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12月のKBS京都テレビ&デアゴスティーニ

 投稿者:  投稿日:2009年11月22日(日)21時52分8秒
  <中島貞夫の邦画指定席>
16日(水)19:00より
「若さま侍捕り物帳 黒い椿」1961年(94分)


<東映時代劇傑作DVDコレクション>
8日(火)発売
第25号「水戸黄門 天下の副将軍」
 

ブロマイド

 投稿者:  投稿日:2009年11月21日(土)21時17分2秒
  おひさで〜す。

安芸さんよろしくお願いいたします。
歯に衣着せぬ表現、興味深く読ませていただきましたよ。津川さんのブログの紹介ありがとうございました。
恥ずかしい話ですが、マルベル堂の存在を知ったのも、お店の中にたくさんのブロマイドが所狭しと並べられたり張り出されているのを目を丸くして見たのがついぞ最近のことです。35年のランキングのことはご存知の方にお願いするとして、ブロマイドの思い出を少々。

今でこそスクリーンやテレビでのお姿を見るたびに一挙手一投足に目を凝らし、大写しにでもなろうものなら目をそむけることなくその美しさに酔いしれるのです。それがブロマイドともなると穴が開くほど見ていても飽きることはなく、やがて熱い吐息と共に自分の顔にしまりがなくデレデレになっていることもお構いなしで至福の世界に浸っているのです。
(アホになってま〜す)

それが半世紀もなろうかという昔、先にお話したように私が住んでいた田舎町にはブロマイドを売っているような店などあるはずもなく、少し大きめのものといえば駄菓子屋さんのくじで当たり、新聞紙の袋に入っているパッチカードでしか映画スターの写真を見ることが出来ませんでした。
ある日、友人から正真正銘のブロマイドをプレゼントされたのですが、それがにこやかにポーズをとった着流し姿の橋様。手が震えたのなんの。
急いで家へ帰り改めて見直したのですが、橋様の体はたくさんの星に囲まれまぶしくて正視できませんでした。
アルバムに大事に貼り、胸をどきどきさせながら毎日のように見るのですが、それでも少しの時間しか見ていられない。今とはエライ違いでしたね〜。
一枚のブロマイドにまつわる純な子供時代のお話でした。
 

津川雅彦サンタの遊びブログ

 投稿者:安芸  投稿日:2009年11月19日(木)13時44分42秒
  津川さんのサンタのブログに橋蔵さんの事が出てました。

津川さんのコメントの下 500位のアクセスですから1番下から上がった方が早いです。

プロマイドの事です。 ◎ベル堂の昭和35年頃は大川橋蔵を追い上げる 津川と

本当でしょうか?
 

次の世代へ 3

 投稿者:古狸奈  投稿日:2009年11月17日(火)11時23分27秒
  恵様
「恋山彦」、ご覧になられたのですか。
橋蔵さん、素敵だったでしょう。本当にうっとりしますね。
でも、館内はガラガラだったとか。
映画全盛時代に朝早くから並んで見に行ったことを思うと、昔日の感がしますね。ビデオが普及していることもあるでしょうが、橋蔵さんが私たちファンのものだけになってしまい、一般から忘れ去られてしまうとしたら、なんとも残念で仕方ありません。

たしかに、記念館は場所や費用の点で大変ですね。
今後どうなるかわかりませんが、今はお持ちの資料はどうか、捨てたり、燃やしたりせずに、次の世代に伝えていってほしいと思います。
 

次の世代へ 2

 投稿者: 恵  投稿日:2009年11月10日(火)11時27分0秒
  古裡奈様、はじめまして・・・・
橋蔵さんの貴重な資料を”次の世代へ”残したい思いよく判ります。
先日、友数人と新宿のバルト9に「恋山彦」を見に行きました。
今更云うまでもありませんが、橋蔵さんの小源太様の美しさと言ったら例えようも
ありません、
お顔、姿は勿論立ち回りから所作全般全く素晴らしく、私にとって是ほどの役者さんは
昔も今も他に見当たりません。
ゆったりした座席に静かな環境の中、スクリーンの橋蔵さんに没頭してウットリ〜・・・
夢心地のときを過ごしてきましたが、こんな素晴らしい映画なのに観客は我々の他には
4人でした。  数日間上映されている「恋山彦」・・・開演20分経って一人の観客の
無い時は途中で上映中止とか・・・ 想像しただけで寂しく苦しくなります。

