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「君が情けの玉ずさに つい誘われて上方から 初お目見えのふつつかもの ご贔屓願いたてまつるぅ〜」
ご存知、橋蔵さんの「雪之丞変化」で雪之丞が舞台で口上を述べる場面。
橋蔵さんの映画はどれも素敵だけれど、この雪之丞は絶品だと私は思っています。後にも先にも橋蔵さん以上の雪之丞は出ないでしょう。
もともとが歌舞伎出身の橋蔵さん、何回かある中村座の舞台の場面も全て違う演目を披露。
これでもう普通のタレントには無理ですね。
ファンに限らず、一般の方にも是非観てほしい作品のひとつです。
つい忘れがちですが、橋蔵さんの映画は今から40−50年前に制作されているんです。
ちょうど東映時代劇の全盛時代で、セットも配役も実に贅沢にできています。
特に悪役。往年のスターが本当に憎らしい悪玉振りを発揮して、「橋蔵さん、早くやっつけて!」って気分になってしまいます。
今観ても、少しも古びた感じがしません。40−50年前に作られた作品が、いまなお感動を与えるなんてすごいことだと思いませんか。
橋蔵さんの映画には全編に、歌舞伎の伝統的に受け継がれてきた心配りや美意識がながれているように思います。
ちょっと話がそれますが、歌舞伎の「鈴が森」で白井権八が立ち回りの途中、中央の石塚に隠れるんですが、次に出るとき、必ず足の裏を拭いて出てきます。
立ち回りで足を上げたとき、足の裏が汚れていて権八のイメージを損なわないようにする配慮です。
舞踊の桧舞台を設営するとき、裏方さんは足袋を履き替えて作業します。これも舞台を汚さないようにするためです。
もともと大衆の娯楽だった歌舞伎は、観客を喜ばそうとするサ−ビス精神だって豊富なんですよ。
そんな歌舞伎界から映画に移った、橋蔵さんの映画にそうした心配りや美意識が流れているのは至極当然に思われます。
美しいものはどこまでも美しく、舞踊できたえた身のこなし、歌舞伎の様式美に通ずる華麗な立ち回り、新吾などに見られる衣裳の豪華さ、センスのよさ(戦後10年ちょっと経ったかどうかの時代に、あれだけの衣裳を吟味する目)、三枚目や汚れ役のときは舞踊や颯爽とした場面をストーリーに組み込むサービス精神。
どこまでもファンを大切にした映画つくりだと思いませんか。
それが娯楽映画だと言われてしまえば、身もふたもありませんが。
美しいものはいつだって美しい。橋蔵さんは永遠ですね。
まるさん、はじめまして。歌舞伎がお好きとか。
私も歌舞伎には少しばかり縁のあるもので。
「ご贔屓願いたてまつるぅ〜」
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