけです。今回は、「エジプト」展と「宗教改革」展。迷わず「宗教改革」展を選びました。副題に「南西ドイツでの」と付いており、このマンハイムやハイデルベルクでのことにシフトさせようとの試みでしたが、あまりいいものとは言えませんでした。ちょっとした宗教改革史のおさらいをしたって感じじゃないかな、ドイツ人にとっては。展示品も少なく、パネルでのお勉強といった感じでした。1520年頃には、ルターはハイデルベルク入りしてるんですね、やはりハイデルベルクの学生をターゲットとすることの効果を考えてのことのようです。なかなか、ルターは戦略家です。少し時間もあったので、この博物館に行く前に、懸案のトルコ系のヤウズ・スルタン・ジャーミー(実際に「ジャーミー」表示あり)に行ってみました。環状道路沿いにあり、隣には、立派な教会があり、2つ並べて写真を撮ると、なかなかおもしろい写真が出来上がりました。結局、そちらを外から眺めてから、博物館に回りました。博物館は、マルクト広場にも近いですから、博物館を出ると、買い物がてら、その近くを散策。もちろん、街は死んでるのですが、マルクト広場周辺に広がるトルコ人街は生きています。鼻をつく臭いからして、トルコを感じさせてくれます。そして、夜は、マンハイム国民劇場であった「パルジファル」(ハンス・シュラー演出)。聖金曜日に合わせた公演ですが、こちらのプロダクションは、かなり古いものとは知っていたのですが、プログラムを見て、びっくり。初演が1957年。今日が140回目の公演とのことでした。でも、使われている技術は、最新ものでしたから、初演時のプロダクションのコンセプトに基づくということでしょう。それが可能なプロダクションで、舞台の広さや床の装飾の調節はあるのですが、基本的に、背景、場の情景は、全て画像を投影するというものだったのです。このコンセプト、そして使用した画像を使う、ないしは画像のコンセプトを活用するということで、初演時のプロダクションを維持しているということだと思います。ただ、その画像の投影の手法には、最新の技術が活用されており、背景としての画像をスクロールさせたり、これなどは、歌手が移動しながら、場面転換を可能にしていました(1幕の1場から2場への転換)し、最近流行りの前面にスクリーンを下ろしておき、舞台上の歌手陣と重ね、必要な場面、また、その転換に使うことを可能にしていました。2幕などは、正に、この技術の活用しどころだったでしょう。2幕は、場面が場面ですから、抽象的な画像も使われましたが、1幕と3幕の教会内部の場面以外は、森をモチーフとした画像。全体的にぼかしの入った画像というのが特徴だったと言えると思います。そんなで推移したなか、やはり注目は、クリングゾールが投じる槍、でも、とってもあっさりしたもの。クリングゾールは投げるのではなく、振り向き様、槍を下手で放り投げると、パルジファルがキャッチするというもの。うまくキャッチして、成功というものでした。画像を多用ということですから、画像を使うのかと思っていたのですが、あっさりと外されてしまいました。そないなプロダクションだったのですが、朝から気にしていたことが、全くその通りになってしまいました。極端に少ない睡眠時間、それも、飛び飛びの睡眠。劇場に行く前に、仮眠もできないなか、居眠り頻発でした。ですから、ここまで書いてきたメモも、正確かどうか、自信がありません。ホント、最悪の体調で、この「パルジファル」に臨んでしまいました。ですから、これから書く歌手陣のメモも同様のものとなります。会場一の歓呼を受けたのは、クリングゾールのヨアヒム・ゴルツ。意思の強さを感じさせる声に、黄紺も異論はありません。それ以外のパルジファルのフランク・ファン・アケン、グルネマンツのハ・ブン、クンドリーのアンジェラ・デノケという主役級も、声の力に圧倒され、いい歌手陣を揃えたという印象。ただ、クンドリーの歌唱が、高揚してくると、高音が不安定になっていたのが惜しまれました。なお、アンフォルタスはトマス・ベラウが歌い、オケピットには、アレキサンダー・バディ指揮の同劇場管弦楽団が入りました。ここで聴いた「神々の黄昏」の演奏が素晴らしかったので期待していたのですが、あのときの大きな音楽のうねりには、残念ながら及ばなかったと看ました。