橋蔵さんの素晴らしさを後世に残すため”記念館”を思う心は橋蔵さんファンなら
皆同じだと思います。
元に此の話題は何度と持ち上がっては自然消滅していました。
先ず場所ですね、 資料は其々皆さん沢山集められていると思いますので、持ち寄る
事は容易の事だと思いますが、肝心な場所が確保出来なければ話は先に進みません。
私も老後の楽しみにと集めた資料も老後には充分過ぎるほどになりました、
頭の中で構想は練っても、我が家には記念館として提供出来る数坪の場所はありません。
今は、リビングにポスターやプロマイド、サイン色紙を飾って一人でDVDを見て
楽しんでいるのが現状です。
嘆いてばかりでは中々進みませんが、知恵と行動力のある方がいらしたら協力は
惜しみません。
 

次の世代へ

 投稿者:古狸奈  投稿日:2009年11月 9日(月)20時24分10秒
  しばらく家を留守にしていたもので、ご無沙汰してしまいました。
その間に、梨さまがたくさんの情報やらご意見やら寄せてくださっていました。ありがとうございます。

とくに記念館の件では、小部屋様がお持ちの資料や、他の方の膨大な資料をアップして、サイトを運営しておられるとのこと、すごいことだな、と改めて感じ入りました。
そうしたご努力があって、私たちは橋蔵さんに再会できていることに本当に感謝せざるを得ません。ありがとうございます。

「大川橋蔵の小部屋」サイトが充実しているから、記念館の必要はない、というのがどうやら大勢のご意見のようですね。
私も現時点ではそれでいいように思います。

ただ現時点でサイトのベースになっている資料が今後、なくならないように配慮する必要があるように思います。
このような資料は集めるのはとても大変なのですが、失うのは極めて簡単なのです。

メキシコで日系人の移住資料がどんどんと失われていく現実を見ているものですから、不安で仕方ないのです。
老一世が亡くなられると、子どもは親が残した写真や手紙、新聞といった資料の扱いにてこずって、たいていは捨てられてしまいます。そうした中に、移住してきたときの船中での日記やパスポートなどが混じっていたりするのです。
捨てられてしまったら、どうすることもできません。

橋蔵さんの場合も、確かに映画は東映が、銭形平次はフジテレビが、ブロマイドはマルベル堂が、それぞれ保存はしているでしょう。しかし、次々と新しい作品が制作されていけば、橋蔵さんの作品も代表的なものだけに選別されていくのではないかと思います。
チラシやプログラムの類はどこにも残らなくなってしまうのではないでしょうか。

橋蔵さんのファンは高齢者が多いと思います。
橋蔵さんの写真や雑誌は私たちファンにとっては宝ですが、関心のない子供たちやその他の人たちにとってはゴミでしかないことだってあるのです。
現に私が日本を離れたとき、私が集めた映画雑誌やブロマイドは処分されてしまいました。いまでも残念で仕方ないのですが。

私もそうですが、還暦を過ぎればいつお迎えが来てもおかしくない年齢です。
その後、それらの資料がどういう風になっていくのか、心配です。
お墓に入れられたら、それで金輪際、地球上から消えてしまいますし、残された雑誌などは子どもたちに捨てられてしまうのでしょうか。
へたをしたら向こう20年の間に、橋蔵さんの資料はあらかたなくなってしまうかもしれません。

仮に記念館のようなところがあれば、行き場のない資料の寄贈先として、受け皿となれるはずです。
少なくとも橋蔵さんの写真などが散逸するのを防ぐことができるのではないか。後世に橋蔵さんの素晴らしさを伝えることができるのではないか、そんな思いもあって、記念館への思いが捨てきれずにいるのですが。

ともかく今は、皆さんがお持ちの橋蔵さんの資料は決して捨てたりせず、次の世代に受け継ぐ方法を考えていただきたいと、願っています。
 

松永文庫

 投稿者:  投稿日:2009年11月 4日(水)22時39分6秒
  昨夜ニュースを見ていたら「松永文庫」オープンの模様を伝えていました。
門司在住の松永さんが60年以上にわたってコツコツと収集されていた映画関連の資料約一万点を市に寄贈され、それを期に市側も門司市民会館の三会場を提供したのだそうです。

テレビに映し出されたのは壁一面のポスター、そして陳列棚にはびっしりと並んでいた雑誌でした。たくさんの方たちが詰め掛けていましたが、それをご覧になっていた松永さんの眼差しの優しいこと。映画への愛情を強く感じました。

