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ごめんなさい。誰か聞いてください。
今日、二回目の流産の手術をしました。
昨日、出血があり、病院で赤ちゃんの心臓が止まってしまっていたのを確認しました。
一度目の流産の後、池上先生の著作を読んでいたので、今回は、赤ちゃんが自分で出てくるのを待ちたかったのですが、待つことは許されず、本日、取り出されました。
英語圏でない外国にすんでおり、お医者様とのやりとりも片言の状態でした。
手術をしぶる私に、お医者様が言った言葉が、
「This is not a life, this is just a material」
でした。
(お医者様には悪気がなく、私の気持ちを楽にするために言ってくださったのはわかっています。お医者様は、あまり英語が得意ではない方でしたので、このような直接的な表現になったんだと思います。)
この先生には、どうしても、手術をしてほしくありませんでしたが、この国では、進行流産はすぐに手術するのがあたりまえなことから、夫が目に見えて心配して憔悴していた(私の命が危ないと心配していた)ので、手術をしました。
取り出された赤ちゃんを見せてもらえないかと頼んでみましたが、やはり無理でした。
大人の側の都合で、lifeではなくmaterialのような扱いを受け、手も合わせてもらえないのかと思うと、とても申し訳ないです。
最後の超音波では、手足のような突起も見えて、本当にかわいかったのに。
私のお腹の中では、育つことができないのかもしれず、赤ちゃんに申し訳ない気持ちがいぱいです。
と、同時に、なんで途中で帰ってしまったの!?と、赤ちゃんは悪くないのに、赤ちゃんを責めてしまう気持ちがあります。
手術の時も、赤ちゃんが取り出されてしまうことも悲しかったですが、手術も怖く。
赤ちゃんのことだけを考えるのではなく、自分の体や痛みの心配をしていたとてもとても自分勝手な自分にも怒りを感じます。
こんな自分勝手な未熟なママだったから、赤ちゃんも二人とも帰ってしまったのかもしれません。
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