本日の食事。朝は定番の前日買い置きもの。デザートは、やはりライスプディング。早めの夕食は、トルコ人のパン屋さんで買った「クイマル・ボレッキ」。大きなものだったので、黄紺には、これ1つで十分でした。ドイツ人のパン屋さんが、軒並みお休みですから、この店、大はやり。ついでに、明日の朝食用のパンも買い込んでおきました。

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ハイデルベルクから(3/29)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月31日(土)07時01分43秒
  短い移動が続きます。今日は、Sバーンに乗っての移動。カールスルーエからマンハイム行に乗り、ハイデルベルク中央駅で下車、所要40分ほどでした。でも、このあとが大変。見事に、駅からホテルまでの道を間違い、もうへとへと。ハイデルベルクは、オペラ紀行では、初めて入るのですが、以前に1度だけ来たことのある懐かしい町。歌劇場が、観光客が行き交うところにあるので、ついでに、城塞を下から見上げたり、聖霊教会に入ったり、タシュ・キョプリュを眺めたりしてきました。今日は、やたら韓国人のツアー客が目立ちました。ま、たまたまでしょうが。そして、プファルツ選帝侯博物館へ。選帝侯の肖像画から、主として18世紀のドイツ絵画、選帝侯の持ち物、なかでも陶器類のコレクションが素晴らしいですね。更に、マックス・ベックマンやカール・シュミット=ロットルフの作品に遭遇できたりもしました。2人の作品は目立っちゃうので、容易く目が行っちゃいました。自分的には目玉と考えていた考古学、歴史分野を後回しにしてしまい、もう腰が限界と思っていた矢先、我が目を疑う展示に動転。まさかハイデルベルクで観るとはってやつです。やっぱ、ローマ帝国ってのは、すごいですね。そのびっくりの遺物は、ミトラ教の神殿の一部。黄紺的には、ミトラ教の遺物は、ローマでしか観たことはありませんでした。そないなものを、まさかハイデルベルクで観るとは、ホント、びっくりでした。そんなで、肝心な分野を駆け足で回ったものですから、もしハイデルベルクに、また入ることがあれば、真っ先に再訪することにしましょう。そして、夜は、ハイデルベルク劇場で「ファウスト」(マルティン・バーガー演出)を観る日でした。ハイデルベルクへ来たのは、マルティン・バーガーの追っかけをしているからなのです。2年前だったかな、ハノーファーで観た「こうもり」に驚かされ、去年観た、同じくハノーファーの「売られた花嫁」には呆気にとらされてから、今季のスケジュール作りの軸にしたほどの入れ込みようなのです。暮れには、ワイマールで「キャンディード」を観たのに次いで、今回のハイデルベルクとなったのですが、今日のプロダクションは、黄紺には無理でした。「売られた花嫁」で、既に、彼は見せていたのですが、楽曲の組み替えから、省略へと進み、更に、新たなテキストの挿入へと、完全に舵を切ったため、ジングシュピーゲル状態になり、台詞が聞き取れないと、再編成された楽曲の構成だけの情報だと、黄紺のイマジネーションの臨界点を、遥かに飛び越えてしまったのです。最後は、マルガリーテの救済の音楽で終わったので、そういった方向で流れていたのかなというくらいです、判ったかもしれないということは。シーベルは、1度だけ出てきただけですし、ヴァランティンは出てきませんでしたから、その関係の挿話はカットされたとなります。あと、大きな特徴は、2人マルガリーテ、2人ファウストだったこと。いずれも、1人は役者、もう1人は歌手という取り合わせでしたが、これとて、テキストが解りませんから、単にそうだったとしか書けません。そんなで、苦痛の2時間半、完全に外してしまいました。なお、歌手では、マルガリーテを歌った韓国人歌手ナ・フェスンが素晴らしい歌声。もっと、聴きたい気にさせるものがありました。