お近くの方は出かけられてはいかがでしょうか。入場無料。
松永さん、北九州市に感謝!です。

門司市民会館松永文庫の問い合わせは093(331)8013
 

12月の東映チャンネル&時代劇専門チャンネル

 投稿者:  投稿日:2009年11月 1日(日)19時31分30秒
  東映チャンネル

<東映時代劇まつり 序の巻>
「忠臣蔵 櫻花の巻」1959年(100分)
     3日(木)12:00〜14:00
  29日(火)20:00〜22:00

「忠臣蔵 菊花の巻」1959年(84分)
   4日(金)12:00〜13:30
  30日(水)20:00〜21:30

「新諸国物語 七つの誓い 黒水仙の巻」1957年(72分)
     5日(土)14:30〜16:00
  22日(火)12:00〜13:30

「新諸国物語 七つの誓い 奴隷船の巻」1957年(61分)
     5日(土)16:00〜17:30
  23日(水)12:00〜13:30

「新諸国物語 七つの誓い 凱旋歌の巻」1957年(73分)
     5日(土)17:30〜19:00
  24日(木)12:00〜13:30



時代劇専門チャンネル

「沓掛時次郎」1981年
     7日(月)15:00〜16;50
  13日(日) 5;00〜 6:50
  29日(火)15:00〜16:50

「荒木又右衛門 決闘鍵屋の辻」1982年
     8日(火) 15:00〜16:50
  20日(日)  5:00〜 6:50
  30日(水) 15:00〜16:50


BS2の放送はありません。
 

映画情報

 投稿者:  投稿日:2009年10月28日(水)22時38分26秒
  新文芸坐
http://www.shin-bungeiza.com/

《時代劇の至宝 萬屋錦之介 生誕77年 錦之助映画祭りフィナーレ》
上映日時  11月11日(水)9:45/13:30/17:10/20:45(終映22:30)
上映作品  「任侠清水港」1957年(103分)ニュープリント
 

おくれば〜せな〜がら〜

 投稿者:  投稿日:2009年10月26日(月)23時02分27秒
編集済
  「トーク&食事会」のイベントから瞬く間に一週間が過ぎてしまいましたね。時が経つのは早いものです〜。

弘美さん、イベントのご報告ありがとうございました。
当日、窓の外、僅か30センチの幅でしか見えない空にも秋の色を感じ、京都へ思いを馳せながら一日を過ごしておりました。
弘美さんのご報告、そして参加された方々のお話を耳にし、皆さんがとてもよいひと時を過ごされた事を肌で感じ感激しております。
弘美さん、忘れられない記念となったであろう「花束贈呈」の大役は激写されましたか?
いつか。見せてくださいね。

さて、円山さんのお話ですが「真っ白になって・・・」と仰っていますが「他の俳優さんとは比ではなかった」というこの言葉。
そうでしょう、そうでしょう!こまごまとしたことは残っていずとも橋様の芸に対する姿勢は心の底にしっかりと残っているんですよね。
橋様の存在の凄さをあらためて教えてくださった言葉と私は受け取りました。大感激でしたよ。
それにしても会の盛り上がりは参加された方々のお話でよ〜く分かりましたが、イベント後のもう一つの楽しみであるオフ会が3次会まで進んだとは・・・皆さん凄いパワーだったのですね〜。そのパワ〜頂きま〜す。


古狸奈さん
ネット資料館の問題点。
ある日突然、データーが消えてしまうのは本当に困りものです。それがデーターとして情報収集をし、そのまま配信してあるのなら元がない訳ですからデーターが消えた時点でアウトです。
しかしながら、「小部屋さん」が世界に発信しているものは、私の家にすると「いったい何処で寝泊りするんじゃい!」と言いたくなるほどの膨大な資料を所持していらっしゃるものからなのです。橋様の資料はもとより映画に関するものまですべて本物。それらを各コーナーに分けて掲示してあるのはご承知のとおりです。
それに「小部屋」へ寄稿してある資料もそれぞれの方が所持してある本物をデーターとして提供してあるのです。

ただ、たまにそれらのものを機器に取り込んで固まってしまい、発信するのにシャカリキになって奮戦していらっしゃることはお聞きした事があります。
でも時間が経てば(ホホ、他人事みたいに軽く言ってますね。小部屋さん、お世話になってま〜す)ちゃんとアップしてくださり喜んで見させていただいてます。
小部屋さんや、寄稿されている方が廃棄しない限り橋様の資料はこの世から消えるものではないので私は心配はしてません。

もちろん、記念館の設立はとても大事で必要だと思います。しかしながら、現在存在するという私設資料館でさえさまざまな理由で訪問できない状態です。それならば小部屋サイトでその存在を知り、弘美さんがおしゃるようなやり方でお互いの意見を通じ合い、次は何をテーマにするか決めながらミニ資料館の広がりを目指していくのが今は最善なように思います。それが将来確固たる「大川橋蔵記念館」設立につながる架け橋になるように!

「保存」と言えば橋様の作品も考えずにはおれません。
これから何をしたいのか、何をすべきか、目標ははっきりしています。
ただ、その為にも今の現状を抜け出す努力を続けなければいけません。
歯を食いしばって(ホホ・・・オーバーか)ガンバルべ〜〜〜!

橋様永久に!
 

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