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おとさん、そらさん、温かい励ましのコメントありがとうございます。みなさんと、みどり先生の電話セッションのおかげさまで、気持ちも落ち着き、また、一歩ずつ一歩ずつ前進だ〜っていう前向きな状態になっています。
先日のセッションでようやく見えてきた、私の問題。過食嘔吐ではなく、その奥にある問題の本質へ、先生が導いてくださいました。それは、「怒り」でした。
心の中に、「怒りたい」気持ちがたまってたまっていて、それが、子供へ向けられてやつあたりしてしまっているということ。
普段は子供といっしょに寝てしまうのですが、今日はちょっと自分と向き合って考えてみました。
親から、まわりから、どんなことで怒られてきたのか?どんな怒りたい気持ちを押さえこんできたのか?どんな時に怒りたくなるのか?・・・ということを考えてみるのが、今回のワークです。
親に怒られた記憶・・・。やっぱり考えてもはっきりとは思い出せませんでした。思い出したくなくて封じ込めているのか、常に先回りをして、怒られないようにうまく良い子を演じて怒られないようにして過ごしてきたのか?・・・後者のような気がするのですが、どうなんだろう。
怒られた記憶はないのだけれど、ガマンさせられたことはいっぱいあったなぁってことは思い出しました。ほんと、いろいろ。小学生の頃のこと。細かいけれど、たくさん。
今の大人の私が思う以上に、幼かったワタシは、不満な思いを飲み込んで納得したつもりになって、がんばっていたんだね。これは、お父さんお母さんが、ワタシのためにしてくれていることなんだから、納得しなきゃって、思ったんだよね。お父さん、お母さんは正しいんだからって。・・・本当は、違ったのにね。みんなと同じようにしてほしかったのにね。
がんばったね。本当にそう思うよ。すごーくすごーく、傷ついてたんだね。思い出せて、よかった。
このガマンの思いが、「怒り」とつながってるのかな???小さな「不満」がたまってたまって、爆発して、「怒り」になって子供へむかっちゃったのかな。
子供は小さくて、強いけど弱くて、言葉足らずで、次の日には忘れてたり、許してくれてたりするから。そして、本能のまま自由だから。自由にならなかった、思いの通りにならなかったワタシの気持ちの不満の塊を、ぶつけてしまったのかな。
でも、それはおかしいよね。先生のおっしゃたように、私のコピーを作ってしまうだけ。
よ〜くわかったよ。ガマンしてたこと。気持ちを分かち合えたかな?分かち合うことで、不満の塊は溶けていったかな・・・。
今日は、ひとつ、とっても良い方法を発見しました!!「ダメ」っていうことばのかわりに、「バツだよ」っていうと、笑顔のまんまで注意できるってこと。指や腕を使って、大きいのとか小さいのとか、良い事には「マル」。いけないことには「バツ」。
娘が幼稚園で、そうやって先生に教わっているようで、小さな妹に対して、「〜はバツだよ」って言ってたから、それをまねしてやってみたら、いつもよりちゃんと話を聞いてくれたんです。「ダメ」は娘にとっては恐怖の言葉、私にとっては、怒りを増殖させる言葉になっていたんですね。「ダメ」は追放しちゃいました。
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