本日の食事。カールスルーエのホテルは朝食付き。今回の旅行で、朝食付きのホテルは、これが最後。名残惜しくて、またまた多めに食べてしまい、お腹がもたれてしまいました。メニューは、ごく普通のものでした。夕食は焼きそば。表に、中華系、東南アジア系、トルコ系、いろんなメニューが出ているので入ってみると、華人のお店でした。さすが、儲かりそうなものは何でもありにする強さを持っています、華人の皆さんは。

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カールスルーエから(3/28)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月30日(金)00時12分42秒
  シュトゥットガルトから、パリ行のICEで移動。僅か35分の旅でした。最近の注目株に、黄紺が、勝手に入れているカールスルーエの歌劇場が、聖週間に入り、ワーグナーのツィクルスをするというので、その一部だけでも観ておこうとの魂胆を持ってやってきました。昼間は、ちょっとだけ、植物園をぶらついたあと、自然博物館へ。自然博物館を見つけると、わりかし、どの町でも行ってしまってます。そして、夜は、バーデン州立劇場であった「ラインの黄金」(ダヴィド・ヘルマン演出)を観に行ってまいりました。これが、なかなか斬新なアイデアを盛り込んだもので、結論から言うと、続きを観たくなるものでした。最大の特徴は、「ラインの黄金」の進行とともに、「ワルキューレ」以降の「指環」の進行を見せようというもの、それだけだったら、単純に「重ねた」となるのですが、「ラインの黄金」だけが神々の世界の物語です。その神々の世界で起こったことが、その後の地上界で起こることに「リンクしている」、 だから、「黄昏」るのは、「神々自らが導いた」ものとのメッセージがあるように思えたのです。装置は、またしても、廻り舞台のうまい活用。「二面+α(側面)」の廻り舞台。一方は壁、その前に敷き舞台、もう1つは3つに分かれたスペース、それらが部屋になったり、単に分かたれたスペースになったりする変化はありました。例えば、ラインの乙女たちは、壁の前の敷き舞台の上が基本、その敷き舞台が上下して、アルベリヒとの距離を作ったり近づいたりしており、ヴォータン一家が、ファフナー、ファゾルト兄弟と交渉する場は、一家団欒の調度品が設えられており、金塊を前にして、その兄弟と交渉する場面では、調度品は撤去され、単に3つに区分されたスペースで、交渉は、主として右の2つのスペース、左端のスペースは、「指環」ダイジェストに使われており、そのダイジェストが、真ん中のスペースを使うことがありました。地下世界の場面では、3つに分かれたスペースの内、中ほどから左側に、何やしらのプラントが置かれ、隠れ蓑を使うときに活用され、変身の姿は、右端のスペースを使うとなっていました。3つに分かれたスペースの方は、屋根の上が野道風になっており、ここも、「指環」ダイジェストの舞台になったり、最後、ワルハラ城に向かう道筋になっていましたが、ラスト、その野道を歩く神々は、ヴォータンを除き、行き倒れて幕となりましたが、ま、「黄昏」への序ということなのでしょう。金塊を積むところが、ちょっとした工夫がありました。金塊は、小道具としては出さず、替わりに黄金の杯を出し、金塊を積むところでは、兄弟の神々が、フレアの前に立ち、積み上がったタイミングで、兄弟たちが移動すると、衣装も肌も黄金色のフレアがいるというものでした。「ラインの黄金」自体の進行に関しては、このように、そんなにも驚くほどではなかったのですが、やはり同時進行の「指環」ダイジェストとの並行が斬新であったことは事実で、これが、「ワルキューレ」以降、どのようになるのかの興味を引っ張ったプロダクションでした。歌手陣は、ファフナー(アヴタンディル・カスペリ)、ファゾルト(クス・ヤン)が、ちょっと寂しかった以外は、とっても充実。名を記して、健闘を讃えたいと思います。(ヴォータン)ナトゥハン・ベルク、(ローゲ)マティアス・ヴォールブレヒト、(フリッカ)カタリーヌ・ティエル、(フレア)アグニスカ・トマスツェウスカ、(アルベリヒ)ヤコ・フェンター、(ミーメ)クラウス・シュナイダー。なお、オケピットには、同劇場音楽監督のジャスティン・ブラウン指揮のバーデン州立管弦楽団が入ったのですが、もう少し厚みのある音が欲しかったですね。

本日の食事。朝は、いつもの前日買い置きのもの。デザートは、なんかライスプディングが、マイブームです。夜は、あまり手頃な店が見つからず、実は、あとからインド屋さんに気づいたのですが、それは、あとからだったので、トルコ屋さんがあったので、今回回目となる「Ekmek arasi doner」にしました。でも、前回、これを食べたのはオランダでだったのですから、ドイツ入りしてからは初めてとなりますが、そう考えると、オランダにいたのは、遥か前のように思えてしまってます。但し、今回はタウクでしたが、、、。

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シュトゥットガルトから(3/27)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月28日(水)16時50分23秒
  ニュルンベルクからシュトゥットガルトに戻ってきました。今度は、アウグスブルク経由でした。アウグスブルクでの乗り換え時間が8分しかなかったのですが、今日は、不思議とまともに動いたドイツ鉄道。何らトラブルなく、移動することができました。こういう日もあるってことです。ましてや、事前に不安だったシュトゥットガルトとニュルンベルクの移動は、いずれもが大過なく過ぎた(小過はありましたが)ことに感謝です。今回は、シュトゥットガルトの中心部に投宿。歌劇場にも歩いて行けるところです。昼間は、まだ行ってなかったヴァイセンホーフ博物館に行ってまいりました。世界遺産に指定されているル・コルビュジェの作品群を観ることができ、その内部には、簡単な現代建築の歴史も判るような展示もあります。これは値打ちものです。現代建築の基、いや、そのものを観ることができました。あとは、市内中心部を、ほんの僅かにぶらついただけ。夜は、シュトゥットガルト州立歌劇場で「フィデリオ」(ヨッシ・ヴィーラー、セルジオ・モラビト演出)を観てまいりました。ベートーベンが残した唯一のオペラ作品。今まで、演奏会形式では聴いたことはあったのですが、生のオペラは初めて。さほど好きではない作品ですが、観てないのでは、やはりダメだろうと、この機会を捉えたというわけです。それに、そんなに頻繁に出る作品でもないという点も考えたつもりでした。1幕と2幕は、違う場面なはずなのに、照明とちょっとした装置の出し入れだけで、場面転換を図るというユニークの舞台。共通しているのは、三方が、カーテン状のもので囲まれているのと、正中に、カーバ神殿状の形をした建物が設えられており、その上に字幕スーパーが垂れ下がっていること。そういった装置を、1幕では、目にも痛いほどの白色照明を当てているのに対し、2幕は、照明を落とし、カーテン状の三方も正中の物体も黒く見えるようにしてあり、黒いということが判るように、サイドや背後などから、敢えて照明を入れるという技を使っていました。ニュルンベルクの「イドメネオ」に見せてやりたい照明の技です。正に「明」と「闇」の世界を出そうという解りやすい装置になっており、見事に成功していました。2つの幕で違いのあったのは、1幕に、右サイドに、段ボール箱が出てくるローラーがあったこと。ここから出てくる段ボールの中味確認、運搬という仕事を、ヤッキーノ、マルツェリーネ、レオノーレはやってました。監獄の作業とは思えぬもの。それを種明かししたのが、ラストに、正中にあるカーバ神殿状の建物が開いたときだったはず。「はず」と書いたのは、黄紺には、その意味が、よく解らなかったのです。中には、文書が山積みされていて、裁断機が設えられていたのですが、、、。また、1幕で流れてきた段ボールの中味は、裁断された紙の屑でした。ドン・ピッツァロが、収監していた囚人資料を葬り去るための場ということなのかなぁとは思ったのですが、、、。2幕には、穴を掘る場を、正先近くに作っていました。実際に土を出し、最後には、フロレスタンをではなく、ドン・ピッツァロを、ロッコが、その穴に蹴落としました。こんなのは解りやすくしてあるのに、あの建物に関しては何なのだと、突っ込んでしまいました。歌手陣は、主要4役では、ロッコのロランド・ブラハトが、ちょっと物足りなかったな。その他の3人は粒揃いと言えるでしょう。客席より一番の拍手を受けたのが、レオノーレのレベッカ・フォン・リピンスキ。ただ、黄紺的には、この人の乾いた声質は、あまり好きにはなれませんでした。フロレスタンのミカエル・ケーニヒは、いかにもというヘルデン・テノール。イマイチ、パワーの欲しいところです。ドン・ピッツァロはミカエル・エベッケ、後半の声を、端から出して欲しかった。あと、ヤッキーノはダニエル・クルーゲ、マルツェリーネはジョゼフィン・フェーラーという布陣でしたが、アンサンブルの人たちによる編成だったようです。そして、何が良かったかというと、シルヴァン・カンブルラン指揮の同歌劇場管弦楽団の演奏。シルヴァン・カンブルランは、こちらの音楽監督を務めているため、シュトゥットガルトで、よくお目にかかります。2幕のクライマックスにかけての緊迫感を生み出したのは、照明の技、歌手陣の歌唱もありましょうが、一の殊勲は、このオケの演奏だったと思います。ただ、1つ残念だったことがあります。「レオノーレ3番」が挿入されなかったこと。緊張の山となったところで、この指揮者、オケで聴きたかったなぁ。そして、このオペラのハイライトは合唱ですが、その期待に応えてくれた同劇歌場の合唱団にも拍手です。ということで、1幕は、正直言って退屈だったのですが、2幕がなかなかだったもので、「フィデリオ」を疎かにしてはいけないと、ちょっと自戒の黄紺でもあります。

本日の食事。ニュルンベルクの朝は、ホテルの朝食。昨日と同じですが、今日は、パンにクロワッサンが入ってたのが嬉しいところ。でも、その1個は、黄紺的には食べすぎです。あとから、お腹がもたれてしまいました。夕食は、シュターテミッテには、以前なかったアジア・インビスの店を発見。ボックスに入れてもらい、ホテルで食べたのは「中華丼風」。野菜のあんかけが、ライスの上に乗っていたのですが、お味は南方系のもの。東南アジアの華人系のお店のようでした。

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ニュルンベルクから2(3/26)

 投稿者:黄紺  投稿日:2018年 3月27日(火)16時56分44秒
編集済
  ニュルンベルク連泊です。ホテルが、歌劇場より遠いことから、市内交通用の1日券を買ってありますから、最大限に、これを活用しようということで、今日は、まずニュルンベルクの隣町フュルトに行ってまいりました。前にも行ったことがあるので勝手は判っているのですが、考えたら、前回も月曜日で、ここのユダヤ博物館は、また入れませんでした。ニュルンベルク市内に戻ると、1箇所、月曜日でも開けている博物館がありました。テュッハー邸博物館です。中世の有力商人テュッハー家跡を修復して公開しているのです。城壁内東端近くにあります。あとは、市内中心部散策で、昼間のニュルンベルクはおしまい。夜は、昨日に続き、ニュルンベルク州立歌劇場で「イドメネオ」(ダヴィド・ボシュ演出)。ダヴィド・ボシュものを観る機会は、今季増えていますが、このプロダクションはおもしろくない上に、問題作です。前半(海神登場まで)は、ホリゾンドに星を散らばらしたあとは、スクリーンに。あとは、何もなしの舞台。全体的に暗く、やたらスポットライトを使う、今どき見ない進行。全体的に暗いのは、後半も同じ。今度は、重量感のある長机状のものがあり、正中に柱。生け贄にしようかというときに、イダマンテは、ここに背中をつけて立つというもの。その装置の意味合いは、最後まで判らずじまいだったのですが、黄紺は、勝手に、神殿の基壇部と決めてかかっていました。海神登場は、舞台全体の照明を落とし、照明をチカチカさせるというもので、何の変哲もないもの。効果音としての轟音入りですが。スター演出家にしては、物足りなさ過ぎと思っていたら、最後にやってくれました。暮れのカッセルで、「アンドレア・シェニエ」を観たときと同様、呆気に取られて、「え~っ」「何でまた」、これは、黄紺の生の声。イドメネオが毒をあおいで、自害をしたばかりか、それを見たイダマンテまでが、同じ毒杯をあおいで自害、2人の亡骸を見たイリアが、呆然と、亡骸に背を向け歩き出したところで、照明が落ち、幕になりました。しばし、呆然。頭の整理がつかないまま書いていますが、イドメネオが自害をするのは、無理すれば思い至ります。我が息子を生け贄にしなければならない状況を作ったわけですからね。でも、イダマンテの死が、よく解りません。イドメネオの死を見て、生きる意味がなくなった、ならばイリアとの物語は何だったのかとなってしまい、袋小路に入ってしまうからです。どうも、ダヴィド・ボシュのスタイルが解りません。ロイヤル・オペラ(フランクフルトも同じ)の「トロヴァトーレ」では、簡素な舞台に、しっかり語らせるいい演出を見せたと思っていたら、ドレスデンの「死の都」は、簡素とは正反対の装置だったし、そして、この「イドメネオ」では、簡素過ぎる装置に、結末いじり、、、こうなると、スター演出家の1人であることは事実ですので、どういった点が評価されているのか、また、どういった点が、そのらしさなのか、もうちょっと見ていかねばならないなというところが、正直なところです。主要4役の歌手陣は、若干の凸凹があったかもしれませんが、なかなかの好演。最大の歓呼で迎えられたのが、エレットラのレー・ゴールドン。気の強さを表すのに格好の声と歌唱、黄紺も、全く異論はありません。黄紺的には、イリアの吉川日奈子が気に入りました。この人、前にどこかで聴いたような気もするのですが、残念ながら思い出せません。ちょっとノンビブラート気味の技巧を入れるのが、イリアらしくっていいですね。ただ、ちょっと動き過ぎるのも、イリアらしくありません、黄紺の意見ですが。イドメネオのトルコ人歌手イルケル・アルジャユレクは、終始、陰のある歌い方。ラストを観て納得だったのですが、もうちょっとパワーが欲しかったな。イダマンテはズボン役で、イダ・アルドゥリアンが歌いましたが、終始、喉から絞り出すような発声が気になり、あまり好きにはなれない声でした。なお、オケピットには、昨日同様、マルクス・ボシュ指揮の同歌劇場管弦楽団が入りまさはた。

本日の食事。ニュルンベルクのホテルは朝食付き。定番のホテルの朝食です。暖かなコーヒーが嬉しいと、つい2杯飲み、たちまち離尿現象を起こし、街歩きで困っている黄紺です。早めの夕食は、ニュルンベルクのクリスマスマーケットでおなじみのマルクト広場に市が立っていたのでぶらついているなか、屋台で見つけた魚フライ屋さん。「バックフィシュ」を食べることになりました。でも、屋台のおばさんの顔を見て思い出したのは、前も、このおばさんから買ったことがあるってこと。バックフィシュを売る店は、さほど多くありませんから、クリスマスマーケットのときにでも、同じ店で食べたことがあるみたいでした。

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